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008.悪人と ----    あれから、どれくらい経ったのだろう。  一時間かもしれず、あるいは五分と経っていなかったのかもしれない。  時間の経過は、ずっと蹲っていた彼女には、よくわからなかった。  涙は、枯れない。今も尚、流れている。  死の匂いがする法衣の生地が、涙で黒く湿っていた。 「おい」  誰かの、声。♀プリーストは、顔を上げた。  底には、一人の男の姿。木漏れ日が逆光となり、大まかな輪郭しか見て取れない。  嗚呼。私は、ここで人生を終えるのか。  確信にも似た想像。剣が、光に照らされて輝いていた。  それは、男が女の頬に、直刃の抜き身。ツルギを突き付けている光景だった。  片や、酷く目つきの悪い、顔に火傷のある男。♂ローグ。  片や、目を閉じると、胸の前で手を組んだ女。♀プリースト。  それは、静かな、光景だった。  男の手に握られた剣。その切っ先は、女に触れいて。  紅い血が、その頬からは、薄く流れていて。  しかし、それでも女は、祈りの姿を取ったまま、身じろぎもしない。  …あるいは、それは唯の諦めであったのかもしれないが。 「…おい」 「はい。何でしょうか」  静かな、声。 「なんだって、俺に抵抗一つしようとしない?」  一言、男は言う。 「そりゃ、諦めか?普通、叫ぶなりなんなり、やりようがあるだろ。 そもそも、この期になって、何で祈ってなんていやがるんだ?」  言い終えて、男はぺっ、と足元に唾を吐いた。 「それは……そうかもしれません。でも…」 「…なんだよ」  問われ、女はゆっくり目を開く。じっと、男を見つめた。 「苦しい時だから、余計お祈りしたいんです。そういうものじゃないですか」  何となく…ですけど、と付け加える。あいまいな顔で、プリーストは男に笑いかけた。  何故、こんな言葉が口をついて出たのか。半分は自棄になっていたのかもしれない。  男は、ツルギを下げない。 「自分だけ助かりたいってか?」  とんだプリーストも居たもんだと、ローグはせせら笑う。  女は、むっ、とした顔をする。 「違います。そうじゃありません」  祈るとするならば、その願いはたった一つ。 「じゃあ、なんだよ」 「それは…」  女の言葉をさえぎって、悪人は口を開く。  唇を歪め、下卑た笑みを浮かべてみせる。 「皆が助かりますように、ってか?手前だって、そこまで馬鹿じゃ…」  ねえだろ、いくらなんでも。言いかけて、ローグの口が止まった。  見ると、目の前で♀プリーストの口も、何か言いかけて止まっていた。  その目は、びっくりした様に、彼を見ていた。  そして、その大きな瞳は語っていた。  『どうして、言おうとしたことが判ったのか』と。  Int1クラスの大馬鹿が、彼の目の前にはいた。  木の葉が、落ちる。 「あ、あのっ!」  自身が傷つくのも躊躇わず、プリーストが慌てたような素振りを見せる。  ツルギが、かちゃり、と鳴った。その切っ先が、1mmだけ、より深く食い込む。 「………チッ」  …不意に、ローグが、実に嫌そうな顔で、舌打ちをした。 「あっ…」 「手前ぇの馬鹿さ加減に、毒気抜かれちまった」  呆けたように、男を見ているプリーストに、吐き棄てるように言う。 「助けて、頂けるんですか?」 「馬鹿野朗!! 助けたんじゃねぇ!! 手前みたいなInt1馬鹿は、わざわざ殺さんでも すぐにおっ死ぬから、手間省いただけだ!!」  ビクン、と怒鳴られて、プリーストが震える。 「ケッ。そんな様じゃあ、ワザワザ殺してやるのも面倒臭ぇ」  淀みなくツルギを鞘に収めると、両手をポケットに突っ込み、男は背を向ける。 「あ…あの…」 「何だよ?」 「お優しいんですね」  ぽつり、と言う。或いは、反れもまた、唯の勘違いに過ぎないのかもしれないけれど。 「……」  男は、答えない。  木々の合間に消えていくその背中も、何も語ろうとはしなかった。 <♂ローグ ツルギ、一個獲得 小箱の中身不明> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[007]] | [[目次]] | [[009]] |
008.悪人と ----    あれから、どれくらい経ったのだろう。  一時間かもしれず、あるいは五分と経っていなかったのかもしれない。  時間の経過は、ずっと蹲っていた彼女には、よくわからなかった。  涙は、枯れない。今も尚、流れている。  死の匂いがする法衣の生地が、涙で黒く湿っていた。 「おい」  誰かの、声。♀プリーストは、顔を上げた。  そこには、一人の男の姿。木漏れ日が逆光となり、大まかな輪郭しか見て取れない。  嗚呼。私は、ここで人生を終えるのか。  確信にも似た想像。剣が、光に照らされて輝いていた。  それは、男が女の頬に、直刃の抜き身。ツルギを突き付けている光景だった。  片や、酷く目つきの悪い、顔に火傷のある男。♂ローグ。  片や、目を閉じると、胸の前で手を組んだ女。♀プリースト。  それは、静かな、光景だった。  男の手に握られた剣。その切っ先は、女に触れいて。  紅い血が、その頬からは、薄く流れていて。  しかし、それでも女は、祈りの姿を取ったまま、身じろぎもしない。  …あるいは、それは唯の諦めであったのかもしれないが。 「…おい」 「はい。何でしょうか」  静かな、声。 「なんだって、俺に抵抗一つしようとしない?」  一言、男は言う。 「そりゃ、諦めか?普通、叫ぶなりなんなり、やりようがあるだろ。 そもそも、この期になって、何で祈ってなんていやがるんだ?」  言い終えて、男はぺっ、と足元に唾を吐いた。 「それは……そうかもしれません。でも…」 「…なんだよ」  問われ、女はゆっくり目を開く。じっと、男を見つめた。 「苦しい時だから、余計お祈りしたいんです。そういうものじゃないですか」  何となく…ですけど、と付け加える。あいまいな顔で、プリーストは男に笑いかけた。  何故、こんな言葉が口をついて出たのか。半分は自棄になっていたのかもしれない。  男は、ツルギを下げない。 「自分だけ助かりたいってか?」  とんだプリーストも居たもんだと、ローグはせせら笑う。  女は、むっ、とした顔をする。 「違います。そうじゃありません」  祈るとするならば、その願いはたった一つ。 「じゃあ、なんだよ」 「それは…」  女の言葉をさえぎって、悪人は口を開く。  唇を歪め、下卑た笑みを浮かべてみせる。 「皆が助かりますように、ってか?手前だって、そこまで馬鹿じゃ…」  ねえだろ、いくらなんでも。言いかけて、ローグの口が止まった。  見ると、目の前で♀プリーストの口も、何か言いかけて止まっていた。  その目は、びっくりした様に、彼を見ていた。  そして、その大きな瞳は語っていた。  『どうして、言おうとしたことが判ったのか』と。  Int1クラスの大馬鹿が、彼の目の前にはいた。  木の葉が、落ちる。 「あ、あのっ!」  自身が傷つくのも躊躇わず、プリーストが慌てたような素振りを見せる。  ツルギが、かちゃり、と鳴った。その切っ先が、1mmだけ、より深く食い込む。 「………チッ」  …不意に、ローグが、実に嫌そうな顔で、舌打ちをした。 「あっ…」 「手前ぇの馬鹿さ加減に、毒気抜かれちまった」  呆けたように、男を見ているプリーストに、吐き棄てるように言う。 「助けて、頂けるんですか?」 「馬鹿野朗!! 助けたんじゃねぇ!! 手前みたいなInt1馬鹿は、わざわざ殺さんでも すぐにおっ死ぬから、手間省いただけだ!!」  ビクン、と怒鳴られて、プリーストが震える。 「ケッ。そんな様じゃあ、ワザワザ殺してやるのも面倒臭ぇ」  淀みなくツルギを鞘に収めると、両手をポケットに突っ込み、男は背を向ける。 「あ…あの…」 「何だよ?」 「お優しいんですね」  ぽつり、と言う。或いは、反れもまた、唯の勘違いに過ぎないのかもしれないけれど。 「……」  男は、答えない。  木々の合間に消えていくその背中も、何も語ろうとはしなかった。 <♂ローグ ツルギ、一個獲得 小箱の中身不明> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[007]] | [[目次]] | [[009]] |

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