「091」(2005/11/04 (金) 02:22:51) の最新版変更点
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091.其を思ふ曲~夢語りと母親
「ったく…アタシに一体何の恨みがあるのよ、あの馬鹿っ。見張り人に押し付けて、自分一人は先に寝てるし」
ブツクサ文句を言いながら、♀アーチャーは背を木に預けて、座っていた。
それから、言葉通りに、憎憎しげな視線の先に、枯葉の上に寝転がった男がありありと。
弓手として鍛えられた自分の、良く見える目がなんとも疎ましかった。
公平にジャンケンで決めた、といっても疲れている自分を放っといて、目の前で鼾(イビキ)までかかれていると、腹も立つ。
因みに、順番は弓手=>クルセ=>子バフォ=>ローグ。どう考えても不公平な気がしてならなかった。
アラームが見張りを出来ないのは仕方が無いとしても。ローグが一番最後ってのは納得がいかない。
ああ、苛々する。あーもう。最初は感謝したけれど、今は本当に腹が立つ。
「もー、ギッタギタのボコボコのズタズタのボロボロにしてやりたいわ…」
もう、秋菜とかいう女よりも先に、だ。最優先目標。是が非でも確殺。もう、DS連発で瞬殺。
「…ふぅ」
どうしようもない怒りをぶつけていて、溜息一つ。
そういえば、一度溜息を付くと一つ幸せが逃げる、なんて事を誰かが言っていたのを思い出した。
思わず、自嘲する。幸せが逃げるのなら、教えて欲しいものだ。
今の自分の何処が幸せだというのか。
こんな場所で、あんなに理不尽な事を言われて。
「すぐ死ぬかもしれないってのにね」
そういえば、昔から溜息ばかり付いていた気がした。
きっと、それは気のせいなんだろう。
けれど、口にせずには居られなかった。
「なぁんだ。昔っから…幸せ逃してばっかだったんだ」
突拍子も無く、だからこんな事になったのかもしれない、という思考が浮かぶ。
しかし、何処かそれは現実味を帯びていて。
「はぁぁぁぁ…何考えてんだろ。アタシってば、本当に馬鹿ね」
もう一つ、幸せが逃げ出す。やっぱり馬鹿だ。
こんなのだから、あの商人にだって騙されたんだろう。
「ん…むにゅ… ん…ううん」
そんな事を言っていると、アラームの寝言が聞こえた。
小さく丸まって…子バフォを人形の様に抱きしめて、眠っている。
まるっきり、只の子供だった。
その様子を見ていると…ほんの少し、勇気が沸いた気がした。
こんな子だって居るんだ。あたしも文句なんて言ってられない。
弓手は、微笑む。
「…ありがとね。勇気、くれて」
お礼の代わりに、クリップが一つついた、綺麗な髪の毛を撫でてやる。
もぞ、と身じろぎ一つ。疲れ過ぎて睡眠が浅くなっていたのか、それだけでアラームは目を覚ましていた。
ぼんやりとした焦点の合わない目が弓手の方を向き…やがてしっかりと像を結ぶ。
「お姉ぇ…ちゃん?」
「ごめんっ、起こしちゃった? すぐ寝ていいから」
寝ぼけ眼を擦るアラームに、すまなさそうに言う。
「ううん…大丈夫、らいじょうぶです」
ふぁ、と眠そうに一度欠伸。眠気を覚ますように、自分の頬を張る。
「見張りですか?」
それから、たとたどしくそんな事を尋ねた。
「うん」
「退屈じゃないですか?」
一瞬、何を言っているものか、とも思ったが確かに、退屈だった。
「まぁ…そうかもね」
「それじゃあ、何かお話しませんかっ?」
「眠れないの?」
こくこく、とアラームは首を縦に振るものの、瞼の調子は上下していて。
どう見ても、嘘。
「だいじょぶです。これくらいへっちゃらへーのへーなのです」
けれど、強く小さな拳まで握り締めて言われたら…断り切れそうにもない。
暇であったのは事実だから、退屈しのぎ程度にはなるだろう、と考えを改める。
「そうねぇ…何、話そっか?」
幾つか、この女の子にも合いそうな話題を検索。そうして、一つの候補。
「ねぇ。アラームに夢ってある? アタシには、とっても大きいのがあるんだけど」
にぱっ、と笑い顔。自慢みたいで嫌味かもしれない。一瞬、そんな考え。
けれど、アラームは目をきらきらさせて、弓手を見ていた。
「お姉ちゃん、それってどんな夢っ?」
「あたしの夢はね~」
んっふっふっふ、とか判りやすく勿体つける。
「世界一の弓手になる事。これねっ」
冗談めかして言ってやる。けれど、アラームの顔は少し曇っていた。
「動物さんや…色んな生き物を…撃つの?」
しまった。クレイモアだった。当然、色んな生き物っていうのには…認めたくないが人間も入ってるのだろう。
「ま、まぁ…そりゃ生きて行くために、少しはね。いっておくけど、人なんて絶対撃たないから」
慎重に言葉を選んでいくつもりで、喋る。少し失敗したかもしれない。
「でもね、それよりもっと…ただ単に、上手になりたいから、って言った方が合ってるかも。
なんて言ったらいいかなぁ…ほらっ、料理とか裁縫とかもそうだけど、上手に出来るようになったら嬉しいじゃない」
特に後半の『料理』の辺りでこくこくと納得した様に頷いていた。
「それじゃ、今度はアラームの番ね」
少し、意地悪く言うと、困ったような顔。
「ほらほらー…早くお姉さんに白状しちゃいなさーい?そうしちゃえば楽になるわよ?」
「ぅぅぅ…や、止めてよぅ。言うからっ」
その様子が可笑しくて、つい、頭をぐりぐりと撫でると、益々困った顔。
けれども、もみくちゃにされていたアラームが、そう言ったから、すぐに止める。
居住まいを正して、アラームはまるで何かの発表会の様な顔をして。
「…笑わないでね?」
「笑わないってば」
そしてすうっ、と息を吸う。
「『楽園』が…出来たらいいな…って。それが、わたしの夢」
「楽園…?あー…確か、アコとかが読んでる聖書に出てくるのみたいな?
ほら、『大いなる救世主天より来たりて、全ての悲しみは過去のものとならん』…だっけ」
見ると、アラームはさっぱり理解できていない様子で。
あー…まぁ、気にしなくてもいいよ。うん。それで?」
だから、弓手はもう一度尋ねる。
「ローグさんも、お姉ちゃんも、バドスケさんも…人も、魔物も…みーんな、みーんな…幸せになれたらいいなぁ…って」
言いながら、いつの間にか泣き笑いのような顔。ぐすっ、ぐすっと嗚咽が聞こえ出す。
弓手にしてみても、それは馬鹿みたいな夢。それこそ、神様でもないと出来ないような。
でも、そんな事を考えて、現実から逃げてる訳ではないんだろう。
だって、少女は泣いている。この場所が、その夢からは世界で一番遠い場所だと、判っているから。
「ひっく…ぐすっ…ごめんなさい…ひっく」
誰に対してか謝る。馬鹿。謝る必用なんて無いのに。
弓手は、見ていられなくなってアラームを抱きとめた。
「いいのよ。もう、いいから。もうゆっくり休みなさい。ね?」
そうとだけ言って、泥まみれのサマードレスの背中を摩る。
嗚咽が聞こえなくなるまで、弓手はそうしていた。
──そうしてアラームが感じたぬくもりは。
「…あのね」
「何?」
──ずっと昔に忘れた、優しい人のそれに似ていて。
「お姉ちゃん…なんだか、お母さん…みたい」
──その腕の中、安心していられたから。
「馬鹿、そんなに老けてないわよ。老けてるのはローグだけで十分。いいから、もう寝なさい?」
「…うんっ」
──ゆっくりと、彼女の意識は、優しさの中に溶けていった。
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