闇は去り、太陽は昇った~平成の宗教改革~第三部

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第三部 飛翔する創価学会と没落する日顕宗


闇は去り、太陽は昇った
~平成の宗教改革~

第三部
飛翔する創価学会と
没落する日顕宗

世界に平和のネットワークを広げるべく池田名誉会長は徹底した行動主義で世界の知性と対話を重ねていく。
名誉会長の卓抜した哲学とリーダーシップは権威・権力との闘争を広範な人間主義の民主運動へと昇華させていった。
創価学会が一貫して取り組んできた人道支援・国連支援・平和運動も地球規模で飛躍的に拡大する。
ますます世界が注目し期待される団体へと発展した。

ハワード・ハンター博士「池田会長の発信されるメッセージは、腐敗や人間の生命を支配しようとする
絶対的権力の横暴を許さない大変に前向きなものです。それは人間の心の自由、人間性の復権を目指すものです」

N.ラダクリシュナン博士「世界各地の庶民にも分かる平易な言葉を駆使して
20世紀そして21世紀の進度に影響を与えてこられました。こうした活動の全てが国際社会に
度重なる影響を与えており、池田博士は20世紀同様21世紀のケーシツ(?)した指導者だと世界は捉えているのです」

高まる海外での評価。そこには極悪日顕宗と間断なき闘争をするSGIメンバーの姿があった。

日顕宗と闘うSGIメンバー

学会破壊を目論んだ卑劣なC作戦。そこには宗門による海外組織の直接支配なども計画されていた。
平成3年、海外部書記・福田毅道はSGI本部に宣戦布告をする。
「国内の創価学会のみならず海外のSGI組織についても、徹底して切り崩し、破壊してまいります。」

歴史と情熱の国スペイン。この地で日顕宗は卑劣な学会切り崩しを目論んでいた。
1991年6月、海外部長の尾林広徳が乗り込んできた。

パブロフ・フアレス 男子部長「尾林はSGIを脱会した檀徒のみに御本尊需要を行いました。それは御本尊を脅しの道具にして脱会者を募る悪辣な行為でした…」

93年末には日顕自ら乗り込み、親修を行った。

パブロフ・フアレス 男子部長「世界的にも有名になったマドリード寺院での日顕の『居眠り勤行』。
これによって法主日顕のイメージが虚像であったことが世界にもスペインメンバーの中でも明らかになりました。
そういう意味でも93年の日顕親修はスペイン全身の大きな出発点となったのです」

スペインの青年部は立ちあがった。「スペインの地に二度と日顕を踏み入れさせない!」この決意で日顕宗との闘いを開始した。
そして2005年、スペイン青年部は文化祭を開催。
日顕宗の嵐が吹き荒れており14年、スペインは20倍の公布拡大の結果を持ってこの日を迎えた。

パブロフ・フアレス 男子部長「演技ももちろん大事ですが悪との闘いがその根本になければならないとの思いで、
皆がこの文化際に挑みました。池田先生よりスペインの大勝利とメッセージをいただきました。
文化祭はまぎれもなくスペイン創価学会にとって悪との闘いの勝利の証であると、私たちは確信しています」

ここシンガポールでも日顕宗の陰湿な破壊工作が行われた。

余徳昌 青年部長「とにかくメンバーに指一本触れさせないという思いで家庭訪問を全力で行い日顕宗の実態を語りに語っていきました」

極悪との闘いの中で、海外初の会館寺院の建設や創価幼稚園の開園など、飛躍的な発展を遂げてゆく。
そしてさらなる法華講救済運動にメンバーは一丸となって闘った。

余徳昌 青年部長「一人の人生を救うんだ、という思いで闘い極悪との闘争に大勝利して、2000年に先生をお迎えすることができたのです」

2000年、池田名誉会長がシンガポールを訪問。
犬作「あぁ~~~」
大統領との会見をはじめ、様々な公式行事に参加する一方、メンバーに渾身の激励を重ねる池田名誉会長。
犬作「だから偉大なんです。それで仲良く朗らかに。サンキュー」
それはシンガポールの新たな歴史となった。

余徳昌 青年部長「先生のメンバーに接する誠実なお姿を拝見して、
正法を実践する振る舞いとはどういうものかということを教えていただいた思いです。
シンガポールの青年部としてはこの極悪とは断じて闘っていく。そして正義の連帯を拡大していきます」

露呈する日顕宗の実態

学会切り崩しにことごとく失敗した日顕は、「法主絶対論」を主張し始めた。
法主絶対論
宗門発行の機関紙によると「現代の大聖人」「御本尊と不二の尊体」などの記述がある。
この主張は宗門700年の歴史の中でも邪儀の極みである。

小林正博 主任研究員「実はあー大石寺のまぁ700年の歴史の中でも、
えー法主絶対論は主だったところで3回ぐらいですかね、出てきてます。
そのーおー法主絶対論が出たきたあー背景には必ずダメ法主がいた。
そのダメ法主がなんだけれども批判されるから、もうそれをおー…封じ込めるために、
そのためにその法主絶対論が出てきたと」

ハワード・ハンター博士「そういう主張は一種の宗教的病理です。自分を絶対的立場に置くことや
他者が誰かを絶対的立場に置くことは大変に憂慮すべき事態です。こうした態度は仏の教えの否定になります」

開祖・日興上人曰く、「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」(日興遺誡置文)
「昨2月2日、日蓮正宗管長の阿倍日顕猊下に観経疏の送付し…」
日興上人の掟を守り日蓮正宗内部から離脱する僧侶が相次いだ。
「…並びに現宗門執行部の反省・懺悔と総退陣を要求するもので…」
「現宗門の誤りに対し…」
そして宗門の歴史上、前代未聞の事件が起こる。



それは、大石寺大奥対面所での日顕と所化との目通りの時であった。
日顕「おい、顔上げろ」
(所化達が一斉に顔を上げる)
駒井専道「本日は教師指導会にあたり、末寺在勤の者がお目通りに願いました。それでは早速端からご挨拶しなさい」
(端にいた坊主より先んじて後ろの菅原雄政が立ち上がる)
雄政「応顕寺(横浜)在勤の菅原雄政でございます」
(日顕の前に歩み寄る)
雄政「色々悩んできたことをしたためて参りました」
(雄政、紙を取り出して読み上げる)
雄政「離山の書!私達、青年僧侶有志は宗開両祖の御精神を忘失し、広宣流布の聖業を放擲し
あまつさえ仏意仏勅の団体たる創価学会を破門するという暴挙を犯すに至った猊下
宗門と決別し、その真の改革をなさんがため…」

雄理「おい、御前様の前だぞ…おい!」
(後ろの臼倉雄理が怒鳴る)

駒井「何をやってるんだ…下がりなさい!」

雄増「黙れ!」
(後ろから植松雄増が叫ぶ)
雄増「これ以上我々の自由を奪うつもりか! 日顕、悪いのはお前だ!
(某名探偵のように日顕に指を向ける雄増もとい コナン坊主 (勝手に命名だYO!)。あっけ取られる日顕)
便乗坊主(大塚雄能)「 そうだー!お前が全て悪いんだぁー!!
山口雄在「そうだ!」
松岡雄茂「そうだー!」
雄理「貴様らぁあああ!!」
「うわぁああああ!」「やめろー!」
(乱闘☆状態)
雄政「これ以上、信心無き、慈悲の無い貴方には付いていけない。全ての責任は、貴方にあります」
(日顕唖然)
日顕「ハァハァハァ…」

こうした離脱僧の証言から、これまで隠されてきた日顕宗の実態が、次々に露呈していく。
大石寺では、合葬として預かった遺骨を、納骨堂に厳粛に保管しているとされてきた。
しかし、この遺骨を使用済みの米袋に無造作に詰め込み、大量に放置していたのである。

山口雄在 住職「マンホールのふたを開けるとすぐに、このカビ臭いジメジメとした臭気が、
異様な臭気が漂っておりました、誰のお骨であるか、
想像すrする事も彼らにもありませんでした。単なる物でしかありません」

さらには、遺骨をつめた米袋を、大石寺境内の空き地に穴を掘り、遺族に無断でゴミ同然に埋めていた事実が発覚した。
これを知った遺族は立ち上がった。『遺骨不法投棄事件』は、ついには社会問題へと発展していったのである。

C作戦発動から1年半、シアトル事件報道が宗内外に大きな波紋を広げた。

日顕が教学部長だった昭和38年、世界公布のさきがけとして、宗門初の海外出張御授戒が行われた。
当時、ヒロエ・クロウさんは支部長としてアメリカ・シアトルに日顕を迎えた。
卑劣なC作戦を目の当たりにし、クロウ夫人は衝撃的な告発を行う。
シアトルで日顕が売春婦とトラブルを起こし、処理にあたった。日顕には法主の資格がないと。

告発を報じた創価新報に対し、日顕は名誉棄損であるとして、20億円の損害賠償を求める訴えを起こした。
阿部日顕は当初ホテルから一歩も出ていないと、クロウ夫人の証言を全面的に否定。
シアトル事件が本当なら、法主をやめると宣言した。
ところが、クロウ夫人の出廷直前になって、日顕は180度変更した。

宮原守男 弁護士「裁判直前になってですね、そのぉ日顕が今まで
『一歩も外へ出ていない』という供述をひるがえしてくるわけです。
で、『あれはね、売春をしたのではないと、酒を飲みにいったんだ』という供述を言うわけです」

この裁判で、日顕は三度出廷したが、その後も供述を何度も変更するなど、随所で不自然な言い訳に終始した。

宮原守男 弁護士「最初は『一歩も出ていない』、次は『ウイスキーを飲んだ』と変えた、
で今度はですね、そのぉ宿泊場所であるオリンピックホテルにも『泊まっていない』と言い始めるんですよ。
日顕がこう一つのウソをつくことによって、そのウソを正当化するためにね、
次から次にウソをいい続けると。ということを裁判所に明らかにしたわけですね」

平成12年3月21日、東京地裁は創価新報などの記事の真実性を認めて、学会側の全面勝訴の判決を下した。
日顕側は控訴するが、裁判所は和解を強く勧告。そしてついには、自ら提起していた訴えを全面的に取り下げた。

宮原守男 弁護士「自分の方で訴えてそれで取り下げるのですから、
訴えが間違っているから取り下げるという意味ですから、そういう内容の和解ならばね、
これはもう勝訴判決と同じだと私は思ったもんですから合意したわけです」

そして、赤坂の一流料亭での宴会写真が公表された。
(赤坂の一流料亭での宴会写真)
相次ぐ不祥事にいら立った日顕はこのような開き直り発言までしている。

(日顕の肉声)
暴露だとか、脅し記事なんかに恐れんなさんな!
何も暴露されたことが、堂々と「あー、私は若い時にちゃんとあそこへ遊びに行きましたよ」と
堂々と言い切るぐらいの覚悟を持ちなさい!

小板橋明英 住職「まぁその程度の人でも法主になれたという、
ほかのまぁ他宗のその大教団ならそんな絶対なれないですね、いかにですから
そういう社会的に見ても、程度の低いというか、そういう団体だったということでしょう」

この芸者騒動が海外にまで波及、日顕が女房の政子同伴で豪遊した台湾では、現地マスコミが一斉に反発。
有力テレビ局が軒並みニューズ番組で日本の花和尚、食肉飲酒の妻帯坊主と報道した。

韓国では宗門が福祉施設と偽り寺院を建立。布教所建設を企んでいることが発覚した。
地元住人はこれに怒り、抗議のデモを起こす。釜山市当局は日顕宗を告発した。
出入国にも違反した日顕宗の坊主は、反社会性を問われ、国外追放処分となった。

アルゼンチンではマザー・テレサを「地獄へ堕とす悪魔」と冒涜。
これに対しマスコミは猛反発。アルゼンチン宗教局は、98年7月、宗教法人登録を抹消した。

ここブラジルでは、メンバーの真心のご供養で建立された一乗寺を不当に占拠した。
当時、一乗寺に務めていたリョウコ・オオハマさんはその時の怒りをこう語る。

リョウコ・オオハマ「私たちが学会で学んできた宗門を外護すること、
これが宗門によりすべて崩され私たちは完璧に裏切られたのです。
その悲しさを思うと言葉になりません。この状況を絶対打開しなければ、勝たなければないと決意しました」



池田名誉会長がまさに命をかけて切り開いたこのブラジル公布。
名誉会長とメンバーとの絆は卑劣な宗門の画策にも微動だにしなかった。そして破邪牽制の祈りと行動を猛然と起こしていった。
ブラジルSGIは13回にわたる一乗寺裁判に完全勝利。宗門の乗っ取り計画を完膚なきまで打ち砕いた。
一乗寺は公布の拠点として生まれ変わったのだ。

リョウコ・オオハマ「とにかくこの問題を知らない人がたくさんおります。
そのたくさんの方々に慈悲を持って教えていかなければならないという使命を私たちはいただいていると思います。
私の決意としては何があっても池田先生とともに戦っていく、同志のために公宣流布のために先生の弟子として戦っていく。
これが私の最大の決意であり、また生涯の生きざまであると決意しております」

「民衆救済のため、御本尊を授与していくことは、大聖人の仏法の……に最もかなったことであることを宣言するものでございます」
平成5年9月、創価学会は日寛上人書写の御本尊授与を決定。
全世界の同志がこの決定に歓喜した。さらに創価学会は葬式仏教との決別を図るべく、友人葬を開始した。

梶田叡一 学長「それは同志が集まってですね、でやっぱり先輩をですねお見送りをする。
そして遺されたものはまた新たな力を得ていく。これが私はねやはり仏教の、
その本当の宗教のえーやはりあの葬儀の本質じゃないかなと私は思います」

さらには年忌法要や七五三、結婚式なども僧侶抜きで行うようになり、その一連の確信を『平成の宗教改革』と名付けた。
それは創価学会が、衣の抑圧から完全に独立したことを意味している。

リチャード・シーガー博士「会員に力を与え、皆が自立できる方法でやっていこうとする創価学会の運動は大変に素晴らしいことです」

断末魔の法主

平成5年、学会を恐喝し実刑判決を受け収監されていた山崎正友が黒羽刑務所を仮出所した。

すぐに山崎には日顕宛に謀略書簡をつづった。
「御法主上人猊下の御慈悲に富士の清流がたもたれたことを、後世の僧俗方は感謝されることでありましょう。」

かつて、「偽法主」「宗内切っての遊蕩児」「ゼニゲバ」と週刊誌で酷評していた日顕に対し、
「私が“御相承”を拝信するに至るまで」を寄稿するなど、手のひらを返すように心服随従することを表明した。
そして、山崎を大嘘つき呼ばわりした日顕も軍師として山崎を迎え入れた。ここに2人の思惑は一致したのである。

日顕宗の軍師・山崎は日蓮宗主催の後援会にたびたび出席。学会攻撃に協力するよう求めた。
こうした山崎の動きに日顕宗も迎合していく。ご老僧のまつるたる日顕宗との交流は開祖・日興上人に背く大罪。
そして断末魔の法主は世界を揺るがす暴挙に出たのである。

(大石寺の正本堂が破壊されるシーン)
平成10年6月23日、ついに日顕は800万信徒の真心の浄財で作られた公宣流布の殿堂、正本堂破壊を強行した。
正本堂破壊
建築技術の粋を集め、世界最高の宗教建築とたたえられた正本堂。その建立は当時の学会員全ての願いであった。

柳楽和善 副会長(元聖教新聞記者)「もうそれぞれ必死の思いでこのご供養をされて、えーその自分たちがご…供養した建物が、どんな風にできるんだろうかと」

八矢弓子 総主事「え、いまだに正本堂ああやってご供養したって話はね、どこへいっても出るんです。あの時しましたって、あの時、私はご供養しました」

(大石寺の正本堂が破壊されるシーン)
建立からわずか26年で破壊するという暴挙であった。
破壊行為を間近に見た地元のメンバーたちは悲しみを乗り越え、さらなる闘争を決意していった。

清律子「日顕は建物を壊しても、あたらのね心の中の、あるえ…宮殿までは壊せないってこう自分に言い聞かせてね、お題目あげましたよね」

佐野光世「もう絶対あれは忘れないでいようねって、この素晴らしいね正本堂を壊しちゃった、
これはね絶対この悔しさは忘れないでいようねってことでね、いつもあのー…まぁ婦人部の方、
あのー…会員の方々とね話しをしておりました」

狂乱の法主は戸田会長・池田名誉会長の赤誠を次々と破壊してゆく。
こうした破壊行為を繰り返す背景には日顕のある野心があった。

渡辺慈済 住職「すなわち、日興上人…ぇー以来……自分が最高の権威である、と。
そういう、ひとつの野心があった。邪魔になったのは日達上人の…と池田先生の業績だよ。
建物として残ればね、その猊下の功績として残るわけだから、
だからすべての総本山の破壊っていうか、建物の破壊もそこにつながっていく」



その日顕を根底から揺さぶったのが、平成11年7月7日に発覚した河辺メモである。
「戒壇の御本尊のは偽物である。」「種々方法の筆跡鑑定の結果解った。」
日顕は教学部長という要職にありながら信仰の根本に疑念を抱き、戒壇の大御本尊を鑑定にかけたうえで、偽物と判定していたのである。

小板橋明英 住職「まぁ宗旨の根本のね戒壇の御本尊様を、そういういわゆる、鑑定とか、
あのーやってる人がいるということですごい皆びっくりしたと思うんですね。
ま、結局、信仰が無いからこういう学会に対するこういうことも起こすんであると、いうことですよね。
そういうひとつのきわめて象徴的な事例ですよね」

偽物発言は自らを信仰心の無い「エセ法主」と証明する結果となった。
悩乱の極み、破壊の限りの尽くした日顕宗はことごとく断罪される。
実に最高裁で7回、法主自身も2回断罪された日顕宗。司法の場でもその反社会性は証明された。
かつて、日本最大の仏教団体として興隆した姿も、今や見る影もない。
信徒数もかつての2%。実に戦前の数までに激減したのである。
そして、日顕の謀略に加担したペテン師・山崎正友もみじめな末路を辿る。裁判での敗北は16件に及んだ。

平成17年、四半世紀にわたって謗法の限りを尽くしてきた法盗っ人、阿部日顕はついに退座した。
2代目ニセ法主に就任したのは早瀬日如。
早瀬日如

小板橋明英 住職「もっと悪質だと思うよね。日顕のその間違った教えを黙って受けた今度の早瀬日如。
やはり日顕と同じような行為だと思います。んーだから、要は、戦い続けなければならない」

谷川佳樹 副会長「悪と戦わない限り善は生じないと。自分自身の成仏も前進するし功徳も湧くし、
えーこれはもう永遠にえー日顕宗の悪とは戦い続けていく以外ないし、それがあー仏法者の闘争だという風に思います」

平成17年、創価学会創立75周年を祝う記念幹部会において、ロシアのシードロフ委員長はこう叫んだ。
通訳「本日のこの日の会議、会合のことを一言で申し上げさせたいと思いますけれども、
これはやはりプーシキンの言葉で表現できるのでないかと思いますが、
そこにまさに創価の思想も入ってると思います。『太陽よ万歳!闇よ消えろ!』」
犬作「おぉ~!大詩人!大詩人!大詩人!」

魂の独立から15年。
あの日、名誉会長とともに決然と立ち上がった学会員は、あらゆる謀略や弾圧を完全と勝ち超え、世界宗教へと確かな飛翔を続ける。
今や、190カ国地域に連帯を広げる創価学会。そこには1600を超す識者との対話を重ねた池田名誉会長の戦いがあった。
名誉会長のたぐいまれなる功績への理解と称賛は、五大陸へとあまねく広がり、200を超える名誉学術称号をはじめ、世界からの憲章は2200を数えた。

リチャード・シーガー博士「現代において池田氏のような人間主義の人物が出現したということには、大変励まされます」

ローレンス・カーター博士「池田氏が時代に与えるインパクトは大変なものです。ガンジーやキング、その他の偉人さえもできなかったことをなされています」

N.ラダクリシュナン博士「池田先生から指導を受けられるということ、恐らく皆様の世代だけに与えられた栄誉です。
だから先生の著作を勉強してください。現代の最も崇高で偉大な平和活動家であり、
先見性に秀でた哲学者である先生から指導を受けられることにどうか誇りを持ってください」

必死の一人が公宣流布の胎動を切り開いてきた。
その戦いは人間の尊厳を踏みにじる権力の魔性との間断なき闘争であった。
歴史を忘却することなく、極悪に対しては断じて追撃し続けていかなければならない。
戦い続けること。これこそが正義を打ち立てる唯一の道であるからだ。

仏とは戦う「心」であり
戦い続ける「人間」である

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