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115.farewell to the innocence ----   風が吹いた。 木々がざわめき、色づき始めた葉を降らせた。 木の葉はひらりひらりと頼りなく宙を漂い、 幾枚かはつぶてとなって、少年の髪に、鼻すじに舞い降ちた。 肌を撫ぜるかすれた感触は、少年にこう問うているようだった。   ――いつまで、ここでこうしているのですか?   (動かなきゃ……) 少年は両手足を踏ん張り、立ち上がろうとした。 力が入らなかった。 体中の力が抜け落ちて、指一本動かすことが出来なかった。 空は雲ひとつない快晴で、日の光が川面できらきらと踊っている。 穏やかでうららかな昼下がり。 目の前には、頭蓋が割れ全身を血にまみらせた♀プリースト。 少し離れて、背中にナイフを突き立て、首をあらぬ方向に曲げた♀シーフ。 背にしたテントの中には、苦悶の表情のままこと切れたときらぐ主人公。 ほんの少し前まで笑いあって、一緒にご飯を囲んでいたのに。 一緒に行こうと、助け合おうと誓ったはずなのに。 少年は喉がカラカラにひりつくのを感じた。 水を飲みたいと思ったが、井戸の水も川の水もとても口にすることは出来ない。 かといって、食卓に残されたものを再び口にする勇気はなかった。 どれに毒が入っているかもわからないのだ。   ――この中に人殺しが居るんですよー! ――貴方達みんなグルなんでしょう? それで私達を殺そうとして騙したのね! ――嘘つき……みんなで協力しようって言ったのに…… ――知っりませ~ん♪ 私はま・だ・毒なんて入れてませんでしたからぁ~ ――……呪われちゃった……神様に……あたしが人殺しだから……   誰が毒を仕込んだのか、誰が嘘を付いていたのか。 誰を信じればよかったのか。 わからない。わかっているのは、残ったのは自分だけだということ。 自分以外の5人は死んで、もう戻ってこないのだということ。 (一人ぼっちになっちゃった……) どうしよう。どうすればいい? またゲームが始まった時のように、死んだふりをして誰かに拾われるを待つ? そうしてまた誰かに庇護されて、その人の足を引っ張るのだろうか。 "ゲームに乗った人"に見つかってしまったらどうしよう。 いや、例え優しそうな人に拾われたとしても、その人を信じることが出来るだろうか。 筋がゾクリとした。 (どうしよう、……信じるのが、こわい) ♀剣士と出会った時は、彼はまだ知らなかったのだ。疑心と裏切りの恐怖を。 この僅か数分の間に、彼はヒトの心の深淵を叩きつけられた。 彼は扉を開けてしまった。もう元の純真な心には戻れない。 (師匠……教えて、ボクはどうすればいいの? 助けて、師匠)   ――少年、君に問おう。戦いの結果を決めるものはなんだ?   ふいに耳の奥で、懐かしい声がよみがえった。   ――装備か?能力か?スキルか? ――財力、運、仲間の有無?   ああ、そうだ。あれは初めて師匠に出会った時。 師匠はボクになんて言った?   ――それらのものは全て結果を決定付けるものではない。一番重要なのは   そう、一番大切なのは。 少年は右手をもちあげた。そしてその手で胸元をぎゅうと握りしめた。 「ここだよね、師匠」 瞬間、強い風が吹いた。 木の葉がくるくると渦を描き、風の中へと消えていく。 少年はその中心に、微笑をたたえる♀剣士の姿が見えたような気がした。 「師匠は知ってたんだね、ココがそういう世界だって」 師匠はボクをずっと側においてくれた。 ボクのことを、裏切るかもしれないってこれっぽちも疑わなかった? ううん、違う。師匠はボクの何倍もこの世界のことを知っていたもの。 裏切りも騙しあいも、きっと何度も見てきたはずだ。 じゃあどうして、ボクを側に置いてくれたの? ……それはきっと、心が強かったから。 たとえ裏切られても手折られない強さがあったから。 ボクに欠けているのは強さだ。 もちろん体力も筋力も、他の参加者に比べて劣ってる。 でも今ボクに何より必要なのは、心の強さだ。 一人でがんばれないのも、他の人を信じれないのも、心が弱いからだ。   ――立ち上がるがいい、少年。君は歩みを諦めるにはまだ若すぎる   「師匠、ボクは、強くなれるのかな……強くなりたい、なりたいよおぉぉぉ……」 ぽろぽろと、両の目から涙があふれ出た。 涙の粒は後から後から流れ出て、止まる気配を見せなかった。 それをぬぐうことなく、悲しみや憤りを塞き止めることもなく。 少年は地に伏し、心の全てを押し流すように、泣いた。 ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[114]] | [[目次]] | [[116]] |

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