平和への王道 原水爆禁止宣言50周年記念

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平和への王道 原水爆禁止宣言50周年記念で池田先生が話していた言葉です


カナダにある、小さな漁村、パグウォッシュ村。
今から50年前のこと、この海辺に立つ小さなロッジは、歴史の舞台となりました。

1957年7月、ここに、世界の科学者22人を集まり、すべての核兵器と戦争を無くすため、真剣な討議が行われたのです。
平和のための科学者の団体、パグウォッシュ会議のはじまりでした。

人類の進歩に貢献すべき、科学の力が生み出してしまった核兵器。
その脅威を、科学者である彼らは、誰よりも知っていたのです。

しかし、当時の世界は、核兵器の開発を加速させ、その破壊力も、高められていきました。
それは、お互いに核兵器を持つことが、世界の平和を守るという、欺瞞に満ちた恐怖の時代でした。

時を同じくして、50年前の1957年9月、ひとりの日本人が、未来を担う青年たちへの、第一の遺訓として、核兵器廃絶への、宣言を行った。


戸田 城聖「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。それは、もし、原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものはことごとく死刑にすべきであるということを主張するべきものであります」

(拍手)

戸田 城聖「なぜかならば、われわれ世界の民衆は生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものはこれ魔物であり、怪物であります」


この断固たる宣言を行ったのは、創価学会の戸田第2代会長。
世界が対立する時代にあって、地球民族主義の思想をかかげ、人類は同じ地球に住む人間、というメッセージを主張する、仏法指導者だった。

地球上から、悲惨の二字を無くしたい。そう願っての宣言は、戸田会長が亡くなる約半年前のことだった。

その魂の願いを、ひとりの若き青年は、平和への永遠の指針として、心に刻んだ。

後の創価学会インタナショナル・池田大作会長である。


ここから、世界平和への扉を開く、壮大な旅立ちがはじまっていく。


1961年、10月。池田SGI会長は、ドイツのベルリンを訪問しました。
それは、東西冷戦の象徴・ベルリンの壁が出現しはじめて、わずか2ヵ月後のことでした。
人間と人間との交流を分断した、悲惨な現実の前に、SGI会長は、強い憤りを感じ、こう語ったと言います。

「30年後にはきっと、このベルリンの壁は取り払われているだろう・・・」

それは、単なる予測でも、願望でもありませんでした。
この壁を無くすため、世界平和実現のために、障害を捧げようとする、決意の表明だったのです。

「東西冷戦の氷の壁を溶かすために、私がやろうとしているのは 対話 だよ」

「西側の首脳とも、東側の首脳とも、ひとりの人間として、真剣に語り合うことだ」

「どんな指導者であれ、人間である限り、誰でも平和を願う心があるはずだ」

「その心に語りかけ、呼び覚ましていく。対話の道を開き、人と人との心を結んでいくんだ」


対話こそ、平和への確かなる道。
その信念のままに、SGI会長は、武力によらぬ問題解決へ、その行動を開始します。

世界中で、衝突と亀裂が深まっていた、1970年代。
ソ連・中国・アメリカを相次いで訪問し、対立していた各国の首脳と、直接対話に臨みました。
政治やイデオロギーの枠組みを超えて、あくまでひとりの人間として、平和への熱き想いを語り合っていきます。

こうしたSGI会長の行動に、非難を寄せる人もいました。

なぜ、宗教者が、宗教否定の国に行くのか。当時の日本人の多くは、共産主義に対して、悪いイメージを持っていました。
しかし、仏法者であるSGI会長には、同じ人間として、率直な対話を重ねていけば、必ずわかりあえる、との信念がありました。
そして、平和の心を受け継ぐ青年たちへの、核廃絶への想いを、世界に訴えていきます。

二度目の訪ソのとき、SGI会長は、自身の平和行動の信念を、ソ連の知識階級に呼びかけています。

池田 大作「さて、20世紀も四半世紀を残すばかりとなった今日。私にとって常に不思議に感じられてならないのは、人間と人間との交流、なかんずく。心と心との交流が、いかに希薄なことでありましょうか。『民族』『体制』『イデオロギー』等の壁を越えて、人間と人間との心をつなぐ、『精神のシルクロード』が、今ほど要請されている時代はないと、私は訴えるのであります」

(拍手)

池田 大作「それというのも、民衆同士の文化交流こそ、『不信』を『信頼』に変え、この世界から戦争というの名の怪物を駆逐し、真実の平和達成を可能にすると思うからであります。相手の中に『人間』を発見した時こそ、そこには必ず武力抗争によらぬ平和的解決手段が浮かび上がってくると私は信じたい。人間と人間とを対立させ、流血の惨事へと、あおりたてる権利は、いかなる地位の人間にも断じてありません。私は、その交流のために、生涯、先頭に立って、世界を駆ける決意であります」


そして、対話により人類を結びゆく、平和への闘争が重ねられていく。
その対話は、一国を代表する指導者もいれば、知性の巨人、平和・人権の闘士、一流の文化人、世界的芸術家など、多彩な分野に広がっていった。

お互い、国も宗教も違う。人種や民族も違う。言葉や文化、立場や思想も違う。
だが、違いがあるからこそ語り合う。
SGI会長は、その中に、同じ人間であるという共通項を見出していた。

SGI会長は、これまで海外54ヵ国を歴訪。
識者と重ねた対話は、1600回を超える。

信頼の心で握手を交わし、友情を育んでいく対話。
それは、遠回りに見えて、最も確実に地球全体を変革していく、平和への王道であった。


池田 大作「私は、全部人間だと。人間として信頼されるような、誠実な、その、話し合い。平和を論じ、教育を論じ、国際を論じ、ということをしなければ、いつまでたっても、政治論理、利害、または強弱ですね、力の論理。こういうふうに悪循環してしまう。それではいけない。そのためには、やはり、人間と人間との語り合いです。人間と人間との、信頼関係の、交流です」

1979年、世界に再び緊張が高まった。
ソ連軍がアフガニスタンに侵攻、軍事介入を行った。

東西冷戦の対立は頂点に達し、翌年西側諸国は、モスクワオリンピックをボイコット。
その報復として四年後、東側は、ロサンゼルスオリンピックをボイコットした。

世界的な反ソ連ムードの中、だからこそ行くのだと、SGI会長は三度ソ連を訪問し、チーホノフ首相との対話に臨んだ。
この席上、SGI会長は、自身の信念である、対話による平和的解決を提案した。
東西の和解のために、アメリカ・ソ連・中国・日本による、最高指導者の直接対話を訴えたのである。

その会見の模様は、日本の報道機関にも伝えられた。

池田 大作「今日、クレムリンにおきまして、首相と、懇談をして参りました。・・・私は、政治家でもないし、外交官でもないということを前提にしまして、一市民として率直に話を致しました。全人類共通の願望は、『戦争反対』であり、『阻止』である。そこで、書記長、ならびにソ連の首相が、レーガンとも、会ってもらいたい。話し合ってもらいたい。また中国の首脳とも、日本の首相とも、徹底的に話し合ってもらいたい。スイスとか、違ったところで、積極的に呼びかけながら、対談をすることを、私は願いたい。こういう趣旨で、話をいたしました」

米ソ首脳会談の提唱は、SGI会長が毎年世界に発表している平和提言でも、繰り返し訴えられていった。

さらに、核兵器の恐ろしさ、残虐さを訴える展示を、世界各地で開催するなど、平和への国際世論の形成に向け、尽力していく。

そして、1985年、米ソ首脳会談が、スイスのジュネーブで開催される。
ここから、東西の対話が加速し、冷戦の氷がとけ始めていく。

この米ソの緊張緩和から、東欧諸国に改革の流れが広がる。冷戦の象徴・ベルリンの壁は、民衆の手によって、取り壊されていった。

それは1961年、あのベルリンの壁の前での誓いから、28年目のことであった。

冷戦終結へ舵をきったゴルバチョフ大統領は、後年、スイスでの米ソ首脳会談の背景には、SGI会長の提言があったことを、証言している。


2000年2月、戸田第2代会長の、生誕100周年を記念して、世界10ヶ国から研究者が集い、文明間の対話をテーマに、国際会議が開催されました。
主張講演を行ったのは、ノーベル平和賞受賞者の、ジョセフ・ロートブラット博士。
50年前のあの夏、パグウォッシュ会議を発足させ、生涯を核兵器廃絶に捧げてきた、平和の闘士でした。

SGI会長と博士は、これまで、地球平和への探求をめぐって、対話を重ねてきました。
東西冷戦の終結後、未だ暴力の不安が襲う世界に向けて、平和への熱き想いが、共鳴します。

(拍手)

ジョセフ・ロートブラッド「池田会長は『師匠』である戸田城聖氏の後継者として、その精神を継承しておられます。池田会長は世界の『平和の大使』であると思っています。池田会長は世界の政治指導者との対話や著名な学者・作家・芸術家など、こうした『対話』を通して、私たち人類の文化を豊かにし、大いなる啓発を与えてくださっています。いま世界は道徳的指導者を求めています。私は池田会長に『核兵器の廃絶』のために、そして全ての『戦争の廃絶』のために、リーダーシップをとっていただきたいのであります」


そして、核問題をめぐり、緊張が高まる今、IAEA国際原子力機関の、エルバラダイ事務局長を迎えます。

IAEAは、核の番人と言われ、原子力の平和利用の推進と、軍事転用の防止を目的とする国際機関。
その先頭に立つ、エルバラダイ事務局長は、ミスターIAEAとも呼ばれ、2005年度のノーベル平和賞を受賞しています。
このIAEAの発足もまた、1957年。戸田会長の、原水爆禁止宣言と同じ、50年前のことでした。
いま、半世紀の時を越えて、平和への確かなる道が、ひとつに結ばれていきます。

エルバラダイ「池田会長の『平和への献身』『ヒューマニズムへの献身』そして『人間の連帯への献身』は、世界中の人々が尊敬の念をもって見つけています。池田会長のご著作やご指導を私は拝見して参りました。貴殿は『人類がひとつである』ということを教えておられます。『人間の一体感』を理解できれば、平和は実現できると思います。大切なのは私たちが同じ人類の一員として、ともに連帯して行動することです。そして平和と自由を獲得するのです」

対話こそ、平和への王道。池田SGI会長の行動は、今日も重なられていきます。


池田 大作「ともかく、地道であるようであるけれども、一人ひとりに、平和の種。幸福の種。それから信頼の種。人間らしい本当の人間の種。これを私は植えていく運動が、21世紀だと思うんです。もう道遠くてもそれしかないんです」

恩師の遺訓から50年。ひとりの友の幸福を願い、平和を祈るその心は、今、SGIの連帯となって、世界190ヶ国地域に広がり、地球を包んでいます。

平和といっても
遠きにあるものではない
他人を大切にする心を育み
自らの振る舞いを通して
地域の中で友情と信頼の絆を
一つ一つ勝ち取っていく中でこそ
世界は平和へと
一歩一歩前進するのです

「SGIの日」記念提言より
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