ヒューマントーク3

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(ナレーター:全国で、楽しく朗らかに繰り広げられる大座談会運動。その中で創価学会に入会した喜びを胸に、ハツラツと活躍する新入会のメンバーの姿が、新鮮な共感(?)を呼んでいます。)
(タイトル登場)ヒューマントーク3
(字幕)私と創価学会の出会い


伊志嶺恒洋パート


(ナレーター:沖縄県那覇市、ここに地域で評判の にこにこ整形外科 (天魔運営じゃないですよ)があります。
この医院は親切な応対と、人間味あふれる診療をモットー、どこまでも患者を大切にする姿勢が評判となり、多い時には、1日に300人もの外来患者が訪れます。

伊志嶺恒洋(以下、伊志嶺と表記):ちょっとこの人はこの・・・あっそうですか

(ナレーター:この医院の医院長が伊志嶺恒洋さんです。ひとりひとりの患者さんに、最高の診療をと、常に努力する伊志嶺さん、彼は創価学会の一会員なのです。
宗教は弱い人間が信じるもの、という偏見があった伊志嶺さんは奥さんの恵子さんを通して、創価学会の真実の姿を知りました。)

創価学会を知ったきっかけ
伊志嶺:えー入会するにあたっては、あのー一番最大の、えーそうですねきっかけというのは結婚でして、えー結婚する相手の女性がですね、あのー小さいころから創価学会の、えー事を信じてたと、いうふうになりましてですね、彼女と出会った中で一番、えーやっぱりびっくりしたのは、えー境涯をかえるという強い意志、の強さっていうのをですね、一番私の中では、あの、印象に深く残ってます。だから、あのー彼女に、彼女がなんていうか生き生きしてる目とかですね、生き生きしてる態度っていうのがですね、その、うちあの学会の中でですね、鍛えられて学会の人たちにそういうことを教えられたということから、あぁこういう風を考えさせてくれる学会ってなんて素晴らしいということをですね、実は、すんなりと、あのー素直に不思議と受け入れられました。

(緑服のおばさん:この度学会ということは、言ってませんけど・・・・・・ですね、色々教えてくださる)

(ナレーター:恵子さんの力強い生き方に、自分にはない輝きを見た伊志嶺さんは、ケイコさんに誘われるまま、座談会に参加するようになります。)

座談会に出席して――
伊志嶺:あのー、座談会にあのー参加した時に正直言ってびっくりしたことがたくさんあります。それはどういうことかというと、その体験発表なさる方々が、あのー自分の成功だけじゃなくて、失敗をですね、主に失敗ですね、失敗を、あからさまに話してくれて、私にはとてもそれが身近に感じられました。要するに、私自身も失敗をたくさんしてきましたんで、そのー感動することがたくさんありまして、あのーなんて人・・・ひt他人に対してですね、ある意味では恥の部分をですね、堂々と話される姿が、とても感動的でですね、えーなんて素晴らしいんだろうと思いました。

入会後の夫の変化について
妻・恵子さん:ま、最初はすごく傲慢なところもありましたし、親切にしてくれる人は、なにか計算がある、打算がある、あるいはまた、人のために何してやる必要があるのだろうかって、で、人を育てるなんておこがましい、っていうような考え方だったんですね。だから、っぱりこう、うーんその組織の温かさとか、組織のこの雰囲気とか、いち、おばあちゃんのパワーとか、使命感、そういうものをやっぱり、普通の人から感じることによって、どんどん考え方も、うん、顔も、行動も、あの変わっていったように気がします。

ナレーター:純粋に人生に取り組む学会員の姿に触れ、宗教は自分を磨き、高めるものだと知った伊志嶺さんは、平成5年10月に入会しました。その後は、仏法に説く、生命尊厳の理念や、池田名誉会長のスピーチから、一人の人間を大切にする精神を学び、さらにそれを指針として、自らの診療活動に生かし反映させているのです。

入会後の変化について
伊志嶺:入信する前っていうのは、やっぱり物事は打算でしたん・・・打算で考えていたような気がしますし、えー人生を生きる上においては、必要なのは要領のよさじゃないかという風考えてたこともあるんです。でーそういう点がですね、あのー入信した後は、えーすべて自分でやっていく、なに、あのーどんな問題が起こっても自分で解決していくんだという風にですね、それを強く持てるようになったというのがですね、入信後一番変わった点だと思います。

伊志嶺:医学の勉強をして、あのーいろんな科学的な考え、例えばこうなれば病気はこうなるっていう風に、あのー教わってきましたけれども、治療するんでも、あのー患者さんに対して、病気を持っているいs一人のものとして、見てた自分が前はあったんです。ところが、えーこういう風に創価学会にでn出会えて、心の勉強いろいろさせていただくうちに、やっぱり心が大事だなという風に、あのー改めて実感しまして、骨折一つにとってみても、あのー病気だけに立ち向かわず、やっぱりその人間、の生活、背景、というのを考えてですね、治療ができるようになったというのがですね、私の中に少しずつ沸々と、あの身についてきたことじゃないかなぁと思って、えー私とてもはそういう面に対して感謝しています。

ナレーター:各地のセミナーに引っ張りだこの伊志嶺さん。信仰を根本に、地域社会に貢献していこうと、忙しくとも充実した毎日を過ごしています。


岡田敦子パート

ナレーター:北九州市小倉

ナレーター:ここにも創価学会の素晴らしさを知り、入会した婦人がいます。

(ピアノを弾く子供とピアノを教える岡田敦子)

岡田敦子(以下、岡田と表記):ド、レ、ミ、レ、ドー

ナレーター:小倉南区で音楽教室の講師を務める、岡田敦子さんは、声楽家としてコンサートの舞台に立つ傍ら、学会の婦人部や、近隣のママさんコーラスの指導に当たるなど、地域文化の向上に情熱を傾けています。そんな岡田さんも、以前は学会に対する考え方は、今とは大違いだったのです。

週刊誌の記事に惑わされて――
岡田:あの週刊誌とかですね、マスコミなんかで、割とあのー学会のことがあのー、非難されてましてですね、でーなんか活字に弱いものですから、それをそういう風に出てるとすぐなんかそれを信、信じてしまって、なんかそれが真実であるような感じを、受けてしまうんですよねー。

岡田:いや実際はどうなんだろー、っていう風なことでね、それで姉に正したりしてました。だからどこまでが本当で、どこまでが嘘なのかなーとかですね、あのー週刊誌とかこういうところ、あのーそういう風に書いてあったけどこれはいったいどうなってるのーとか言ってですね、それはもう盛んに電話でですね、ああじゃないこうじゃないとか言ってですね、姉と口論しました。

姉・山口隆子さん:まあとにかく週刊誌、とかまぁ一部のマスコミがね、もうほんとにあのー裏固めっていうか、あのそういったことでほんとにもう特に学会に対してはね、あの、ありもしなことをね、掻き立ててる、って、でそういった所をいr色々話していきましてね、そいであのーとにかくその、あの真実のやっぱり創価学会、それから池田先生の行動をですね、やっぱりあの知ってもらいたい、っていうそういったやっぱり一念がありましたのでね、あのー・・・もうとにかくこちらが誠心誠意ね、あのーこう話していく以外にないと思ったんですね。

岡田:池田先生はもう、ほんと素晴らしい方なのよーって、あの、世界の有識者の方と、あのー対談をずーっとなさって、であのー、世界各国から招かれてですね、そしてあの大学で講演をなさったり、もう素晴らしい方なのよーって聞きまして、そしてあのまぁ聖教新聞なんかも見ましてですね、あのーほんとに世界に羽ばたいていってる創価学会っていうのを、だから姉の・・・あの話では、もう日本だけで評価されないで、あの世界ではもうみんな認めてくれてるのよーって言ってですね、あのーそういうのを、姉から聞いて、あのだんだん、あのーそうじゃないかなーっていう風にですね、週刊誌のが間違っているんじゃないかなーって、そういうのがだんだん確信持てるようになってきました。

♪あーいするきみたーちよー(『青年よ広布の山を登れ』を歌う婦人部と指揮をする岡田)

ナレーター:山口さんの、長年にわたる誠意を尽くした対話によって、それまでの学会に対する偏見を改めた岡田さん。自身の悩みの解決のために、平成2年5月に入会を決意しました。

入会の動機について
岡田:あのーなかなか入るきっかけっていうのがつかめず、あのー聞いているうちにだんだん心が変わっていったのは事実ですけど、あのーそれと弟がちょうど平成2年に、あのー亡くなったんですよね。それでそれもショックで、で子供のこと・・・で悩みがあったということで、そして、あのーこの宗教はあの間違ってないなーっていう姉の姿を見て感じてましたので、で自分の悩みとか、そういうのも、あの救われたいなーっていう思いがあって、入信しました。

(女性2人と歩く岡田)
ナレーター:創価学会に飛び込んで、間違いのないことを実感した岡田さん。信仰の実践を貫く中で、これまで体験したことのない、生命の躍動感を覚えたのです。そして、さらに地域社会に貢献していきたいと、多くのメンバーや友人とともに、座談会運動に、音楽活動に、ハツラツと取り組んでいます。

学会員の人柄について
岡田:あのー、色んな地区の方とですね、あのー、心の輪を一つにして、あのー・・・一つのことを祈っていくっていいますかね、皆の幸せっていうか、あのー・・・それを祈っていくっていうのは本当に、素晴らしいことだと思いまっす。自分のことだぁけどもなかなかですね、あのーお題目が上がらないことが多いですのでですね、人のためにそれだけ、長い時間ですね、祈ってくださってる姿は、ほんとにありがたいと思いました。

岡田:で皆さんとのですね、あのー・・・心の輪って言いますか、それをー・・・t、つけていって、自分があのー、ますますですねーあのこの、学会のことが分かっていきたいなーって思ってます。


仲本工事パート

(前のパートが終わって、いきなり鉄棒をしている仲本工事が映る)
仲本工事(以下、仲本と表記):よいしょ、はっ!こんにちは仲本工事です。

ナレーター:テレビに舞台に大活躍の、仲本工事さん。味のあるキャラクターと演技で、子供からお年寄りまで、幅広い人気を集めています。仲本さんの入会は平成6年の5月3日、晴れて入会出来たのは、すべて奥さんのおかげという仲本さんに、それまでのプロセスなど、色々と聞いてみました。まずは入会前の宗教に対する認識について

入会前の宗教観
仲本:そうですね、認識ってゆーのは・・・まったく無かったねwwwww 宗教っていう物自体に、その・・・こう意味があったり、なんかっていうのは全然感じなかったし、大体生まれてからうちに、ねぇ、仏壇があり神棚があると、んー・・・だから一つの習慣の中に入ってたと・・・ていうのが宗教であって・・・一般の家庭では宗教って言っても、こう・・・ただ仏壇に拝んだり、なんかっていうことくらいにしか思ってない方が多いんじゃないかな。僕もそうだったからね。うーん・・・

(春が来たを歌っている学会員たち)

(から揚げ音)

ナレーター:仲本さんが創価学会を知るようになったきっかけは、平成2年に先に入会していた、奥さんや子供たちから、「座談会に出てみない?」と誘われたことにありました。軽い気持ちで参加した座談会。そこで学会員の生き生きした姿と、人生に前向きに取り組む姿勢に触れ、それまで持っていた宗教観とは違うものを、仲本さんは感じたのです。そして入会を決意するに至ります。

入会のいきさつ
仲本:うちの長女が、学校・・・小学校を受けるっていうときに、あのー創価小学校も受けたいと、いうことになって、僕はよくわかんなかったんだ。うん、いj・・・いいですよ、とにかく受けてね、やるだけやろうよと、というふうにして、じゃあ親の面接もあるから、じゃあ少しでも、なんか予備知識を得なきゃいけないだろうと、いうことで、じゃあ学長の書いた文献を読もうと、まぁそれは池田先生というのはわかっていましたから、うーん・・・池田先生・・・の本いっぱいあるけどどれがいい、と、いうことで、でー・・・ま、人間革命があるから、それを、読んだら、ということで女房が薦められて、それで、読み始めたら、これはすごい、まず本だなと・・・いうことから、これを書いた人はすごいな、でも書いた人もすごいけどこれを説いてった人もすごいな、そのうちにすごいも何も黙って読むようになっちゃって、うん、それから書き出して読んだりね、なんかしながら、やっていくうちに、うーん・・・学会っていうのはこういうもんだな、池田先生もそうだし・・・先生もすごいなと、そのすごさがね、どんどんどんどん広がっていってね、あっ学会ってすごいぞとwwwいうのがwwww思いですね。うーん・・・で、学校へ・・・えー・・・入試を解きに、まぁ父兄と一緒に、ね行くということで僕も行って、で、その時に、感じたことは、生徒さんがみんな、その、階段とか、そういうところにきちっと立って、こちらですということははっきりしてるし、ほかの学校と違う・・・ちっ違って、生徒さんの背筋がぐうっと伸びてたんですよ。なんか、よその学校と違ったように感じたんで、これはー・・・すごいなと、またすごいな、なんかすごいなの、ねぇ、人生が始まっちゃったみたいで、うーん、入れたらいいなっていうんでまた、よく入れて、で、えー次の年ですか、うーん、女房が、うーん、あのー・・・学会に入ら、ない?という感じで、うん、その時はもう、うんってすぐ言うだけでwww うん、じゃあ5月3日にね、届け出すからね、うんわかったと、言って、まぁそれが、僕が入信した、経路っていうのかな、うーん、わかったかな、(笑う

以下編集中
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