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091 神は何処におわすや 【夜~深夜】 ---- ――神よ、答えてくれ。何故、彼女は死なねばならなかったのか、を。  *** 「……誰っ!?」 身構えていた♀アコライトの鋭い誰何に答えることなく、♂クルセは茂みを掻き分けて前に走り出た。 宵の空高くに満月が白い容貌を晒し、夜闇に埋もれた島を青白く照らす中を、拳闘の構えを取った少女に向かって駆け寄り、最速最短の距離でシミターを抜き放つ。 ♀アコライトの細い首筋めがけて奔った横薙ぎの剣閃は、とっさに彼女が背を反らさねば喉を切り裂いて命を奪っていただろう。正確無比の剣腕をもつ♂クルセもさることながら、それを紙一重でかわした♀アコの動体視力もまた端倪すべきものがあった。 しかし必殺の一撃を避けられたにもかかわらず、♂クルセに動揺はない。あたかも初撃はかわされることを想定していたかのように、振りぬいたシミターを翻して逆袈裟に斬り上げる。 ――手応えはない。 「……今のをかわすとは、な」 服が汚れるのも厭わずに横っ飛びに転がって避けた♀アコを横目で追いながら、♂クルセは感嘆を呟きにして漏らした。 「いきなりとは、恐れ入るわね」 見た目にそぐわぬ豪胆な口調で、♀アコライトが吐き捨てる。彼女は主人を心配して寄ってきた子犬を、待てと制して♂クルセを油断することなく睨みつけた。 「見たとこ、クルセイダーさんのようだけど……その様子じゃ、このゲームに乗り気って感じよね?」 同じく神に仕える身の者が襲ってきたことの苛立ちを隠すことなく、♀アコライトは声に鋭利なトゲを含ませて、再び拳闘の構えを取った。 「殴りアコか……」 左腕を一定のリズムで揺する独特の構えを静かに見つめながら、♂クルセが口を開く。 「……で、俺が乗り気なら、どうするのだ?」 「――こうするだけよっ!」 言うなり、♀アコライトは♂クルセに向かって大きく踏み込んだ。 反射的に突き出されたシミターの切っ先を、ほんの少しだけ首を傾けて避け――きれず、肩口が浅く切り裂かれたが、意にも介さず♂クルセの懐へと潜り込み、水月めがけ肘を叩き込んだ。 肉が肉を叩く異音が、断崖絶壁に響き渡る。 だが、それは♀アコライトの肘が♂クルセの肋骨を砕く音ではなく、♂クルセの左肘と膝が♀アコライトの肘を受け止めた音だった。 「……いいセンスだ。拳の間合いに持ち込み、戦いの流れを自分の物にしようとするあたりがな」 驚愕に目を見開く♀アコライトに、♂クルセは彼女のこめかみにシミターの柄尻を打ちつけた。 「だが、まだ甘い。相手が剣を持っているからといって、無手での戦いに慣れてないとは限らん。たとえば、俺のように」 「く……そっ!」 打たれて血を流す頭を左手でかばいながら、♀アコライトは大きく跳び退って間合いを取った。 昏倒しかねない重い一撃を受けたせいか、膝が笑い出して目の焦点が合っていないのだが、それでも彼女が倒れなかったのは、殴りアコとしての矜持からだろうか。 「あなたさぁ……女の子の顔を血塗れにするなんて、ちょっと酷いんじゃない?」 血が入り込んだ左目を硬く瞑り、♀アコライトは皮肉な笑みを見せた。三度、左腕を揺らす拳闘の構えを取って、しかし殴られたダメージが大きいのか荒い息を吐く。 満身ではないにせよ、創痍が激しいのは誰の目から見ても明らかだが、♀アコライトの右目には炯々と輝く闘志が燃え上がっていた。 「言っとくけど、謝るなら今のうちよ。今なら同じ神様を信じてるよしみで、右手一本で許してあげるから」 「……神か」 強気な♀アコライトの挑発に、何がおかしかったのか♂クルセはくぐもった笑いをこぼした。そのあまりに陰気な笑い声に、ギョッとして♀アコライトは後退る。 そんな彼女の様子に気づいた様子もなく、♂クルセは続けた。 「おまえ、神はこの世にいると思うか?」 「なに言ってるの、あなた……?」 同じく聖堂に仕える身――位から言っても、アコライトよりも十字騎士である彼のほうが上である――でありながら、神の存在を疑うとは不敬中の不敬である。予期もせぬ言葉に眉根を寄せて訝しむ♀アコライトに♂クルセは問うた。 「神がいるのならば、どうしてこの殺人ゲームがある? どうして神を信じた者が死に――信じていない、この俺が生き残ったのだ!?」 それは問い掛けと言うよりも、♂クルセの負の感情で彩られた神への呪い。月明かりを浴びてなお黒く、血臭のする闇色に染まった叫びであった。 だが、♀アコライトにはどうでもいいことだったようだ。 「知らないわよ、そんなこと」 彼女は左目の血を拭い捨て、呆れたように言い放った。 「まぁ、知ってても教えてあげないけどね。乙女の柔肌をキズモノにするような人は、わたしの拳で神様のお膝元にブッ飛ばしてやるんだからっ」 威勢良く啖呵を切って♀アコライトが突進した。胴を薙ぎ払うように奔ったシミターの斬撃を、地面に身体が着くほどに屈めてやり過ごし、無防備な♂クルセの足首を滑り込むように蹴り払った。 くるぶしまである丈の長いスカートで蹴りが来るとは予想していなかったのか、♂クルセは足払いをまともに喰らって転倒した。 かららら――と、乾いた金属音を立ててシミターが地を転がる。♂クルセが受身を取りきれぬと悟って武器を手放したのだ。 すかさず♀アコライトは落ちたシミターを蹴り飛ばし、立ち上がりかけた♂クルセの顔面を殴りつけた。己が打ち据えられた箇所と寸分違わずに。 まるで鞭が空を打ったような鋭い音が鳴り響き、♂クルセの左目の上がナイフで切られたかのごとく見事に裂けた。 さらに彼女は、血を噴いて膝をつく♂クルセの眉間に、鼻柱に、顎に、凶悪な黒毒蛇を思わせる左の拳を連続で打ち込む。致命打となりうる三連撃は、しかし♂クルセの顔面に喰らいつく寸前で跳ね上がった肘と掌で全て防がれた。 「甘く見ていたのは……俺のほうかもしれんな」 彼女の拳を掌で受け止めたまま、♂クルセが静かに呟く。 そこには、昏い熱を帯びた神への呪いを吐いていた人物とは思えないほど冷静で、そして♀アコライトが彼と対峙して初めて見た冷徹な意思があった。 (なんなの、こいつ――ッ!?) 間近で見た♂クルセの瞳は、恐怖や狂気といった感情には染まってなかった。こんな地獄のような場所に放り込まれたというのに、彼の目は冬の湖のように澄んでいて、むしろ理知的ですらある。 だからこそ、彼女は戦慄した。 (……や、やだ! 怖い!) あの血の色をした憤怒を理性だけで押し込めた、この正気の殺人鬼に。 「神に会ったら伝えてくれ。この糞ゲームをとめてみせろ、とな」 怯える少女の腕を捻り上げ、♂クルセは♀アコライトを断崖絶壁の向こうへ投げ飛ばした。 落ちてゆく少女の悲鳴を追いかけて、子犬が絶壁から飛び降りたが、♂クルセが気づくことはなかった。 <♀アコライト&子犬> 状態:断崖絶壁から落下。生死不明。 現在位置:断崖絶壁(D-8)→? 所持品:集中ポーション2個 子デザ&ペットフードいっぱい 備考:殴りアコ・方向オンチ <♂クルセ> 現在位置:断崖絶壁(D-8) 所持品:s2シミター(タートルジェネラル挿し) 外見特徴:csm:4j0h70g2(らぐなの何か。参照) ---- | [[戻る>2-090]] | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-092]] |
091 神は何処におわすや 【夜~深夜】 ---- ――神よ、答えてくれ。何故、彼女は死なねばならなかったのか、を。  *** 「……誰っ!?」 身構えていた♀アコライトの鋭い誰何に答えることなく、♂クルセは茂みを掻き分けて前に走り出た。 宵の空高くに満月が白い容貌を晒し、夜闇に埋もれた島を青白く照らす中を、拳闘の構えを取った少女に向かって駆け寄り、最速最短の距離でシミターを抜き放つ。 ♀アコライトの細い首筋めがけて奔った横薙ぎの剣閃は、とっさに彼女が背を反らさねば喉を切り裂いて命を奪っていただろう。正確無比の剣腕をもつ♂クルセもさることながら、それを紙一重でかわした♀アコの動体視力もまた端倪すべきものがあった。 しかし必殺の一撃を避けられたにもかかわらず、♂クルセに動揺はない。あたかも初撃はかわされることを想定していたかのように、振りぬいたシミターを翻して逆袈裟に斬り上げる。 ――手応えはない。 「……今のをかわすとは、な」 服が汚れるのも厭わずに横っ飛びに転がって避けた♀アコを横目で追いながら、♂クルセは感嘆を呟きにして漏らした。 「いきなりとは、恐れ入るわね」 見た目にそぐわぬ豪胆な口調で、♀アコライトが吐き捨てる。彼女は主人を心配して寄ってきた子犬を、待てと制して♂クルセを油断することなく睨みつけた。 「見たとこ、クルセイダーさんのようだけど……その様子じゃ、このゲームに乗り気って感じよね?」 同じく神に仕える身の者が襲ってきたことの苛立ちを隠すことなく、♀アコライトは声に鋭利なトゲを含ませて、再び拳闘の構えを取った。 「殴りアコか……」 左腕を一定のリズムで揺する独特の構えを静かに見つめながら、♂クルセが口を開く。 「……で、俺が乗り気なら、どうするのだ?」 「――こうするだけよっ!」 言うなり、♀アコライトは♂クルセに向かって大きく踏み込んだ。 反射的に突き出されたシミターの切っ先を、ほんの少しだけ首を傾けて避け――きれず、肩口が浅く切り裂かれたが、意にも介さず♂クルセの懐へと潜り込み、水月めがけ肘を叩き込んだ。 肉が肉を叩く異音が、断崖絶壁に響き渡る。 だが、それは♀アコライトの肘が♂クルセの肋骨を砕く音ではなく、♂クルセの左肘と膝が♀アコライトの肘を受け止めた音だった。 「……いいセンスだ。拳の間合いに持ち込み、戦いの流れを自分の物にしようとするあたりがな」 驚愕に目を見開く♀アコライトに、♂クルセは彼女のこめかみにシミターの柄尻を打ちつけた。 「だが、まだ甘い。相手が剣を持っているからといって、無手での戦いに慣れてないとは限らん。たとえば、俺のように」 「く……そっ!」 打たれて血を流す頭を左手でかばいながら、♀アコライトは大きく跳び退って間合いを取った。 昏倒しかねない重い一撃を受けたせいか、膝が笑い出して目の焦点が合っていないのだが、それでも彼女が倒れなかったのは、殴りアコとしての矜持からだろうか。 「あなたさぁ……女の子の顔を血塗れにするなんて、ちょっと酷いんじゃない?」 血が入り込んだ左目を硬く瞑り、♀アコライトは皮肉な笑みを見せた。三度、左腕を揺らす拳闘の構えを取って、しかし殴られたダメージが大きいのか荒い息を吐く。 満身ではないにせよ、創痍が激しいのは誰の目から見ても明らかだが、♀アコライトの右目には炯々と輝く闘志が燃え上がっていた。 「言っとくけど、謝るなら今のうちよ。今なら同じ神様を信じてるよしみで、右手一本で許してあげるから」 「……神か」 強気な♀アコライトの挑発に、何がおかしかったのか♂クルセはくぐもった笑いをこぼした。そのあまりに陰気な笑い声に、ギョッとして♀アコライトは後退る。 そんな彼女の様子に気づいた様子もなく、♂クルセは続けた。 「おまえ、神はこの世にいると思うか?」 「なに言ってるの、あなた……?」 同じく聖堂に仕える身――位から言っても、アコライトよりも十字騎士である彼のほうが上である――でありながら、神の存在を疑うとは不敬中の不敬である。予期もせぬ言葉に眉根を寄せて訝しむ♀アコライトに♂クルセは問うた。 「神がいるのならば、どうしてこの殺人ゲームがある? どうして神を信じた者が死に――信じていない、この俺が生き残ったのだ!?」 それは問い掛けと言うよりも、♂クルセの負の感情で彩られた神への呪い。月明かりを浴びてなお黒く、血臭のする闇色に染まった叫びであった。 だが、♀アコライトにはどうでもいいことだったらしい。 「知らないわよ、そんなこと」 彼女は左目の血を拭い捨て、呆れたように言い放った。 「まぁ、知ってても教えてあげないけどね。乙女の柔肌をキズモノにするような人は、わたしの拳で神様のお膝元にブッ飛ばしてやるんだからっ」 威勢良く啖呵を切って♀アコライトが突進した。胴を薙ぎ払うように奔ったシミターの斬撃を、地面に身体が着くほどに屈めてやり過ごし、無防備な♂クルセの足首を滑り込むように蹴り払った。 くるぶしまである丈の長いスカートで蹴りが来るとは予想していなかったのか、♂クルセは足払いをまともに喰らって転倒した。 かららら――と、乾いた金属音を立ててシミターが地を転がる。♂クルセが受身を取りきれぬと悟って武器を手放したのだ。 すかさず♀アコライトは落ちたシミターを蹴り飛ばし、立ち上がりかけた♂クルセの顔面を殴りつけた。己が打ち据えられた箇所と寸分違わずに。 まるで鞭が空を打ったような鋭い音が鳴り響き、♂クルセの左目の上がナイフで切られたかのごとく見事に裂けた。 さらに彼女は、血を噴いて膝をつく♂クルセの眉間に、鼻柱に、顎に、凶悪な黒毒蛇を思わせる左の拳を連続で打ち込む。致命打となりうる三連撃は、しかし♂クルセの顔面に喰らいつく寸前で跳ね上がった肘と掌で全て防がれた。 「甘く見ていたのは……俺のほうかもしれんな」 彼女の拳を掌で受け止めたまま、♂クルセが静かに呟く。 そこには、昏い熱を帯びた神への呪いを吐いていた人物とは思えないほど冷静で、そして♀アコライトが彼と対峙して初めて見た冷徹な意思があった。 (なんなの、こいつ――ッ!?) 間近で見た♂クルセの瞳は、恐怖や狂気といった感情には染まってなかった。こんな地獄のような場所に放り込まれたというのに、彼の目は冬の湖のように澄んでいて、むしろ理知的ですらある。 だからこそ、彼女は戦慄した。 (……や、やだ! 怖い!) あの血の色をした憤怒を理性だけで押し込めた、この正気の殺人鬼に。 「神に会ったら伝えてくれ。この糞ゲームをとめてみせろ、とな」 怯える少女の腕を捻り上げ、♂クルセは♀アコライトを断崖絶壁の向こうへ投げ飛ばした。 落ちてゆく少女の悲鳴を追いかけて、子犬が絶壁から飛び降りたが、♂クルセが気づくことはなかった。 <♀アコライト&子犬> 状態:断崖絶壁から落下。生死不明。 現在位置:断崖絶壁(D-8)→? 所持品:集中ポーション2個 子デザ&ペットフードいっぱい 備考:殴りアコ・方向オンチ <♂クルセ> 現在位置:断崖絶壁(D-8) 所持品:s2シミター(タートルジェネラル挿し) 外見特徴:csm:4j0h70g2(らぐなの何か。参照) ---- | [[戻る>2-090]] | [[目次>第二回目次]] | [[進む>2-092]] |

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