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058.すれちがい    暮れなずむ、夕暮れ。  禁止区域となったフェイヨンは当の昔に潜り抜け、その一団は南下を続けていた。  黄昏に染まる丘、そこを進む影は三つ。 「日が暮れるね」  僕。特に、思うことは無い。強いて言うなら、弓手の子が持っていたバスタードソードを腰に下げている位。  こんな場所じゃなかったら、正しく『何処にでも居る』人間でしかないんだろう。 「ええ…そろそろ、寝床とかも考えなきゃね」  弓手の女の子。赤毛で、気の強そうな顔をしている。そんな事を言ったら、酷く怒るんだろうけど。  彼女は、僕が持っていたグレイトボウと、矢を背中に背負っている。  お互いが、お互いの持つモノを互いに手渡しあうということ。  見慣れた風景が、場所と交換する物が違うだけで、こうも異なるものなのか。  ドキドキしながら、女の子と交換する筈の僕が持つモノは、獲物を射る弓で。  彼女はどうなのか判らないけれど、僕と交換する弓手の女の子が持つものは、人を殺すために渡された剣で。  酷い皮肉だった。酷く、気分が悪くなるような皮肉だった。  あの女は、僕達を嘲笑っているのだろう。可笑しそうな顔で見ているのだろう。  歩く今も、そんな気持ちが僕の体を苛んでいる。 「…ごめんなさいですぅ、私、遅れてばっかしで…」  その声は商人の女の子だ。彼女は、僕と、弓手の子の後ろに、時折パタパタと駆けたりしながら、続いていた。 「気にしないでよ」  僕は、笑う。そうだ。  どうしようも無い気持ちが心を蝕んでいたけれど、僕はまだ、笑える。  だったら、まだ歩いていける。そう、思った。 「んー…」  弓手の女の子が、急に立ち止まる。 「どうしたんですかぁ?」 「いや、この辺で、そろそろ野宿の準備をした方がいいかな、って思ってね」 「なるー」  …そうだ。僕達は、今も歩いている。  けらけらと笑い合いながら、木陰の方に向っていく女の子達を見ながら、そんなことを考えていた。  なんとなく、手にしたバッソを見る。…薪でも探してこよう。  …   「う…っぁ、つぅぅぅ…」  腕にスティレットが突き込まれる痛みに、泣きながら♀アーチャーが呻いた。 「どうして…どうして…一緒に行こうって、いったじゃないっ」  そんな抗議に、しかし馬乗りにアーチャーを押さえつける♀商人は表情を変えない。 「ごめんね」  謝罪の言葉とは裏腹に、くすくすと笑う。 「あなた達みたいに、仲良くしたがる人がいるわよね。 そんな人たちの中に入り込んだら…中から殺していったら、そっちの方がとても楽じゃない」  その言葉に反論するように、アーチャーは少女を睨み付ける。  しかし、その様子に、商人は不愉快そうな顔をすると、腕に突き刺したスティレットに体重をかけ、ぐりぐりと動かした。  圧迫された傷口から、ぶしゅっ、と血が噴出す。  弓手の少女の背が、痛みに耐えかねて弓なりにしなった。 「いぎ…っ!! あがぁっ!! 痛…痛ぁっ!!」  痛みに苦悶の表情を浮かべるアーチャー。商人は、満足そうな表情を浮かべる。 「それからね。このスチレには…毒が塗ってあるの。遅効性だから、すぐには死なないけどね。 一時間くらいかなぁ…でも、死にたくはないよね?お姉ちゃんには、その前にしてもらいたいことがあるの」  そして、涙を流し、子供の様に首を左右に振り乱していた弓手に、商人は言う。 「私、実はお薬も持ってるの。もし、言うこと聞いてくれたらあげるから…言うこと聞いてほしいなぁ」 「ひっく…ぐすっ」  スティレットは突き刺したまま、優しく微笑みかける。  がくがくと、ぐずりながら弓手は首を縦に振る。 「誰か一人殺してきて。そしたら、お薬あげるから」  もう一度、繰り返す。スティレットで傷口を弄くりながら、耳元で囁きかけた。  悲鳴。涙と、涎と、鼻水が、気の強そうだった顔をぐちゃぐちゃにしていく。  痛み。痛み。それは、悪魔の取引に同意のサインを描かせる。 「ぐすっ…ぐすっ…いきます…ひっく…いきますからっ…」 「いい子ね。素直な子は好きよ」  笑って、商人はそう言った。  姿が消えるのを確認すると、それとは逆の方向に進み始める。 「…この場所で待ってあげる、とは一言も言ってないけどね。お薬だって本当は持ってない。嘘ついてごめんね、お姉ちゃん」    一人呟いて、商人♀は、次の犠牲者を探すために、歩き始めた。  もう一人の剣士に構う事は無く。    …  手には、かき集めた薪。けれど、僕の目の前には、誰も居ない。  唯、木々の枝が、草が。黄昏の風に吹かれて揺れているだけだった。   <商人♀ 小箱=>遅効性致死毒の小瓶> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[057]] | [[目次]] | [[059]] |

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