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144.花婿と花嫁~二人は永久に ----  大聖堂。  少ないけれど、親しい顔馴染み達に囲まれながら、二人は見詰め合っていた。  幸せな花嫁と花婿。赤い絨毯の道を進み、拍手の細波に身をゆだね。  男は、仕事着から不恰好な晴れ着に。  女は、純白のウェディングドレスに身を包み。  彼の豆だらけの手は、白く薄い長手袋越しに優しく手を握り。  彼女の空いた手は、何時ものチェインを素朴なブーケに持ち替えて。 『貴方は、永久に新婦を愛する事を誓いますか?』 ──誓います。 『貴方は、永久に新郎を愛する事を誓いますか?』 ──誓います。 『それでは、誓いの口付けを貴方達二人を、死が分かつまで、その幸せが続かんことを』  細波が、喝采に変わる。  ヴェールに包まれた彼女の頬は、リンゴの様に真っ赤になっていて。  白い薄布を押し分け、いまだかつて、誰も触れていない唇を見ている彼も又、リンゴみたいで。 ──馬鹿。早くしてよ。 ──あ、ああ。すまない。  照れて、中々口付けもしようとしない二人に、周囲ははやし立てる様に声をあげ。  教会の神父は、苦笑いしながら、余りに純朴なその夫婦を眺めていて。  嗚呼。もし、もしも。そんなささやかな幸せが手に入れられていたら、どれ程嬉しかったことだろう。  幸せだった二人の舞台は、夢想から現実へと転落する。 「あ゛、あ゛あ゛あ゛っ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ!!」  悪鬼の如く、髪を振り乱しながら、女は包丁を男に突き立てていた。  何度も、何度も。  肩に。胸に。顔に。腕に。  刺して、刺して、刺し捲くった。  けれど。 「……」  男は、平然と女を見ていた。力が込められた腕は、ぶるぶると震えている。  血は、一滴も流れていない。只、包丁が突き刺さる度、泣いている様に、ロングコートが揺らめくのみ。  男は、斧を振り上げかけて、止まっていた。 「どうして!?どうして一緒になってくれないのよぉぉぉっ!!馬鹿!!絶対許さない!! 絶対、一緒にしてやるんだからぁぁぁぁぁぁっ!!!」  終には、突き刺しながら泣き叫ぶ。一滴の正気も残ってはいない。  彼女の前には、従わない現実と、抗えない事実と、一人の狂人があるばかりだった。 「!!? うげぅふっ!!?」  男が、真横に腕を振る。まともに顔面を殴られ、女が呻きながら横転した。  地面に突っ込み、泥だらけになる。  …そういえば、雨が降っていた。空は、どんよりと薄暗い。 「どうしてよ…どうして…」  体を起す。雨が、彼と彼女の体を濡らす。  立ち上がる。吹き飛ばされた時、手にしていた包丁は何処かに弾かれていた。  けれども、手に獲物は無くとも彼女は彼に歩み寄る。 「どうして、何もしないのよぉぉっ!! どうして殺してくれないのよ!! そんな価値も無いっていうのっ!? そんなの…」  頬も、既に雨の雫に濡れそぼっていて。  歩み寄った女は、叫びながらも男の胸を握り拳で打つ。  嗚呼。黒い黒い思考に囚われたまま。  いや、囚われたからこそ、彼女は何の外聞も無く、想いを吐き出し続ける。 「好きだったのに。ずっと好きだったのに。どうして、何も答えてもくれないのよぉぉっ!!」  いや、或いは。  女は、狂ったのではなかったのかも知れない。  狂った様に振舞うことで、楽になろうとしたのやも。  幼子の様に、男にすがり付いて女は哀哭する。  涙は、雨に紛れて消え。叫びも又、雨音に殺されていく。  男は、血濡れの斧を振り上げていた。 「あ…」  女は、男の胸でその光景を見上げていた。惚けた様な顔。  そこからは、何時の間にか浮かべていた狂相は綺麗に抜け落ちていた。 「ころ…す…ころ…ころ…」  男が、呟く。 「ころ…すきだ…す…こ…おれも…ろす…おおまえのことががが」  剛。  雨音さえも叩き殺して、轟音が一度響いた。 「だいすき だった」  黒い衝動は、それさえも埋め尽くしていく。  塗りつぶしていく。殺せ。殺せ。殺しつくせ。そんな声が、脳の中を。  男が男だった最後のひとかけらは、暖かい雨になって、頬を流れ落ち。  そして、どちゃり、と重い塊が地面に落ちる音が響いていた。 ──馬鹿。下手糞ね。 ──すまない。初めてなんだ…  ヴェールをめくり、口付けを終えた二人はそんな言葉を投げあう。  そして、彼女と彼は。 ──それじゃあ、もう一度、だな ──!! ば、馬鹿っ…んぷっ  幸せな舞台の中で、二度目のキスを交わしていた。  それは二度と訪れない、幸せな風景だった。 …  男は、しゃがみ込んでいた。  斧を使い、ぎりぎりと何かを切り取っている。  丁度、西瓜くらいの大きさのそれを綺麗に切り取り終えると、彼は鞄の中に収めた。  立ち上がる。その顔は、変わらぬ…いや、より酷く歪んだ顔。  泣こうとして泣けない、引きつった異様な形相。  完全に破綻した表情だ。  再び、歩き出す。  何か忘れた気がして、少し荷物が重くなった気がしたけれども、男はそれが何かわからなかった。  けれども、死が二人を分かつまで、彼と彼女は一緒に居るのだろう。  後に残されたのは、首から上の無い、斜めに体を断ち割られた♀ブラックスミスの亡骸だけだった。   <♀ブラックスミス死亡> <♂スミ 再び徘徊開始。 バックの中には、♀スミの生首> <残り20名> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[143]] | [[目次]] | [[145]] |

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