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003.殺せぬ騎士 ---- 胃の内容物を吐き戻しても、なお治まらぬ気持ち悪さに♀騎士は膝をついて咽び込んだ。 唇は冷水にでも浸かったように血の気が失せて青褪め、苦酸っぱい唾液が黄身がかった糸を引いて垂れ落ちている。 両手はえずきを抑えこもうとして仕損じて、反吐塗れだった。 「は、はは……」 悪臭を漂わせる掌を見つめながら、彼女は力なく笑った。 「はは、ははは……なんて――なんて無様」 彼女は騎士だ――いや、騎士だったと言うべきか。 少なくとも、これから起きる殺し合いを恐れるあまりに反吐をぶち撒ける臆病者を騎士だとは彼女自身が認めまい。 「うくっ……申し訳……ありません……お父様――」 情けなさに溢れる涙を堪えることも出来ず、彼女は出奔同然で別れた父親の顔を思い出した。 王都プロンテラで下級貴族の次女として生まれ、過去の戦役で華々しい戦果を挙げた父親の背を見て育った彼女が、父と同じ道を選ぶのことに迷いなど無かった。 来る日も来る日も剣の腕を磨き、手足が伸びきって身体つきに女性らしい丸みが顕著になる頃には、父親ですら一目置くほどの剣士となっていた。 その実力を持って騎士団への入団試験も危うげなく突破し、念願かなって騎士となった彼女を父親はまるで自分のことのように喜んでくれた。今でも、あの日のことは目を瞑るだけで思い出せる。 「お父様……ごめんなさい、おとうさまぁ……」 喜ぶ父親の顔と言葉が思い出せるからこそ、尚更に今の惨めな自分が許せず、また悔しくて♀騎士の瞳から大粒の涙がこぼれ出す。  ――いいかい? 騎士とは弱き人々の盾であり、また弱き人々を救う剣なのだよ。 あの日、父と交わした騎士の誓い。 その誓いは、たった一度の国境遠征によって儚くも破られた。否、自らの手で絶ったのだ。 「私は、私はもう……騎士には戻れません。貴方のような騎士には――」 何度あの日のことを思い出して咽び泣いただろうか。 蹂躙される街並み。叩き割られた男の死骸。突き殺される女の悲鳴。打ち倒される老人の断末魔。手にしたクレイモアには斬り伏せた幼子の血―― たった一度の戦争は、正義の騎士を夢見た♀騎士にとって、とびきりの悪夢となった。己が理想を自身で汚した絶望と慙愧に、馴染んだ剣を二度と握れなくなるほどに。 剣の握れぬ騎士など騎士団の荷物に過ぎない。動員令違反者取締法の生贄として差し出されたのも当然のことだろう。 「騎士でなくなったばかりか、もはやただの罪人とはな……」 ♀騎士は、泣き腫らした顔で虚ろに笑った。 「罪人ならば罪人らしく、甘んじて死を受けるべきか」 掲げた理想を裏切り、騎士団に裏切られた以上、もはや生きる理由は無い。心残りは、父親に謝れなかったことだが、騎士の面汚しの自分が生きていたところで恥をかかせるのがオチだ。 「……剣が出たら、それで喉でも掻っ切るかな」 傍らの袋から取り出した二個の箱。俗に青箱と呼ばれるマジックアイテムに模した、奴らからの支給品。このゲームを生き残るための何らかの道具が入っているらしい。 鈍器では死にづらいだろうな――などと愚にもつかないことを思い浮かべながら、♀騎士は青い箱のフタを開けて、そして中の品に目を見開いた。 「ああ……そうですよね、お父様。騎士は……騎士は、弱き人々を守る盾でしたね……」 幅広のシールドを手に彼女は立ち上がった。その目に絶望の暗い影は微塵も無かった。 <♀騎士:現在地/東南部の森の中 備考:殺人に強い忌避感とPTSD。刀剣類が持てない> <所持品:S1シールド、青箱> <残り:50名> | [[戻る>2-002]] | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-004]] |
003.殺せぬ騎士 ---- 胃の内容物を吐き戻しても、なお治まらぬ気持ち悪さに♀騎士は膝をついて咽び込んだ。 唇は冷水にでも浸かったように血の気が失せて青褪め、苦酸っぱい唾液が黄身がかった糸を引いて垂れ落ちている。 両手はえずきを抑えこもうとして仕損じて、反吐塗れだった。 「は、はは……」 悪臭を漂わせる掌を見つめながら、彼女は力なく笑った。 「はは、ははは……なんて――なんて無様」 彼女は騎士だ――いや、騎士だったと言うべきか。 少なくとも、これから起きる殺し合いを恐れるあまりに反吐をぶち撒ける臆病者を騎士だとは彼女自身が認めまい。 「うくっ……申し訳……ありません……お父様――」 情けなさに溢れる涙を堪えることも出来ず、彼女は出奔同然で別れた父親の顔を思い出した。 王都プロンテラで下級貴族の次女として生まれ、過去の戦役で華々しい戦果を挙げた父親の背を見て育った彼女が、父と同じ道を選ぶのことに迷いなど無かった。 来る日も来る日も剣の腕を磨き、手足が伸びきって身体つきに女性らしい丸みが顕著になる頃には、父親ですら一目置くほどの剣士となっていた。 その実力を持って騎士団への入団試験も危うげなく突破し、念願かなって騎士となった彼女を父親はまるで自分のことのように喜んでくれた。今でも、あの日のことは目を瞑るだけで思い出せる。 「お父様……ごめんなさい、おとうさまぁ……」 喜ぶ父親の顔と言葉が思い出せるからこそ、尚更に今の惨めな自分が許せず、また悔しくて♀騎士の瞳から大粒の涙がこぼれ出す。  ――いいかい? 騎士とは弱き人々の盾であり、また弱き人々を救う剣なのだよ。 あの日、父と交わした騎士の誓い。 その誓いは、たった一度の国境遠征によって儚くも破られた。否、自らの手で絶ったのだ。 「私は、私はもう……騎士には戻れません。貴方のような騎士には――」 何度あの日のことを思い出して咽び泣いただろうか。 蹂躙される街並み。叩き割られた男の死骸。突き殺される女の悲鳴。打ち倒される老人の断末魔。手にしたクレイモアには斬り伏せた幼子の血―― たった一度の戦争は、正義の騎士を夢見た♀騎士にとって、とびきりの悪夢となった。己が理想を自身で汚した絶望と慙愧に、馴染んだ剣を二度と握れなくなるほどに。 剣の握れぬ騎士など騎士団の荷物に過ぎない。動員令違反者取締法の生贄として差し出されたのも当然のことだろう。 「騎士でなくなったばかりか、もはやただの罪人とはな……」 ♀騎士は、泣き腫らした顔で虚ろに笑った。 「罪人ならば罪人らしく、甘んじて死を受けるべきか」 掲げた理想を裏切り、騎士団に裏切られた以上、もはや生きる理由は無い。心残りは、父親に謝れなかったことだが、騎士の面汚しの自分が生きていたところで恥をかかせるのがオチだ。 「……剣が出たら、それで喉でも掻っ切るかな」 傍らの袋から取り出した二個の箱。俗に青箱と呼ばれるマジックアイテムに模した、奴らからの支給品。このゲームを生き残るための何らかの道具が入っているらしい。 鈍器では死にづらいだろうな――などと愚にもつかないことを思い浮かべながら、♀騎士は青い箱のフタを開けて、そして中の品に目を見開いた。 「ああ……そうですよね、お父様。騎士は……騎士は、弱き人々を守る盾でしたね……」 幅広のシールドを手に彼女は立ち上がった。その目に絶望の暗い影は微塵も無かった。 <♀騎士:現在地/東南部の森の中 備考:殺人に強い忌避感とPTSD。刀剣類が持てない> <所持品:S1シールド、青箱> <残り:50名> ---- | [[戻る>2-002]] | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-004]] |

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