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156.雫 [午後] ---- そこは城だった。 石造りで、どこか古めかしい…子供のころに聞かされた童話に出てくるような。 ――ああ、これは夢だ。♂ハンターは確信した。 夢でなければ、自分が同じく童話に出てくる王子のような格好をしているはずがない。 ふいに後ろから誰かに抱きつかれる。そちらに視線をやると、ドレスを着た♀アーチャーが微笑んでいた。 これが彼女の理想だったんだな。そう思い彼は苦笑した。 場面は突然変わる。ドレスを着た『姫』の姿はそこにはない。 蹲り、必死に手を伸ばす彼を、美しく発光する虫の羽を生やした少女が嘲笑する。 同じ顔をしているのにそれは姫ではなく女王だ。先ほどまで彼の隣にいた少女ではない。 紫色の彼女が去っていく。叫ぶ。叫べない。手を伸ばす。動かない。届かない。そして、消えてゆく―― 「……っ!」 ♂ハンターは目を覚ました。慌てて周りを見回しても、いつもの島の風景が広がっているだけだ。 俺は何を焦ってる。夢だってわかってたじゃないか。 あれはもう終わったことだ。後悔したってあの娘は戻ってきやしないのに。 溜息をつき、頭を抱え込む。そこでようやく彼は自分の体が動くようになっているのに気づいた。 あたりはまだ明るさから見て昼のようだ。夜にある定時放送を聞き逃すほど眠っていたわけではなさそうだ。 それでも体の回復具合からそれなりの時間昏倒していたことがわかる。よく襲われなかったものだ、と彼は身震いした。 彼は一人考える。 自分はこれから何をすべきか。ジルタスと♂アコライトと共に行動し、自分の身を守って♀アーチャーの分まで生きるべきか。 ――いや。彼は首を振った。もう答えは出ているじゃないか。 彼女は死んだわけじゃない。ならばミストレスを追って、彼女自身を取り戻すだけだろう。 しかし心の中でもう一人の自分が囁く。 ただ一日共に過ごしただけの娘の為に命を懸ける必要がどこにある? 今までだって散々引っ張り回されてきたじゃないか。 ――何を今更。自分のいびつな考えに思わず彼は苦笑いを浮かべた。 命が惜しいなら、はじめから足手まといになりそうな少女なんて見捨てている。結局は人が言うようにお人よしなのだ…自分は。 ここまで来たら最後まで彼女の『王子様』でいてやろうじゃないか。 認めたくはなかったが、そうなりたい願望が自分の中のどこかにあったのだ、きっと。 だが、相手はミストレス――人間ではないのだ。自分の説得であっさり彼女が♀アーチャーに戻るなどと甘く考えてはいない。 言ってしまえば自分の我儘であるミストレス追跡に、ジルタスと♂アコライトを付き合わせていいものか。 「……ジルタス?」 そこまで考えて、彼は違和感を覚えた。 悲鳴が聞こえたのだから、♂アコライトはそう離れた位置にいるわけではないだろう。 それならなぜジルタスたちは戻ってきていない? それなりの時間があれから経っているというのに。 (これは…まずいんじゃないか……?) 何かあったのだ。二人のどちらか…あるいは両方に、その場から動けなくなる何かが。 微妙に思うように動かない体に顔を顰めながらも、♂ハンターは立ち上がった。 どうか無事でいてほしい。ただそう願い、重い体を引き摺るようにして彼は歩き出した。 あまりの状況に♂ハンターは言葉を失った。 腹部から血を流し、倒れ伏すジルタス。血の気の引いた顔は、彼女の生命の灯がとうに消えていることを示していた。 その傍に蹲り、泣き叫ぶ♂アコライト。 ♂アコライトの傍には見知らぬ女プリーストが付き添い、彼を慰めていた。 さらに周囲には、状況に混乱しているのか、何をするわけでもなくぼんやりと立っているアルケミストの女性。 アルギオペに似た蟲の死骸と、その蟲に殺されたのであろうホルグレンの死体。 それに縋って泣く女鍛冶師と、彼女の傍でおろおろとしている大男の姿があった。 「一体何があったんだ?」 ♂アコライトの傍に座っているプリーストに声をかける。彼女が一番冷静だと判断したからだ。 ――実際は『彼女』ではないのだが、それに♂ハンターが気づくことはない。 「あなたは?」 「このアコライトと…ジルタスの仲間だ。ある事情で別行動をしていた」 ♂アコライトに視線を向けるが、慟哭する彼は♂ハンターが来たことに気づいていないようだった。 いや、ずっと傍に居たプリーストの存在にさえも気づいてはいないのだろう。 「……そう、ですか」 訝しげな視線を向けてくるプリースト。誰が敵なのかわからないこの状況では無理もない、と♂ハンターは思う。 死体がいくつも転がっているような場所にいるのだからなおさらだ。 (♂アコが気づいてさえくれれば信用されるんだろうけど……この様子じゃ無理そうか) そう考えた♂ハンターは、ひとつの賭けに出た。 「……一旦武器を捨てるよ。敵対する意思は本当にないんだ。信用してくれないか」 もし相手が危険な人物であったなら自殺行為になる。 だが♂アコライトを慰めてくれていたプリーストや、彼女の仲間らしき人物たちはそのような人間だとは感じられなかった。 自分の勘に全てを賭け、♂ハンターは矢と短剣を支給品の入った鞄の中に入れ、弓とともに彼女のほうへ差しだした。 プリーストはアルケミストの女性のほうへ視線を向けた。意見を伺っているようだ。 「……わかりました」 しばらくして、プリーストは彼の武器を受け取ると、腕の中に抱え込んだ。 「少し離れましょう。彼は……少しそっとしておいてあげたほうがいいかもしれませんし」 そう言うと彼女は立ち上がり、その場から離れた。♂ハンターもそれに続く。 彼女も密かに♂アコライトに何もすることができない無力さを感じていたのだろうか。 「……力になれなくてすみません」 申し訳なさそうにプリーストは頭を下げた。 彼女の話によると、♀BSが父親であるホルグレンの死体を発見したことがここに留まる理由となったのだという。 そこには敵らしき人物の姿はなく、来たときにはすでにホルグレンとジルタスは死亡しており、♂アコライトは気絶していた。 つまり彼女らにも何が起こったのかはわからないということだ。 「いや、少しでも話を聞けてありがたいよ。それより…気になることがあるんだ」 「ジルタスさんの傷……ですね?」 彼女の問いに♂ハンターは頷き、視線をホルグレンのほうへと向けた。 「ホルグレンを殺したのはあの蟲だってのはわかる。喉に噛まれたような傷があったしな。  ♂アコを襲ったのもおそらくあいつだ。……だがジルタスの傷はおかしい」 「……ええ。腹部を貫くような傷――それも刃物によるものではないでしょう。大体…見当もついています」 「わかるのか!?」 プリーストの言葉に、♂ハンターは思わず彼女の肩を掴んだ。 驚いたように身を引こうとする彼女を見て、慌てて彼は手を離した。 「ご、ごめん。……見当って?」 「熟練したモンクならば、その拳を体を貫くまでの武器に昇華させることも可能です。  あの潰れるような傷の付き方は、おそらくモンクの拳によるものでしょう」 「……くそっ!」 拳を握り締める♂ハンター。痛々しい彼の姿に、プリーストは目を伏せた。 「傷にヒールをかけた痕跡もありました。……間に合わなかったようですが。そのモンクにも、迷いがあったのかもしれませんね」 「そう……か」 ふぅ、と♂ハンターは溜息をつき、握り締めた拳を緩めた。怒りをどこに向けていいのかわからなくなったのだ。 「申し訳ないんだけど……君たちを信用できる人間だと見込んで頼みがあるんだ」 「……なんでしょう」 「♂アコを守ってやってくれないか」 告げられた♂ハンターの言葉に、プリーストは驚いた。 「あなたはあの子の仲間なのでしょう。共に行動するべきではないのですか?」 「俺は……ジルタスを殺したモンクを探そうと思ってる」 その言葉に彼女は再び悲しそうに目を伏せた。 「復讐をなさるつもりなのですか」 「わからない。素直に恨めたらいいんだろうけど、ジルタスが死んだのは俺のせいって面もあるから」 そう呟くと、彼は俯いた。プリーストはただ彼が言葉を続けるのを待っている。 「ジルタスを一人で行かせたの、俺だからさ。  俺が下手なことを言わなければ、あの人は死ななかったのかもしれないって…どうしても思ってしまうんだ。  ♂アコを俺に付き合わせることで、これ以上危険な目にあわせたくないから一人で行くんだ……なんて言ったら格好いいけど。  本音を言えばさ…負い目があるから、一緒にいるのが耐えられないんだよ。……身勝手だろ」 「……そんなことは」 静寂がその場を包む。 痛いほどの静けさに耐えられなくなり、♂ハンターは再び口を開いた。 「もう一つ一人で行きたい理由はある。  守れなかった人を取り戻すために動こうと思ってたんだけどさ。危険が伴うそれに巻き込みたくなかったんだ……二人ともね。  いつかはジルタスたちに別れを告げようと思ってた。こんなことになるとは思わなかったけど」 彼にかける言葉が見つからないのか、プリーストは黙っている。 「じゃあ、そろそろ行くよ。♂アコのこと……頼む」 「……はい」 プリーストから荷物を受け取り、♂ハンターは歩き出した。 モンクがどんな人物かも、どこに行ったかもわからない。 もう一つの目的であるミストレスの所在もわからない。あてもない道へと彼は旅立った。 ***** 去ってゆく♂ハンターの背中を、ぼんやりと淫徒プリは見つめていた。 悲しい人だ。彼はただそう思う。 だが嫌いな人物ではない。男の頼みごとを聞くのはこれで最後にしたいところではあるけれど。 とはいえ、預けられる人間が女性だったなら大歓迎していたのだけれど、と彼は苦笑した。 「……彼の者の往く道に祝福あれ」 彷徨う狩人に、聖職者は静かな祈りを捧げた。 ふと背後に感じた気配に淫徒プリは振り向いた。沈んだ顔の♂アコライトの姿がそこにはあった。 その手には血に塗れたジルタスの仮面が握られている。 彼は何をするでもなく、再びジルタスの遺体の元へと戻っていった。 どこから彼は♂ハンターとの話を聞いていたのだろう。何も聞いていないだろうと楽観視することはできる。 だが――沈んだ表情の中に見えた、どこか危うい輝きの♂アコライトの瞳を目の当たりにしておいてそれはできなかった。 おそらく彼は知ってしまったのだろう。ジルタスを殺したのが蟲ではなく、他の人間であることを。 (何か、嫌な予感が……) 純粋なはずの♂アコライトに感じた何かの影。よぎる不安を淫徒プリは拭い去ることができなかった。 ***** ぽつり、ぽつり。 「ん……?」 体を打つ小さな衝撃に、思わず♂ハンターは空を見上げた。その頬に雨の雫が当たる。 「雨か。やっぱりここも普通の島なんだな」 そう呟くと彼は目を閉じ、そのまま雨の中に佇んだ。 情けない自分への苛立ち、燻り続ける後悔。 ♀アーチャーを消した女王蜂と、ジルタスを殺した誰かもわからないモンク――大切なものを奪っていった者たちへの憎しみ。 ♂ハンターの心中には様々な、暗く澱んだ思いが渦巻いていた。――まるで彼の頭上に広がる空のような。 彼は思う。雨と共にそれらが全て流れ去ってしまえばいいのに、と。 ――いや、違う。流してしまうんだ。 モンクをただ恨んでしまえば確かに楽にはなれる。 だがその人物が、ジルタスを殺しておきながら♂アコライトを殺さなかったことはどうも解せない。 それに傷にヒールをかけていたらしいことや、ジルタスの死に顔が驚くほど安らかだったというのもひっかかる。 何か理由があるのだと思いたい。ただの殺人鬼にジルタスが殺されたなどと信じたくない。 結局はそう思うことで自分が少しでも救われたいだけなのだけれど、と彼は自嘲した。 復讐に行くのではなく、理由を確かめに行くのだ。それからそのモンクをどうするかはその時決めればいい。 ……♀アーチャーはどうしているだろうか。女王蜂に支配された意識の片隅で。 彼女はミストレスに両親と兄を殺されたと叫んでいた。いつもの電波がかった振る舞いからは考えられない様子で。 いや――今思うと、あれは彼女なりの自衛手段だったのだろう。辛い過去を思い出さないようにするための。 あんなに弓を持つことを避けていたのも、おそらく何か辛いことがあったからなのだろう。 それなのに無理矢理弓の練習をさせてしまった……思えばひどいことをしてしまった。 ――彼女にはたくさん謝らなければいけないことがあるな。♂ハンターは溜息をついた。 ♀アーチャー。勝手な俺を信じてくれるのなら、どうか待っていてほしい。俺は君が消えてなんかいないと信じているから。 そうだ、俺にはまだやることがたくさんある。こんな所でうだうだ言ってる場合じゃない、よな。 前向きなのが俺の取り柄だったはずだ。この島に送られて色々なことがあったけれど、それは変わらない。 雨が♂ハンターの体を静かに濡らしていく。迷いは振り切ったとばかりに、彼は閉じていた瞳を開けた。 開けた視界にはひたすらに降り注ぐ雨があるばかりだったが。 何故か彼にはその雫が、誰かの涙と被って見えていた。 それは最後に見た♀アーチャーの涙なのか、ジルタスの死に泣き叫ぶ♂アコライトの涙なのか。 (俺の…だったりしてな) 泣いているつもりはないけど、もしかしたら雨に誤魔化されているだけかもな。♂ハンターはぼんやりとそう思った。 まるでその雫に心を囚われたかのように。 しばらくの間歩くことも忘れ、彼は暗い空を見つめ続けていた。 雨は人の心を惑わせる。 ――♂ハンターの探すモンクの男においても、それは例外ではない。 <♂ハンター> 現在地:G-6→? 所持品:アーバレスト、ナイフ、プリンセスナイフ、大量の矢 外見:マジデフォ金髪 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:麻痺からそれなりに回復(本調子ではない) ミストレスと、ジルタスを殺したモンクを探すために動く。 <♂アコライト> 現在地:G-6 所持品:ジルタス仮面(ジルタスの遺品) 外見:公式通り 備考:支援型 状態:ジルタスの死のショックにより内面に変化? <淫徒プリ> 現在地:G-6 所持品:女装用変身セット一式 青箱1 外見:女性プリーストの姿 美人 備考:策略家。Int>Dexの支援型 状態:軽度の火傷。魔法力の連続行使による多少の疲労。 <♀ケミ> 現在地:G-6 所持品:S2グラディウス、青箱2個+青箱1個(♂BSの物) 外見:絶世の美女 備考:策略家。製薬ステ。やっぱり悪 状態:軽度の火傷 <♀BS> 現在地:G-6 所持品:ツーハンドアックス カード帖(ダンサーの遺品) 外見:むちむち。カートはない 備考:ボス、筋肉娘 状態:負傷箇所に痛みが残る。軽度の火傷。父(ホルグレン)の死にショックを受けている <♂スパノビ> 現在地:G-6 所持品:スティレット、ガード、ほお紅、装飾用ひまわり 外見:巨漢、超強面だが頭が悪い 状態:瀕死状態から脱出。眠りからは覚めている。 <残り29人> ---- | [[戻る>2-155]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-157]] |
156.雫 [午後] ---- そこは城だった。 石造りで、どこか古めかしい…子供のころに聞かされた童話に出てくるような。 ――ああ、これは夢だ。♂ハンターは確信した。 夢でなければ、自分が同じく童話に出てくる王子のような格好をしているはずがない。 ふいに後ろから誰かに抱きつかれる。そちらに視線をやると、ドレスを着た♀アーチャーが微笑んでいた。 これが彼女の理想だったんだな。そう思い彼は苦笑した。 場面は突然変わる。ドレスを着た『姫』の姿はそこにはない。 蹲り、必死に手を伸ばす彼を、美しく発光する虫の羽を生やした少女が嘲笑する。 同じ顔をしているのにそれは姫ではなく女王だ。先ほどまで彼の隣にいた少女ではない。 紫色の彼女が去っていく。叫ぶ。叫べない。手を伸ばす。動かない。届かない。そして、消えてゆく―― 「……っ!」 ♂ハンターは目を覚ました。慌てて周りを見回しても、いつもの島の風景が広がっているだけだ。 俺は何を焦ってる。夢だってわかってたじゃないか。 あれはもう終わったことだ。後悔したってあの娘は戻ってきやしないのに。 溜息をつき、頭を抱え込む。そこでようやく彼は自分の体が動くようになっているのに気づいた。 あたりはまだ明るさから見て昼のようだ。夜にある定時放送を聞き逃すほど眠っていたわけではなさそうだ。 それでも体の回復具合からそれなりの時間昏倒していたことがわかる。よく襲われなかったものだ、と彼は身震いした。 彼は一人考える。 自分はこれから何をすべきか。ジルタスと♂アコライトと共に行動し、自分の身を守って♀アーチャーの分まで生きるべきか。 ――いや。彼は首を振った。もう答えは出ているじゃないか。 彼女は死んだわけじゃない。ならばミストレスを追って、彼女自身を取り戻すだけだろう。 しかし心の中でもう一人の自分が囁く。 ただ一日共に過ごしただけの娘の為に命を懸ける必要がどこにある? 今までだって散々引っ張り回されてきたじゃないか。 ――何を今更。自分のいびつな考えに思わず彼は苦笑いを浮かべた。 命が惜しいなら、はじめから足手まといになりそうな少女なんて見捨てている。結局は人が言うようにお人よしなのだ…自分は。 ここまで来たら最後まで彼女の『王子様』でいてやろうじゃないか。 認めたくはなかったが、そうなりたい願望が自分の中のどこかにあったのだ、きっと。 だが、相手はミストレス――人間ではないのだ。自分の説得であっさり彼女が♀アーチャーに戻るなどと甘く考えてはいない。 言ってしまえば自分の我儘であるミストレス追跡に、ジルタスと♂アコライトを付き合わせていいものか。 「……ジルタス?」 そこまで考えて、彼は違和感を覚えた。 悲鳴が聞こえたのだから、♂アコライトはそう離れた位置にいるわけではないだろう。 それならなぜジルタスたちは戻ってきていない? それなりの時間があれから経っているというのに。 (これは…まずいんじゃないか……?) 何かあったのだ。二人のどちらか…あるいは両方に、その場から動けなくなる何かが。 微妙に思うように動かない体に顔を顰めながらも、♂ハンターは立ち上がった。 どうか無事でいてほしい。ただそう願い、重い体を引き摺るようにして彼は歩き出した。 あまりの状況に♂ハンターは言葉を失った。 腹部から血を流し、倒れ伏すジルタス。血の気の引いた顔は、彼女の生命の灯がとうに消えていることを示していた。 その傍に蹲り、泣き叫ぶ♂アコライト。 ♂アコライトの傍には見知らぬ女プリーストが付き添い、彼を慰めていた。 さらに周囲には、状況に混乱しているのか、何をするわけでもなくぼんやりと立っているアルケミストの女性。 アルギオペに似た蟲の死骸と、その蟲に殺されたのであろうホルグレンの死体。 それに縋って泣く女鍛冶師と、彼女の傍でおろおろとしている大男の姿があった。 「一体何があったんだ?」 ♂アコライトの傍に座っているプリーストに声をかける。彼女が一番冷静だと判断したからだ。 ――実際は『彼女』ではないのだが、それに♂ハンターが気づくことはない。 「あなたは?」 「このアコライトと…ジルタスの仲間だ。ある事情で別行動をしていた」 ♂アコライトに視線を向けるが、慟哭する彼は♂ハンターが来たことに気づいていないようだった。 いや、ずっと傍に居たプリーストの存在にさえも気づいてはいないのだろう。 「……そう、ですか」 訝しげな視線を向けてくるプリースト。誰が敵なのかわからないこの状況では無理もない、と♂ハンターは思う。 死体がいくつも転がっているような場所にいるのだからなおさらだ。 (♂アコが気づいてさえくれれば信用されるんだろうけど……この様子じゃ無理そうか) そう考えた♂ハンターは、ひとつの賭けに出た。 「……一旦武器を捨てるよ。敵対する意思は本当にないんだ。信用してくれないか」 もし相手が危険な人物であったなら自殺行為になる。 だが♂アコライトを慰めてくれていたプリーストや、彼女の仲間らしき人物たちはそのような人間だとは感じられなかった。 自分の勘に全てを賭け、♂ハンターは矢と短剣を支給品の入った鞄の中に入れ、弓とともに彼女のほうへ差しだした。 プリーストはアルケミストの女性のほうへ視線を向けた。意見を伺っているようだ。 「……わかりました」 しばらくして、プリーストは彼の武器を受け取ると、腕の中に抱え込んだ。 「少し離れましょう。彼は……少しそっとしておいてあげたほうがいいかもしれませんし」 そう言うと彼女は立ち上がり、その場から離れた。♂ハンターもそれに続く。 彼女も密かに♂アコライトに何もすることができない無力さを感じていたのだろうか。 「……力になれなくてすみません」 申し訳なさそうにプリーストは頭を下げた。 彼女の話によると、♀BSが父親であるホルグレンの死体を発見したことがここに留まる理由となったのだという。 そこには敵らしき人物の姿はなく、来たときにはすでにホルグレンとジルタスは死亡しており、♂アコライトは気絶していた。 つまり彼女らにも何が起こったのかはわからないということだ。 「いや、少しでも話を聞けてありがたいよ。それより…気になることがあるんだ」 「ジルタスさんの傷……ですね?」 彼女の問いに♂ハンターは頷き、視線をホルグレンのほうへと向けた。 「ホルグレンを殺したのはあの蟲だってのはわかる。喉に噛まれたような傷があったしな。  ♂アコを襲ったのもおそらくあいつだ。……だがジルタスの傷はおかしい」 「……ええ。腹部を貫くような傷――それも刃物によるものではないでしょう。大体…見当もついています」 「わかるのか!?」 プリーストの言葉に、♂ハンターは思わず彼女の肩を掴んだ。 驚いたように身を引こうとする彼女を見て、慌てて彼は手を離した。 「ご、ごめん。……見当って?」 「熟練したモンクならば、その拳を体を貫くまでの武器に昇華させることも可能です。  あの潰れるような傷の付き方は、おそらくモンクの拳によるものでしょう」 「……くそっ!」 拳を握り締める♂ハンター。痛々しい彼の姿に、プリーストは目を伏せた。 「傷にヒールをかけた痕跡もありました。……間に合わなかったようですが。そのモンクにも、迷いがあったのかもしれませんね」 「そう……か」 ふぅ、と♂ハンターは溜息をつき、握り締めた拳を緩めた。怒りをどこに向けていいのかわからなくなったのだ。 「申し訳ないんだけど……君たちを信用できる人間だと見込んで頼みがあるんだ」 「……なんでしょう」 「♂アコを守ってやってくれないか」 告げられた♂ハンターの言葉に、プリーストは驚いた。 「あなたはあの子の仲間なのでしょう。共に行動するべきではないのですか?」 「俺は……ジルタスを殺したモンクを探そうと思ってる」 その言葉に彼女は再び悲しそうに目を伏せた。 「復讐をなさるつもりなのですか」 「わからない。素直に恨めたらいいんだろうけど、ジルタスが死んだのは俺のせいって面もあるから」 そう呟くと、彼は俯いた。プリーストはただ彼が言葉を続けるのを待っている。 「ジルタスを一人で行かせたの、俺だからさ。  俺が下手なことを言わなければ、あの人は死ななかったのかもしれないって…どうしても思ってしまうんだ。  ♂アコを俺に付き合わせることで、これ以上危険な目にあわせたくないから一人で行くんだ……なんて言ったら格好いいけど。  本音を言えばさ…負い目があるから、一緒にいるのが耐えられないんだよ。……身勝手だろ」 「……そんなことは」 静寂がその場を包む。 痛いほどの静けさに耐えられなくなり、♂ハンターは再び口を開いた。 「もう一つ一人で行きたい理由はある。  守れなかった人を取り戻すために動こうと思ってたんだけどさ。危険が伴うそれに巻き込みたくなかったんだ……二人ともね。  いつかはジルタスたちに別れを告げようと思ってた。こんなことになるとは思わなかったけど」 彼にかける言葉が見つからないのか、プリーストは黙っている。 「じゃあ、そろそろ行くよ。♂アコのこと……頼む」 「……はい」 プリーストから荷物を受け取り、♂ハンターは歩き出した。 モンクがどんな人物かも、どこに行ったかもわからない。 もう一つの目的であるミストレスの所在もわからない。あてもない道へと彼は旅立った。 ***** 去ってゆく♂ハンターの背中を、ぼんやりと淫徒プリは見つめていた。 悲しい人だ。彼はただそう思う。 だが嫌いな人物ではない。男の頼みごとを聞くのはこれで最後にしたいところではあるけれど。 とはいえ、預けられる人間が女性だったなら大歓迎していたのだけれど、と彼は苦笑した。 「……彼の者の往く道に祝福あれ」 彷徨う狩人に、聖職者は静かな祈りを捧げた。 ふと背後に感じた気配に淫徒プリは振り向いた。沈んだ顔の♂アコライトの姿がそこにはあった。 その手には血に濡れたジルタスの仮面が握られている。 彼は何をするでもなく、再びジルタスの遺体の元へと戻っていった。 どこから彼は♂ハンターとの話を聞いていたのだろう。何も聞いていないだろうと楽観視することはできる。 だが――沈んだ表情の中に見えた、どこか危うい輝きの♂アコライトの瞳を目の当たりにしておいてそれはできなかった。 おそらく彼は知ってしまったのだろう。ジルタスを殺したのが蟲ではなく、他の人間であることを。 (何か、嫌な予感が……) 純粋なはずの♂アコライトに感じた何かの影。よぎる不安を淫徒プリは拭い去ることができなかった。 ***** ぽつり、ぽつり。 「ん……?」 体を打つ小さな衝撃に、思わず♂ハンターは空を見上げた。その頬に雨の雫が当たる。 「雨か。やっぱりここも普通の島なんだな」 そう呟くと彼は目を閉じ、そのまま雨の中に佇んだ。 情けない自分への苛立ち、燻り続ける後悔。 ♀アーチャーを消した女王蜂と、ジルタスを殺した誰かもわからないモンク――大切なものを奪っていった者たちへの憎しみ。 ♂ハンターの心中には様々な、暗く澱んだ思いが渦巻いていた。――まるで彼の頭上に広がる空のような。 彼は思う。雨と共にそれらが全て流れ去ってしまえばいいのに、と。 ――いや、違う。流してしまうんだ。 モンクをただ恨んでしまえば確かに楽にはなれる。 だがその人物が、ジルタスを殺しておきながら♂アコライトを殺さなかったことはどうも解せない。 それに傷にヒールをかけていたらしいことや、ジルタスの死に顔が驚くほど安らかだったというのもひっかかる。 何か理由があるのだと思いたい。ただの殺人鬼にジルタスが殺されたなどと信じたくない。 結局はそう思うことで自分が少しでも救われたいだけなのだけれど、と彼は自嘲した。 復讐に行くのではなく、理由を確かめに行くのだ。それからそのモンクをどうするかはその時決めればいい。 ……♀アーチャーはどうしているだろうか。女王蜂に支配された意識の片隅で。 彼女はミストレスに両親と兄を殺されたと叫んでいた。いつもの電波がかった振る舞いからは考えられない様子で。 いや――今思うと、あれは彼女なりの自衛手段だったのだろう。辛い過去を思い出さないようにするための。 あんなに弓を持つことを避けていたのも、おそらく何か辛いことがあったからなのだろう。 それなのに無理矢理弓の練習をさせてしまった……思えばひどいことをしてしまった。 ――彼女にはたくさん謝らなければいけないことがあるな。♂ハンターは溜息をついた。 ♀アーチャー。勝手な俺を信じてくれるのなら、どうか待っていてほしい。俺は君が消えてなんかいないと信じているから。 そうだ、俺にはまだやることがたくさんある。こんな所でうだうだ言ってる場合じゃない、よな。 前向きなのが俺の取り柄だったはずだ。この島に送られて色々なことがあったけれど、それは変わらない。 雨が♂ハンターの体を静かに濡らしていく。迷いは振り切ったとばかりに、彼は閉じていた瞳を開けた。 開けた視界にはひたすらに降り注ぐ雨があるばかりだったが。 何故か彼にはその雫が、誰かの涙と被って見えていた。 それは最後に見た♀アーチャーの涙なのか、ジルタスの死に泣き叫ぶ♂アコライトの涙なのか。 (俺の…だったりしてな) 泣いているつもりはないけど、もしかしたら雨に誤魔化されているだけかもな。♂ハンターはぼんやりとそう思った。 まるでその雫に心を囚われたかのように。 しばらくの間歩くことも忘れ、彼は暗い空を見つめ続けていた。 雨は人の心を惑わせる。 ――♂ハンターの探すモンクの男においても、それは例外ではない。 <♂ハンター> 現在地:G-6→? 所持品:アーバレスト、ナイフ、プリンセスナイフ、大量の矢 外見:マジデフォ金髪 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:麻痺からそれなりに回復(本調子ではない) ミストレスと、ジルタスを殺したモンクを探すために動く。 <♂アコライト> 現在地:G-6 所持品:ジルタス仮面(ジルタスの遺品) 外見:公式通り 備考:支援型 状態:ジルタスの死のショックにより内面に変化? <淫徒プリ> 現在地:G-6 所持品:女装用変身セット一式 青箱1 外見:女性プリーストの姿 美人 備考:策略家。Int>Dexの支援型 状態:軽度の火傷。魔法力の連続行使による多少の疲労。 <♀ケミ> 現在地:G-6 所持品:S2グラディウス、青箱2個+青箱1個(♂BSの物) 外見:絶世の美女 備考:策略家。製薬ステ。やっぱり悪 状態:軽度の火傷 <♀BS> 現在地:G-6 所持品:ツーハンドアックス カード帖(ダンサーの遺品) 外見:むちむち。カートはない 備考:ボス、筋肉娘 状態:負傷箇所に痛みが残る。軽度の火傷。父(ホルグレン)の死にショックを受けている <♂スパノビ> 現在地:G-6 所持品:スティレット、ガード、ほお紅、装飾用ひまわり 外見:巨漢、超強面だが頭が悪い 状態:瀕死状態から脱出。眠りからは覚めている。 <残り29人> ---- | [[戻る>2-155]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-157]] |

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