「090」(2005/11/04 (金) 02:22:28) の最新版変更点
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090.其(ソレ)を思ふ曲~序、夜の帳
さて。此処よりは一つの詩。
とある夜長に、とある箱庭で開かれたる演目で御座います。
さあさあ。しかと御一見。再上演は御座いません。
今、ここでしか見られぬ詩を、どうか楽しんで下さいませ。
しからば、この道化めは、皆様の為。笑って幕を上げると致しましょう。
…
道無き道を歩いていた。
先頭には、甲冑姿の女と、悪漢。その後ろに、弓手、子バフォに付き添われたアラームと続く。
既に夜の帳はすっかり降り切って、行軍の速度はめっきり遅くなっていた。
「随分歩いたが…まだまだ、目的地までは遠いな」
今の場所からだと、大人の足で数時間、といったところか。
「ま、俺やアンタは大丈夫だろうが…後ろの連中はそうもいかねぇ。今日は、この辺で野宿だわな」
「相判った。これ以上無理をして、はぐれる者が出ても困る」
クルセイダーの的確な答えに、悪漢は満足して頷く。
「…なんつーかな。ここ来てから、初めて人間とマトモな会話した気がするぜ。っと」
後ろを向き、おい、手前ぇら止まれ、と歩いている少女二人と子バフォに言った。
「うん…」
力なく萎れた声で、アラーム。子バフォに先導されて歩いてはいるが、随分消耗している様子だった。
「ぜぇーはぁー…ぜぇーはぁ…」
すぐ前では、結局荷物を二つ持たされたままの弓手が、荒い息を付いている。
まぁ、こっちは大丈夫だろうな。特に明確な根拠は無いが、悪漢は思う。
何せ、手負いであの馬鹿力。
少なくとも、ビックフットと同程度の耐久力はあるだろう、などと考えていたりする。
「大丈夫か? アラーム殿」
一方で、つぶさに様子を見守っていたであろう子バフォが、心配そうに尋ねかけた。
「うん…」
返事は返す。しかし、矢張りぼんやりとした目。
「…本当であろうな?」
二度目。今度は、幾分疑わしげに。
「うん…」
しかし、全く同じ様子で、全く同じ答えだ。ローグは、その様子にぼりぼりと頭を掻く。
「あんまし大丈夫そうじゃねぇなぁ…」
「うん…」
三度、矢張り同じような調子の声が返ってきた。
アラームは、というと立ったまま、ふらふらと不安定な様子。
今にも、そのまま卒倒しそうに感じられる。というか、マトモに言葉を判別していない様にも思える。
「ちょっと…アタシは無視…っ!?」
肩で息をしている弓手が言った。
額には青筋なんかが浮かんでいる。
「いや、お前なら大丈夫だろ」
何せ、Ms.ビックフットだし。頑丈さは折り紙つき。
「んなわけあるかっ!!誰かさんが遣した鞄が重いのよっ!!」
悪党は肩を竦め、アラームはぼんやりとした目に何とも申し訳なさそうな光。
「ま、兎も角お疲れさんな」
男は軽口を叩くのを止めて、自分の水筒を投げ渡した。
「…ふんっ」
器用にそれを捕まえて、弓手はごくごくとその中身を飲み干す。
まぁ、疲れていた、と言えば矢張り彼女も疲れていて。
何より、あの形相を浮かべた時ぐらい元気であるならば。
「あの水筒、素手で引き千切るくらいの芸当はしてくれる筈だしな」
「…それは幾らなんでも無理だとおもうぞ、ローグ殿」
少し、離れた場所まで移動してから、ぼそりと戯言を零した悪漢に、彼に続いた子バフォの冷静な指摘。
やれやれ。彼は、少女等に見せているより貌より少しばかり真面目になって、息を吐いた。
表情は闇に紛れて見えないが、きっとそれは苦笑。
「おい、子バフォ。少し手伝え。鳴子を仕掛けるからよ」
「御意」
言って、開けた重い男の鞄の中からは、一巻きの細くて丈夫な糸。それから、数個の鈴。
…どちらも、開始直後に男が拝借してきたものだ。
他にも、包帯を初めとした簡単な医療品や、幾つかの物品が雑然と詰められている。
アラームや弓手は、その中身を一度だって見た事は無いし、ローグもまた、見せた事は無い。
そして、それっきり男は、自分の作業を終えるまで、一度も喋らなかった。
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