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番外編 Make up!! ---- しゅるしゅるしゅる。 背後から聞こえてくる衣擦れの音に♂アコライトは、頬を熟した林檎のように赤らめてうつむいていた。 元々、修道士として神に一生を捧げるものと思って生きてきた14歳の少年である。狭い部屋の中で、妙齢の美女――古城の監獄を治める女妖魔なのだが――と二人きり、しかも彼女は♂アコライトの後ろで生着替え中といった状況に慣れているわけがない。 何故、このような状況になったのかといえば、♂アコライトがジルタスに着替えを要求したからであり、着替えている最中は後ろを向いていると彼自身が言ったからである。 ちなみにジルタス本人は「いいのよ? じっくり見ても」と言っていたのだが。 (っていうか、さっきはあの人と一緒の布団で寝てたんだよな……) 先程のやり取りを思い出して、♂アコライトは顔の上でファイアーウォールが炸裂したかのように、さらに頬を紅潮させた。 努めて意識しないようにしていたのだが、蟻の巣穴から堤が崩れるの故事のごとく、脳内でシャットアウトしていた情報が瞬く間に再現されてしまう。 先程のアレはいわゆる同衾であるし、しかも寝ぼけてなんだか柔らかい物とかを撫で回していたような気がしないでもない。その上、なんだかその……聞いているだけで下っ腹が熱くなってくるような声を聞いたような聞かなかったような。 (か、神様っ! これは、これは試練なんですか!?) 心臓だけが速度増加をかけられたように激しく鼓動し、聴覚もそこだけ祝福されたみたいにやけに敏感――ジルタスが「んっ……ちょっと、胸のとこキツいかな……」とか「このショーツ、私の好みじゃないわ」などと小声で呟いているにもかかわらず聞こえてしまうくらいに――だ。 (試練……そう、試練だ。これは神が僕に与えたもうた試練なんだ!) 天啓を受けたとばかりに♂アコライトは独りうなずいた。 (きっとこれは、色欲に耐える試練なんだ。きっとそうだ。そうに違いない!) むしろ、自己暗示で自分に今の状況を納得させていると言った方が早い。 ♂アコライトは、脳内でリプレイされる映像やら音声やら質感やら体温やら息遣いやらを記憶の片隅へ封じ込めるため、思いつく限りの聖書の文言を頭に並べた。 ――あなたがご主人様で、あたしはあなたの奴隷。あなたが神さまの下僕であるようにね。 駄目だった。 一言すら思い浮かばず、代わりにジルタスの鈴のように透き通った声が再生される。 幼いときから育ての親である神父に教え聞かされ、同年代のアコライトたちの中でも一語一句間違えずに諳んじてみせることさえ出来る彼だったが、今ばかりは多感な年頃を迎えた普通の男の子であった。 「もう、こっち向いてもいいわよ」 と、信仰と生理的本能の狭間で煩悶としていた♂アコライトの背に、ジルタスが呼びかけてきた。 年頃の男の子のプライドから、焦っているのを気取られまいと、♂アコライトは平静を装って振り返り――魂を抜かれたかのように硬直した。 ジルタスの長い銀髪の上には、レースで編まれたヘッドドレスがちょこんと乗っかっていた。 どこからどう見ても、メイド服である。 「どう? 似合うかしら?」 似合うなんてもんじゃない。 明らかにサイズの違う紺色のブラウスは、はちきれんばかりに胸元がはだけられ、フリルのついた白いエプロンも双丘のふくらみを隠すには至らない。本来ならば膝上何センチのはずのスカートも、ジルタスの魅惑的な脚線美の前にタイトなミニスカートと化している。 そのくせ、袖のカフスとか襟元のネクタイなどはきちんと締められているのだから、服の中に拘束している印象すら受けてしまう。 メイド属性の人なら一撃死しかねないクリティカル攻撃だった。 少しだけ気恥ずかしそうに笑ってジルタスは、くるりとターンをして見せた。 「好きにしてくださって結構ですよ……ご・しゅ・じ・ん・さ・ま♪」 色々想像をしまくって、♂アコライトが鼻血を出して卒倒するまで、3秒といらなかった。 ――ちなみに。 衣装ダンスの中には、各種職業の制服に加え、コモドカプラも含めたカプラサービスの制服に、初心者修練場受付嬢の制服、浴衣に着物にチャイナ服にサラシに褌に絆創膏に返魂の札と、様々な服が入っていたが、それらが陽の目を見ることはなかった。 ---- [[戻る>第二回番外編]]

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