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003.嘘付きは商人の始まり ----  薄暗い森の中を、一人の少女が走っていた。  長いスカートと、首からかけた大きなズタ袋。♀商人であった。  彼女は、走る。時折、枯れ枝を踏み折るパキリ、という音を聞きながら。  草を書き分け、時には足に擦り傷を作りながらも。  木々の隙間に、彼女は白い外套の端を見た。  ぱっ、と安堵したような表情を作る。目を潤ませ、鼻をぐずつかせる。  そう、それはまるで、誰かに助けを請う幼子の様に。 「たぁすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」  叫ぶ。出来るだけ、哀れみを請う様に。  白い外套の主…♂ハンターが、こちらを向き、驚いた様に動きを止めていた。  それめがけて、更に走り…そのすこし前で、木の根に足を引っ掛けて、転ぶ。  …彼女は、狩人が自分のほうに急いで近づいてくる音を聞いていた。 「おいっ、大丈夫か!?」 「だ、大丈夫ですぅ…痛たたた…」  うずくまった、まーちゃんが見上げると、そこには心配そうに彼女を見ている、狩人の姿。  鞄を肩から掛け、手に武器は無い。 「もー、服が埃だらけ…どろどろですぅ」  立ち上がり、ぱんぱんと、衣服を払う。  それから、はっ、とした様にハンターに対して向き直った。  まるで、小動物が見せるような、行動に見えた。 「ははは…」  思わず、その様子にハンターは笑っていた。  笑われて、商人はきょとんとした風に、男を見る。 「…?」 「ははは…っと、お嬢ちゃん笑ったりしてごめんな」 「お兄さんには、まーちゃんが、そうみえるですか?」  商人は、言う。 「ああ」 「そうですか…」  狩人の問いに、商人は答える。  不意に、狩人は、そんな彼女に違和感を覚えた。  理由は、わからなかったが。  彼は、自らの前に居る幼さを色濃く残した少女を見つめる。その目じりには、薄らとにじむ涙。  気のせいだろう。男は、自分に言い聞かせる。  こんな状況で、おかしくならない方がずっとおかしい。  そして、彼は、少女から、視線をずらした。 「あの…お兄さん」 「…?」 「……」  ふわ、と男は自分にもたれかかる、余りにも軽い体重を感じていた。  その正体は、すぐにわかった。♀商人が、顔を狩人の胸に体を預けるようにして抱きついていたから。 「え…あ…う」  これまで、まるで縁が無かった女の子の感触。内心の高まりを、隠すことが出来ず。  そして、抱きついた商人は、冷静に、その音の高まりを聞いていた。  どくん、どくん。音が聞こえる。それは、致命的なタイミングを知らせる、鐘の音だった。 「死んでね。私は、生き残りたいの」 「えっ…?」  狩人は、その言葉の意味を理解できなかった。  その代わりに感じたのは、熱。何処からかかなんて判らない。  けれど、それは熱い、熱い、命を溶かし込んだ赤い水の熱だ。  びくん、と男の体が跳ねる。しかし、商人の腕は、しっかりと抱きしめたまま、彼を離そうとしない。  男はもがき…しかし、生まれてこの方、弓ばかり扱ってきたその腕は、余りにもその作業にはむいていなかった。  ああ。そうか。  狩人は、徐々に暗くなる視界の中で悟った。  こんな状況で、おかしくならないほうが、ずっとおかしいのだ。  ただ、自分と商人との間で、その方向にズレがあっただけで。  自分も、彼女も、おかしくなっていたんだ。  そして、黒が、彼の世界を支配した。 <♂ハンター死亡> <残り47名> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[002]] | [[目次]] | [[004]] |
003.嘘付きは商人の始まり ----  薄暗い森の中を、一人の少女が走っていた。  長いスカートと、首からかけた大きなズタ袋。♀商人であった。  彼女は、走る。時折、枯れ枝を踏み折るパキリ、という音を聞きながら。  草を書き分け、時には足に擦り傷を作りながらも。  木々の隙間に、彼女は白い外套の端を見た。  ぱっ、と安堵したような表情を作る。目を潤ませ、鼻をぐずつかせる。  そう、それはまるで、誰かに助けを請う幼子の様に。 「たぁすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」  叫ぶ。出来るだけ、哀れみを請う様に。  白い外套の主…♂ハンターが、こちらを向き、驚いた様に動きを止めていた。  それめがけて、更に走り…そのすこし前で、木の根に足を引っ掛けて、転ぶ。  …彼女は、狩人が自分のほうに急いで近づいてくる音を聞いていた。 「おいっ、大丈夫か!?」 「だ、大丈夫ですぅ…痛たたた…」  うずくまった、まーちゃんが見上げると、そこには心配そうに彼女を見ている、狩人の姿。  鞄を肩から掛け、手に武器は無い。 「もー、服が埃だらけ…どろどろですぅ」  立ち上がり、ぱんぱんと、衣服を払う。  それから、はっ、とした様にハンターに対して向き直った。  まるで、小動物が見せるような、行動に見えた。 「ははは…」  思わず、その様子にハンターは笑っていた。  笑われて、商人はきょとんとした風に、男を見る。 「…?」 「ははは…っと、お嬢ちゃん笑ったりしてごめんな」 「お兄さんには、まーちゃんが、そうみえるですか?」  商人は、言う。 「ああ」 「そうですか…」  狩人の問いに、商人は答える。  不意に、狩人は、そんな彼女に違和感を覚えた。  理由は、わからなかったが。  彼は、自らの前に居る幼さを色濃く残した少女を見つめる。その目じりには、薄らとにじむ涙。  気のせいだろう。男は、自分に言い聞かせる。  こんな状況で、おかしくならない方がずっとおかしい。  そして、彼は、少女から、視線をずらした。 「あの…お兄さん」 「…?」 「……」  ふわ、と男は自分にもたれかかる、余りにも軽い体重を感じていた。  その正体は、すぐにわかった。♀商人が、顔を狩人の胸に体を預けるようにして抱きついていたから。 「え…あ…う」  これまで、まるで縁が無かった女の子の感触。内心の高まりを、隠すことが出来ず。  そして、抱きついた商人は、冷静に、その音の高まりを聞いていた。  どくん、どくん。音が聞こえる。それは、致命的なタイミングを知らせる、鐘の音だった。 「死んでね。私は、生き残りたいの」 「えっ…?」  狩人は、その言葉の意味を理解できなかった。  その代わりに感じたのは、熱。何処からかかなんて判らない。  けれど、それは熱い、熱い、命を溶かし込んだ赤い水の熱だ。  びくん、と男の体が跳ねる。しかし、商人の腕は、しっかりと抱きしめたまま、彼を離そうとしない。  男はもがき…しかし、生まれてこの方、弓ばかり扱ってきたその腕は、余りにもその作業にはむいていなかった。  ああ。そうか。  狩人は、徐々に暗くなる視界の中で悟った。  こんな状況で、おかしくならないほうが、ずっとおかしいのだ。  ただ、自分と商人との間で、その方向にズレがあっただけで。  自分も、彼女も、おかしくなっていたんだ。  そして、黒が、彼の世界を支配した。 <♂ハンター死亡> <残り49名> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[002]] | [[目次]] | [[004]] |

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