「2-043」(2005/11/13 (日) 21:25:58) の最新版変更点
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043.それぞれの思惑
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闇がわだかまっている。
窓も無く、ロウソクの明かりすら無き地下室は、その腹の中で独特のすえて冷えた空気を寝そべらせていた。
そこはまるで霊廟を思わせるほどに静謐で、もしその場に誰かいたならば、幽かに聞こえてくる二つの声を幽霊のそれと思い込みかねないほどだった。
* * *
「……はい。私です」
「――――」
「準備は整いました。条件を満たす人間を探すのに苦労しましたが……計画は予定通り進んでおります。問題ありません」
「――――」
「当初の予定で送られてくる参加者につきましては、秘密裏に処分いたしました。単なる事故として処理されるはずです」
「――――」
「GM森には、パターン34の隠蔽工作(カバーストーリー)を……金に汚い男です。胴元の話を持ちかけたら、ホイホイと尻尾を振ってきました。ええ、作戦が終了次第、彼も処理します」
「――――」
「……GMジョーカーですか? 大丈夫です。奴には気づかれぬよう、細心の注意を払いました」
「――――」
「はい。私はこのまま、監視を続けます――いえ、そのお言葉、もったいのうございます」
闇の中、男がうやうやしく頭を垂れる。その先にまるで、敬うべき対象がいるかのごとく。
「はっ……すべては、猊下のお心のままに」
* * *
広間にしつらえたソファーにだらしなく寝っ転がっていたGM森は、GM橘が部屋に入ってきたのを見て冬眠明けの熊のような速さで起き上がった。
「どこ行ってたんだ?」
「……ちょっと手洗いにね」
銀縁眼鏡のブリッジを指で押し上げて答えるGM橘に、GM森は胸中で鼻を鳴らした。
(――スカしやがって……いけ好かない野郎だ)
「プロテインが足りんから腹なんぞ下すんだ。どうだ? 俺のを分けてやろうか?」
友好的な口調で服の下から黄土色の液体が入ったポーション瓶を差し出すが、GM橘は「遠慮しておく」と短く答えただけだった。
ますますいけ好かない。
見るからに『私はインテリです。INT120です』と言わんばかりの格好やら仕草やら、あらゆる全てが鼻につく。
まだ上司の道化野郎の方が、人間的にはおかしいかもしれないが、即座に殴りたいとは思わないだろう。
(あの話が無きゃ、今すぐにでもブチのめしている所だぜ)
あまり忍耐力の強い方ではない――見るからに筋骨隆々のVIT型なのだが――GM森は、女王イゾルデから特別警察権を任されて以来、気に食わない奴をビシバシ取り締まるほどに職務熱心な男だったが、今回は違ったようだ。
なにしろ目の前にいるのは同僚で、しかも金のなる木を提供してくれる予定の奴だ。
馴れ合うとまではいかないが、仲良くしておいても損は無いだろう。
「まぁ、そうつれないこと言うなって。体力も知力も、すべて筋肉から生まれるんだぜ?」
「……初耳ですね」
胡乱そうに見てくるGM橘に爽やかなマッスルスマイルを返しつつ、GM森は朗らかに言った。
「俺を見てみろ、まさしくその体現じゃないか!」
「……は?」
認知症の老人みたいに、ポカンと口をあけていたGM橘だったが、ややして、
「それはまた――ええ、素晴らしい知性ですね」
と首肯した。
* * *
広くはないが狭くもなく、それどころか窓すら無い。壁にかけられた燭台だけが唯一の灯りという殺風景な執務室の中、GMジョーカーは手にした青い魔石を玩びながらほくそ笑んだ。
不安定に明滅するブルージェムストーンから、ノイズ混じりの幽かな男の声が聞こえてくる。
『……GMジョーカーですか? 大丈夫です。奴には気づかれぬよう、細心の注意を――』
「ふふふ……地下室のネズミ捕りに、一匹、ネズミがかかりましたか」
捕らえたネズミを、どういたぶろうか――そんな猫めいた笑みを浮かべ、GMジョーカーは青石を手品師のような鮮やかな所作でポケットへ放り込んだ。
「大方、アナベルツかシュバルツランドの諜報員でしょうが、私を甘く見たのが命取り。読みを違えたギャンブルほど滑稽な物はございません。愚かな敗者は身ぐるみばかりか指まで落とされ、地の底の底で強制労働の哀れな末路しかございません」
飛び跳ねるように椅子から立ち上がり、GMジョーカーは上機嫌に歌う。
観客はただ一人、燭台の灯火に浮かび上がる壁に飾られた女王イゾルデの肖像画――彼女の若い頃のものだろう。その絵の中の美女がたたえる柔和な微笑みは、今の苛烈な女王しか知らぬ者ならば別人と断じてしまうかもしれない程に慈愛に満ちている――のみ。
「さあさ、皆様ご覧あれ! 麗しき女王のためだけに開かれた舞踏会。阿鼻と叫喚の狂想曲とともに踊るは五十余りの愚者と道化。アドリブはあってもアンコールはございません。さあさ、皆様お見逃しのないように!」
三日月のようにつり上がった唇から漏れるのは、仮面ではない血の通った暗い笑み。
雨垂れのごとき微かな笑いは、次第に強く大きく哄笑へと変わってゆく。
「此度の茶番は、まだ始まったばかりなのですから!」
GMジョーカーの高笑いは、いつ果てることなく続いていた。
<残り45名>
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043.それぞれの思惑
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闇がわだかまっている。
窓も無く、ロウソクの明かりすら無き地下室は、その腹の中で独特のすえて冷えた空気を寝そべらせていた。
そこはまるで霊廟を思わせるほどに静謐で、もしその場に誰かいたならば、幽かに聞こえてくる二つの声を幽霊のそれと思い込みかねないほどだった。
* * *
「……はい。私です」
「――――」
「準備は整いました。条件を満たす人間を探すのに苦労しましたが……計画は予定通り進んでおります。問題ありません」
「――――」
「当初の予定で送られてくる参加者につきましては、秘密裏に処分いたしました。単なる事故として処理されるはずです」
「――――」
「GM森には、パターン34の隠蔽工作(カバーストーリー)を……金に汚い男です。胴元の話を持ちかけたら、ホイホイと尻尾を振ってきました。ええ、作戦が終了次第、彼も処理します」
「――――」
「……GMジョーカーですか? 大丈夫です。奴には気づかれぬよう、細心の注意を払いました」
「――――」
「はい。私はこのまま、監視を続けます――いえ、そのお言葉、もったいのうございます」
闇の中、男がうやうやしく頭を垂れる。その先にまるで、敬うべき対象がいるかのごとく。
「はっ……すべては、猊下のお心のままに」
* * *
広間にしつらえたソファーにだらしなく寝っ転がっていたGM森は、GM橘が部屋に入ってきたのを見て冬眠明けの熊のような速さで起き上がった。
「どこ行ってたんだ?」
「……ちょっと手洗いにね」
銀縁眼鏡のブリッジを指で押し上げて答えるGM橘に、GM森は胸中で鼻を鳴らした。
(――スカしやがって……いけ好かない野郎だ)
「プロテインが足りんから腹なんぞ下すんだ。どうだ? 俺のを分けてやろうか?」
友好的な口調で服の下から黄土色の液体が入ったポーション瓶を差し出すが、GM橘は「遠慮しておく」と短く答えただけだった。
ますますいけ好かない。
見るからに『私はインテリです。INT120です』と言わんばかりの格好やら仕草やら、あらゆる全てが鼻につく。
まだ上司の道化野郎の方が、人間的にはおかしいかもしれないが、即座に殴りたいとは思わないだろう。
(あの話が無きゃ、今すぐにでもブチのめしている所だぜ)
あまり忍耐力の強い方ではない――見るからに筋骨隆々のVIT型なのだが――GM森は、女王イゾルデから特別警察権を任されて以来、気に食わない奴をビシバシ取り締まるほどに職務熱心な男だったが、今回は違ったようだ。
なにしろ目の前にいるのは同僚で、しかも金のなる木を提供してくれる予定の奴だ。
馴れ合うとまではいかないが、仲良くしておいても損は無いだろう。
「まぁ、そうつれないこと言うなって。体力も知力も、すべて筋肉から生まれるんだぜ?」
「……初耳ですね」
胡乱そうに見てくるGM橘に爽やかなマッスルスマイルを返しつつ、GM森は朗らかに言った。
「俺を見てみろ、まさしくその体現じゃないか!」
「……は?」
認知症の老人みたいに、ポカンと口をあけていたGM橘だったが、ややして、
「それはまた――ええ、素晴らしい知性ですね」
と首肯した。
* * *
広くはないが狭くもなく、それどころか窓すら無い。壁にかけられた燭台だけが唯一の灯りという殺風景な執務室の中、GMジョーカーは手にした青い魔石を玩びながらほくそ笑んだ。
不安定に明滅するブルージェムストーンから、ノイズ混じりの幽かな男の声が聞こえてくる。
『……GMジョーカーですか? 大丈夫です。奴には気づかれぬよう、細心の注意を――』
「ふふふ……地下室のネズミ捕りに、一匹、ネズミがかかりましたか」
捕らえたネズミを、どういたぶろうか――そんな猫めいた笑みを浮かべ、GMジョーカーは青石を手品師のような鮮やかな所作でポケットへ放り込んだ。
「大方、アナベルツかシュバルツランドの諜報員でしょうが、私を甘く見たのが命取り。読みを違えたギャンブルほど滑稽な物はございません。愚かな敗者は身ぐるみばかりか指まで落とされ、地の底の底で強制労働の哀れな末路しかございません」
飛び跳ねるように椅子から立ち上がり、GMジョーカーは上機嫌に歌う。
観客はただ一人、燭台の灯火に浮かび上がる壁に飾られた女王イゾルデの肖像画――彼女の若い頃のものだろう。その絵の中の美女がたたえる柔和な微笑みは、今の苛烈な女王しか知らぬ者ならば別人と断じてしまうかもしれない程に慈愛に満ちている――のみ。
「さあさ、皆様ご覧あれ! 麗しき女王のためだけに開かれた舞踏会。阿鼻と叫喚の狂想曲とともに踊るは五十余りの愚者と道化。アドリブはあってもアンコールはございません。さあさ、皆様お見逃しのないように!」
三日月のようにつり上がった唇から漏れるのは、仮面ではない血の通った暗い笑み。
雨垂れのごとき微かな笑いは、次第に強く大きく哄笑へと変わってゆく。
「此度の茶番は、まだ始まったばかりなのですから!」
GMジョーカーの高笑いは、いつ果てることなく続いていた。
<残り45名>
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