自分らしく輝いて―女優・久本雅美の挑戦

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2005年夏。大阪で千秋楽を迎えたある舞台。その名も「久本雅美の大天才サーカス」。
テレビ出演などスケジュールが詰まった中で、この舞台に挑んできた久本さん。これから最後のリハーサルです。
トニー淳「昨日はごちそうさまでした」
久本雅美「カメラマンに言ってくださいよ」
トニー淳「昨日はあの、お食事をご馳走になりました(カメラに向かい頭を下げる)。久本さんいつもいつもありがとございます」

劇団の後輩に、普段の久本さんについて聞いてみました。
てるやひろし「え、僕家で寝てるとですね、あの夜中電話掛かってきて、『あれ、てるや何してる?』『え、寝てました』『寝たら死ぬぞ今から飲むぞ』っていう風に、それぐらい、勢いのある人でございます、はい」
兵頭有紀「久本さんはすーごい私たち若手にも、下の人間にもすごく気を使ってくださる方なので、久本さんみたいになりたいなぁと」
寺田奈美江「ネタの作り方はすごいと思います。例えば屁こいたことも全部ネタにするとか、あのー『屁はね私の体から出たオルゴールなのよ』とか、そう上手いこと言ったりとかね」
パーマーイ雅晴(サイカヨウ)「久本さんね、結婚する気ないんじゃないかと思ったね」
正源敬三「(笑う)稽古中にそれを感じた?」
サイカヨウ「感じたの。なぜかっていうと、稽古好きなのよ!」

(久本、股に棒挟む)
これは、久本さんにとって、自分の名前が公演タイトルに付いた、初めての舞台。
久本「怖いか?」一同「何ぃ?」久本「怖いか!」一同「そんなことねぇ!」
出演者は約40名。そのほとんどが若手芸人です。
久本「どうしてもそこが上がんねぇんだよな、てる坊とxxの、2つがなぁ」
「(拳を挙げて)これがあるとないではぜんっぜん違っちゃうね」
(若手のそばで)「手だけだから…」
今回久本さんは、団長というチームリーダーの役割にも初めて挑みました。

久本「ホントに一人ひとりの個性を生かしながら、同じ心でいいものができるんだろうか、ってのは不安でしたね。
だからホントに一人ひとりをまず知るところから、良さを分かるところから、まず、私はあのー見ていかなければいけない。
時間もない。たくさんの人数だ。さぁ、どうしたらいいもんかと。最初、無理だと思い…フェヘヘヘヒャハハハ(笑う」

久本「ラストワンだから頑張ろうねー!」一同「は~い」
(刀を振るう久本、喰始の指導も受ける)
芸能界で圧倒的な存在感を示す、マチャミ。
しかし、華やかな舞台の裏では、そこに安住することなく、自分への挑戦を続ける一人の久本雅美としての姿がありました。

《タイトル「自分らしく輝いて―女優・久本雅美の挑戦」》

女性「こんにちはー」
久本「はい、ハハハハハこんちは(手を振る)」
この日、テレビ収録を終えた久本さんが舞台稽古の前に向かった先。
壮年部「どうもこんばんはー」
(本町西地区ブロック総会)
学会員「こんばんはー」(拍手)
青年部「(昭和26年5.3/戸田先生第2代会長就任/■万世帯の折伏を宣言 のフリップを指差して)○○世帯の折伏を宣言なさって…」
それは、創価学会の伝統ある会合のひとつ、座談会。
(久本ほか数人手を挙げる。解答に拍手)
近くに住むメンバーが集い、共に仏法を研鑽し、励ましあい、そして決意を新たにする場です。
壮年部「災難だっていうことを…」(久本頷く)
久本さんも入会して以来、どんなに忙しくてもこの月に一度の座談会に駆けつける努力を続けてきました。
(久本の話に、一同笑う)
久本「みんな明るくてホントいつも元気だからいいよね。そういうところがないと、やっぱり自分は普段どうしてるんだろうと思いません?
人間総合大学ですね。先生がそう仰いますもんね(一同頷く)なんかわけの分かんないホテルマンじゃないんだから…(笑う
学会の会合は明るくてすごい素敵なところだからぜひあそびにきてくださ~い!(カメラに向かい手を振る)」

大阪育ちで、小さい頃から人を笑わせることが大好きだった久本さん。
学生時代、友人に誘われて目にした舞台に衝撃を受け、卒業後、家出同然で上京。
憧れの劇団にも合格し、夢への一歩を踏み出します。
しかし、喜びもつかの間。理想と現実のギャップに苦しみます。

久本「あんさそういう浮かれたときっていうのはねぇ、もうあのあっという間に過ぎちゃいまして。
こう、やっぱりお笑いの厳しさにぶち当たるんですね。もうね稽古場以外では面白いんです。
自分が勝負しなきゃいけない稽古場とか舞台へ立ったら、面白くないんです。
ですからね、ある日やっぱり演出家に呼ばれまして、『久本ー!』って。
『お前普段面白いのにどうしてそれが舞台に出ないんだ!』ってこう言われたんです」

1984年、自分たちで好きなことをやろうと、演出家の喰始さんを中心に、ワハハ本舗を設立。
この中には、生涯のコンビとなる柴田理恵さんもいました。
しかし、環境が変わっても、何も変わらない舞台での自分に、久本さんは愕然とします。

柴田理恵「あのあんまり弱音を言わない人なんですよ、元々がね。元々が弱音言わない人なんですけれど、
『ハァ~自分はダメやぁ』みたいにこう、落ち込んだり、こう、するようになりましたね」
久本「『私も舞台で輝きたいんです!』と。だけどそれはどうしたらいいのか全く分からない!」

変わらない現実に悩み、苦しむ日々。そんな中、昔の劇団仲間にふと掛けた電話で、人生を変える一言に出会います。

久本「どっちかっていうとそういうなんか、ハツラツとしたというよりも、まぁなんかこう淡々とした、
落ち着いた感じの子だったんですけども、ものすごく元気でハツラツとしてるんです。
『えっ、どうして清水さんはそんなに元気なんだろう?』って。喋れば喋るほどそれが気になって気になってしょうがないんですね。
そしたらその清水さんが、『久本さん私ね、信心したのよ、創価学会に入ったんだ』ってこう言ったんです。
もう私はそんな答えが返ってくるなんてもうこれっぽっちも思ってなかったですね。(指で形を作る)
ゲッって言ったまま歯が出たままなんですよこれ。まま歯が出てるのは生まれつきですけどもンフ皆知ってるっつのね(笑う
だけどほぉんとにね、『マジで?』っていう。それはもう、頼るすがる、まぁいわゆる洗脳されるとかね。
気の弱い人が、一人で生きていけないような人がね、もうそうやって、宗教にすがって生きていくもんだと。自分には関係ないもんだと。
そしたらその清水さんが、『久本さーん』って、『この信心はね、自分が自分らしく輝いていく信心なんだ』ってこう言ったんです。
その言葉がもう私のこの突き刺さったんですね」

次の日、久本さんは友人と座談会に出席しました。(拍手の音)
そこには抱いていたイメージとは全く違う世界が、ありました。(笑い声)

久本「どうしてこんなに皆さんこうね、輝いてるんだろうって圧倒されました、逆に。
むしろ私が一番暗かったぐらい。アッハハハハハ(笑う
それでまぁ終わってから、あのー『おいで』、って言われて、『それでどうだった?』とか言われてね、
『いやどうだった?って言われてもう』って言いながら(笑う
不安もありますしねー、すぐ決めちゃっていいもんやろか、っていう気持ちもありましたから、
じゃあ、『あのー1つ聞いていいですかー?』って、
『この信心したら絶対に幸せになれますか?』って、こう私聞かせて頂いたんです。
そしたらそのおじさんがもう『絶対幸せになれるんだ』と
『必ず真面目にやったらね、どんな人だって絶対に幸せになれる。それがこの仏法なんです』っていう風にね、自信満々に言うんですよね。
『じゃあもう1つ聞いていいですか?』と、『私、お笑いの女優さんになりたいんですけど、女優さんなれますかー?』って聞いたらね、
まぁちょっと間があったんですけれども、『なれるよー!』って、言って頂いて、もうほーんとに皆が『なれるわよー』っつってね、
皆さん激励あふれる言葉。そして友人の変わった姿、またただただそれだけを信じて、
『じゃあ分かりました』と、『やってみます』って言って、昭和59年の9月28日にご本尊様を頂きました」

(すばらしきわが人生 Part2の映像が…)
女子部「いままでも私が師弟の道…」
こうして入会した久本さんは、毎日の勤行、唱題、学会活動と真面目に実践を開始します。その変化はすぐに現れました。

柴田理恵「急になんていうかねぇ、楽しそうなんですよね、毎日が。
まず朝のおはようが全然違って、『おはよう!はいっ!掃除だ頑張ろう!』て。
掃除なんかに頑張るなよ、って思うぐらいにこう掃除やってたり。
なんでこの人こんなに変わったのかなぁっていうのが、不思議で不思議でしょうがなかったです、私は」

(女囚漫才)フワアアアアア!!
舞台でも徐々に自分らしさを出せるようになっていきます。

喰始「僕はあのー無宗教なんですけれども、えー宗教は嫌いじゃないんですよ。
いろんな宗教を哲学として僕も勉強したりしてるんですけども。
彼女がだから創価学会に入ったことはしばらく知りませんでしたよ、僕全然。
『えっ!?そうなの?』っていう感じで知ったんですけど、そこで悩んで悩んで悩んで色んな部分の中で、
えー創価学会というのに出会って、そこで変わっていったんだと思いますね」

そして入会以来、久本さんが祈ってきたあることが現実となります。

久本「オナニー、ね!(もう何、ね?)祈っても、『いいよ』って言われたし、『祈りは叶うよ』って言われたんで、
『テレビのレギュラー1本だけ下さい』ってこう書いてたんですね。
そしたらほんっとに電話が掛かってきて、『今夜は最高!』にレギュラー出演させて頂くことになったんです。
そっから活動の場がパーーーって広がっていきました」

テレビ主演をきっかけに久本雅美という名前は徐々に全国に知れ渡ります。しかし新たな悩みが彼女を襲いました。
週刊誌に躍る『女を捨てた芸風』という文字。『女の癖に』という声も聞こえてきました。

久本「やっぱなかなか女性がお笑いをするっていうか、私のお笑いにも特殊なお笑いなんですもんねぇ(笑う
なかなかやっぱりあのー、全員が全員こう理解して頂けなかったというか、
まぁだからホントどうしたらいいんだろうと、2時間3時間と毎日お題目上げながら泣いてましたね」

久本朋子(シス本)「泣き虫なんでねぇ、っていうか逃げないんですよ、現実から。
信心のやる前は、酒飲んで忘れよってとこがあったみたいなんですけども、
あのー、信心してからは、とにかく自分と向き合うんで、あのー、
題目上げては、こう現実の中でこう、泣いてることはよくありましたね」

久本「もよ~んとね(もうホントにね)、情けないんですよ自分がね、自分がそういうことにに落ち込んじゃってね」

(ナス本さん登場)自分の芸は本当にこれでいいのか。久本さんは人知れず悩みぬきます。

(創価国際友好会館)
久本&柴田「創価ルネッサンスの年、開幕おめでとうございまーす!」(歓声と拍手)

ちょうどその頃、久本さんの紹介で入会した柴田理恵さんと2人で会合で漫才を披露します。
悩み、祈って参加したその会合には、池田大作創価学会名誉会長が出席。
久本「ちょっと一見漫才師に見えますけれども」柴田「ヒャハハハハ」久本「こう見えても私達」
久本&柴田「女優なんです」(観客の笑い声)

犬作「無限の希望、永遠の希望が仏法なんです。信心なんです」
久本「開口一番に先生がね、今でもはっきり覚えてます。
歩きながら『面白かったなー!』って仰ってくれたんです。
『もう面白かったー』って、『希望の女優さんになるんだよ』っていう風にね。
もうねホントにね、もう『楽観主義でいきなさい』って『悲観も悲嘆もいらないんだよ』って、もうホントにその通りです。
人生の師匠というのは、こんなにもあったかくて大きくて、ありがたいものなのかと」
柴田「そんときに、久本と2人で『あっ、これでいいんだね。これでいいんだねぇ』っていう風に言いました。
あっ違ってないんだと、一生懸命やってけば、誰が見てられなくても、自分達の面白いと思ってること、
これがいいんだと思ってることを『とことんと一生懸命やっていこう』って決めました」

この日の出会いは久本さんにとって、生涯にわたる原点となりました。「この人が人生の師匠だ」と固く心に決め、
その期待に応えていきたいと自分への挑戦を開始、そしてより深い笑いの道を追求していきます。
「オカルト2人羽織」から“ベーン”

久本「笑いをする人間にとって何が大事か、
やっぱり『相手に喜んでいただいて初めて成立するもんなんだ』ってことを先生のご指導から学ばせていただいたんですねぇ。
人に喜んでいただける自分に変わっていこう、喜んでいただける自分に力を付けていこう、そこに悩んでいこう、って。
『それしかないんだな』ってことを教えていただいた、そっから変わっていきました」

(ゴローニャ登場)苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて…
池田先生の心の大きさに少しでも近づきたい。そのために久本さんは、
時間を作り出しては唱題に励み、仕事の合間を縫って全力で活動に参加してきました。(久本「ドンドンドンドンこう…」)
入会当時から共に活動してきた中村さんは
中村康子「もうみなさんご存知のとおり、いつも真面目でいつも真剣で、こんなあのー、大女優になるとは全然想像もしてないけど」
久本「大女優じゃないよ全然」
中村「最初の頃ってあのとんちんかんなの」
久本「アハハハハハwww」
中村「『あらまたやっちゃったー☆』みたいな感じでよく仰ってたんですけど」
久本「『何でも南無妙法蓮華経だ』って言われたら『ナンデモナムミョウホウレンゲキョウ』って言ったことあるのよ私。(笑い声)
『どうしようもない』って分かった上で、付き合ってくださる人がいるってのはやっぱり学会ってすごいですよね。ホントに見栄張らなくていいわけですから」
中村「自分のことをあの通り越えちゃったので、人のことを『あの人どうやって励まして、あげたらいいかな』とか、もうそういうスケールになっちゃってるでしょう?もう信じられない十数年間でね」(大笑い)

同じ24時間を生きるなら、池田先生のように人に尽くし、励ますことにより多くの時間を使いたい。そう心がけています。
久本「挑戦されてるところが偉いんですよ」
梅垣義明「やっぱり今忙しいと思うんですけども、あんだけ仕事をやってて、そのまぁ、オフの日があるけども、オフの日もそのー『昨日何してたの?』『学会活動』、『明日休みでしょ。何してるの?』『学会活動』。『絶対信仰なかったら私はアカン』って自分でも言ってますし、やっぱり実際そうじゃないですかね」

時間が足りないと思ったこともありました。しかし、仕事と活動をやりきる中で、いつしか、『悩みに負けない自分に変わっていった』と言います。
女性「おかげさまで幸せでいっぱいです」(笑い声)
久本「すごーい。すてきー」
そんな久本さんの姿に感動し、多くの後輩が成長していきました。

小野寺恵美「会うたびに『恵美ちゃんどう?』って『今どう?』って、すごい声をかけてくれて、ホントにこう覚え続けてくれて、ホントにこうメールを小まめにくれたりとか」
花田美恵子「あたしもすごい悩みがあったときに、で久本さんに相談したら、もうそんなに時間がない方なのに、私に合わせて『一緒にお題目上げよう!』って、毎日30分」
小野寺「私のこういい加減な部分の命をなんか『そこを変えていくんだよ!』って、言われたことが一回あって、言った後もそのままで放っとかないでですね」
花田「そうフォローは絶対してくれるって、最後まで見てくれるって。ホントにもう『感謝』です。はぁ」

後輩への思いは、仕事場でも変わりません。
清水ひとみ「私があのー、自分の舞台で久本さんとやっているときにですね、見に来ていただいて、
自分のなかですごく迷っていたり、悩んでいた部分があったりしてそこをやっぱり見抜いていただいて、
毎日メールで激励をしていただきました携帯で。『頑張れ!今の清水の戦いは意味のないことはない。全部意味があるから』って言って、
行けー!清水頑張れ!』って毎日メールしていただいたのをホントにすごく心の支えとなって、勇気を頂きましたやっぱり」

(Future1,2・イカ本さん・チャレンジロード・TOMORROWの映像が…)
その姿をテレビでは見ない日がないほど、国民的人気となった久本さん。
それでも、世間の評判に一喜一憂することはありません。
モットーは人にどう見られるかではなく、自分がどうあるべきか、あくまでも自分らしく輝くことを追求しています。

いよいよ千秋楽を迎えた「久本雅美の大天才サーカス」。
久本「よろしくおねがいしまーす」
稽古を始めた頃は「お客さんが全員帰ってしまう」という夢を見たことがあります。
久本さんは若手のみんなを食事に誘っては語り合い、成功目指して団長としての責任やプレッシャーと戦ってきました。

久本「最初はねホンマにもう『これどうなっていくんねやろう?』って、めっちゃ不安で、幕開くの怖いと思ったんですけども、
題目ってすごいなって思うのはこう一人ひとりの顔を浮かべながらお題目あげていくと、『あそここうしなアカン』『こうやらなアカン』『もっとこうならへんかなぁ』とか、
しーあのー『こうあるべきじゃないだろうか』と思い悩んできたとこがパーって開けて、あのー、『あっ!よく出てくれた!』っていう感謝に変わっていったんですね。
涙がボロボロ出て、今も泣いてきちゃいそうなんですけど。元々皆いい子なんで、あのー不器用ですけど、
『一緒にいてくれてありがたいなぁ』って、あのー嬉しいなってホントに感謝の気持ちに変わったんですね」

『まだまだや、変わらなアカン』それが久本さんの口癖。自身の壁を破る挑戦は、今も続いています。

喰始「これはね、間違いなく彼女は強くないんです。久本見て彼女は『ああいう風に強くなりたい』間違いです。あんなに弱いのに強く生きられるってことなんですよ」

(♪サーカス音頭)

久本「『常に謙虚でありたいと思いますし』、『常にやっぱり磨く事をおこたる事なく精進していきたい』って、もう力つけますよ。頑張ります!(泣く」

皆「ありがとうございましたー!マーチャーミ!ハイ!マーチャーミ!ヨイショ!マーチャーミ!
久本「みんな大好き。ありがとう感謝!

どんなときも全力投球で挑戦を続ける久本さん。
「何のためのお笑いか、何のための人生か」を常に自分に問いかけます。
そこに、『自分らしさが輝く』そう、信じて。
(♪僕だけのヒストリー/歌:稲田光穂)

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