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 113.誰ぞ罪を償うか ----  がきぃぃん。  前触れ無く響いた金属音に♂アルケミストは振り向いた。  まず最初に彼を襲ったのは剣と剣が打ち合ったその音であり、次は混乱だった。  なぜなら。そこに居たのは冒険者であるなら誰しも見慣れている衣装の女性──つまり、カプラサービスの職員。  普段の温厚な眼差しが剥げ落ち、冷たい殺人者の目をしたグラリスが、♀クルセイダーと剣を打ち合わせていたので。  ♂アルケミの思考が混乱から覚めるのとほぼ同時にぎゃりぃっ、と言う音。滑る刃金に火花が散る。  彼は、とっさに手にしたマイトスタッフをグラリスの両手剣に叩き付けた。  ♀クルセイダーの得物は、一対一では両手で扱う剣に対しては余りも不利なので。  これは不意打ちだったらしく、驚いた様な顔でグラリスが弾かれたバスタードソードを両手で押さえ込んだ。 「…っ!!矢張り少し無茶だったかもしれませんわね」 「っていうか、何なんだよいきなり!!」  目の端で跳んで後方に下がる♀クルセイダーを確認しつつ、叫ぶ。  それには答えず女は彼を第一の敵と定めたらしかった。  ぶんっ、と真横に振られた剣が目の前を掠めるに至って、彼はまだ僅かに残っていた戸惑いを捨てる事にした。  それはそうか、と思う。なんていったって命が掛かっているのだ。  例えカプラ職員であっても参加させられた以上必死になるのは道理── 「っどおっ!?」  だが。激しい痛みが胴に走り、それきり、その思考は途切れた。  見れば、グラリスの手が妙な形状の矢が一本突き立てていて。  さっきの横薙ぎの一撃はフェイント。これが真の狙いだったらしい。  僅かな眩暈を覚えたかと思うと、それがスリープアローだと思う暇も無く♂アルケミストは膝をついた。  ──要するに、彼はあらゆる意味で油断していたのだろう。  例えばそう。  自分が、このゲームで決して殺されない、だなんて心のどこかで思ってしまうほど。  まるで、自分達は何処かの物語に出てくる主人公なのだ、と。  しかしながら、それは大きな間違いで。  天を仰ぐように。晴れた青空を見上げる様に。  恐怖が競りあがってきて吐き気がしたが、最後の最後まで無様をさらす気にはなれなかった。  ♂アルケミストは、薄れていく意識の中でバスタードソードを振り上げたグラリスを見上げていた。 …  ぎゃりぃぃん。  横合いから突き出されたレイピアを持ち上げていたバスタードソードの腹で受け流す。  グラリスは膝を付き一時的に眠った♂アルケミストには拘泥せずに彼から──いや、♀クルセから伸びる線を一瞥していた。  ディボーション。クルセイダーの技であり、繋がれた者の傷を自らに肩代わりさせると言う奇跡。  僅かに♀クルセの服には赤が滲んでいる。矢傷を自ら肩代わりしているのだろう。  麗しい事ね。でも、その状態で退けられる程私は甘くはありませんわ。  歯を剥いた♀クルセが、猫科の肉食獣みたいなしなやかな動きで突き出す細身の剣を受け流しつつ呟く。  そして思う。どうやら、この二人の信頼関係は既に出来上がっているらしい、とも。  幸せな人達だ。思わず羨ましく思うぐらい。自分は後戻りが出来ない。  だが。だからと言って何なのか。そうして躊躇う事に何も意味は無い。  グラリスは迷わない。  カプラ職員であるグラリスは知っている。  冒険者と呼ばれる人間の内で最も恐ろしい能力は何か、と言う事を。  個々の能力ではなく、また兵隊として能力でもない。  本当に恐れるべきは──最も、それは普通の人間にも通じる事だけれども──紛れもない危機に陥った時だ。  そんな時彼らは何時だって、真っ先に互いに手を組んで対処する。  常に魔物達と矢面に立ってきたが故に、それは冒険者の本能、とも言っていい特質だった。  別に、彼らの全員がお人よしであるからそうするのではない。  それは生き残る為に。  故に。数を減らすならば彼らの多くが手を取り合う前でなければならなかった。  このゲームは結局の所、狩る側の方が不利なのだ。  一箇所に集まられてしまえば、容易には手が出せなくなるどころか、こちらが負うリスクばかりが高まっていく。  第一、協力者を得られない分だけ、殺人者の方が睡眠や食事などで数多くの制約を受ける。  ただ。  最終的には、大人数のグループもたった一つの椅子を賭けて殺しあう事になるのだろう。  減らない人数。経過する時間。迫る確実な終わり。それは易々と一旦は築かれた信頼を砕く。  五日だ。たった五日しかないのだ。そして帰れるのは一人。  余りにもこの事実は重い。  最も。あの道化が、そんな結末を望んでいるのかどうかは判らない(何故なら、彼にとってはこれは舞台であるらしいので)。  もしも、もっと劇的な進行を望むなら。  他にも自分の様な殺人者を管理者側から仕立て上げるかもしれないし、 ゲームの加速を望んだ道化が、何か反吐の出るような提案をするかも知れない。  ──本当、下種なゲームですこと。  そうは考えるが、偽りの安穏さに浸っていない分、彼女は現実的だった。  両手持ちの剣を振り回す。ぎゃりん。受け流されたのを視認すると、片手を離して返礼とばかりに♀クルセの両目へ指を突く。  それを回避される僅かな間に再びバスタードソードを振り上げ振り下ろす。  傷が痛むのか、それで受身に回った♀クルセイダーを彼女は追い詰めていった。  傷と言う事で言えばグラリスも昨夜の矢傷がずきずきと鈍く痛むのだが、大分時間は経過しているし気力で押し留めている。  冷静に。冷静に。  レイピアでは彼女のバスタードソードは受け流す以外に無いし、一方を無力化した後の各個撃破はゲリラ戦術の基本である。  眠りの矢で昏倒した♂アルケミストは未だ目覚めては居ない。  目覚めたとしても、♀クルセイダーを殺害した上でなら十分勝算はある。  寡兵である、という点で二の足を踏まなかったのは結果として良い判断だったのだろう。  グラリスは、そう判断した。  そして、渾身の力を込めて、一歩後ずさっていた♀クルセイダーの胴体をなぎ払った。  あっ、という声。  それから、グラリスの目の前で♀クルセイダーの顔が苦痛に歪んで。くぐもった呻きが漏れる。  レイピアとバスタードソードの質量差。真正面からぶつかり合えばどうなるかは解りきっていた。  それは細身の剣を呆気なく叩き折り、レイピアの腹を押さえていた♀クルセイダーの片腕に半ばまで刀傷を負わせていた。  切り裂かれ、折れ曲がって圧迫された腕から血がしぶく。僅かに見えた白いものは骨だろうか。  私は──と♀クルセイダーが何事か呟くのをグラリスは聞いたけれども、構わずそのまま両手剣を手前に引く様にして振り切った。  ハンマーで叩かれたみたいにぐしゃぐしゃに潰れていた♀クルセイダーの片腕が今度こそ刎ね飛んで、切っ先が僅かに脇腹を裂いた。  浅い。致命傷には程遠い。そして、まだ中程からへし折れたレイピアがもう片方の手に握られている。  殆ど反射的に身をかがめれたのは、曲がりなりにも彼女が軍人であった故で。  額からこめかみの辺りに切り裂かれる熱を感じたけれども、 無視して立ち上がりながらバスタードソードの柄の先端を引き寄せると槍の使い手が石突でそうする様に、 普段の様には鎧に包まれていない鳩尾目掛け突き上げた。  ミシリ、と手に伝わってくる肋骨の軋む感覚が生々しい。  僅かな後悔がグラリスに忍び寄る。彼女はそれを無視する。悶絶して♀クルセイダーは前のめりに倒れる。  剣舞の様にそのカプラ職員は頭上高く両手持ちの剣を持ち上げ。  ばつん。  丁度、グラリスのかけている眼鏡のフレームを無理矢理折り曲げへしおった様な音が響いて。  切れ味の悪いギロチンみたいに、叩き付けた両手剣の刃は♀クルセイダーの首の半ばで止まっていて。  それから、ずるりと刃から引き抜けた♀クルセが呆気なく地面に倒れた。  とろとろと、傷口からは真っ赤な血が流れ出している。  即死は免れたのか、未だ繋がったままのディボーションの線に僅かだけグラリスは哀れみめいた感情を覚えていた。  ──それでも彼女が安堵する事無く両手でバスタードソードを握りなおしたのは、 ♂アルケミストが目覚めた訳でも。勿論、首の骨を叩き切られた♀クルセイダーが奇跡的に動けた訳でも、無い。 「どなたかしら?覗き見とは感心しませんわ」  ぴっ、とバスタードソードから血糊を振り払いながら、グラリスは冷たい声を来訪者に投げた。  真っ赤な目をした男の騎士が敵意に満ちた目線を向けているのに彼女は気づいていた。 …  俺は一体どんな目で目の前のクソッタレな出来事を見つめているのだろう?  ♂騎士はふとそんな事を思ったが、それが何の意味も無い思考である事は間違いが無かった。  何故なら、血溜まりの中に沈んだ娘の傍らで、彼にとっても馴染み深い制服の女性がたたずんでいたので。  その手に一振りのバスタードソードを携えて。彼女の目は吐き気がする位冷たかった。  とどのつまり、彼の目が憎悪と怒り以外の何かに彩られている筈が無い事は明らかだった。  滅茶苦茶に感情が高ぶり、ひたすらに罵倒しつくしたい衝動にもかられたけれども、その代りに彼は静かに口を開いた。 「どうして殺した」  と。僅かに震える声で。最早恐怖よりも、このゲームへの怒りの方が遥かに大きかった。  だから、彼女の墓を掘るよりも、いきなり聞こえた剣戟に後先構わず走ってきたのだ。  (最もそれは、先程から聞こえている幻聴のせいで攻撃性が高まった結果かもしれないが)  答えを期待していた訳ではなかったけれども、意外にもグラリスは彼に答えた。 「仕方が無いのよ」  と。それから更に言葉を続ける。  その間に、♂騎士は腰に提げていたツルギを引き抜いた。  最も、未だ彼の腹の底は沸騰していて、今にもひっくり返って胃袋の中身を吐き出してしまいそうでもあった。 「私はその為にここにいるわ」  もう少し♂騎士が冷静だったなら、彼女の語調に空しさ、いや悲しみめいた色を探し出せたかもしれない。  だが。自らの恋人を自ら殺め、そして正体不明の不調に苦しめられている彼は冷静ではなかった。  手に武器を取っているせいもあるし、目の前に武器を持ったやる気になってる人間がいる事もある。  少なくとも、もぞ、と二人の背後で誰かが動く音を聞き逃す程度には。  仕方が無いじゃねぇだろうが!!どうしてこんなクソゲームに乗るんだよ!!、と彼は怒鳴ったが意に介さずグラリスは言う。 「──お喋りもここまでね。それと、貴方はきっと長生きは出来ないタイプですわ」  ざっ、と♂騎士に背を向けると彼女は一目散に走り去っていった。  そして、彼は勿論その殺人鬼を追いかけようとしたのだけれど出来なかった。  少し離れた場所から♂アルケミストの呻きが響き、(因みにそれまで♂騎士は彼の存在に気づいていなかった)  そして、それが直ぐに呆けた様な声に変わるのを聞いたので。  振り向くと、♂アルケミストが泣いていた。  物言わぬ死体にすがり付いて、自らが血塗れるのも構わず泣きじゃくっていた。  ♂騎士には、それがまるでどこか遠い場所の出来事の様に、思えた。  この二人が、一体どんな関係だったのかは部外者の♂騎士には解らなかったが、 今の彼には何となく、その二人が自分達──在りし日の、そしてこの島に送り込まれてすぐの──に似ている気がした。  勿論、顔立ちはまるっきり違っているのだけれど。 <♂騎士 持ち物状態変わらず F-3に戦闘の音を聞いて戻ってきた ♀プリーストの遺体を安置した場所は次の人にお任せ> <♂アルケミスト 持ち物場所変わらず スリープアローを腹に刺されるが、ディボーションで傷自体は浅い> <♀クルセイダー 死亡> <グラリス 持ち物状態変わらず 逃亡先の場所は次の人にお任せ> ---- | [[戻る>2-112]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-114]] |

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