マイロード (3)転機~20歳のころ~

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第1回はこちら。第2回はこちら


 神奈川県 葉山町

 テレビのレギュラー番組9本の売れっ子に
 1泊2日で話を聞いた

久本雅美「いや~」
スタッフ「カエリクホントウマシ(?)。そこらとかまだ使えるところじゃないんですけど。ご飯ときも。雰囲気だけ」
久本雅美「どうぞ!」
スタッフ「してますし、いただけます」
久本雅美「あのもう今日一日は、監督とみなさんに命あげてますから。好きにやってください。ありがとうございます。もう」

 4週連続放送の第3回

久本雅美「あぁ~、あっ!ここでやねはったん。あ、かわいい!何あの子供!?
     なんで~!?なんで子供が歩いてんの1人で!?オッス~!元気~?
     子供かわいい!何考えてんやろなぁ、何も考えてないのかなぁ」

 海にまつわる思い出はありますか?

久本雅美「まだん、短大の時にちょっとね、あのーサーファーの方と付き合ってたんで。ウフフ(笑)。何喋っとんねん」
スタッフ「ヘヘヘ(笑)」
久本雅美「海はちょくちょく行ってましたけど。それで、伊勢」
スタッフ「ビックリしちゃいましたね。ちょっとね」
久本雅美「マジですか!?伊勢行ったりとかしてましたよ。
     砂浜でちょっとこのピンクのなんかこうちょっとね、花柄のサーファールックを、ね。
     ワンピース着て待ってんのがちょっとカッコいいんですよ。(笑いながら手を3回叩く久本)アホでしょ?
     もう浮ついた短大生ですよ、ロン毛で。で見て、出てきたらこうバスタオル渡して『大丈夫?』みたいな。
     で、その時にちょっと焼きそば焼いて『食べるー?』みたいな」
スタッフ「そういう時も面白いこと言うんですか?」
久本雅美「そん時はまぁあのー彼氏の前では、そんなに面白いことは…。(笑いながら手を3回叩く久本)
     ただそこに友達集まった時はもうダメですね。耐えきれなくて喋ってましたけども」

 昭和33年 大阪市平野区生まれ
 昭和52年 地元の公立高校を卒業

久本雅美「あのーホントは正直、『勉強したくないなぁ』って思ったんで、
     最初高校3年の時先生に『就職する』って言ったんですね。で就職するって言ったものの、
     全然どこに就職していいか分かんなくて、色々見てても全然興味ないのでやめて、
     んで、『専門学校行きます』って言ったんですよ。専門学校行きますって言いながらこう見てたんだけど、
     専門学校も自分が何やりたいか全然分かんなかったんで、それでー…もこ、
     これはもう親も絶対短大『せめて短大は出てくれ』と『大学行って』って言われたんで、
     年明けてからですね、短大に『先生、短大行きます』って言ったら、先生『今頃!?』みたいな。
     もうみんな推薦で決まっちゃってるし、『もうないよ!』って言われて、であったのがまぁ何校かあった中で、
     その今卒業した金蘭短期大学(現 千里金蘭大学短期大学部)ってのがあって、
     願書取りに行ったらすーごい綺麗なキャンパスでね。『ここでお昼ご飯食べたら美味しそうだな』とか思って。
     それであのー『んじゃ、短大、金蘭大学行く』っつって、それで受けたんですけどね。
     親は大喜びですよ、『大学行ってくれる、大学行ってくれる』っつって。
     んまぁ、ただ、一番高い結構あのー大学だったんで、ビックリしてましたけど。
     そこはまぁ結構お嬢さん学校だったんで、結構お嬢さんっていうか、
     そのーお金持ちの女の子がいっぱいいたんで、面白かったですよ。
     あそこ行って『うわ~!螺旋階段が家の真ん中にあるー!』とかね。
     なんかあのー『あったかいもの飲みますか?』って言われて、
     コーヒーか紅茶かと思ってスープが出てきたりとか。『世の中に色んな人いねんなぁ』って思って」

 友達と遊んだりアルバイトをしたり
 ごく普通の女子大生だった

久本雅美「すごいやっぱさっき言った将来自分が何になりたいかって悩んでて、
     『大学って意味あんのかなぁ?短大って意味あんのかなぁ?』とかすごい思い悩みながら行ってましたねぇ」
スタッフ「そういう悩みもそのやっぱり将来のこととかですか?」
久本雅美「うーん、そうですね。あともう言ったらホント怒られるぐらいもったいない。
     授業受けてまやっぱ遊びに行って授業受けて遊びに行って授業受けて
     みたいな繰り返しだから、『何やってんだろう?』っていう。
     でバイト行ってお金貯めて、なんかバック買ったりとか、遊びのことに使ったりすると。贅沢な時間ですよねぇ。
     そんな贅沢な時間とお金を親に出してもらってて、そん時はなんか充実感がないっていうかね。
     だからホントは目的を持って、『これを勉強したい』とか、
     『この短大出て、こうやりたい』っていうのがあればよかったんでしょうけども、なんかこう、ね。
     『授業受けていこう!』っていう友達とわいわいやってると、『何しに来てんのかなぁ』みたいな時がありましたもんね。
     そういう意味ではこう将来自分がどうなりたいんだろうっていうので、やっぱり悩んでましたよね、それはね。
     ま親からもあのー『OLさん向いてないかな?なんか探したほうがいいんじゃない?』って、
     『好きなことやったほうがいいんじゃない?』って言われたんで。
     で、そん時なんか『話し方教室』みたいな、『ディスクジョッキーやろうかなぁ』って、
     こういう喋るの好きだからそういう活かせるとこあったらいいなぁっていうので、行かせていただいたんですけど」
スタッフ「それはもう…アナウンスがこうみたいな?こうじゃない?」
久本雅美「アナウンスがこう…ではないですね。アナウンスのが、人もいっぱいそっから何人か出てますけどね。
     一応『話し方教室』って言ってましたね。でもアナウンスの先輩出てます。
     ウマクセントスキカケニ(?)もしうまくいけばディksディスクジョッキーなりたいって。
     アナウンスの試験もローカル番組で、受けたことありますね。
     だけど落ちても悔しくなかったですね。『別にまぁいっかぁ』みたいな。
     うーん、『なんかそういうの別にいいや…』って。うーん、『なんか他にないかな』って。はぁ」

 自分らしさを出せたのは洋服店のアルバイトだった

久本雅美「洋服が好きだっていうのと同時に人に物を売るっていうの好きでしたね。結構売ったんです」
スタッフ「人に物を売るっていうの好きだった?」
久本雅美「え、もう会話をしながらどんどん売れていくのが面白かったっすね。
     結構売りましたよ。売りましたよって言い方は変だけど、
     もしこの世界入ってなかったらそっちの世界は入ったかもしれないですね。ショップ店員みたいな」
スタッフ「ま、それはなんか結構、才能というか特性というか」
久本雅美「はぁい」
スタッフ「気付いたことでもあったんですか?」
久本雅美「コミュニケーション取るのが好きだっていうのと、
     あのーま、変なこと言い方これがいいのか悪いのか分かんないんけど、口が上手いっていうか。
     あのー、いやそれはもういい意味であの『これが似合うよ、似合わないよ』ってやってんだけど、
     やっぱり自分の思った洋服とか、自分の思ったそのスタイルが、
     相手が納得してね、あの買って行ってくれたら、それはそれで達成感みたいな。
     んで、リピーターが来ると、『あっ!チッ(舌打ち)、信頼されてるな』みたいな。
     それで達成感みたいなのがありましたよねぇ」
スタッフ「ま、どっかのタイミングで就職するのかなみたいな」
久本雅美「うーん、でもやっぱり求めてたのは違ってたと思いますね。
     『ありかなぁ、このままでええかなぁ』とは思ってなかったと思いますよ。
     なんかやりたいな、ってのはあったと思うんですね。
     でもま、嫌いじゃないし、売ることも嫌いじゃないし、売ることも大s大好きだし、
     人とのコミュニケーションもそれなりに面白かったんで、もうま周りもめっちゃめちゃええ人ばっかりだったんで。
     ま、嫌じゃなかったけれども、ここでずーっとおるっていう気持ちにはなってなかったと思いますね」

 洋服店のお客さんに勧められて出場した
 素人漫才コンテストで優勝した

久本雅美「優勝したっていうので、あのーシンサイバの街角で心斎橋の街角で、
     何か所かで漫才見せてやるイベントとか。あとー、さんまさんがやってらっしゃった
     『ヤングタウン』というその深夜番組なんですけど放送ね、いやラジオの。
     そこの前節っていうか前座でそのー、漫才やらしてもらったりとか、
     あとなんかディスクジョッキーの稽古をやらしてもらったりとかしてたんですよ。
     でもなんか上手いこといけへんかったですね。ま、上手いこといけへんかったっていうか、
     その一緒に漫才やった女の子がもう東京行って、自分は女優さんになるって夢があったんで、
     で私もま頑張り屋って感じで、別にそのー吉本入りたいとか、そういう漫才やりたいとかなかったんで。
     ま、なんかこうそのキッカケでディスクジョッキー出来たらええなぁ、って気持ちはありましたけども。
     いざその練習したそのーマイクの前で喋っても全然面白くないっていうか、
     上手くいかないっていうか、ま素人ですしね。ま、そんなんもあったんで」
スタッフ「ネタもちゃんとでも自分で考えてたりとか」
久本雅美「漫才ね?そうそうやりました。でもそんなん1回だけですから、漫才師になるって気なかったしね。
     それでまぁ彼女が東京行ってここら辺の東京行って女優さんになるっていうのがあったんで。
     まそれで彼女と東京遊び行った時に、ま色んな劇団見て自分の行きたいとこ見たいから、
     ま、行きたいとこ決めたいから付き合ってって言われて」
スタッフ「久本さんは軽い気持ちだったんですか?」
久本雅美「全然軽いです!『オッケ、オッケー!』っつって、『東京行ってみたいし、行く行くー!』っつって。
     その時私は、あの『東京ヴォードヴィルショーって面白い、って先輩が言うてたよ』って言って。
     そしたらちょそこ行こうかーって行って見たら、私が…感動したんですよ。めちゃめちゃ面白いと」

 劇団 東京ヴォードヴィルショー
 昭和55年「七輪と侍」

久本雅美「お笑いのお芝居って、ちっちゃい時から松竹新喜劇とか吉本こう新喜劇は、テレビ見てたんですけど。
     そういう若い人たちがわいわいやって、独特のお笑いと独特のこのストーリーで、
     若い人たちがみんな集まって笑かしているっていうのを知らんかったんで、演劇にも興味ないしね。
     ビックリしたんです。『うおー!』って、『もうなんてカッコええんやろぉ』って、
     『やっぱりお笑いは最高や、素敵や』って思って。それで私はその子に
     『一緒に東京出るわー!』って、『私はこの劇団入りたいねん!』って」
スタッフ「それはこう今までにないものが、今までにね」
久本雅美「はい」
スタッフ「こう浪花ロックでもなんでもいいんですけども、こう好きになったものとかそういうのとは明らかに違ったんですか?」
久本雅美「明らかに違いますよ!もう、あまりにもなんか感動にもう自分もお腹抱えて笑ろてましたし、
     もうなんかもう『絶対向こうに立って見せる!』っていう、もう興奮と感動と、もう『東京行くでー!』みたいな。
     血がもうグワーッと騒ぎましたね。まぁいわゆる分かりやすう言うと電撃が走るっていうんですかね。
     『これやー!』みたいな。今まで何やりたいとか、あれやりたいとか、色々思ったけど、
     『これやー!東京出てこの劇団に入んのやー!』っていう風に思いましたね。
     そんなん見つかったのはラッキーですよね、ホンマにね」

 アルバイトをしてお金をためて
 昭和56年春 22歳で上京

スタッフ「それでもすぐ押しかけ、入門というか」
久本雅美「はい」
スタッフ「入団というか」
久本雅美「はい」
スタッフ「そういう風になったんですか?」
久本雅美「はい。その前に大阪で何回も電話してたんですよ。『入れてください、入れてください』言うて、
     『東京ヴォードヴィルショー入れてください』。その時はもうそのーマネージャーさんとかが、
     『いやいや、あの今年は募集してないから。ダメダメ』って、『なんか言われてもダメだから』って言われたんですけど、
     それもあったんですよ、だからそれもあって、『行くしかないやろ!』って拍車がかかっていくんですけどね。
     そいでまぁ、行って、そのーもう『来ました!』と。もう『来たんでお願いします!』っていうことを、
     まぁあのーお願いした、そん時もあのー雨ん中ですね忘れもしないですよ。
     雨ん中そのー、ヴォードヴィルショーにこのやっとあのー地図を見てね、
     たどりついたんですけど、なかなか入る勇気がなかったですよね。
     それでなかなか勇気がなくて、雨ん中もう稽古場の周りタカ(?)のままですよ。
     もう6周ぐらいして『はぁ、やっぱダメ!アカン!行かれへんわ…』って。
     もうね、うっすらこの…ドア越しに靴がいっぱいあるのが見えてるんですよ。
     『うわぁ、もうこんなんいっぱい…いてはるとこに入られーん!』って思ったんですけど。
     最終的に『なんのために来たんやと、ヴォードヴィル入るためやんか!』って思って。
     もう自分喝入れて、勇気出して。もうさっきから近所の人もこの子何回も何回も同じとこ回って、
     『誰やこの子!?』ってみたい見られてるしね、『もうアカン!いい加減にせんとアカンわ!』と思って。
     で、ガッと戸開けて、なんにも見ないんと、下向いたまま、
     『東京ヴォードヴィルショーに入れてくださーい!!』って叫んだんですよ。
     サクラマワリダシテ(?)、誰もいなかったんです、そしたら(笑)。
     それがもう置き靴だったんですね。上履きだったんです。
     んで、中からパーッと、『えぇ~?』って言うて、坂本あきらさん。大先輩ですよ、憧れの。
     素振りしながら『何ぃ?』って言われて、んでたらマネージャーさんがパッと言って、
     『お前かぁ、毎日毎日入れてくださいって電話してきた大阪の女の子は』って言われて、
     『ハイッ!もう来ましたー!来てしまったんです!入れてください!』て言うて、
     履歴書渡したんですけど、それで『ん~、しょうがないなぁ…』って、
     『ちょっとB作に連絡とって、B作がまぁ会うて、あのーどうや。
     良かったら入れてあげるけど。じゃあ、これ預かっとく』って言われて。
     どうやって帰ったか覚えてないです。めっちゃ興奮してめっちゃビックリして、だからねもうね。あのー」
スタッフ「もうでも来てるわけですよね?東京」
久本雅美「来てるんですけど、履歴書渡した途端になんて大胆なことしたんやと思ったんですよ。それはまだ監督やけど。
     私なんて大胆なことしたんやろうって思うたら、もう家帰るまでね、どう帰ったか覚えて覚えてないです。
     家帰ってもう震えが止まらなかったっていうか、それこそもうなんか
     『うわ!めっちゃすごいことした!めっちゃすごいことした!』って、1人でなんか興奮して喋ってて、
     涙がもう出てきて、『うお~!ごっつい!ごっつい!どないしよう!どないしよう!』みたいな。
     なんかこう、つっぱしてきたものが、ちょっと切r折れたというか切れたんでしょうね、糸が。
     ド、ドドドドーッと涙出てきて、うわ、わわわわー言うて。
     『何してんやろ!何してんやろ!もうつこうてしもうてる!どだんだもん!どだんだもん!』みたいな」

 佐藤B作との面接の日

久本雅美「もう焦って興奮してどない緊張してるからどない行ったかどんな道だったか全くまた一からやり直しでした。
     それでもう土足で入ってしまったです、勢いを余ってね。
     もうB作さんの第一声が『君、土足じゃないからここ』って言われたのが第一声です。
     『ハァッ、すいませーん』って言って、あぁ面接してもらったんです」
スタッフ「もうそのころの、B作さんはもう久本さんにとってもう憧れの人っていうか」
久本雅美「もう今でもそうですよ!もうそれは尊敬する憧れの方です。『あっ、佐藤B作さんや!生や!』みたいな、はぁい」
スタッフ「その時話したこととか覚えてます?」
久本雅美「あのー、はいあのー、ま土足やなんやって言われて座って『あっ、すいません!』っつって、
     もう一人誰かあのー知り合いの方の紹介で、ま一緒に入った同期の子なんですけど。
     言ったんです先にね、その子が『殺陣もできますー、踊りもできますー、何もできますー』って言うんで、
     『ハァッ、もうどないしよう…』と、自分はど素人でなんにもやったことない。
     『 これはまずいなぁ… 』って思ってパッてB作さんが『君は何ができるの?』って言われた時に、
     私がそのーいつも言うんですけど、あぁ…って思った時に、『元気です!』って言うたんですよ。
     それがB作さんがすごく、『あぁ、元気が一番だねぇ』。その勢いでそれでまぁ入れていただいたってのが、はぁい」
スタッフ「その場で、こう?」
久本雅美「いえ、違います。何日か、な経ったら電話するからっていうことで。
     で多分2、3日経ってから電話入って、あのー『4月の何日に来てくれ。
     B作がいいって言ってるよ』って言われて、『もう、ありがとうございます』って言って」

久本雅美「へぇ、素敵なとこだもんね。全部のお部屋見たいなぁ。はぁ、あっ!私これ好きなんだよなぁ。あるねぇ、ここすっごい。カッコいい。ほら、すっごいかわいいねこれ」

 思い込んだらまっしぐら
 脇目も振らず突き進んだ

 それにしても なぜ
 大阪のお笑いではなかったのですか?

久本雅美「全然興味なかったっす」
スタッフ「そればかりなんでなんです?」
久本雅美「想像ができなかったっす、自分でも。5年後10年後に舞台立って、ようするに演芸場とか
     そういう舞台立って漫才するっていう自分に一切憧れがなかったし、一切が浮かばなかったですね」
スタッフ「へぇ」
久本雅美「それがホントに不思議なんですよ。うちの母親も言うてました。『よう飛び越えて東京行ったな』って、『不思議だね』って」
スタッフ「でも、友達10人集まった5人集まった10人集まったで面白いことやってる自分はすごく好きなわけ?」
久本雅美「好きです、好きです、すごい好きでした。だけど芸人さんということに対しての憧れがなかったんですよねぇ…。
     もしあったら短大の時からもうすでに、まその時はなかったけど吉本養成じゃなかったけども、
     そういう演芸、演芸場とか通いつめて『師匠ー!』って探してたと思いますよ。
     そ、そういうことに、ま言い方悪いですけどオシャレな感じがしなかったんでしょうね(笑)。
     分からないですけど。なーんかそういう世界に一切思わなかったっすねぇ…。
     演芸で自分が漫才してるなんてもう…『いやいやいや全然、全然嫌や』と思ってましたもんね」
スタッフ「大阪の演芸になくて、東京ヴォードヴィルショーにあったものってなんだったんですか?」

 大阪のお笑いになくて
 東京ヴォードヴィルショーにあったものは?

久本雅美「それは『劇団』ということなんでしょうね。『お芝居』っていうね。お芝居でみんなを笑かしてたっていう。
     そのなんとも言えないその見たことのない世界っていうか。
     ま、ホントに吉本とか松竹はあったんですけれども、
     ま大体そのー決まったパターンのあのーギャグを皆さんがお持ちになってていう、
     だけどホンマにそんななくて、それで『七輪と侍』っていうのがあったんですけど、
     『七人の侍』かけてはって、『七輪と侍』っていうのあったんです。
     それがもうものすごい面白かったんです。『こんなん見たことない!』って。
     演技をしながら笑かして、爆笑の渦に巻き込んでるんですよ。
     しかも、ま言うたないけど、笑い的にも新しい、センスもある、
     若者がみんな笑ろうとる、っていうね。私も泣いて笑ろた。
     お腹抱えて笑ったんです。なんかカッコいいことしたいっていうところもあったのかもしれないですね。
     そういうことが好きやってこともあったのかもしれないですよ。
     までも劇団なんて言うたらそんなもん、そんなもんドロドロした世界はないですけどねっと言って
     ま別にあれですけどあの、オシャレっていう感じではないんですけどね。
     でも私にとってはもう東京のそのお笑いのお芝居やってる皆さんがカッコよく見えたんですよ、ムッチャムチャ」

 親は上京に反対した

久本雅美「まぁ母親がやっぱり心配したんすねぇやっぱねぇ、
     やっぱりそのー東京ということ、ところが怖いというか、イメージ的にね。
     でましてやその劇団とかなるとますっごい怖いかったみたいで
     手紙をもろたんですね、行ってもう間もないころですよ。
     劇団入r『入るでー!』て言うてままにすぐに、その手紙はもう笑いましたねぇ。
     お願いだからね、一つは、あのー『野菜を多く摂ること』。
     二つ目は、あのー『サラ金とかそういったお金には絶対手出さないでください』と。
     『お金なかったら私に言いなさい』と、おy『家族に言うんだ』と。絶対そういう金融のところに、
     まちょうど入ってたんですよねちょうど。出始めで、『出さないでください』と。
     三つ目はね、『麻薬に手を出さないでください』と書いてあったんです(笑)。
     『どこにそんなん売ってんねん!』って話ですよ。もうイメージがそうなんでしょうね。
     『お母さん!』って『麻薬ってどこに売ってんねん!』って話ですよ。
     それぐらいやっぱり怖いっていうか、あのー未知の世界なんでしょう『東京』というところが。
     んやっぱりそういう意味では笑ろてしまいましたけど」
スタッフ「そういうなんかこうご両親の思いを振り切って東京行くことに関しては」
久本雅美「うん」
スタッフ「こうなんか心が痛んだりとかそういうことはなかったんですか?」
久本雅美「なかったです」
スタッフ「ない?」
久本雅美「もうやっぱりやりたいっていう。もうい、もう絶対あのー大丈夫お母さんお父さんっていう、もう『やりたいねん!』っていうのが勝ってますよね」

 東京で最初にしたことは
 家探しだった

久本雅美「田舎もんですよ。あのー、ま東京を知らないですから、あのーフドウヤサン、不動産屋行って。
     あのー2人で女の子一緒にま出てきた、立野さんですけど、
     『2人で住むんですけど、2万円で風呂付きで、原宿』って言ったら怒られました。
     『そんなもんないよ』って言われて。『あぁ、じゃあ新宿』って言って、『そんなないよ!』って。
     新宿と原宿しか知らないんですよ。で、お金ないから
     『じゃあ、1人まぁ1万5000円ぐらいまで出せるかぁ』言うて、なんやかんや言うて、
     で2人『でも2人だから2部屋ほしいんですー』とか言うてるうちに、どんどん遠くなって、
     風呂なしで線路沿いの保谷(現 西東京市)でした。はぁい。そこにマンション最初に住ましてもらって…」
スタッフ「風呂なし?」
久本雅美「風呂なしです。はぁい」

久本雅美「入るまでに、言葉やなぁ。ありがとーございまーす」

 そのころ 人に言われた
 忘れられない言葉を書いてください

久本雅美「ヘヘッ(笑)。ホンマに悩ましますねぇ」
スタッフ「フヘヘヘ(笑)」
久本雅美「色んなことあったもんなぁ…。うーん…、うーん…」
スタッフ「まぁこの期間は色んなことあった。まぁ今だったら」
久本雅美「そうですねぇ。それこそホント一番自分が『転機』ですもんね。
     なんやろねぇ、いっぱい色んな人に励まされてぇ、『頑張ってこい』と言われて、
     そのー行ってたジーパン屋さんもあのー出ていく時に商店街から
     仲よくないあのー近所のその仲良しさんからそのー喫茶店の人とか、
     みんなねカンパしてくれたんですよねぇ。それでー、ホントにいただいたお金を握りしめて行くわけですし、
     また妹もまた出て行く時にお手紙くれはって、それでまぁ『お姉ちゃん頑張れー!』みたいなこと書いてて、
     5000円が入ってたっていうのがもうね、私にとってはもう最高の思い出で。
     まぁでもそうですね、一緒に出てきたその女の子、うーん…、立野さん(立野匡美)って言うんですけれども。
     まぁそやなぁ…。私は『ひさ』って言われてたんですけど、もう『ひさ 行くしかないやろ!』と」

(ひさ 行くしかないやろ!)

久本雅美「一瞬、『大丈夫やろか?』みたいな雰囲気が流れた時に、立野が『ひさ 行くしかないやろ!』って言われた時に『ホンマやなぁ』って言うて」

 親友が背中を押してくれた

久本雅美「『もう行くしかないなぁ…』って、2人ともいい意味でアホで良かったです、ホントに。ホンマに良かったと思いますね、そういう意味では。うーん」
スタッフ「成功物語、自b自分が主人公のなんかゴールっていうのはどういう感じですか?」

 成功している自分の
 イメージはありましたか?

久本雅美「いや満杯のお客さんを笑かしてるというイメージでしょうね。
     うーん、ゴールって言われたどうかっていうのは分からないけど、
     とにかくビッグになるっていう頭の悪ーいあのー、ヤンチャな夢ですよ。
     それはテレビに出るとか、そのーなんかやるとかっていうことに集中するんじゃなくて、
     とにかくこう、『お笑いの女優さんになって、みんなに笑ろうてもろうて、有名になっていくんや!』
     っていうことなんでしょうねぇ。『活躍していくんや!』っていう」
スタッフ「ま、ご自分ではこうガッツあったと思うんですよ」
久本雅美「めちゃめちゃあったと思います。だ勢いだけの生き物なんですよ。
     だからよかったと思いますよ。あれ変に頭良かったら、多分こういって、
     ああなって、ああなって、こうなるからあぁちょっとやめとくかなとか、
     色々思う人がいてると思うんですけど。私はどっちかっつたら計算で生きるというよりも
     感性で生きていくタイプなので、もう『行けー!』って言われたら『行くんやー!』っていう勢いだと思いますね」

久本雅美「これ何?へぇ、これ大好き!大好きでしたねぇ、持って帰ろう」
スタッフ「ヘヘッ(笑)」

 何者でもなかった女子大生の
 運命を変えたのは

 思い込みの激しさと
 一歩を踏み出す勇気でした


女性ナレーター「次回の『マイロード』は、久本雅美さんが若き日の挫折を語ります」

久本雅美「もうやるたんびに『何が面白いんだー!』とかね、『それでお客さんに伝わると思ってんのかー!』とか言われて、だんだんこう、それで何が面白いのか、何が面白くないのか、分からなくなってくるというのと」

女性ナレーター「自分たちのお笑いをやりたい。一か八か、久本さんは勝負に出ます」
ツールボックス

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