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承前 ---- 「いかがされました、大臣」 「…皇后陛下の…いや、次期国王陛下の聖断が下った」 御前会議から戻ってきた内務大臣の様子に、控えていた内務次官達は顔を見合わせた。 彼らの上司は剛胆とは言えなくとも老練な政治家である。 『喜怒哀楽は論争の道具にすぎない』が持論で、議論の最中にどんな表情をしようが、終わればけろっとしているのが常だった。 それが今は青ざめた顔を隠しもしない。 「陛下が登極あそばされるのであれば、めでたいことではないのですか?」 「いや…うむ」 内務大臣は口を濁した。 主君が乱心したなどと軽々しく口にするわけには行かない。 何より手段を除けばイゾルデの指示は的確であり、本当の意味で乱心したのかと言われれば大臣にも自信がなかった。 「財務卿と話してくる。先に戻っていてくれ」 しばらく無言で考え、彼はよろめくような足取りで歩き出した。 一方、騎士団では。 「何をおっしゃるのですか、団長!」 騎士団長が副長や隊長格の騎士達に囲まれていた。 「任意除隊を今さら反古にするなんて。民を保護するため在野に下ることを許したのは団長ですよ?」 「それに任意とは言え、除隊した者にただで戻ることを許すのは悪しき前例となります」 「…それでも、だ」 騎士団長は机の上で握った拳をにらみつけ、絞り出すような声を出した。 「出来る限り、一人でも多く呼び戻せ。理由は…まだ言えんが、明日になれば分かる」 大司教は橋の上でプロンテラ王城を振り返った。 あの後もイゾルデに翻意を迫り続けた彼は、あっさりと宮廷司祭の地位を剥奪された。 今にして思えば軽率だったかも知れない。 彼の罷免で他の大臣達まで萎縮してしまったし、戴冠式を引き延ばすという抵抗手段も使えなくなってしまった。 (…後悔しても仕方ありませんか。急いで後任に善後策を伝えなくては) 大司教はひとつ首を振って道を左に折れ、大聖堂へ向かう。 その半分も行かない内に 「おや?『前』宮廷司祭どのではありませぬか。お務めご苦労様でした」 でっぷり太った聖衣の男と出会い、嘲笑混じりの声を掛けられた。 位階は彼と同じ大司教だが、金集めのうまさだけで登りつめた男である。 いつもであれば丁重に無視するのだが、この時ばかりは聞き逃せない単語につい反応した。 「なぜそんな…まさか貴殿が!?」 「ええ。陛下からのご使者がいらしまして。私めに宮廷へ上がるようにと」 「だめだ、貴殿だけはいかん!」 一段下に見ていた、後任としてもまったく念頭になかった相手である。 思わず叫んでしまってから、大司教ははっと口を押さえた。 太った男が聖職者らしからぬ怒気を浮かべる。 「ふん。負け犬の遠吠えですな」 「あ、いや、待たれよ。陛下の戴冠は…」 「あなたの指示は受けませぬ」 新任の宮廷司祭は形だけ頭を下げると背を向けて大またに歩み去った。 『前』宮廷司祭となってしまった大司教は歯がみする。 (彼では陛下のおっしゃるままに進めてしまうだろう) 彼は天を仰いだ。 (神よ、私はどうすればよいのでしょうか) 「よくいらした、内務卿」 内務大臣を執務室へ招き入れた財務大臣は、果実の香りをつけた水のグラスをすすめた。 「今は酒よりこちらがよろしかろう」 「お心遣いいたみいります」 受け取った内務大臣は半分ほどを一気に飲み干す。 そして挨拶もそこそこに用件を切り出した。 「財務卿にはご相談があって伺ったのですが」 「ふむ。とおっしゃると、やはり陛下の命じられたことですかな」 表面上は冷静に応じる財務大臣だったが、腰を下ろさず歩き回る辺り内心の不安を隠し切れていない。 しかし内務大臣はそれにも気付かぬようで、独り言に近い調子で話し始めた。 「さよう。冒険者どもに忠誠を誓わせ、危難に当たらせる。これはよいのです」 よいのだよな、とつぶやく。 そしてグラスをもてあそびながら言葉を選ぶように続けた。 「ですが、殺し合いはよくありません。――”なぜ”よくないのでしょうか」 思っても見なかった命題を突きつけられ、財務大臣の足が止まる。 問い返すような財務大臣の視線を内務大臣は真っ向から受け止めた。 「人が死ぬのは良くないから?否。陛下の命を実行すれば、死ぬことになる冒険者よりはるかに多くの民間人が助かるでしょう。戦力が減るから?これも否。王国に従っていない以上、そもそも戦力ではありません。では、なぜか」 思わせぶりに言葉を切り、ひと口水を飲んで続ける。 「やり方に多くの者が反発し、反乱を招く懸念が生じるからです」 「…なるほど」 その恐るべき結論に財務大臣は理解を示した。 失われる命は必要な犠牲であり、死ぬ理由は問題ではないとする結論。 しかし財務大臣はその結論によって少しだけ落ち着きを取り戻し、内務大臣の対面へ腰を下ろした。 「確かに騎士団長殿も大司教殿も反対しておられましたな」 国政にも参画する2大組織の代表者を挙げる。 国を守る最後の手段という大義名分があるため可能性は低いが、彼らが立ち上がれば反乱の成算は高い。 「それだけではありませぬ。既に暗躍を始めている盗賊ギルドや商人ギルドは、構成員を処刑されたとあれば即座に反発するでしょう」 「確かに。それで?」 ソファーに深々と背を預け、財務大臣は先を促した。 内務大臣には何か腹案があるらしい。政治上の偉大なライバルと見ている男の答えに彼は興味があった。 案の定、内務大臣は政治家の顔に戻って続ける。 「ですから逆に、各ギルドに対象者を選出させるべきなのです」 「……ほう。しかしギルドがそのような提案を受け入れますかな?」 財務大臣は内務大臣の言わんとすることを察したが、相手の顔を立てて最後まで聞くことにした。 「どのような組織にも邪魔者は居ます。有能すぎて自分の座を脅かす部下、理想論を振りかざす青二才、無能すぎて組織を損なう愚か者。あるいは居ても居なくても構わぬその他大勢でも良い。それらを排除するだけで我らに貸しを作れるとあれば」 「喜々として人身御供を差し出すかも知れない、と。なるほど面白い」 やっと話が理解の及ぶ範囲に戻ってきた、とばかりに2人の高官は笑みを浮かべる。 「動員令に違反したとは言い切れぬ者が選ばれるかも知れませぬな」 「陛下のご意思は冒険者に見せしめを与え、国家に従わせることです。結果が同じであれば構わぬでしょう」 「ふむ、むしろ有力ギルドを協力的にさせられる方が大きいですかな」 「しかり。我々に貸しを作ると同時に、彼らも弱みを作るわけですし」 もはや完全に余裕を取り戻した両名はくつろいだ姿勢で語る。 その内容はイゾルデの命に劣らぬほど狂っているにもかかわらず。 「ところで内務卿、981年物のワインが手に入ったのですが、いかがですかな?」 問題は片づいたとばかりに財務大臣が立ち上がった。 「おお、それは良い。ですが善は急げと申します。申し訳ありませぬが財務卿、商人ギルドの弁務官殿を説き伏せていただけませぬか」 「分かりました。努力してみましょう。他のギルドはいかがいたしますかな」 「ゲフェンとフェイヨンは私にお任せを。盗賊ギルドは軍務卿にお力をお借りした方が良いでしょう」 「ふむ、さようですな。――では吉報をお待ちしております」 財務大臣は内務大臣の手を取り、固い握手を交わす。 内務大臣も笑顔で頷いた。 「お互いに。981年物はその時ご相伴に預かりましょう」 大神殿ではポータルによる伝令が各地へと飛んでいた。 冒険者として散っている聖職者達を呼び戻すためにである。 しかし、その最初の手応えははかばかしくなかった。 『良心も信仰も法律に縛られるものではありません』 呼び戻しに応じなかった者の言葉を総合するとそうなる。 もともと国の無為に耐えかねて飛び出した者も多く、国法だからと言ってなかなか聞くはずもなかった。 何より、今戻ってはせっかく現地で培った信頼関係を捨てさせることになる。 (これでは熱心な者ほど危険にさらされてしまう…!) 大司教は両手を強く握りしめた。 「あのう…陛下」 戴冠式のドレス合わせをするイゾルデの背へ、おそるおそる声が掛けられた。 イゾルデは鏡越しにその相手――工務大臣へ答える。 「どうなさったのかしら、工務卿?」 「ご命令に合う島は見つかりました。島民の移住も改造もただちにとりかかれます」 「そう。でしたらすぐに取りかかって。それとも何か問題が?」 喪に服するためきつく編み上げていた髪を下ろし、優雅な形に結い直させながらイゾルデは尋ねた。 「はい。目的にはとても適しているのですが、その分大陸から遠く、ポータルで直結できませんので輸送に時間が掛かります」 「建設に手間取るの?」 「はあ。そちらは現地の地形・施設を生かして資材の輸送量を減らせばなんとか。むしろ問題は毎週開催することで…」 「そう」 イゾルデの眼が細められ、冷たい光が灯った。 大臣が身をすくませる。 「他に候補地はないの?」 「も、もちろんございます」 「でも、あなたはその島が一番いいと思うのね」 「はあ。他は広さや逃走の可能性など、それぞれに問題が」 「そう」 軽く目を伏せて考え込んだイゾルデはすぐに微笑んだ。 「いいわ、あなたを信頼します。最初におっしゃった候補地に建設なさい」 「はいっ。ありがとうございます」 深々と頭を下げて退出する工務大臣。 それを見送ってイゾルデは頷いた。 (開催は一ヶ月おきにして、代わりに人数を増やしましょう。2・30のつもりでしたけど倍の50人かしら。ついでに制限時間を4日に縮めれば管理する者の苦労も減るわね) 名案、と彼女は1人満足した。 翌日。 女王の即位を祝賀するプロンテラ市民を横目に、とある宿で秘密会談が開かれた。 集まったのは油断ならない弁舌の持ち主であることを除けば、まるで共通点のない面々。 「OK、各職男女1人ずつ。冒険者登録してる奴だけってことね?」 宿をまるまる借り切っての会談は夜遅くまで続き、日が変わる頃にようやくの決着を見た。 「それ以外から指定してもいいけど、冒険者分の割り当てが減ることはない。と」 「ま、それもあんたらが本当に騎士様出すんならだけどね。本当に出来るのかい?」 濃い化粧で素顔を隠した女が、目深にフードを下ろした人物に目を向ける。 「問題ない。騎士団・剣士団に対する統帥権は私にある」 ローブとフードで正体を隠したその人物は軍務大臣だった。 隣にいる同じ姿はおそらく内務大臣だろう。 「むしろ問題はノービスだ。どうしても必要か?」 「しつこいね。女王様の命令は冒険者登録した全員、ってことなんだろ?例外は認めないよ」 厚化粧の女が言い放ち、数人の男が頷いた。 もちろん彼女たちの真意は異なる。 微妙な駆け引きの中、それぞれのギルドの代表は大臣達のもくろみに気付いていた。 組織内の邪魔者を排除しつつ政府に貸しを作れるように見えるが、ギルド側は身内を売るという爆弾を抱える一方、大臣達に直接のダメージはない。 貸しを作ったつもりでいても、取引内容の公表を盾に無視される可能性があった。 そこで保険としてノービスを参加させるよう仕向けたのである。 まだどの組織にも属していないノービスは一般市民に近く、巻き込めばいかなる階層もいい顔はしないだろう。 しかもギルド所属でない以上政府側が参加者を選出するしかない。 それが裏取引だったと明らかになれば、大臣達にとっても致命傷である。 「仕方ありますまい」 もくろみを外された内務大臣がフードの奥でため息をついた。 「それで手を打ちましょう。皆様、よろしくお願いします」 大臣の降参を合図に書面がかわされ、それぞれ署名のペンを走らせる。 そして写しを隠し持つとばらばらに宿屋を出ていった。 彼らの間に握手はなかった。 「あんな取引を飲むんですか?」 フェイヨンへと急ぐ2人組の一方が不満げに言う。 応える声は短かった。 「抵抗はしない」 問いかけた側は納得行かない様子でさらに言いつのる。 「仲間を生け贄を差し出すんですか?自然に則し、世俗に縛られず、自由に生きること。それが弓手の誇りではないのですか?」 「指名もしない。自由は責任と表裏一体だ」 やはり短く答える深い声に、質問者は息をのんだ。 「各自の判断に任せると言うことですか…」 それは冒険者達の意思を尊重していると同時に、あまりにも厳しい判断でもあった。 ギルドが指名しなければ、当然政治家達が勝手に選ぶだろう。 しかも懲罰的な意味を込めて悪意のある選択をするかも知れない。 それでも。 「分かりました。覚悟だけはするように通達します」 弓手は風のように自由な民である。 ギルドはあってもマスターはおらず、連帯しても支配されることはない。 彼らがギルドの弓手達に「命令」することはあり得なかった。 そして、布告から一ヶ月が過ぎた。 女王イゾルデの元、数度の騎士団遠征と力の外交が展開され、国際情勢は非友好的な睨み合いのまま膠着した。 各都市にあった内乱の兆しも表面的には収まり、市民は一時の平和を喜び始める。 しかし、そのしわ寄せを受ける者も居た。 冒険者である。 諸外国の牽制と治安維持に手を取られて動けない騎士団に代わり、魔物の討伐は布告に従った冒険者達が矢面に立つこととなった。 もちろん彼らは魔物との戦いに関するエキスパートであり、適材適所と言える。 だが、冒険者は本来少人数での臨機応変な戦いに真価を発揮する。 広い戦場で行動を縛られながら戦うことに慣れている者は少なく、思い通り戦えぬことに業を煮やして勝手な行動をとる者が続出した。 突出し、取り残されて犠牲となる者、危険とみて撤退し、そのまま戻らぬ者。 着実に戦果を収めつつも、彼らの数は櫛の歯が欠けるように減って行った。 こうして召集に応じた冒険者から再び離脱する者が増え始めた頃。 もはやただの脅しだったのかと思われ始めていた、動員令違反者取締法…通称BR法の実施準備が整い―― 最初の50名が選出された。 ---- | [[戻る>2-000]] | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-001]] |
承前 ---- 「いかがされました、大臣」 「…皇后陛下の…いや、次期国王陛下の聖断が下った」 御前会議から戻ってきた内務大臣の様子に、控えていた内務次官達は顔を見合わせた。 彼らの上司は剛胆とは言えなくとも老練な政治家である。 『喜怒哀楽は論争の道具にすぎない』が持論で、議論の最中にどんな表情をしようが、終わればけろっとしているのが常だった。 それが今は青ざめた顔を隠しもしない。 「陛下が登極あそばされるのであれば、めでたいことではないのですか?」 「いや…うむ」 内務大臣は口を濁した。 主君が乱心したなどと軽々しく口にするわけには行かない。 何より手段を除けばイゾルデの指示は的確であり、本当の意味で乱心したのかと言われれば大臣にも自信がなかった。 「財務卿と話してくる。先に戻っていてくれ」 しばらく無言で考え、彼はよろめくような足取りで歩き出した。 一方、騎士団では。 「何をおっしゃるのですか、団長!」 騎士団長が副長や隊長格の騎士達に囲まれていた。 「任意除隊を今さら反古にするなんて。民を保護するため在野に下ることを許したのは団長ですよ?」 「それに任意とは言え、除隊した者にただで戻ることを許すのは悪しき前例となります」 「…それでも、だ」 騎士団長は机の上で握った拳をにらみつけ、絞り出すような声を出した。 「出来る限り、一人でも多く呼び戻せ。理由は…まだ言えんが、明日になれば分かる」 大司教は橋の上でプロンテラ王城を振り返った。 あの後もイゾルデに翻意を迫り続けた彼は、あっさりと宮廷司祭の地位を剥奪された。 今にして思えば軽率だったかも知れない。 彼の罷免で他の大臣達まで萎縮してしまったし、戴冠式を引き延ばすという抵抗手段も使えなくなってしまった。 (…後悔しても仕方ありませんか。急いで後任に善後策を伝えなくては) 大司教はひとつ首を振って道を左に折れ、大聖堂へ向かう。 その半分も行かない内に 「おや?『前』宮廷司祭どのではありませぬか。お務めご苦労様でした」 でっぷり太った聖衣の男と出会い、嘲笑混じりの声を掛けられた。 位階は彼と同じ大司教だが、金集めのうまさだけで登りつめた男である。 いつもであれば丁重に無視するのだが、この時ばかりは聞き逃せない単語につい反応した。 「なぜそんな…まさか貴殿が!?」 「ええ。陛下からのご使者がいらしまして。私めに宮廷へ上がるようにと」 「だめだ、貴殿だけはいかん!」 一段下に見ていた、後任としてもまったく念頭になかった相手である。 思わず叫んでしまってから、大司教ははっと口を押さえた。 太った男が聖職者らしからぬ怒気を浮かべる。 「ふん。負け犬の遠吠えですな」 「あ、いや、待たれよ。陛下の戴冠は…」 「あなたの指示は受けませぬ」 新任の宮廷司祭は形だけ頭を下げると背を向けて大またに歩み去った。 『前』宮廷司祭となってしまった大司教は歯がみする。 (彼では陛下のおっしゃるままに進めてしまうだろう) 彼は天を仰いだ。 (神よ、私はどうすればよいのでしょうか) 「よくいらした、内務卿」 内務大臣を執務室へ招き入れた財務大臣は、果実の香りをつけた水のグラスをすすめた。 「今は酒よりこちらがよろしかろう」 「お心遣いいたみいります」 受け取った内務大臣は半分ほどを一気に飲み干す。 そして挨拶もそこそこに用件を切り出した。 「財務卿にはご相談があって伺ったのですが」 「ふむ。とおっしゃると、やはり陛下の命じられたことですかな」 表面上は冷静に応じる財務大臣だったが、腰を下ろさず歩き回る辺り内心の不安を隠し切れていない。 しかし内務大臣はそれにも気付かぬようで、独り言に近い調子で話し始めた。 「さよう。冒険者どもに忠誠を誓わせ、危難に当たらせる。これはよいのです」 よいのだよな、とつぶやく。 そしてグラスをもてあそびながら言葉を選ぶように続けた。 「ですが、殺し合いはよくありません。――”なぜ”よくないのでしょうか」 思っても見なかった命題を突きつけられ、財務大臣の足が止まる。 問い返すような財務大臣の視線を内務大臣は真っ向から受け止めた。 「人が死ぬのは良くないから?否。陛下の命を実行すれば、死ぬことになる冒険者よりはるかに多くの民間人が助かるでしょう。戦力が減るから?これも否。王国に従っていない以上、そもそも戦力ではありません。では、なぜか」 思わせぶりに言葉を切り、ひと口水を飲んで続ける。 「やり方に多くの者が反発し、反乱を招く懸念が生じるからです」 「…なるほど」 その恐るべき結論に財務大臣は理解を示した。 失われる命は必要な犠牲であり、死ぬ理由は問題ではないとする結論。 しかし財務大臣はその結論によって少しだけ落ち着きを取り戻し、内務大臣の対面へ腰を下ろした。 「確かに騎士団長殿も大司教殿も反対しておられましたな」 国政にも参画する2大組織の代表者を挙げる。 国を守る最後の手段という大義名分があるため可能性は低いが、彼らが立ち上がれば反乱の成算は高い。 「それだけではありませぬ。既に暗躍を始めている盗賊ギルドや商人ギルドは、構成員を処刑されたとあれば即座に反発するでしょう」 「確かに。それで?」 ソファーに深々と背を預け、財務大臣は先を促した。 内務大臣には何か腹案があるらしい。政治上の偉大なライバルと見ている男の答えに彼は興味があった。 案の定、内務大臣は政治家の顔に戻って続ける。 「ですから逆に、各ギルドに対象者を選出させるべきなのです」 「……ほう。しかしギルドがそのような提案を受け入れますかな?」 財務大臣は内務大臣の言わんとすることを察したが、相手の顔を立てて最後まで聞くことにした。 「どのような組織にも邪魔者は居ます。有能すぎて自分の座を脅かす部下、理想論を振りかざす青二才、無能すぎて組織を損なう愚か者。あるいは居ても居なくても構わぬその他大勢でも良い。それらを排除するだけで我らに貸しを作れるとあれば」 「喜々として人身御供を差し出すかも知れない、と。なるほど面白い」 やっと話が理解の及ぶ範囲に戻ってきた、とばかりに2人の高官は笑みを浮かべる。 「動員令に違反したとは言い切れぬ者が選ばれるかも知れませぬな」 「陛下のご意思は冒険者に見せしめを与え、国家に従わせることです。結果が同じであれば構わぬでしょう」 「ふむ、むしろ有力ギルドを協力的にさせられる方が大きいですかな」 「しかり。我々に貸しを作ると同時に、彼らも弱みを作るわけですし」 もはや完全に余裕を取り戻した両名はくつろいだ姿勢で語る。 その内容はイゾルデの命に劣らぬほど狂っているにもかかわらず。 「ところで内務卿、981年物のワインが手に入ったのですが、いかがですかな?」 問題は片づいたとばかりに財務大臣が立ち上がった。 「おお、それは良い。ですが善は急げと申します。申し訳ありませぬが財務卿、商人ギルドの弁務官殿を説き伏せていただけませぬか」 「分かりました。努力してみましょう。他のギルドはいかがいたしますかな」 「ゲフェンとフェイヨンは私にお任せを。盗賊ギルドは軍務卿にお力をお借りした方が良いでしょう」 「ふむ、さようですな。――では吉報をお待ちしております」 財務大臣は内務大臣の手を取り、固い握手を交わす。 内務大臣も笑顔で頷いた。 「お互いに。981年物はその時ご相伴に預かりましょう」 大神殿ではポータルによる伝令が各地へと飛んでいた。 冒険者として散っている聖職者達を呼び戻すためにである。 しかし、その最初の手応えははかばかしくなかった。 『良心も信仰も法律に縛られるものではありません』 呼び戻しに応じなかった者の言葉を総合するとそうなる。 もともと国の無為に耐えかねて飛び出した者も多く、国法だからと言ってなかなか聞くはずもなかった。 何より、今戻ってはせっかく現地で培った信頼関係を捨てさせることになる。 (これでは熱心な者ほど危険にさらされてしまう…!) 大司教は両手を強く握りしめた。 「あのう…陛下」 戴冠式のドレス合わせをするイゾルデの背へ、おそるおそる声が掛けられた。 イゾルデは鏡越しにその相手――工務大臣へ答える。 「どうなさったのかしら、工務卿?」 「ご命令に合う島は見つかりました。島民の移住も改造もただちにとりかかれます」 「そう。でしたらすぐに取りかかって。それとも何か問題が?」 喪に服するためきつく編み上げていた髪を下ろし、優雅な形に結い直させながらイゾルデは尋ねた。 「はい。目的にはとても適しているのですが、その分大陸から遠く、ポータルで直結できませんので輸送に時間が掛かります」 「建設に手間取るの?」 「はあ。そちらは現地の地形・施設を生かして資材の輸送量を減らせばなんとか。むしろ問題は毎週開催することで…」 「そう」 イゾルデの眼が細められ、冷たい光が灯った。 大臣が身をすくませる。 「他に候補地はないの?」 「も、もちろんございます」 「でも、あなたはその島が一番いいと思うのね」 「はあ。他は広さや逃走の可能性など、それぞれに問題が」 「そう」 軽く目を伏せて考え込んだイゾルデはすぐに微笑んだ。 「いいわ、あなたを信頼します。最初におっしゃった候補地に建設なさい」 「はいっ。ありがとうございます」 深々と頭を下げて退出する工務大臣。 それを見送ってイゾルデは頷いた。 (開催は一ヶ月おきにして、代わりに人数を増やしましょう。2・30のつもりでしたけど倍の50人かしら。ついでに制限時間を4日に縮めれば管理する者の苦労も減るわね) 名案、と彼女は1人満足した。 翌日。 女王の即位を祝賀するプロンテラ市民を横目に、とある宿で秘密会談が開かれた。 集まったのは油断ならない弁舌の持ち主であることを除けば、まるで共通点のない面々。 「OK、各職男女1人ずつ。冒険者登録してる奴だけってことね?」 宿をまるまる借り切っての会談は夜遅くまで続き、日が変わる頃にようやくの決着を見た。 「それ以外から指定してもいいけど、冒険者分の割り当てが減ることはない。と」 「ま、それもあんたらが本当に騎士様出すんならだけどね。本当に出来るのかい?」 濃い化粧で素顔を隠した女が、目深にフードを下ろした人物に目を向ける。 「問題ない。騎士団・剣士団に対する統帥権は私にある」 ローブとフードで正体を隠したその人物は軍務大臣だった。 隣にいる同じ姿はおそらく内務大臣だろう。 「むしろ問題はノービスだ。どうしても必要か?」 「しつこいね。女王様の命令は冒険者登録した全員、ってことなんだろ?例外は認めないよ」 厚化粧の女が言い放ち、数人の男が頷いた。 もちろん彼女たちの真意は異なる。 微妙な駆け引きの中、それぞれのギルドの代表は大臣達のもくろみに気付いていた。 組織内の邪魔者を排除しつつ政府に貸しを作れるように見えるが、ギルド側は身内を売るという爆弾を抱える一方、大臣達に直接のダメージはない。 貸しを作ったつもりでいても、取引内容の公表を盾に無視される可能性があった。 そこで保険としてノービスを参加させるよう仕向けたのである。 まだどの組織にも属していないノービスは一般市民に近く、巻き込めばいかなる階層もいい顔はしないだろう。 しかもギルド所属でない以上政府側が参加者を選出するしかない。 それが裏取引だったと明らかになれば、大臣達にとっても致命傷である。 「仕方ありますまい」 もくろみを外された内務大臣がフードの奥でため息をついた。 「それで手を打ちましょう。皆様、よろしくお願いします」 大臣の降参を合図に書面がかわされ、それぞれ署名のペンを走らせる。 そして写しを隠し持つとばらばらに宿屋を出ていった。 彼らの間に握手はなかった。 「あんな取引を飲むんですか?」 フェイヨンへと急ぐ2人組の一方が不満げに言う。 応える声は短かった。 「抵抗はしない」 問いかけた側は納得行かない様子でさらに言いつのる。 「仲間を生け贄として差し出すんですか?自然に則し、世俗に縛られず、自由に生きること。それが弓手の誇りではないのですか?」 「指名もしない。自由は責任と表裏一体だ」 やはり短く答える深い声に、質問者は息をのんだ。 「各自の判断に任せると言うことですか…」 それは冒険者達の意思を尊重していると同時に、あまりにも厳しい判断でもあった。 ギルドが指名しなければ、当然政治家達が勝手に選ぶだろう。 しかも懲罰的な意味を込めて悪意のある選択をするかも知れない。 それでも。 「分かりました。覚悟だけはするように通達します」 弓手は風のように自由な民である。 ギルドはあってもマスターはおらず、連帯しても支配されることはない。 彼らがギルドの弓手達に「命令」することはあり得なかった。 そして、布告から一ヶ月が過ぎた。 女王イゾルデの元、数度の騎士団遠征と力の外交が展開され、国際情勢は非友好的な睨み合いのまま膠着した。 各都市にあった内乱の兆しも表面的には収まり、市民は一時の平和を喜び始める。 しかし、そのしわ寄せを受ける者も居た。 冒険者である。 諸外国の牽制と治安維持に手を取られて動けない騎士団に代わり、魔物の討伐は布告に従った冒険者達が矢面に立つこととなった。 もちろん彼らは魔物との戦いに関するエキスパートであり、適材適所と言える。 だが、冒険者は本来少人数での臨機応変な戦いに真価を発揮する。 広い戦場で行動を縛られながら戦うことに慣れている者は少なく、思い通り戦えぬことに業を煮やして勝手な行動をとる者が続出した。 突出し、取り残されて犠牲となる者、危険とみて撤退し、そのまま戻らぬ者。 着実に戦果を収めつつも、彼らの数は櫛の歯が欠けるように減って行った。 こうして召集に応じた冒険者から再び離脱する者が増え始めた頃。 もはやただの脅しだったのかと思われ始めていた、動員令違反者取締法…通称BR法の実施準備が整い―― 最初の50名が選出された。 ---- | [[戻る>2-000]] | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-001]] |

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