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プロローグ ---- 神聖歴1026年―― ルーンミッドガッツ国王トリスタンⅢ世急死。 英明な君主として知られるトリスタンⅢ世の逝去は世界に大きな衝撃をもたらした。 トリスタンⅢ世はいまだ世継ぎに恵まれておらず、一国の王としてはまだ若かったために後継者も定めていなかったのである。皇后イゾルデ以外に側室も持っていなかったことが裏目に出たと言えよう。 当面はイゾルデが摂政として国王を代理し、大臣や騎士団がそれを補佐することになった。 ところがすぐに問題が表面化する。重要な意志決定にもたつくのだ。 大臣同士の意見が食い違った場合、それまではトリスタンⅢ世が即断を下していた。しかしお飾りである皇后イゾルデにそれだけの決断力はなく、議論によって最良の結論を導こうにも政治に絶対の解などない。意見の対立が個人間の感情的対立へと広がるに至って、国政は悪化の一途をたどった。 国政の混乱により、王国を構成する各都市はそれぞれ独自の施政を始めた。 もともとミッドガッツ王国の各都市は独立独歩の気風が強い。特にゲフェン・モロク・アルベルタと言った各街には、王国全土に根を伸ばす強力なギルドが存在する。 混乱が長引くにつれ、彼らは次第に独立や革命をも辞さない不穏な気配を見せ始めた。 さらに国際情勢が混乱に拍車を掛ける。 ミッドガッツの混乱を知った周辺諸国が軍事行動の兆しを見せ始めたのだ。 ルーンミッドガッツ王国はミッドガルド大陸随一の大国である。国内が安定している限りちょっかいを出そうなどと考える国はない。 しかしミッドガッツ国内の混乱は諸国の野望を刺激し、また友好国であっても他国の脅威に対抗するため軍備拡充せざるを得なくなっていた。 最大の友好国であるシュバルツバルド共和国も例外ではない。アルデバラン手前に兵を進め、混乱収拾の助力を申し出ると同時に難民の流入を警戒し始めた。 そして新たな戦乱の予兆は魔物の蠢動を呼ぶ。 戦乱の時代には常にそうであったように、大陸各地の迷宮があふれた。 ただでさえ各地との情報は寸断され、政治的な横槍もあって騎士団はなかなか組織的討伐ができない。 それでも地方の各都市がプロンテラに救援を求めることはなかった。 もちろん政治的な思惑もあってのことだが―― 「騎士団の綱紀はどうなっておるのですか!」 会議室のテーブルを内務大臣が叩き、騎士団長が渋い顔をする。 「任意除隊が今月だけで50名、50名ですぞ!?それが全て各都市の私兵になっておると言うではないか!」 「そうおっしゃいますな内務卿」 たしなめるように大司教が言った。 ミッドガッツ教会は国教――つまり国王を最高指導者とする宗教のため、国王不在の今は大司教より高位の聖職者がいないのだ。 「私どもの教会も似たようなものです。魔物に脅かされる善男善女を助けるためと称されては、引き留めるにも限度がありましょう」 「しかし、そのほとんどは冒険者と称する無頼の徒に成り下がり、各ギルドの利益のために働いているのですぞ!」 「彼らにその意識があるかどうか…」 各都市は冒険者たちを積極的に受け入れ、魔物の討伐を依頼していた。 ただでさえ冒険者は魔物のいる場所に集まってくる。しかも街が宿泊や食事の面倒を見たり、通商護衛などの依頼をしたりするとあって、さらにその数を増やしていた。 そうして自身の安全を確保した各都市は、中央に対し相対的な発言力を強める。 熟練の冒険者集団には、戦い方次第では小国の騎士団を壊滅させ得る能力があるのだ。 個々の冒険者に街やギルドへ肩入れする気はなくとも、彼らの存在は国政にとって充分な脅威であった。 「連中がどういう気かは問題ではない!」 内務大臣は再び机をバンバン叩いた。 「トリスタン陛下が何のために訓練砦を作り、勝者に報償を与えてきたとお思いか!まさに今、このような時のためではないか!」 彼が言うのは4つの街に隣接して設けられた20の砦のことである。その建設費はそれこそ小さな街を作れるほどの物であったし、毎週の訓練で砦を奪取した冒険者ギルドには一般家庭が一年暮らせるほどの財貨が与えられていた。 「であるのに王国の呼びかけに応える者のなんと少ないことか。これが背信でなくてなんだ!」 口角泡を飛ばして吠える内務大臣に鼻白む者もいたが、軍務大臣や財務大臣と言った大物はおおむね同意の表情を見せる。 「魔物と戦うにも勝手気ままに戦場を選び、少数で無謀な探索行に出てはすぐに帰って来おる。あれでは魔物を住みかへ押し戻すことなど到底できぬのにな」 「さよう。それでいて王国の危機であるからと訓練砦を閉じれば不満だけは言うのですぞ」 生産性のない、愚痴じみた意見ばかりが飛び交う机の上席で、皇后イゾルデは物思いに沈んでいた。 (――そう言えば、あなたは冒険者がお好きでしたね) かつて冒険者たちと共に戦い、「死の王」と呼ばれる強大な魔物を地上から追放したこともあるためか、トリスタンⅢ世は彼らと交わることを好んだ。 忙しい公務の合間を縫って、冒険者たちのために結婚式を挙げていた姿が目に浮かぶ。 『彼らは私の大事な国民であり、同時にいつかこの国を救う英雄かもしれないのだ』 そう言って、公務の間ぐらい休むよういさめる自分に向けた笑顔が忘れられない。 ――なのに。 「連中はトリスタン陛下を裏切ったのだ!」 内務大臣の感情的な声が心臓をえぐる。 そう。トリスタンⅢ世ほど彼らを愛した君主はいない。 なのに、なぜ。 「結局、冒険者とは自らの利益しか考えぬ連中だったということでしょう」 「奴ばらには少し思い知らせねばなりませぬな」 そうか。思い知らさなくてはいけないのだ。 自らの罪を。 トリスタンⅢ世の無念を。 全ての冒険者に。 「しかしですな。悪事を働いているわけでもない者に――」 「大司教」 「強制しても良い結果は――は?」 感情的になる大臣達を1人なだめていた大司教は、イゾルデの静かな声に振り返った。そして絶句する。 夫の死からずっと抜け殻のようだった彼女の眼に、異様な光が灯っていた。 なまじ美しい顔立ちであるだけに、心労でやつれた顔の中で瞳だけをギラギラと輝かせる様は凄絶の一言に尽きる。 「簡易的なもので構いません。明日、私の戴冠の儀をおこないます。準備を」 「は?いや、あの、それは」 自らが王位に就く。そんな突然の宣言に大司教は耳を疑う。 しかしイゾルデはもはや大司教など一顧だにせず、立ち上がって矢継ぎ早に命じた。 「軍務卿。明日の戴冠後、初勅として全ての冒険者に動員令を発します。彼らが軍として機能するよう、統率手段と編成をすぐに考えなさい」 「…は」 皇后の変貌にとまどいつつも、自身の主張が受け入れられた形の軍務大臣は素直に頷く。 しかし彼もすぐに青ざめることになった。 「内務卿。法務卿に諮って動員令に従わぬ者とそれに荷担する者への処罰を法文化し、即時発布なさい」 「かしこまりました。強制労働あたりが適当でしょうかな?」 「いいえ。その者達から数十名を選び出して互いに戦わせなさい。古代の剣闘士のように。最後の1人になるまで」 「なんと!?お待ち下され。それはあまりに」 名君が続いたミッドガッツには他国のような残虐刑がない。強硬派の急先鋒である内務大臣でさえ考えても見なかったことであり、彼は吹き出した脂汗を拭いつつ再考を促した。 しかしイゾルデは炯々と光る一瞥でそれを黙らせる。 「お黙りなさい。今は非常時です。理や情を説いて従わせられぬのなら、見せしめが必要な時です」 「は、はあ」 「財務卿。臨時予算の計上を。工務卿。どこか逃げられない場所に戦場を建設なさい。新築する余裕はありません。封鎖中の訓練砦から必要な機能を移すのです」 「はっ」 他の大臣がうろたえる中、専門馬鹿で有名な技術者肌の大臣は新しい任務を喜々として受け入れる。 そして 「侍従長。”爪角の欠片”の封印を解きなさい」 「かしこまりました」 彼女の本気を示す命令が最後に出された。 ”爪角の欠片” それは”ユミルの爪角”の破片とされる小さな結晶体である。 もちろん欠片には、伝説のように世界を平穏に保つほどの力はない。しかし生者と死者を峻別する程度の力はあった。 かつてトリスタンⅢ世はこれを用いて死の王とその軍勢を退け、永遠に冥界へと封じた。 しかし一度でも”爪角の欠片”に触れた者は、斃した相手の復活を阻止する力の代償として自身も二度と蘇生できなくなる。 だからこそ国王が急逝し、蘇生もされないなどという事態が起きたのだ。 「つまり勝者以外は殺せ、と?」 もはや流れ落ちる汗を拭うことも忘れ、内務大臣はイゾルデの顔をうかがう。 返答はさらに冷酷だった。 「全員でも構いません。従わぬ者が居なくなるまで、ギルド攻城戦の代わりに毎週執行します。ですから準備日を除く5日以内に決着しなければ全員処刑とします」 「し、しかし、冒険者は総数の把握さえ難しいのですが、所在や不届き者か否かの判断はいかように…」 「冒険者は皆、カプラサービスと契約しているのではなくて?」 「さようですな。しかしカプラ本社がそのようなことに協力するかどうか」 どちらかと言えば冒険者に同情的な騎士団長が一応の抵抗を試みる。しかしイゾルデは即座に一蹴した。 「させなさい。さもなければ彼女達も対象になるだけです。冒険者に荷担する者も同罪、と言ったはずですよ」 「………かしこまりました」 イゾルデの本気、あるいは狂気を感じ取った大臣達が頭を垂れる。 最上ではないにせよ、国難を乗り切るための方策と信じて。あるいは実施までに阻止、撤回できると楽観して。さらには狂気が自分たちへと向けられる恐怖に負けて。 「具体的な人数、選出法や場所など詳細は任せます。ただちにかかりなさい」 くす、くすくす 大臣達が退出し、人気の絶えた会議室。その窓際でイゾルデは笑う。 (冒険者たちよ) (あなた達が本当に英雄であるというのなら) (勝ち抜いて勝ち抜いて、その証を見せるがいい) くすくす、くすくすくす―― いつまでも、いつまでも、忍び笑いは響き続けた。 ---- | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-0001]] |
プロローグ ---- 神聖歴1026年―― ルーンミッドガッツ国王トリスタンⅢ世急死。 英明な君主として知られるトリスタンⅢ世の逝去は世界に大きな衝撃をもたらした。 トリスタンⅢ世はいまだ世継ぎに恵まれておらず、一国の王としてはまだ若かったために後継者も定めていなかったのである。皇后イゾルデ以外に側室も持っていなかったことが裏目に出たと言えよう。 当面はイゾルデが摂政として国王を代理し、大臣や騎士団がそれを補佐することになった。 ところがすぐに問題が表面化する。重要な意志決定にもたつくのだ。 大臣同士の意見が食い違った場合、それまではトリスタンⅢ世が即断を下していた。しかしお飾りである皇后イゾルデにそれだけの決断力はなく、議論によって最良の結論を導こうにも政治に絶対の解などない。意見の対立が個人間の感情的対立へと広がるに至って、国政は悪化の一途をたどった。 国政の混乱により、王国を構成する各都市はそれぞれ独自の施政を始めた。 もともとミッドガッツ王国の各都市は独立独歩の気風が強い。特にゲフェン・モロク・アルベルタと言った各街には、王国全土に根を伸ばす強力なギルドが存在する。 混乱が長引くにつれ、彼らは次第に独立や革命をも辞さない不穏な気配を見せ始めた。 さらに国際情勢が混乱に拍車を掛ける。 ミッドガッツの混乱を知った周辺諸国が軍事行動の兆しを見せ始めたのだ。 ルーンミッドガッツ王国はミッドガルド大陸随一の大国である。国内が安定している限りちょっかいを出そうなどと考える国はない。 しかしミッドガッツ国内の混乱は諸国の野望を刺激し、また友好国であっても他国の脅威に対抗するため軍備拡充せざるを得なくなっていた。 最大の友好国であるシュバルツバルド共和国も例外ではない。アルデバラン手前に兵を進め、混乱収拾の助力を申し出ると同時に難民の流入を警戒し始めた。 そして新たな戦乱の予兆は魔物の蠢動を呼ぶ。 戦乱の時代には常にそうであったように、大陸各地の迷宮があふれた。 ただでさえ各地との情報は寸断され、政治的な横槍もあって騎士団はなかなか組織的討伐ができない。 それでも地方の各都市がプロンテラに救援を求めることはなかった。 もちろん政治的な思惑もあってのことだが―― 「騎士団の綱紀はどうなっておるのですか!」 会議室のテーブルを内務大臣が叩き、騎士団長が渋い顔をする。 「任意除隊が今月だけで50名、50名ですぞ!?それが全て各都市の私兵になっておると言うではないか!」 「そうおっしゃいますな内務卿」 たしなめるように大司教が言った。 ミッドガッツ教会は国教――つまり国王を最高指導者とする宗教のため、国王不在の今は大司教より高位の聖職者がいないのだ。 「私どもの教会も似たようなものです。魔物に脅かされる善男善女を助けるためと称されては、引き留めるにも限度がありましょう」 「しかし、そのほとんどは冒険者と称する無頼の徒に成り下がり、各ギルドの利益のために働いているのですぞ!」 「彼らにその意識があるかどうか…」 各都市は冒険者たちを積極的に受け入れ、魔物の討伐を依頼していた。 ただでさえ冒険者は魔物のいる場所に集まってくる。しかも街が宿泊や食事の面倒を見たり、通商護衛などの依頼をしたりするとあって、さらにその数を増やしていた。 そうして自身の安全を確保した各都市は、中央に対し相対的な発言力を強める。 熟練の冒険者集団には、戦い方次第では小国の騎士団を壊滅させ得る能力があるのだ。 個々の冒険者に街やギルドへ肩入れする気はなくとも、彼らの存在は国政にとって充分な脅威であった。 「連中がどういう気かは問題ではない!」 内務大臣は再び机をバンバン叩いた。 「トリスタン陛下が何のために訓練砦を作り、勝者に報償を与えてきたとお思いか!まさに今、このような時のためではないか!」 彼が言うのは4つの街に隣接して設けられた20の砦のことである。その建設費はそれこそ小さな街を作れるほどの物であったし、毎週の訓練で砦を奪取した冒険者ギルドには一般家庭が一年暮らせるほどの財貨が与えられていた。 「であるのに王国の呼びかけに応える者のなんと少ないことか。これが背信でなくてなんだ!」 口角泡を飛ばして吠える内務大臣に鼻白む者もいたが、軍務大臣や財務大臣と言った大物はおおむね同意の表情を見せる。 「魔物と戦うにも勝手気ままに戦場を選び、少数で無謀な探索行に出てはすぐに帰って来おる。あれでは魔物を住みかへ押し戻すことなど到底できぬのにな」 「さよう。それでいて王国の危機であるからと訓練砦を閉じれば不満だけは言うのですぞ」 生産性のない、愚痴じみた意見ばかりが飛び交う机の上席で、皇后イゾルデは物思いに沈んでいた。 (――そう言えば、あなたは冒険者がお好きでしたね) かつて冒険者たちと共に戦い、「死の王」と呼ばれる強大な魔物を地上から追放したこともあるためか、トリスタンⅢ世は彼らと交わることを好んだ。 忙しい公務の合間を縫って、冒険者たちのために結婚式を挙げていた姿が目に浮かぶ。 『彼らは私の大事な国民であり、同時にいつかこの国を救う英雄かもしれないのだ』 そう言って、公務の間ぐらい休むよういさめる自分に向けた笑顔が忘れられない。 ――なのに。 「連中はトリスタン陛下を裏切ったのだ!」 内務大臣の感情的な声が心臓をえぐる。 そう。トリスタンⅢ世ほど彼らを愛した君主はいない。 なのに、なぜ。 「結局、冒険者とは自らの利益しか考えぬ連中だったということでしょう」 「奴らには少し思い知らせねばなりませぬな」 そうか。思い知らさなくてはいけないのだ。 自らの罪を。 トリスタンⅢ世の無念を。 全ての冒険者に。 「しかしですな。悪事を働いているわけでもない者に――」 「大司教」 「強制しても良い結果は――は?」 感情的になる大臣達を1人なだめていた大司教は、イゾルデの静かな声に振り返った。そして絶句する。 夫の死からずっと抜け殻のようだった彼女の眼に、異様な光が灯っていた。 なまじ美しい顔立ちであるだけに、心労でやつれた顔の中で瞳だけをギラギラと輝かせる様は凄絶の一言に尽きる。 「簡易的なもので構いません。明日、私の戴冠の儀をおこないます。準備を」 「は?いや、あの、それは」 自らが王位に就く。そんな突然の宣言に大司教は耳を疑う。 しかしイゾルデはもはや大司教など一顧だにせず、立ち上がって矢継ぎ早に命じた。 「軍務卿。明日の戴冠後、初勅として全ての冒険者に動員令を発します。彼らが軍として機能するよう、統率手段と編成をすぐに考えなさい」 「…は」 皇后の変貌にとまどいつつも、自身の主張が受け入れられた形の軍務大臣は素直に頷く。 しかし彼もすぐに青ざめることになった。 「内務卿。法務卿に諮って動員令に従わぬ者とそれに荷担する者への処罰を法文化し、即時発布なさい」 「かしこまりました。強制労働あたりが適当でしょうかな?」 「いいえ。その者達から数十名を選び出して互いに戦わせなさい。古代の剣闘士のように。最後の1人になるまで」 「なんと!?お待ち下され。それはあまりに」 名君が続いたミッドガッツには他国のような残虐刑がない。強硬派の急先鋒である内務大臣でさえ考えても見なかったことであり、彼は吹き出した脂汗を拭いつつ再考を促した。 しかしイゾルデは炯々と光る一瞥でそれを黙らせる。 「お黙りなさい。今は非常時です。理や情を説いて従わせられぬのなら、見せしめが必要な時です」 「は、はあ」 「財務卿。臨時予算の計上を。工務卿。どこか逃げられない場所に戦場を建設なさい。新築する余裕はありません。封鎖中の訓練砦から必要な機能を移すのです」 「はっ」 他の大臣がうろたえる中、専門馬鹿で有名な技術者肌の大臣は新しい任務を喜々として受け入れる。 そして 「侍従長。”爪角の欠片”の封印を解きなさい」 「かしこまりました」 彼女の本気を示す命令が最後に出された。 ”爪角の欠片” それは”ユミルの爪角”の破片とされる小さな結晶体である。 もちろん欠片には、伝説のように世界を平穏に保つほどの力はない。しかし生者と死者を峻別する程度の力はあった。 かつてトリスタンⅢ世はこれを用いて死の王とその軍勢を退け、永遠に冥界へと封じた。 しかし一度でも”爪角の欠片”に触れた者は、斃した相手の復活を阻止する力の代償として自身も二度と蘇生できなくなる。 だからこそ国王が急逝し、蘇生もされないなどという事態が起きたのだ。 「つまり勝者以外は殺せ、と?」 もはや流れ落ちる汗を拭うことも忘れ、内務大臣はイゾルデの顔をうかがう。 返答はさらに冷酷だった。 「全員でも構いません。従わぬ者が居なくなるまで、ギルド攻城戦の代わりに毎週執行します。ですから準備日を除く5日以内に決着しなければ全員処刑とします」 「し、しかし、冒険者は総数の把握さえ難しいのですが、所在や不届き者か否かの判断はいかように…」 「冒険者は皆、カプラサービスと契約しているのではなくて?」 「さようですな。しかしカプラ本社がそのようなことに協力するかどうか」 どちらかと言えば冒険者に同情的な騎士団長が一応の抵抗を試みる。しかしイゾルデは即座に一蹴した。 「させなさい。さもなければ彼女達も対象になるだけです。冒険者に荷担する者も同罪、と言ったはずですよ」 「………かしこまりました」 イゾルデの本気、あるいは狂気を感じ取った大臣達が頭を垂れる。 最上ではないにせよ、国難を乗り切るための方策と信じて。あるいは実施までに阻止、撤回できると楽観して。さらには狂気が自分たちへと向けられる恐怖に負けて。 「具体的な人数、選出法や場所など詳細は任せます。ただちにかかりなさい」 くす、くすくす 大臣達が退出し、人気の絶えた会議室。その窓際でイゾルデは笑う。 (冒険者たちよ) (あなた達が本当に英雄であるというのなら) (勝ち抜いて勝ち抜いて、その証を見せるがいい) くすくす、くすくすくす―― いつまでも、いつまでも、忍び笑いは響き続けた。 ---- | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-0001]] |

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