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185.再び、道の上を~side ♂プリースト   「無茶をしやがって…」  昏睡から立ち直った♂プリーストは、彼と入れ替わる様にうつぶせに地面に横たわった♀セージを見ながら、一言そう言った。 赤い。♀セージの状態を一言で言うなら、そんな状態だったからだ。 背中には真一文字の傷跡。よくああも平気な顔で歩いていられたものだ。 素人目に見ても、随分深く切り裂かれているように見える。 幸い、先程のなけなしのヒールが功を奏したのか出血はもう止まり、かさぶたになって張り付いている。 しかし、もしあのまま誰も気づかなければ遅からず手遅れになってしまっていただろう。 「すまない」 「いや…構わないよ。あんたが、一体何考えてたのかも判ったしな。 正直言うと…俺、あんたの事疑ってた」 舌の上に、何となくばつの悪さを転がしながら、♂プリはそう答えた。 弁明が出来なかった訳だ。疑っていた自分が恥ずかしくなってくる。 最も、それで♀アサシンの死という事実が変わる訳では無いが…それは、今は引っ込めておこう。 「疑わない方がおかしいだろうさ」 ほんの少し、陰りを横顔に浮かべながら、♀セージは言った。 しかし、それも一瞬。伏せたまま居住まいを正すと、言葉を続けた。 「何をじっと見ている。傷の手当をするんじゃないのか? 汚れを拭いて包帯を巻くだけだろう」 そうだ。幾ら、ヒールで傷口は半ば癒着したとは言え、そのまま曝しておくわけにも行かない。 …何となく、悪戯っぽい顔なのは気のせいだろうか? フフリ、と♀セージは笑う。いいや、気のせいでは無い。 一瞬、彼が苦悩していたその時だ。 後頭部に軽い衝撃が走り、♂プリーストは前のめりにつんのめった。 振り向くと、軽蔑一割、嘆きが一割、憤激が…ともかく、そういった感情がない交ぜになった表情でクルセが此方を見ていた。 手には海東剣の鞘。…どうやら、それで小突かれたらしい。 『服の袖を寄越せ。私がやる』 もう片方の手で、♂プリに示した記帳には、そう殴り書きが記されていた。 何となく顔が赤い。彼とは違って、生真面目な性分らしかった。 「わ、わかったわかった。直ぐに巻いてやるよ」 『OK、クルセさん。言い分は判ったから、小突くのは止めてくれ』 ♂プリは地面にチェインの柄で返事を書きつつ、一方の口には、てんでちぐはぐな事を喋らせる。 そうして、後をクルセに任せると、少し離れた場所に座っている♂アーチャーの方へと歩き出した。 … 「あ…」 一瞬口を開きかけた弓手を片手で制すと、♂プリーストはどっか、と彼の隣に腰掛けた。 手にしたチェインで、石畳が剥げ、土の露出した地面に文字を書く。 『俺は今、セージの手当てしてるって事になってるから』 ♂アーチャーは頷き、それから鞄から矢を一本取り出すと何事か書き始める。 『うまくいくんでしょうか…』 その手が、震えていた。 不安そうな顔で、♂プリーストを見ている。 『そりゃ、お前。巧くする他無いだろ』 さらさらと書くが弓手は納得しがたい顔で。 『でも、俺は今まで何も役には立てなくて…正直、不安なんです』 そこまで独白を聞いてから、♂プリーストは少し考え込む様な顔をする。 『…どうしたんですか?』 『あー、いや、な。お前がどうしてそんな事考えてるのかについて考えてたとこ』 『なっ…俺、別に変な事考えてたりはしませんって』 『それはそうなんだろうけどな』 溜息交じりにしみじみと言う。 『俺は説法が得意じゃないから、手短に言わせてもらうぜ?』 弓手は、憮然とした顔のまま返事を返さない。 『例えば、だ。冒険者が組むPTってのは、誰か一人が活躍してりゃいいってもんでもないだろ。 一人が活躍したけりゃ、ソロでやりゃいい。でも、俺達はこうしてPTを組んでる訳だ。それはどういう訳だ?』 『生き残るため…?』 『OK,方向性はあってる。でも、それだけじゃ足らない』 ♂プリの言葉に、再度アーチャーは首を捻りながら考える。 『…判りません。それに、それが俺の考えてる事に何の関係が?』 『俺の予想は大当たり、って感じだな』 『あんた、何が言いたい?』 ずれた回答に、苛立たしげな視線を弓手はプリーストに向ける。 しかし、構わずプリーストは言葉を続けた。 『俺達それぞれが出来る事なんて限られてるってことだよ。俺も、セージの奴もクルセさんも』 そこまで言ってから、じっと弓手を見据える。 『勿論、お前もな。──多分、自分の無力さを悔やんでたんだろ?』 図星だったのだろうか。反論が無い事を確認してから、更に言葉を続ける。 『ま、かく言う俺もいろいろと、な。悔やんだり悩んだりしてるからよ。 その時々で、状況に対して無力だったりするのは何もお前だけじゃないぜ。ええくそ。何言ってるのか良く判らないな…兎も角』 ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。 『そんなに気に病むなよ? こいつは俺の自論なんだが…PTってのはさ。 それぞれのメンバーが、 最大限自分に出来る事をやってる限り簡単には瓦解しないもんさ。 俺は、お前が出来る事を精一杯やって欲しいのさ。 …俺はお前の事、頼りにしてるからな、アーチャー』 そう言いつつも、脳裏には一つの風景が浮かんでいた。 あの時だ。♀アサシンが死んだあの時。俺は…自分の言葉通りに行動出来ていたのだろうか? 自問すると、自分の言葉が酷く説得力を欠いているようにプリーストには感じられていた。 俺に、本当にこんなことを言う資格があるのだろうか…? そんなことを考えていた、その時だった。考え込んでいた様子だったアーチャーが顔を上げる。 「プリーストさん。俺は…」 しまった。表情に出ていたのか? 声を出して会話をしようとする弓手を咎めるより早く一瞬、そんな事を考える。 しかし、予想とは裏腹に、迷いが晴れたのか晴れやかな顔で弓手は彼を見ていた。 …プリーストはその様子に、浮かんでいた考えを振り払う。 そして、人差し指を立てて口に衝立を掛けるようジェスチャーを示した。 しぃっ、言いたいことがあっても喋っちゃいけない。 心にスティレットを突き刺したら、そいつは墓の下まで持っていかなきゃいけない。 喋ったら、きっと心が弱くなっちまうからな。 ふと、好きでよく読んでいた小説の一説を思い浮かべる。 こんなことだから不良坊主と呼ばれるんだ。 けれども、そんな冗談めいた事を思い浮かべていると幾分気が晴れた。 ゆさゆさ、と袖を引っ張られる感覚。…知らない間に自己陶酔していたらしい。 プリーストが後悔する間も無く、案の定不審げな顔のアーチャーが見ていた。 まさか、そんな事を一々説明するわけにもいかない。 ♂プリは、どうごまかしたものかと一瞬考え、チェインの柄を地面に走らせる。 『や ら な い か』 その場の空気が、寒いジョークの如く一瞬にして凍りついたかと思うと、続いて暗雲が垂れ込めるのを彼は確かに感じた。 「じょ、冗談でしょう?」筆談をするのも忘れ、真っ青な顔をして弓手は後ずさる。 貞操の危機を感じているらしかった。 「可愛い子猫ちゃん。幸せにするよ、さぁ…」 「ひ、ひぃ…」 上ずった声。薄らと涙も浮かんでいる。 「さあさあさあさあ…俺の熱いパトスを受け取ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」 「止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 目を野獣の如くぎらぎらと光らせながら、♂プリーストは弓手にルパンダイヴで飛び掛り…しかし、勿論冗談だ。 軽々と、尻餅を付いた格好の弓手を飛び越えると、前転の要領で一回転してから、地面に着地する。 そして、視線を上げると… 「…お前達、一体何をしているか」 鳩尾の当りに、法衣の袖を包帯代わりに巻きつけた呆れ顔の♀セージが、そこに居た。 その後ろには、似たような表情を浮かべている♀クルセ。 一方、♂プリーストの後ろには怯えたような表情の♂アーチャー。 「あー…、そのだな。うん。気にするな」 「…全て聞こえていたが?」 退路はもう無いようだった。 「冗談だって。それからな、そこの弓手君? 怯えつつも、んな汚らわしいものを見るような目で俺を見るな!!悪かったよ」 「……」 「やれやれ、元気のいいことだな?」 ♀セージは笑ってそう言った。その後ろでは、♀クルセが苦笑している。 まぁ、いいか。♂プリーストは、二人の笑顔を見ながらそんな事を考えていた。 この二人は笑ってる。(残り一名は不貞腐れてるが)ならば、馬鹿をやった甲斐もある。 ちらり、と視線を動かして、♀クルセが腰に吊った刀を見る。 この場に似つかわしくない、陽炎の様に空気を揺らめかせる妖刀。 …しかしながら、ここでその刃は人を切るのではない。 『それ』を鍛えた人物にしてみれば甚だ不本意だろうが… 「さぁて、休憩は此処までにしようぜ。♀セージさん、歩けるよな?」 「ああ。良好だ。…そろそろ、行こうか」 軽薄を装って発した♂プリの言葉に、♀セージが答える。 と、歩き出そうとした所で、賢者が足を止めた。 「どうしたんです?」 「すまない、手向けを遺しておこうと思ってな。…何か、刃物を貸してくれないか?」 ショックから立ち直ったらしい弓手の問いかけに、セージは答えた。 無言で、クルセがずい、と自らの海東剣を差し出す。 それを受け取るとセージは、こめかみ辺りの髪の毛を一房、切り取った。 彼女はそれを焼け落ちた建物の前に供える。 膝を突き、目を瞑って何も彼女は喋らなかった。 その必要は、最早無いのだろう。 「…行こうか」 透徹な瞳。しかし、その内には確かな意思が。 「ああ。やってやろうぜ」 そんな彼女に♂プリーストは、心底満足すると、そう答えを返した。   <Int's PT 現在地、持ち物変わらず。 状態=>♀セージの怪我の経過は良好? 結束を新たにした模様。ブリトニアに向け出発> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[184]] | [[目次]] | [[186]] |

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