欧州海戦関係




映画「U-571」見た人間だけど,当時の魚雷には音波探信みたいのはついていなかったの?

もしなかったら,潜水艦同士よく当てたなー,と関心するよ.

 存在します,

 連合軍側は航空機投下型の音響誘導式対潜魚雷を,43年中頃から実戦使用していました.
 また,対音響魚雷曳航囮も英国は開発しておりました.

 ドイツでは,Uボートに搭載されたG7e魚雷で,音響誘導式の「ガイアー」(禿鷹)と,有線誘導式の「レルヒエ」(雲雀),そして1943年に実戦配備された音響誘導魚雷「ツァウンケーニヒ」(ミソソザイ)がそうです.
 また「ボールド」(図々しい)と言う名の対アズティック音響囮魚雷も存在します.

 また,潜水艦の潜水艦による魚雷攻撃での撃沈例ですが,これも存在します.
 英国V級潜水艦「ヴェンチュラー」による「U-864」の撃沈です.
 2隻は2時間40分もの長時間(当時としては)の交戦を行い.ASW潜水艦として改造を受けていたヴェンチュラーは潜航状態でアズティック(ソナー)により,こちらも潜航状態のU-864をピンポイントで探知,ヴェンチュラーは魚雷4本の斉射によりU-864を葬り去りました.

「ジパング」という漫画で,第二次世界大戦時の太平洋戦線のアメリカの潜水艦が,ボトム(海底に沈む事)を二日以上(三日以上?)してるんですが,艦内の二酸化炭素濃度は有害レベルにならないのでしょうか?


 1957年8月中旬にウラジオストックの偵察任務についていた米潜水艦”ガジオン"SS-567は,ソ連水上艦に発見されたため実に64時間の連続潜航を余儀なくされました.
 この結果,艦内の二酸化炭素濃度もかなり危険なレベルに達したたため,やむなく浮上しました.
 幸い,ソ連は”ガジオン"を沈めようとはしませんでした.

 艦内には二酸化炭素を吸収するため水酸化リチウム結晶入りの容器がおかれていましたが,完全に吸収することは出来ず,また一酸化炭素を吸収することは出来ませんでした.
 要するに,二日以上の連続潜航は非常に困難だということです.

(名無し軍曹)

有名な映画「眼下の敵」じゃ,魚雷1発命中程度じゃ駆逐艦が沈まなかったんだけど,魚雷の威力ってその程度のものなの?


 駆逐艦は魚雷1本当たれば轟沈します.
 「眼下の敵」の米護衛駆逐艦の被雷シーンの方がぬるいのです.

 2千トン以下の駆逐艦クラスで土手っ腹に潜水艦の21インチ魚雷(炸薬300キロ以上)を喰らったら,まず船体が折れます.
 ただし当たり所(艦首や艦尾等)では,吹き飛んだ艦首や艦尾以外の残った部分で自力航行出来て帰投した幸運な例もありますが.
 土手っ腹に魚雷喰らって搭載魚雷が誘爆して・・・となったら,まさに轟沈でしょう.

 「眼下の敵」って魚雷1本当てた時点でUボート側の勝ちなんだけど.あの映画見た元Uボート乗りって憤慨したろうなぁ.

(軍事板)

第二次大戦当時,アメリカは一週間に空母を一隻投入とかしてきたと聞きましたが,当時のアメリカの輸送艦とかはどうだったんでしょうか?やはり一週間に一隻とか建造してたんでしょうか?


 アメリカが量産した戦時標準船「リバティ船」でぐぐると,とてつもない数値が出てきますよ.
 全部で2700隻ほど,初期は1隻200日ぐらい,最速では5日でできたのもあったり….

 で,これはあくまでも「リバティ級」貨物船だけの話であって,T2級タンカーなどのほかの輸送船を加えると…もういや….

 ちなみに,船名には人名をつけるというルールがあったのだが,新興国の悲しさで早々に名前がつきて(まあ歴史が長くても3000人は難しいが),
そんで現役のちょっとした有名人(町長とか芸人とかのレベルらしい)をつけまくったそうな.

(鷂 ◆Kr61cmWkkQ)

WWⅡ時のドイツ海軍の艦名の命名基準ってどうなっていたのですか?


 目安的には….
戦艦は,政治家の名前,
巡洋戦艦,重巡洋艦は概ね軍人の名前,(例外はGraf Zeppelin),
軽巡洋艦は都市の名前,
駆逐艦は,国家社会主義労働者党の関係者の名前が多かったのですが,途中で,Z+連番に変わりました.
水雷艇は,猛禽類や猛獣の名前ですが,途中からT+連番に変わっています.
残りのものは練習艦を除き,英数字+連番になっています.

(眠い人 ◆gQikaJHtf2)

 ちなみに,戦後もロンメルといった艦があった.

沿岸砲台との撃ち合いは水上艦艇が不利,というのはよく言われることだが,必ずそうだとも言えないのではないか?水上艦艇側が15cm以上の砲を100門以上揃えるのは難しくないけど砲台側は数で不利.精度では有利だが,固定目標なので被弾もし易い.


 沿岸砲台が固定だから被弾しやすいといっても,撃つ船の方が動揺してるんだから固定とは言えない.
 逆に砲台から見たら,船がいくら揺れても位置は変わらない~予測がつくから,こっちは固定した的を撃ってることになる.

 また,砲台は重量,体積の制限が少ないから,揚弾機から装填機から贅沢してじゃかすか撃てる.
 船は砲台を重くしたらトップヘビーで転覆するから,最小限でガマンする必要がある.
 装甲についても同じ.

 条件次第には違いないが,そりゃあ沿岸砲台はずるい.

(軍事板)

第二次大戦の時 アメリカの大西洋艦隊に、戦艦とか空母はあったのですか?

おもな任務は、商船の護送と潜水艦狩りだったのでしょうか?
戦艦、空母はありましたよ。
戦艦は、船団護衛(Germanyにも通商破壊用の戦艦がありましたし)と、
上陸部隊支援用に使用されていました。
New York、Nevada、New Mexico、Mississippi、Idaho、Massachusetts、Wyomingが大西洋艦隊にいました。

空母は護衛空母が主です。
米英航路の維持が目的で、商船護衛と潜水艦狩りです。
正規空母はRanger、Waspがいましたが、Waspは太平洋艦隊に引き抜かれて、撃沈しています。
(13:眠い人 ◆ikaJHtf2)

映画『U・ボート』の様に、発狂することってあり得ると思うのですがその場合、帰港する迄はどのようにしているのですかねぇ。

20年ほど前、君と同じ質問を退役西ドイツ海軍少将に質問したことがある。
彼は元駐日海軍武官で、大の親日家。
彼は個人的体験をもとに以下のように回答した。
「1943年某月某日、自分のUボートは、北大西洋へ出撃。
出撃数日後で艦長が発狂。彼は鎮静剤を打たれたうえ、ベッドに抑制された。
指揮を引き継いだ軍医の指揮のもと、艦はノルウェーのトロンヘイムに入港。艦長交代後、再出撃。
その後、艦はコンボイ追跡中にカナダのコルヴェットとUSCGの哨戒艦の攻撃を受けて沈没。
生存者は自分を入れて数名のみ。」
うろ覚えだが、こんな答が返ってきた。
はぐらかされたような気もしたが、それ以上質問ができるような雰囲気では無かったので、話題を打ち切った。
(13:463)

ビスマルク撃沈作戦って何ですか?

作戦っつーか、そう命名された戦闘があった。
ビスマルク追撃戦。
以下、保存テキストのコピペ(出典忘れた)
連合国の輸送艦隊撃破を目的にしていた戦艦ビスマルクは、アイスランド沖でイギリス艦隊に発見される。
ロイヤルネイビーの威信を懸けたイギリスは戦艦キングジョージ五世以下、6隻の艦船で取り囲むが、
逆に巡洋戦艦フットを撃沈されビスマルクを取り逃がす。
ついにイギリスは、地中海で作戦行動中の空母アークロイヤルを呼び戻し、ビスマルクを航行不能に陥れる。
戦艦主砲の一斉射撃でビスマルクは沈んだ。
(13:872)

WW2のときソ連の艦隊は何やってたの?

戦闘初期はバルト海、黒海などで軍民の救出
戦争中期は黒海は艦砲射撃、小規模な上陸作戦
戦争末期はバルト海でドイツ船舶の攻撃
(27:781)

轟沈で知られる「フッド」は実際のところ全然弱防御力ではなく、あの戦況では先に弾を受けたほうが轟沈してたって本当ですか?

うんにゃ、さすがに中身が一次大戦型の巡洋戦艦のまんまだから
攻撃力に比して防御力がもろいというのは否めない。
ただ、弾薬庫一発命中はありゃ完全な不運。
大型艦艇同士の砲撃戦は当たり所によって戦況はいくらでも変化しうるもの、
フッドの轟沈は最悪のタイミング、最悪の当たり所であったにすぎない。
(36:695)

アークロイヤル沈めた艦長って、どんな勲章貰ったの?その後どうなったの?

アーク・ロイヤルを撃沈したUボート"U-81"の艦長は
フリードリッヒ・グーゲンベルガー中佐です。
1941年4月に彼はU-81に着任しました。大西洋を3回パトロールの後に、1941年11月に
地中海へ進出しました。そして1941年11月13日にジブラルタル海峡を通過した直後、
HMSアーク・ロイヤルをみごと撃沈しています。
1943年5月に彼はU-513で南大西洋に進出しましたが、7月に米軍機に撃沈されました。
漂流中に米軍艦に拾われ、アリゾナ州フェニックスの収容所に送還されましたが、
そこから脱走したこともあります。
1946年8月に釈放され、1956年にドイツ海軍に入隊。1972年10月海軍少将で退役。
1988年5月13日に森林での散歩中に行方不明。遺体は二年後に発見。

1941年12月10日付で騎士十字章を授章、43年1月10日柏葉騎士十字章授章。
(55:名無し軍曹)

第二次大戦のドイツ侵攻時における、オランダ本国艦隊の戦力と戦いぶりを教えてください。

オランダ本国艦隊は余り強力ではありません。
戦い振りと言っても、陸軍が5日で降伏したので、殆どの艦艇は英国に脱出、また商船
乗組員などからなる艦隊を編成し、英米から供与された艦艇を用いて、船団護衛に
活躍しています。

まず、軽巡洋艦Heemskerck、これは、英国に曳航して彼の地で竣工しました。
De Zeven Provicien級軽巡洋艦2隻は、脱出が間に合わず、本国で破壊され、戦後、
竣工しています。
駆逐艦は、Isaac Sweers級4隻が建造中で、ネームシップは英国に曳航して彼の地で
竣工、残り3隻は破壊されたり、ドイツ駆逐艦として竣工したりしています。
潜水艦もO21~24は建造中でした。

従って、ドイツの侵攻当時は砲術練習艦Van Kingsbergenが本国最大の艦で、駆逐艦は
おしなべて蘭印にあり、唯1隻、Van Galen級のネームシップだけが、本国に残り、デン・
ヘルターからロッテルダムに急行して、新運河からロッテルダム港内の範囲で陸軍を
支援しています。
この艦は、1940.5.10に、ハインケルHe-111の空爆で破壊、沈没しました。

このほか水雷艇として、前大戦中のZ5、Z6~8、G13、G15、魚雷艇として、T.M.51、T.M.3
があります。
潜水艦は、Oが付き、O9級は3隻ありましたが、O11は衝突で沈没しています。
O12級は4隻、うち、O12は改装中に破壊されました。
後、単艦で、O16、蘭印向敷設潜水艦K19~20を本国向けとしたO19級2隻がありました。

補助艦艇として、敷設艦がかなりあり、Van Meerlant級が2隻、練習艦兼敷設艦の
Willem van Der Zaanがあり、他に旧式敷設艦のMedusaがありましたが、空爆で撃沈
されました。
またオランダならではの運河用の装甲砲艦として、Gruno級が3隻がありました。
これらのうち、2隻はドイツ空軍に撃沈されました。
掃海艇はJan Van Amstel級3隻が配分されていましたが、2隻が戦没。
他に、前大戦のドイツのF級掃海艇を元にしたA級、トロール船を徴用したM級があります。
また、漁業保護艦が4隻存在します。
このほか、旧式海防戦艦、旧式巡洋艦が数隻ずつ存在し、ドイツに捕獲されて対空砲台と
なっています。

大戦中には亡命政府海軍に、英国から護衛空母1隻(Karel Doorman)、N級駆逐艦2隻(これは
1942年よりインド洋で活動)、S級、T級潜水艦を4隻供与されています。
(67:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツのUボート作戦というのは、どういうものですか?

Uボートとはドイツの潜水艦のことです。
ドイツはこの潜水艦を主に「通商破壊」という任務につけました。
これは、さまざまな商船や軍の輸送船などを攻撃し、敵の海上の
補給路を絶つのが目的です。
わかりやすくいいますと、第2次大戦ではヨーロッパ大陸がほぼドイツに制圧され、
イギリスは孤立してしまったため、
アメリカや植民地などからの船によるさまざまな物資の補給に頼らざるを得なかったわけですが、
それらの船を沈めてしまおう、ということです。
で、イギリスを干上がらせ、またアメリカからの軍隊の増援を防ごうというわけです。 

「Uボート作戦」というようなおおざっぱな言い方をされた場合、
上記のようなことを指していると思っていただいて差し支えないと思われます。
(78:106)
いいかい。イギリスはね、輸送船を単独で行動させずに船団を組ませて、物資を輸送しようとしたんだ。
そうすると、Uボートが一隻現れたって、魚雷に限りもあるし、助かる船が多くなるだろ。
それに、護衛する船も効率的に運用できるだろ。

だから、ドイツは、それに対抗するために、Uボートで哨戒ラインを形成したんだ。
それで、どれか1隻が船団を発見したら、周りから他のUボートを呼び寄せて、狼が羊の群れを取り囲むように攻撃したんだ。
複数の狼=Uボートが一斉に攻撃すれば、牧羊犬=護衛の駆逐艦も対応が難しくなるだろ。

これを群狼戦法(ウルフパック戦法)って呼んだんだよ。
わかったかな?
(78:107)
ついでに通商破壊の説明も

近年では一国の経済は一国では成り立ちません。
身近な例で言えば、
日本はどんなに頑張っても人口の1億2千万人分の食糧を生産出来ません。
だからその足りない分を輸入します。

この時、海上輸送・・・つまり船で運ぶ訳ですが、
この船を沈めまくってその国の経済活動そのものを破壊する事を、
「通商破壊」と言います。

こうしてドイツのUボート(潜水艦)によって次々と商船を沈められた英国は、
地獄のような苦しみを味わった訳です(因みに太平洋戦争時の日本も
(78:114)
Uボード作戦は第一次世界大戦でも基本的に失敗したのに懲りずに第二次世界大戦でも使用したのはなぜでしょう。
そうしないと勝てないからです。
イギリスに補給物資が潤沢にはいり、米軍の増援も十分はいったら
どうやっても勝てません。実際負けましたね。
(78:116)
WW1で、アメリカの参戦を促したということでは、確かに失敗ともいえる。
でも、>>114の言うように、島国である英国を追い込むのに効果的な作戦が「通商破壊」。

そして、WW2で、水上艦艇はどうしたって英国に比べて劣勢なんだから、その主役は、どうしたって潜水艦に頼らざるを得ない。
(78:117)
今でもこの作戦は十分有効なのでしょうか
いまでもこうした「補給路」を叩くとうのは有効です。というか戦争の
上では定石です。 戦略的にも、戦術的にも、です。(Uボート作戦の場合は前者:戦略的 です)

ただし、いまどきアメリカあたりがやるような戦争では、民間人が
犠牲になるという点で国際的非難を浴びるでしょうから、「使える」
かどうかはちょっと疑問ですね。
(78:197)

提督の決断4でヴィッシー政権(あってるかな?)が成立後にヒトラーが「フランス海軍は使わない」と言って

フランス海軍提督も「ドイツには海軍を引き渡さない」と言ったと、ゲームの中ではそうなっていたのですが本当でしょうか?
ドイツが艦艇を接収しようとしたので、大半が自沈。
一部は連合軍側へ逃れ、
別の一部はヴィシー政権に留まり、連合軍と撃ち合って壊滅。

詳しい話は眠い人を待て。
(85:472)
1940年にFranceが崩壊に瀕したとき、ブレスト軍港からは、France軍艦83隻、
商船48隻、英国船28隻が在泊中で、これらは、一斉に出航させました。
修理中の戦艦Parisは、急ぎ出渠し、未成戦艦Richelieuは、
兵学校を卒業したばかりの候補生を乗せて、脱出。
3隻の商船はナルヴィクから帰還した兵士6000名を詰め込んで再出航し、
戦艦Jean Bartは、水路を急遽浚渫し、15in砲塔1基に対空砲、機銃を積み込み、
推進軸は2軸のみ、それに急いで動力を取付、曳船で引き出し、
座礁などのハプニングがありましたが、カサブランカに脱出しています。

英国は、Franceの海軍力がドイツの手に渡ることを恐れて、全艦船の英国領への回航を
要求しましたが、ダルラン提督は北アフリカへの回航を命じました。
但し、英国にもドイツには何があっても渡さないとした約束をしています。
しかし、1940年7月3日、ChurchillはFrance艦船を強奪することを命令し、
英国の港にいた戦艦2隻と、潜水艦7隻、駆逐艦10隻は英国軍によって占領されます。
この際、Surcoufでは戦闘になり、若干の死傷者が出ました。
また、Algeriaのメルセルケビルでは戦艦4隻、大型駆逐艦6隻が在泊していましたが、
英国艦隊の攻撃を受け、戦艦1隻が沈没、2隻が大破、Strasbourgのみ、Toulonに帰投しました。
Alexandriaでは、戦艦Lorraine以下の各艦は平和的に英国の管理下に置かれ、Dakarでは、
戦艦Richelieuが艦載機の攻撃を受け行動不能となり、空母Bearnはマルチニーク島で足止めされました。

で、怒ったFranceは英国と断交し、Toulonに生残りの艦艇を集めます。

続き

一方、英国に渡ったFranceのミュズリエ提督が中心となって、Gibraltarに、自由フランス海軍が設立され、
英国に接収された艦艇のうち、小艦艇が中心となって、Dakar上陸作戦、Gabon攻略、Somalia解放作戦に参加。
この時、自由フランス海軍と本国に残ったヴィシー政府海軍の艦艇同士の戦闘が繰り広げられました。

1942年11月8日、連合軍の北アフリカ上陸作戦が行われ、
11月10日に北アフリカのFrance全軍が停戦命令により、停戦します。
この時、北アフリカのフランス軍司令官ダルラン提督が、アイゼンハワー、カニンガムと協定を結び、
連合国に立って参戦することを承認したため、報復として、ドイツ軍は南仏の自由地帯に進出しますが、
Toulonに在泊している戦艦3隻、巡洋艦7隻、駆逐艦32隻、潜水艦16隻、水上機母艦1隻と小艦艇18隻が自沈しました。
また、Tunisiaでは、ビゼルトがドイツ軍によって占領され、潜水艦9隻、小艦艇5隻が捕獲されます。

その後は自由フランス海軍が主体となりますが、仏領Indochinaには、日本の進駐という特殊事情も
ありますが、ヴィシー政府の治世が続き、軽巡洋艦Lamotte-Picquet、通報艦4隻などが在泊しています。
これはThailandとの国境紛争で、陸軍を支援してタイ海軍の海防艦2隻を撃破し、魚雷艇3隻を撃沈しています。

1944年には、通報艦が米海軍の潜水艦に、軽巡洋艦Lamotte-Picquetは米軍の艦載機によって撃沈されてしまい、
1945年に入ると日本が本格占領を行ったため、接収や自沈などで、哨戒艇2隻が残ったに過ぎません。
(85:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

WWⅡにおける英国海軍最大の汚点ともいわれるPQ17船団の壊滅のときに

積荷のスチュアート戦車を甲板に並べて武装した商船があったと思うのですが、名前をご存知の方いらっしゃいますでしょうか?
あと同じく白ペンキを勝手に荷ほどきして船体に塗り、氷原にカモフラージュして
無事ソ連に辿り着いた船の名前もよろしければお願いします。
朝日ソノラマの『極北の海戦』によると、
どちらの船も、パナマ船籍のトルーバドール(5808総トン)とのことです。
(86:673)

独UボートU-864は1945年にJumo004Bジェットエンジン、V-2誘導装置、水銀65tを日本に輸送中に撃沈されたということですが、これらは莫大な価値があると思うのですが、日本政府が一体いくらで購入したとかの記録は残っているのでしょうか?

http://en.wikipedia.org/wiki/Operation_Caesar
別スレで知ったのですが、
独UボートU-864は1945年にJumo004Bジェットエンジン、V-2誘導装置、水銀65tを日本に輸送中に
撃沈されたということだそうです。
質問ですが
これらは莫大な価値があると思うのですが、日本政府が一体いくらで購入したとかの記録は
残っているのでしょうか?
またどうやって払ったのでしょう?

他の件はともかく、本件は、1944年に締結された、
「日独製造権および原材料供給協定」による、両国勝利の後による日本政府支払い、
それまではドイツ政府の立替払いによる、結果的に空手形になったものなので、結局
日本政府の支払いは無しだ。
(484:477)

大戦中、イギリスの潜水艦はUボートほど活躍できなかったんでしょうか?


そんなことはありません。イギリスの潜水艦は北海等では哨戒に、地中海では通商破壊などで大活躍しています。
有名どころではリュッツォーを大破させたスピアフィッシュ、地中海の通商破壊で活躍したアップホルダー、
足柄をしとめたトレンチャントなどがいます。

特にマルタを根拠地に北アフリカ向け輸送船の通商破壊を行ったアップホルダーを始めとするイギリス潜水艦の活躍は、
船体と同じ重さの金に相当するとまで言われています。
(484:704)

フランスにはカタログデータでは素晴らしい戦艦があったのに、大戦中は何していたんでしょうか?

リシュリュー級の事か?
1番艦リシュリュー:フランス降伏の時点で完成度95パーセント。
艤装工事未了のまま、士官候補生を乗せてダカールに脱出。
同艦を手に入れようとしたイギリスはダカール攻略を試みるが挫折。
この際にリシュリューは損傷し、そのまま数年間放置。
その後、自由フランスの手に渡り、アメリカに回航して修理&改装。
修理完了後は、太平洋方面に進出。対日戦に参加。

2番艦ジャン・バール:フランス降伏の時点で完成度80パーセント程度。
主砲塔は1基だけ搭載済み。この状態でカサブランカに脱出。
そのまま数年間放置。
アメリカが北アフリカ上陸作戦を行った際、米新鋭戦艦マサチューセッツと撃ち合い、大破着底。
戦争終了後、フランス本国に戻って工事再開、1955年竣工。

完成していないんじゃ、どーしよーも無い。
(357:267)

第二次世界大戦時の英国空母の艦載機は何であんな酷い様なのですか?

相手がドイツだったから、高性能機を開発する必要がなかったため。
それと、空母の搭載数が少なかった為、一機で種々の用途に使える機体を欲した為、中途半端な機体のオンパレードとなってしまった。

WWIでイギリス陸軍航空隊とイギリス海軍航空隊を統合してイギリス空軍になっていて、1937年までは空母艦載機もイギリス空軍の管轄でした。
陸上基地から運用される戦闘機の開発にも予算的に苦労していたのに、海軍のために空軍が艦載機の開発をまじめにやるわけも無く。
航空隊を取り戻したからと航空機開発行政をどうこうするには、2年と言う時間はあまりにも短かったということです。

そもそも仮想敵たるドイツとアメリカ(ある時期まではそうだったのよ)が空母を主体としてないし、
日本みたいに戦艦戦力で劣ってた訳じゃないから「暫減作戦」の必要もないわけだし。
別に最初から対潜用の通商護衛を意識してた訳ではないが、それぐらいしか現実には活躍する場がなかったということ。
タラント空襲やビスマルク追撃戦、地中海の戦いがそうであるように、イギリスの空母は
「相手に対抗しがたい手段で相手を一方的にボコる」兵器としてとても役に立ったかと。
(541:506-529)

スウェーデン船籍のStureholmという商船は何故英国の船団に所属していたんでしょうか?

HX84船団で反転してジャーヴィスベイの生存者を拾い上げ、HX92船団で撃沈されたStureholmという商船がありましたが、
デンマーク船のように英政府に傭船されていたとか、それともアメリカへの独航が不能であるために付属していったとか?
また、当時のスウェーデンの海上通商路がどういった状態で保持されていたのか教えて下さい。
多分、英国に傭船されたものと思われます。

Swedenの船舶は中立国船舶ですが、大西洋にドイツ潜水艦が跳梁跋扈するようになると、
連合国との物資を運んでいた場合、中立違反として咎められる場合もあります。
従って、連合国の港に繋留されっぱなしになるケースもあり、船を維持する為に、連合国との
傭船契約を結ぶケースも出て来ました。

例えば、日米の外交官と引揚げを希望する民間人を交換する為、米国国務省は1942年
5月にグリプスホルム号を傭船し、ニューヨークからリオデジャネイロを経由してロレンソ・
マルケス(今のモザンビーク)まで、航海を行っています。
また、ニューヨークに戻った後は米国政府に1日4,000ドルで傭船され、主にニューヨークに
停泊していましたが、1943年には第2次日米交換船の米国側船舶として用いられました。

海上通商路については、アイスランド航路など北海航路、南米航路、米国航路を維持して
いましたが、ドイツの米国への宣戦布告と、米国によるアイスランド占領により、南米航路
以外の航路は閉じられます。
南米航路は2ヶ月に2隻、座席数8程度なので、座席チケットの争奪は正に戦いでした。
この航路を取る場合は、事前に英国大使館の武官とドイツ大使館の武官から海域を通る
許可証を得る必要があります。

Sweden船は基本的に、船腹に大きく国旗が描かれ、船名と所属国(SVERIGE)と書かれて
います。
出航する船は行先により船団を組んでいき、Sweden領海を出るまで、海軍の護衛を受けます。
そして、夜間航行の際には、国旗と船名を確認出来るよう、常に灯りを煌々と付ける様にしていました。

ノルウェー海域に入るとドイツ水上機が近付いて船名を確認し、クリスチャンサンドまでは、ドイツの
指令の下、沿岸海域を航行し、場合によっては臨検を受ける事になります。
クリスチャンサンドでドイツ海軍の検査を受け、問題がない事を確認した後、ノルウェー領海を抜けると
フェロー諸島まで、英国側の指令の下、航行を続けます。

航海の3日目に、英国側の航空機が近付いて船名を確認し、フェロー諸島に停泊。
英国側の検査を受け、大西洋に入っていきます。
なお、10日の間、機雷原や不意の魚雷攻撃に備える為、船長は一睡も出来ません。

そして、大西洋を抜けて、南米に向かう形になります。
(554:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

第二次世界対戦では敵艦に乗り込み白兵戦を行い敵艦を略奪する行為は行われいたのですか?

1940年に英駆逐艦コサックがノルウェーのフィヨルドに停泊していたドイツの補給艦アルトマルクに横付けして、白兵戦の末に拿捕した事件がある。
アルトマルクはポケット戦艦シュペーへの補給を任務としていて、シュペーが沈めた船の乗員が収容されていたがこの時救出された。
(339:245)

「ツェルベルス作戦」は何故わざわざ昼に英仏海峡を突破したのですか?

夜で不都合な理由は?
ブレスト出港が夜間になるため発見されにくい
英仏海峡突破中に戦闘機の支援を受けられる
そして何よりイギリスの不意をつけるといった利点が昼間突破にはあった
実際、イギリスは突破をかけるなら夜間だろうと想定して準備をしていたが
完全に不意を疲れて昼間突破を喰らってる


魚雷艇や沿岸砲台を制圧するため。
夜間そういう攻撃は防ぎようがないが
昼間なら戦闘機隊がカバーできる。

つまり援護なしの奇策ではなく強力な援護での正攻法を選んだということ。
敵の航空機による妨害も増すがそれ以上に味方戦闘機の援護の効果が高いと判断してのこと。
(580:643,644)

ビスマルク座乗のルッチェンス艦隊司令について質問です。

  • なぜ大破したプリンス・オブ・ウェールズを追撃、撃沈しなかったのでしょうか?
  • なぜ数的不利の中で重巡シェフィールドを分離させて、あえて単艦になったのでしょうか?
POWを撃沈しなかった事は未だに謎とされている。
ただ、撃沈を主張するリンデマン艦長と、リュチェンスの間では意見の衝突はあったらしい。
推察としては、砲撃戦なんて当時の作戦の趣旨からは外れたもので、戦艦同士の艦隊戦なんて
ご法度・・・と堅く司令部から通達されてたので、これ以上の撃ち合いを避けた・・・との説。
POWに時間をかけてる内に、その他の英国艦の包囲が狭まる事を恐れたのでは?との説も。
それから、随伴・分離したのは、重巡洋艦プリンツオイゲンですが、速力も航続力も充分残ってた
オイゲンだけでも退避させて、生き残らせてやりたい。との考えでは?
何しろ、当時のリュッチェンス自身の考えを記録したものが一切ないので、推察の域は出ないが。
これは、個人的な意見だが、色々と推察するに、最初の打ち合いでビスマルクが思った以上に被害を
受けた段階で、リュチェンス自身、負け戦と思い始めたのでは・・・・と思う。

ビスマルク出撃の目的は通商破壊で、こっそりと大西洋に出るのが大目的
イギリスの軍艦と撃ちあいするのは相手が駆逐艦や哨戒艇でも避けたいところです。
実際、WW2のドイツ巡洋戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウが
イギリスの仮装巡洋艦ラワルピンディに見つかり、イギリス艦隊に攻撃されるのを避けるために
大西洋への進出を取りやめたこともあります。
(331:890,892)

ドイツやイタリアの駆逐艦の対潜能力は日本の駆逐艦と比較して、どの程度のものだったんでしょうか?

日本の駆逐艦は対潜能力が低くかった為、潜水艦からも良い攻撃目標にされてしまったのは有名ですが
駆逐艦に関して言えば、対潜能力は日本と同程度か音響兵器の性能が上であった分、
勝っていると言えます。

但し、対潜戦術については同等レベルでしょう。
また、ドイツ、イタリアに関しては、潜水艦に撃沈されるよりも、空爆で破壊されることの
方が遙かに多いでしょう。
潜水艦にやられたのはドイツよりイタリアの方が多いですが、潜水艦の出没海域とか
動きやすさを考えれば、北海やバルト海より、地中海の方が遙かに動きやすいので、
一概には言えませんし。
(323:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

アメリカの潜水艦は第二次大戦中の大西洋でどんな活動をしていたのですか

参戦前の初期(1941年6月)より、Uボートの哨戒任務に使用されています。
その中には自軍の艦艇による誤攻撃で失われた艦もあります。
1942年には、86回の哨戒活動を行っています。

1942年9月には英国に初めて米国の潜水艦4隻が配備され、11月のトーチ作戦に
参加しました。
但し、これらの艦の任務は主に偵察並びに揚陸部隊の誘導に当たっています。
欧州方面では更にビスケー湾を中心に27回哨戒任務を行いますが、戦果は0でした。

結局、1943年7月にこれら大西洋域での活動は中止され、太平洋方面への回航が行われ
ています。
これは、Uボートの活動が猖獗を極めたというのもありますが、逆に米国の大型(英国や
ドイツに比べ)潜水艦であり、大西洋や欧州水域での通商破壊に向いていないと言うことも
あります。
(323:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

Uボートはガドー級より小さいけど大西洋のアメリカ側、南アメリカ、アフリカ、カリブ海、インド洋で活躍した?

そういう超遠距離で作戦行動するためにUボートがどんな無理したか知ってますか?
バラストタンクに燃料積み込んだんですよ。
つまり作戦区域に到着するまでの間、浮上・潜航を極端に制限された状態で航行したんです。

大西洋のビスケー湾から、アメリカ沿岸までの距離と太平洋のアメリカ西海岸と
日本本土、もしくはマーシャルまでの距離の差を理解しましょうね。
あと、ドイツは、補給用潜水艦を使って無理やり活動期間を延ばしています。
ようは限界を超えた負担を潜水艦と、その乗員に与えてたわけですが。
(617:630-631)
せいぜい大西洋のヨーロッパ側での活動しか考えてないドイツ海軍はなぜIX型を作ったのですか?
IX型Uボート遠洋用ですよね?
http://ja.wikipedia.org/wiki/IX%E5%9E%8BU%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%88
この場合の「遠洋」というのは北大西洋をさします。
ドイツ本国から北大西洋・イギリスのシーレーンに進出するためには
はるばる英本土をぐるり回らねばならず、そのために大航続力を必要としたのです。

その前提が実際の戦争ではフランス降伏によって
良い方に崩れた、わけです。
(617:ゆうか ◆u8WC078ef5ch)
近くなったのは、約720km(450マイル)です。
VII型Uボートの水上航続距離: 10kt(19 km/h)で8,700海里(約16000km) です。
その720kmて数字がどの程度の距離なのか、少しも考えなかったんですか?

実際はこうです。
北海の奥からシェトランド諸島までの航行距離450浬(720km)は、もう計算に入れる必要がない。
潜水艦がこうしてうかす途中の1週間分の燃料は、今後戦争作戦にまわされるのだ。
『大西洋戦争』(L.ペイヤール著)

つまりそれまでのUボートはシェトランド諸島を中継点に、イギリス沿岸~本土西方の大西洋を主戦場にしていました。
これがフランス降伏後は北大西洋全体に哨戒の網を広げていきます。
実際に、フランス降伏までのUボートの戦果はほぼ全てが北海・イギリス沿岸、
そしてイベリア半島沿海部(つまりジブラルタルを抜けてきた船)で挙げています。
これがフランス降伏後、一気にアフリカ西岸海域(リベリア共和国周辺)まで活動の場を広げます。

さらにもう一つ、致命的な誤謬があります。
Uボートの航続距離は大戦中延伸を重ねていたことで、
大戦初期の7型はわずか4300浬/12ノットでしかありませんでした。
その後実戦の中で7~10ノットの航海速力でもっとも経済的に航海できることが判明し、
またサドルタンクにまで燃料を積み込むほどの徹底した努力の結果、
7型の燃料搭載量は初期の67トンから最終的に199トンまで増加し、
航続距離も9500浬/12ノット、経済速力では10000浬をはるか超えるほどの長い足を手にします。
同様の努力はもともと遠洋向けだった9型でも行われ、初期の165トンから441トンまで燃料を増載、
航続距離を8100浬/12ノットからなんと23700浬/12ノットまで延伸します。

なお英仏海峡は機雷敷設のような特殊な目的でもない限り、基本的に近寄ろうとしませんでした。
敵の目が光っていることもですがもともと海域自体が恐ろしく難所だからです。
なんせ最大7ノットもの潮流が発生しますから、特に潜航していた場合は流れに逆らっては進むことさえできません。
最大出力でもその場所に留まるのがやっと、というところです。
こんなとんでもない場所、ろくに視界も効かない潜水艦で好んで通るわけないじゃないですか。
(617:ゆうか ◆u8WC078ef5ch)

ドーバー海峡で沈んだUボートの数は?

ドーバーで沈んだのは
U16、U40の2隻ですかね。
英仏海峡まで範囲を広げるとかなり増えますが、
主に第二戦線展開による作戦上の要請で配備せざるを得なかった事情によります。
(618:ゆうか ◆u8WC078ef5ch)

パウケンシュラーク作戦の戦果は?

パウケンシュラーク(ティンパニーの響き)ですが、
第一フェイズとしてU123、U109、U130、U125、U66の5隻が参加します。
彼女らは前月18日より順次出撃し、1月13日をもって作戦開始。
2月28日までの作戦期間中に計27隻17万トンを屠ります。
次いで交替要員であるU103、U106、U107が到着し、計11隻7万7千トンを撃沈。
さらにU87、U582、U135、U552、U203、U86、U754がニューファンドランド近辺に展開しますが、
天候に恵まれず6隻1万3千トンの戦果に留まります。
戦果が貧弱なためここでの作戦は打ち切られ、増援のU575、U76を含む作戦グループは南下してニューヨークまで下がってきます。

これらと別に、1月中旬よりU67、U156、U502、U129、U161がカリブ海で作戦を開始。
さらに3月には先の「ティンパニー」グループが再び出張り、
U123、U124、U552、U203、U160が作戦開始。3月15日~4月11日の作戦期間中に28隻18万トンを撃沈します。

で、ですが。
この海域、イタリア潜水艦も行動してます。2月25日から3月23日までの1ヶ月で
タッツォーリ・フィンツィ・モロジーニの3隻がフロリダ~メキシコ湾にかけて暴れ回り、
15隻9万トン+α(少なくとも2隻)を撃沈してます。
4ヶ月115万トンの戦果の中に、実はイタリアが挙げたものが1割ほど含まれているってことです。
(621:ゆうか ◆u8WC078ef5ch)

Uボートが米東岸を砲撃しなかったのは、少し不思議。

1943年には、V-1(Fi103)を潜水艦から発射して、ニュヨークを攻撃するという計画はあった。
ところが、V-1はうちの所属だと言う空軍の反対で流産。
潜水艦隊の一部をゲーリングへ移管して、空軍水中高射砲師団とか呼ばせておけば実現したかも。
(何でドイツは戦略爆撃しなかったのか:81)

ドイツ海軍のシャルンホルストと、デュークオブヨークの砲戦の双方の被弾状況等を教えて下さい。

「シャルンホルスト」は砲撃で28センチ主砲塔2基と15センチ副砲1基を破壊され、
さらに18:20分に命中した一弾が第一ボイラー室を貫通して速力が低下しました。
しかし、「デュークオブヨーク」はメインマストにお返しの一発を食らったために
いったん砲撃を中止して英駆逐艦部隊に襲撃を行わせています。
この結果、多数の魚雷が命中して5ktにまで速力が低下し、19:45分に大爆発を起こして
「シャルンホルスト」は氷の海に姿を消しました。

ちなみに、「デュークオブヨーク」が消費した36cm砲弾は446発、艦隊が発射した魚雷は
55本、うち命中は11本でした。
(294:名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

ビスマルクは舵をやられてしまい、円を描くだけになってしましたが、両舷のスクリューの回転数をかえることでなんとか航行できなかったんですか?

実際の所テストしてみたらエンジンの回転数の変更での旋廻はほぼ不可能だという事が判明したそうな。
外軸のスクリューを全速逆回転しても、効果のほどは薄かったそうで。
(683:374)

大戦中はイタリアも潜水艦をずいぶん運用してたようですが活躍しましたか?

潜水艦ではないが、人間魚雷(水中スクーター)にのってアレキサンドリアで、
イギリスの戦艦を2隻ほど着底させました.

ダメポというか、イタリア潜水艦は終戦までに8割近くが撃沈されている。
その中には、武装トロール船に負けたガリレオ・ガリレイなんてのも…

一方、潜水艇乗りはイタリア軍としてはあるまじき(笑)大活躍。
「イタリア海軍の勇敢さは、乗艦の大きさに反比例する」
なんていうジョークがあるぐらい。
(281:752-753)

蛇足ですが、戦前、スペイン内戦でフランコ軍に密かに引き渡されたりしたとか、

また、大型潜水艦は航続距離が長く、搭載量も大きいので、第二次大戦中に日本と
欧州の連絡輸送の主力として派遣されたと言う話もあります。
その殆どがジブラルタル海峡の突破に成功したり…但し到着は少なかったのですが。

ちなみに、そのうちの2隻は、イタリア降伏時にドイツ軍に接収され、ドイツ降伏に伴って
日本に接収され、その降伏で更に連合国に引き渡されと言う流転の艦歴を辿ったものも
あります。
(281:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ジブラルタルの沿岸砲台というのは強力だったのですか?

Gibraltarの沿岸砲には、Load Nelson級などの前弩級艦から取り外した9.2in Mk.X/Mk.XIが
14門配備されており、これを補完する形で、Iron Dukeなどの副砲となっていた6in MkVIIが多数
配備され、更に近距離用として、12ポンド速射砲Mk.I/II/Vが配備されていました。

1940年当時のItaly海軍が束になって掛かってきても、結構良い勝負をしたのではないか、と。
しかも、Gibraltarは航空機が使えますから、航空機の傘のないItalyではどうしようもないでしょうし。
(271:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

WW1末期とWW2初期でドイツの潜水艦の能力に飛躍的な向上があったのでしょうか?

WW1でイギリスはアズデックなどの探査装置でUボートに対し優位に立つことができましたが
WW2初期ではまたコテンパにやられています。その後レーダーなどにより連合国側は1943年には優位に立っています。
HF/DFとかRDFの開発は当然大きいです。

しかしながら、先ず、船団護衛の為の体制が明確になっていなかったのと、護衛艦艇が不足
していたことが挙げられるでしょう。
初期の頃は、船団を組むと言うのが船主に嫌われ、単独航海が多かったのですが、これを
Uボートに狙われて、撃沈されています。

船団護衛する側も、第一次大戦に捕鯨トローラーを原型としたスループの量産が為されて
いましたが、戦後、これらは解役され、量産原型として30年代に数隻建造されただけの状態で、
1939年から急に量産体制を整えるにしても時間が無かった訳で。

また、建造されたスループも、海象条件の厳しい北大西洋では余り使えなかったので、旧式
駆逐艦を船団護衛専用に改造したり、米国から旧式駆逐艦50隻の引き渡しを受けたりするなど、
苦戦しています。

ASDICに関しては、開戦当初は第一次大戦から余り性能が向上してなかったりしますが、その後
は改善され、性能が上がっています。

また、対潜機の航続距離が不足したのと、その作戦範囲が南米近辺からの基地が利用出来な
かった為、大西洋上にぽっかり穴が空いていたこともあります。

潜水艦の速度や航続性能自体は、そんなに変わってませんが、艦が小型になったことで探知され
にくくなったこと、電池性能が上がり、信頼性が向上したこと、高抗張力鋼を開発し、潜航深度が
上がったこと、電気溶接技術を発展させて、ブロック建造法による大量生産が可能になったことなど
がありますね。
(250:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツのフランス占領時、フランスの軍艦はドイツ軍に接収されたのですか?

フランスが、ドイツ、イタリアと休戦した結果、フランス艦隊は各地で釘付けになりました。
しかし、ダルラン提督の「艦隊はドイツに渡さない」との声明にも関わらず、チャーチルは疑心
暗鬼となり、また、英国民の士気を高めるために、7月3日未明に英国にあったフランス海軍軍艦は、
英海軍に占領されます。
この時、Surcoufでは、接収しようとした英海軍の一行と撃ち合いとなり、英国の潜水艦長ら4人が
死傷し、フランスの砲術長が死亡しました。
ちなみに、アルジェリアのオラン西方のメルセルケビルでは、交渉が決裂して英仏海軍の戦闘が
勃発、戦艦Bretagneは沈没、戦艦Dunkerque、Provenceは擱座しました。
これにより、フランス国民は激高し、政府は国交を断絶しました。
(240:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

ドイツ海軍は小さいにしろ海路が存在するので、船団護衛を行う必要があったと思うのですが

どんな艦を使っていたのでしょうか?
地中海でのItalyからLibyaに向かう場合は船団を組んでいますし、北海沿岸やバルト海でも
黒海でも船団を組んでいます。
但し、英国などとは比較にならないくらい小規模な船団(地中海除く)でしたが。

地中海の方は主にItaly海軍の範疇でしたし、黒海はBulgariaあるいはRomaniaの海軍が主に
護衛を担当していました。

護衛艦艇としては、主に小型艦艇、魚雷艇Sボートの他、機動掃海艇Rボート、掃海艇Mボートが
用いられていましたし、特設掃海艇、特設駆潜艇(トローラー)が用いられています。
この中で多用されたのが、Rボートで、300隻が建造されて用いられました。
(177:眠い人 ◆gQikaJHtf2)

フランス初の空母ベアルンって低速すぎて大戦中には航空機の輸送に従事していたそうですけど、開戦直後はどんな航空機を装備していたんですか?

アメリカから輸入したVought 156Fとかは陸上の基地から運用していたんですよね?
常用機17機、残り23機は分解して収納という楽しい空母ですから、大したものは有して
いません。
V-156Fは地上にて使用されましたが、LN410単葉急降下爆撃機が4機、PL101複葉偵
察機が4機、D.376高翼単葉戦闘機が10機程度が常用だったと思われます。

ちなみに、1939年の第一線の海軍機は…。

攻撃機:V-156F(6機)、Loire-Nieuport LN410/411(4機)、P.Levasseur PL7(13機)
偵察機:P.Levasseur PL101(4機)
戦闘機:Loire-Nieuport LN210(15機)、Dewoitine D.376(27機)
爆撃機:Liore-et-Olivier LeO257bis(32機)
水上雷撃機:Latecoere Late298(46機)

だったりするです。
(フランス航空史:眠い人 ◆gQikaJHtf2)



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