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178.紅の騎士 [2日目夕方(雨が上がる前)] ---- 雨が降れば、移動をしようとする人間は減る。 だがそこを狙って、あえて移動をして他人を襲おうとする人間もいる。 そのような人間が、雨をしのぐに最適であろう集落を狙うのは当然のことだ。 ♂騎士も、もちろん警戒を怠ってはいなかった。 だからこそ逃げ場のない小屋の中ではなく、雨宿りの場所を軒先へと移したのだ。 しかし――かつての恩人が、彼を襲うなどとどうして想像できようか。 命の恩人との再会を喜んだ彼が、あっさりと♂クルセイダーの接近を許してしまったのも無理はなかった。 「気づいたか。なかなかの反応だ」 奇襲を避けられたというのに、眉一つ動かさずに♂クルセイダーは静かに呟いた。 「……俺は、警戒してたからな」 避けた、とは言っても深い傷にはならなかったというだけだ。♂アルケミストは血の滲む肩口を抑え、顔を歪めた。 (……どうして) ♂騎士は、凍りついた表情でそれを眺めていた。 元々♂クルセイダーの攻撃は♂騎士を狙ったものであり、♂アルケミストの傷はそれを庇った結果であった。 恩人が自分を殺そうとしたという事実。 それに呆然とする♂騎士の肩を、しっかりしろとばかりに♂アルケミストが叩く。そこでやっと彼は正気を取り戻した。 「……あなたはあの時、俺を助けてくれた。それで俺は、あなたのような騎士になろうと思ったんだ。  それなのにどうして今あなたは、殺人者になったりしてるんだ!」 衝撃を隠しきれない様子で♂騎士が叫ぶ。♂クルセイダーは表情を全く変えずに、それに返した。 「俺には恋人がいた。お前も知っているだろう」 「あ…あの、アコライトの……」 「彼女が殺されたとき、俺という人間も共に死んだ。それだけのことだ」 「……っ」 ――この人も俺や♂ケミと同じように、大切な人を失ったのだ。 ♂騎士は顔を伏せた。自分も道を違えれば彼のようになっていたのかもしれない、と思いながら。 「お、俺も……大切な人を失いました。いえ、手にかけてしまいました。  恐怖に打ち勝つことができずに、逃げた結果です。あなたの言ったような強さを、俺はなくしていたから……」 「……そうか」 「でも、俺はあなたのようにはならない。……あなたに殺されるわけにも、♂ケミを殺させるわけにもいかない」 伏せた顔をあげ、♂騎士は♂クルセイダーを睨みながら言い放った。 「……そうか。俺もお前も、それでいいのだろう」 返す♂クルセイダーの表情に、やはり変化はない。 本当に感情が死んでしまっているのだろうか、と♂騎士はそれを少し悲しく思った。 ♂クルセイダーと睨みあった♂騎士の背を、静かに汗が伝う。 目の前の男の実力は痛いほどよく知っている。 剣士のときでさえあの実力だ。現在になってその差が埋まっているかといえば――相手が殺人者である以上その可能性もほぼない。 まともに戦って勝てる相手ではないだろう。本気で殺しにかかってくる相手に、まともに応戦する道理もないのだが。 「……おい、お前はこれ持って逃げろ。杖だけじゃ不安だろうからな、護身用だ」 ♂アルケミストにナイフを渡しながら、♂騎士は言った。 彼の予想通り、♂アルケミストは憤慨した様子でそれに言い返す。 「ばっ…何言ってんだ。あいつ、あんたが言ってた凄腕の恩人さんなんだろ?  一人でかなう相手かよ! それとも俺が足手まといだってのか?」 「いいから、言うとおりにしてくれ。……頼むぜ」 そう言って♂騎士は♂アルケミストに口元だけで笑いかけた。 (……! そういうことかよ) それに何かを感じ取ったのか、彼は渋々頷いた。 「……死ぬなよ」 最後にそう呟くと、♂アルケミストは走り去っていった。 「自分の身を盾にして仲間を逃がすとは、大した勇者だな」 「そんな立派なものじゃないですよ」 無感情に呟く♂クルセイダーに、♂騎士は憮然とした表情で返した。 ♂クルセイダーはそんな彼を、どこか懐かしそうな目で眺めた。 きらり、と互いの持つ剣の刀身が光る。 先に打ちかかったのは――♂騎士だ。 相手の力量は自分より確実に上回っているだろうとは感じていたが、それがどれほどか見極めるためだった。 ♂クルセイダーは最低限の動きで♂騎士の剣をかわすと、鋭い反撃の刃を♂騎士に見舞う。 シミターが♂騎士の脇腹を掠める。かすり傷だ、と彼は思った。だが―― どん、と爆音が響く。 吹き飛ばされたのだ、と♂騎士は全身を地面に強かに打ちつけて初めて気づいた。 手には何も握られていない。先ほどの衝撃で取り落としてしまったのだろう。 (あの剣、カードが刺さってるのか……!?) 動転した思考を慌てて戻し、起き上がるが――眼前にはすでに♂クルセイダーが迫っていた。 「ぐ…っ」 刺された…のか? ♂騎士は混乱していた。 何故疑問形なのか――それは痛みがないからだ。だが熱いものが腹から流れ出していくのはわかる。 実際その剣は彼の体を深く抉っていた。傷口からは夥しい血が流れ、地面に血溜まりを作り始めている。 明らかに致命傷だ。だが、正常でない体を持つ♂騎士にはそれがわからなかった。 「……っ、くそっ!」 ♂クルセイダーが彼の体から剣を抜いたのを見計らって、後方に飛び退る。 素早く♂騎士は先ほど取り落としたツルギを拾い、再び構えをとった。 (痛すぎて頭がおかしくなったのか、俺) だけど今は痛がっている場合じゃない。むしろ都合がいいか。 そう思い♂騎士は自分の体へ疑問を持つのをやめた。 いや、♂クルセイダーの剣が彼の視界で再び奔ったため、考え事をしていられなくなった、というのが正しいか。 (……どういうことだ) ♂クルセイダーは♂騎士の動きに微かに焦りを覚えた。 熟練した戦士ならば、痛覚をある程度遮断することができる。だが完全にとはいかない。 どのような生き物でも、傷を負えばある程度その部分を庇うような動きをしてしまう。 目の前の青年のように、致命傷ともいえる傷を負った人間ならば、もがき苦しんでその場から動けなくなってもおかしくないのだが。 ♂クルセイダーの剣をかわし、あるいは受け流す。 最大限に集中すれば、これ以上深い傷を負うことはない。防御のみに徹すればの話ではあるが。 ――その度に腹部の損傷が激しくなっていることに♂騎士は気づいていないのだが。 無論このままではいずれ集中力が切れ、命を落とすことになるだろうということを♂騎士は理解していた。 (あまり得意じゃないんだが、これに賭けるしかない) このまま嬲り殺されるわけにはいかない。♂騎士は眼光を鋭くした。 肩口を剣が切り裂くが、ただ彼はツルギの柄を強く握り締めるのみだ。 (……耐えろ) ♂騎士は前方を睨みながら、心中でそう呟いた。 全ての神経を研ぎ澄ませ、次の♂クルセイダーの攻撃の軌道を見極めるのだ。 (こいつは、何故――) 腹部から夥しい血を流しながらも、何かのために耐え続ける♂騎士。 彼を見て♂クルセイダーは奇妙な感覚を覚えていた。 それは♂騎士の様子がどこか、彼がかつて――大切な人を失う前に希望を持って目指していた、『人を守る聖騎士』の像に重なるからか。 ――俺は何を考えている。 この男に、何を見ている? 彼のようになりたかったなどと、厚かましくも思っているのか。 ……そんなはずはない。半分死人と化した人間が望むことか。 俺は、生き残ること……そしていつか、死ぬべき場所で死ぬこと。それだけを考えている。 これまでも、これからも。今だってそうだ。 これまで死人のように動きを見せなかった♂クルセイダーの心。 それが今、わずかにではあったが揺れ動いていた。 ♂騎士の動きが止まる。 その隙を見逃すものかとばかりに、♂クルセイダーは♂騎士の首を狙って斬りつけた。 突然動きを変えた相手に斬りかかるなど、普段の慎重な彼にはありえないことだ。わずかな思考の乱れが判断を鈍らせた。 ♂騎士はまるで♂クルセイダーの剣の軌道が読めているかのように、身を後ろに引いた。 (なに……!? これは、オート――) ♂クルセイダーの剣が空を切った。彼の視界に♂騎士の剣が映る。 (――カウンター!) ♂騎士が、再び前に踏み出す。雷光のように奔った彼の剣が、♂クルセイダーの左眼を切り裂く。 続いて突き出された剣は、♂クルセイダーの脇腹を薙いだ。 ♂クルセイダーは常人離れした反射神経で身を捩り、貫かれることは避けたものの、けして浅くない傷にわずかに顔を歪めた。 ――今だ! 心の中で叫ぶ。♂騎士の視線を受け、ひとつの影が♂クルセイダーに向かって飛び出した。 こうすれば♂クルセイダーの裏をかける。♂騎士も♂アルケミストもそう思っていた。 だが二人は彼がかつて、♂アサシンと♀ノービスに似たような奇襲を受けていたことを知らない。 二度同じ手を食うほど♂クルセイダーは愚かな男ではなかった。 ♂アルケミストの握るナイフが♂クルセイダーの背に突き刺さる。 それが急所を外している――いや外されていることに、あまり戦闘慣れしていない♂アルケミストは気づくことができなかった。 振り向いた♂クルセイダーの凍りつくような眼光に、彼は顔を強張らせた。 (だめだ、浅い!) 一瞬でも♂騎士の判断が遅れていたら、♂アルケミストは鋭い剣閃と共に地に倒れ伏していただろう。 だが死に向かっている故の冷静さか、♂騎士は奇襲の失敗に気づくことができた。 とにかく♂アルケミストと♂クルセイダーを引き離す。それを優先して、♂騎士は体当たりをするという暴挙に出た。 さすがに♂クルセイダーにとっても予想外だったのか、彼は倒れるまではいかないものの、大きく弾き飛ばされバランスを崩した。 追撃する好機、のはずだった。 しかし思考に肉体がついていけるほど、♂騎士の体の状態はよくはなかった。 血を流しすぎたのだ。体当たりの衝撃と共に、♂騎士はそのまま地に倒れ伏した。 倒れた拍子に打ったのか、頭部からまでも血が流れ、彼の視界を塞ぐ。 先に行動を起こすのは無論♂クルセイダーだ。彼はためらいもなく、♂騎士の体に再び剣を突き立てた。 血溜まりが、雨で濡れた地面に拡がる。 赤。♂アルケミストの眼前にはただその色が広がっていた。 腹からあれほどの血を流していたのにまだ流れるのかと、♂騎士の流す血の泉を見て思う。 そして彼の前に、死神が歩み寄る。 俺もまた、♂騎士のように赤く染まって、死ぬんだろうか。 そう♂アルケミストが思い始めたときだった。 彼は見た。 死神の後ろで、銀の髪までも自らの血で赤く染めた騎士が、再び立ち上がるのを。 ++++++ まだ、立てるのか。 ♂クルセイダーは視線だけを♂騎士に向けながら思う。 彼は長くはもつまい。だがおそらく、この戦いの間はどんなに傷を負わされようと『生きていられる』のだろう。 ♂アルケミストの命を繋ぐために、何度でも立ち上がってくるのだろう。 認めよう。俺は動揺している。 そうでなければ、こんな酷い戦いはしない。 左眼はおそらくもう見えまい。体に受けた傷も深い。これから後を引くに違いない。 ほんの少しの心の乱れが招いた結果がこれか。……高すぎる代償だったな。 また、俺は少しだけ、この青年を殺したくはないなどとらしくないことを思っている。 この青年――いや目の前の騎士が、俺は羨ましいのだ。 きっとそれは、彼がもう一人の俺のように見えているからだ。 大切な人を失っても、彼のように、他の光を見つけて――それを守るために戦うことができたのかもしれない。 血塗られた俺には、もうできないことだけれど。 死に場所を探しながらも、生きるために人を殺すという矛盾。俺は何を望んでいたのだろう。 もしかしたら、ここが俺の死に場所だったのかもしれない。 別の道を歩んだ『俺』に打ち倒される……いや、共倒れになる、か。これ以上ない、愚かな俺らしい死に方じゃないか。 だが俺はどうやら死に損ねたらしい。死に掛けた目の前の騎士に倒されることなど、最早できはしないだろう。 一見冷静な自己分析を、♂クルセイダーは静かに終える。それと同時に彼は、遠くから近づいてくる気配を感じた。 今まで気づくことができなかったとは、よほど自分はどうかしていたらしい、と彼は自嘲ぎみに溜息をついた。 健常な状態でも避けるというのに、左目の光を失い、体に重傷を負った状態でこれ以上誰かを相手にする気はなかった。 動揺が残ったまま戦うことをしたくなかったというのもある。 だがそれ以上に――早くこの場から去りたいという思いが何故かあった。 「お前は…『騎士』になれたのだな」 そう一言呟くと、♂クルセイダーはその場から去るように歩き出した。 死にきれなかった自分は、またこれから空虚に生きるのだろうと――他人事のように考えながら。 (死ぬべき場所を、再び見つけることができたとして……俺は、死ぬことができるのだろうか) 内心で呟く。答えの出しようのない自問をするなど、馬鹿馬鹿しいことだとわかってはいるのだけれど。 ++++++ ♂クルセイダーが去るのを見届けた後すぐに、♂騎士は地に伏した。 呆然としていた♂アルケミストも、それを見て慌てて駆け寄る。 ここまで生きてこれたのが奇跡だと、誰もが言うであろう傷を負いながらも、彼はまだ『生きて』いた。 もっともその体は確実に、死に向かっていたのだが。 それでも♂アルケミストは必死に傷を塞ごうと治療を始めた。彼に生き延びてほしい――それだけを願いながら。 ――俺は死ぬのか。 生きたくないのかって言ったら嘘になるけど、なんだか妙に落ち着いた気分だ。 ♀プリのところには……行けないだろうな。俺はあいつに許されただなんて思っちゃいない。 まあ、それでもいい、か。 自分の恐怖心にも、頭の中のやかましい声にも抗って、俺の生きたいように生きることができたんだし。 ……それに俺は、♂ケミの命を繋ぐことができた。 それだけで――手にかけた♀プリの分、厚かましく残してきた俺の命は無駄にならなかった気がする。 朦朧とする意識の中で、♂騎士はただそう思った。 痛覚を失っているとはいえ、嘘のように穏やかな笑顔を浮かべながら。 「♂ケミ……お前…俺が死んだら、もっと背負うものが増えちまうなぁ……」 「馬鹿、死ぬ気になってんなよ。……根性出せって」 (根性出せって、無茶言いやがる。まぁ、お前らしいけどさ) ♂アルケミストの言葉に、彼は苦笑いを浮かべた。 かつて♀プリーストを殺してしまうまでに心を狂わせた、自らの死への恐怖は最早ないのだが。 ここで自分が死んだら、♂アルケミストはその命までも背負おうとするだろう。それを彼は、少し心苦しく思った。 それでも、せめて彼には最後まで生きてほしい。♂騎士はそう願った。 「すごく、重いだろうけどさ……、お前だけでも、生きてくれ、な……」 ♂騎士の意識が混濁し、闇へと沈んでいく。 彼の名を呼び、死ぬなと叫ぶ♂アルケミストの声が――何処か遠くに聞こえた。 「勝手なこと言うな! 格好つけてる場合かよ……! ……くそっ、止まれよ!」 血が、止まらない。♂アルケミストは自分の無力さを呪った。 ある程度の治療の技術は持ってはいたが、♀クルセイダーの傷を治療した時とは損傷の度合いが違いすぎた。 かつて彼の目の前で――美しい髪と体を赤く染めながら、穏やかに死んでいった人がいた。 それを思い出し、♂アルケミストの視界に涙が滲んだ。 俺を守ってくれた人が死ぬのを見るのは、もう嫌だ。 大切な人に置いていかれるのは、もう嫌だ。 「俺だけでも生きろだって? 馬鹿言うな! 生きなきゃいけないのはあんただろうが!!」 激情に駆られ、♂アルケミストは叫んだ。 答えはない。が、まだ♂騎士は生きている。まだ希望はあるんだ、と彼は無理矢理に気を奮い立たせた。 (頼む……死なないでくれ!) ♂アルケミストは願った。 自分を生かすことにすべてを懸けてくれた、友の命の灯火が消えてしまわないようにと。 <♂騎士> 現在位置:D-5(集落) 所持品:ツルギ、S1少女の日記、青箱1個 状態:痛覚を完全に失う ♂クルセイダーに負わされた傷から激しい出血、瀕死状態 備考:♂アルケミを真の意味で認める 時々GMの声が聞こえるが、それに抵抗する <♂アルケミスト> 現在位置:D-5(集落) 所持品:マイトスタッフ、割れにくい試験管・空きビン・ポーション瓶各10本 状態:やや混乱状態 右肩に浅い傷 必死に♂騎士の傷を塞ごうとしている 備考:BRに反抗するためゲームからの脱出を図る ファザコン気味? 半製造型 <♂クルセイダー> 現在位置:D-5から移動 髪型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) ソード ナイフ(背に刺さったまま) 状態:左目の光を失う 脇腹に深い傷、背に刺し傷を負う ♂騎士との邂逅によりわずかに心が乱れるが、冷静さを取り戻す ---- | [[戻る>2-177]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-179]] |
178.紅の騎士 [2日目夕方(雨が上がる前)] ---- 雨が降れば、移動をしようとする人間は減る。 だがそこを狙って、あえて移動をして他人を襲おうとする人間もいる。 そのような人間が、雨をしのぐに最適であろう集落を狙うのは当然のことだ。 ♂騎士も、もちろん警戒を怠ってはいなかった。 だからこそ逃げ場のない小屋の中ではなく、雨宿りの場所を軒先へと移したのだ。 しかし――かつての恩人が、彼を襲うなどとどうして想像できようか。 命の恩人との再会を喜んだ彼が、あっさりと♂クルセイダーの接近を許してしまったのも無理はなかった。 「気づいたか。なかなかの反応だ」 奇襲を避けられたというのに、眉一つ動かさずに♂クルセイダーは静かに呟いた。 「……俺は、警戒してたからな」 避けた、とは言っても深い傷にはならなかったというだけだ。♂アルケミストは血の滲む肩口を抑え、顔を歪めた。 (……どうして) ♂騎士は、凍りついた表情でそれを眺めていた。 元々♂クルセイダーの攻撃は♂騎士を狙ったものであり、♂アルケミストの傷はそれを庇った結果であった。 恩人が自分を殺そうとしたという事実。 それに呆然とする♂騎士の肩を、しっかりしろとばかりに♂アルケミストが叩く。そこでやっと彼は正気を取り戻した。 「……あなたはあの時、俺を助けてくれた。それで俺は、あなたのような騎士になろうと思ったんだ。  それなのにどうして今あなたは、殺人者になったりしてるんだ!」 衝撃を隠しきれない様子で♂騎士が叫ぶ。♂クルセイダーは表情を全く変えずに、それに返した。 「俺には恋人がいた。お前も知っているだろう」 「あ…あの、アコライトの……」 「彼女が殺されたとき、俺という人間も共に死んだ。それだけのことだ」 「……っ」 ――この人も俺や♂ケミと同じように、大切な人を失ったのだ。 ♂騎士は顔を伏せた。自分も道を違えれば彼のようになっていたのかもしれない、と思いながら。 「お、俺も……大切な人を失いました。いえ、手にかけてしまいました。  恐怖に打ち勝つことができずに、逃げた結果です。あなたの言ったような強さを、俺はなくしていたから……」 「……そうか」 「でも、俺はあなたのようにはならない。……あなたに殺されるわけにも、♂ケミを殺させるわけにもいかない」 伏せた顔をあげ、♂騎士は♂クルセイダーを睨みながら言い放った。 「……そうか。俺もお前も、それでいいのだろう」 返す♂クルセイダーの表情に、やはり変化はない。 本当に感情が死んでしまっているのだろうか、と♂騎士はそれを少し悲しく思った。 ♂クルセイダーと睨みあった♂騎士の背を、静かに汗が伝う。 目の前の男の実力は痛いほどよく知っている。 剣士のときでさえあの実力だ。現在になってその差が埋まっているかといえば――相手が殺人者である以上その可能性もほぼない。 まともに戦って勝てる相手ではないだろう。本気で殺しにかかってくる相手に、まともに応戦する道理もないのだが。 「……おい、お前はこれ持って逃げろ。杖だけじゃ不安だろうからな、護身用だ」 ♂アルケミストにナイフを渡しながら、♂騎士は言った。 彼の予想通り、♂アルケミストは憤慨した様子でそれに言い返す。 「ばっ…何言ってんだ。あいつ、あんたが言ってた凄腕の恩人さんなんだろ?  一人でかなう相手かよ! それとも俺が足手まといだってのか?」 「いいから、言うとおりにしてくれ。……頼むぜ」 そう言って♂騎士は♂アルケミストに口元だけで笑いかけた。 (……! そういうことかよ) それに何かを感じ取ったのか、彼は渋々頷いた。 「……死ぬなよ」 最後にそう呟くと、♂アルケミストは走り去っていった。 「自分の身を盾にして仲間を逃がすとは、大した勇者だな」 「そんな立派なものじゃないですよ」 無感情に呟く♂クルセイダーに、♂騎士は憮然とした表情で返した。 ♂クルセイダーはそんな彼を、どこか懐かしそうな目で眺めた。 きらり、と互いの持つ剣の刀身が光る。 先に打ちかかったのは――♂騎士だ。 相手の力量は自分より確実に上回っているだろうとは感じていたが、それがどれほどか見極めるためだった。 ♂クルセイダーは最低限の動きで♂騎士の剣をかわすと、鋭い反撃の刃を♂騎士に見舞う。 シミターが♂騎士の脇腹を掠める。かすり傷だ、と彼は思った。だが―― どん、と爆音が響く。 吹き飛ばされたのだ、と♂騎士は全身を地面に強かに打ちつけて初めて気づいた。 手には何も握られていない。先ほどの衝撃で取り落としてしまったのだろう。 (あの剣、カードが刺さってるのか……!?) 動転した思考を慌てて戻し、起き上がるが――眼前にはすでに♂クルセイダーが迫っていた。 「ぐ…っ」 刺された…のか? ♂騎士は混乱していた。 何故疑問形なのか――それは痛みがないからだ。だが熱いものが腹から流れ出していくのはわかる。 実際その剣は彼の体を深く抉っていた。傷口からは夥しい血が流れ、地面に血溜まりを作り始めている。 明らかに致命傷だ。だが、正常でない体を持つ♂騎士にはそれがわからなかった。 「……っ、くそっ!」 ♂クルセイダーが彼の体から剣を抜いたのを見計らって、後方に飛び退る。 素早く♂騎士は先ほど取り落としたツルギを拾い、再び構えをとった。 (痛すぎて頭がおかしくなったのか、俺) だけど今は痛がっている場合じゃない。むしろ都合がいいか。 そう思い♂騎士は自分の体へ疑問を持つのをやめた。 いや、♂クルセイダーの剣が彼の視界で再び奔ったため、考え事をしていられなくなった、というのが正しいか。 (……どういうことだ) ♂クルセイダーは♂騎士の動きに微かに焦りを覚えた。 熟練した戦士ならば、痛覚をある程度遮断することができる。だが完全にとはいかない。 どのような生き物でも、傷を負えばある程度その部分を庇うような動きをしてしまう。 目の前の青年のように、致命傷ともいえる傷を負った人間ならば、もがき苦しんでその場から動けなくなってもおかしくないのだが。 ♂クルセイダーの剣をかわし、あるいは受け流す。 最大限に集中すれば、これ以上深い傷を負うことはない。防御のみに徹すればの話ではあるが。 ――その度に腹部の損傷が激しくなっていることに♂騎士は気づいていないのだが。 無論このままではいずれ集中力が切れ、命を落とすことになるだろうということを♂騎士は理解していた。 (あまり得意じゃないんだが、これに賭けるしかない) このまま嬲り殺されるわけにはいかない。♂騎士は眼光を鋭くした。 肩口を剣が切り裂くが、ただ彼はツルギの柄を強く握り締めるのみだ。 (……耐えろ) ♂騎士は前方を睨みながら、心中でそう呟いた。 全ての神経を研ぎ澄ませ、次の♂クルセイダーの攻撃の軌道を見極めるのだ。 (こいつは、何故――) 腹部から夥しい血を流しながらも、何かのために耐え続ける♂騎士。 彼を見て♂クルセイダーは奇妙な感覚を覚えていた。 それは♂騎士の様子がどこか、彼がかつて――大切な人を失う前に希望を持って目指していた、『人を守る聖騎士』の像に重なるからか。 ――俺は何を考えている。 この男に、何を見ている? 彼のようになりたかったなどと、厚かましくも思っているのか。 ……そんなはずはない。半分死人と化した人間が望むことか。 俺は、生き残ること……そしていつか、死ぬべき場所で死ぬこと。それだけを考えている。 これまでも、これからも。今だってそうだ。 これまで死人のように動きを見せなかった♂クルセイダーの心。 それが今、わずかにではあったが揺れ動いていた。 ♂騎士の動きが止まる。 その隙を見逃すものかとばかりに、♂クルセイダーは♂騎士の首を狙って斬りつけた。 突然動きを変えた相手に斬りかかるなど、普段の慎重な彼にはありえないことだ。わずかな思考の乱れが判断を鈍らせた。 ♂騎士はまるで♂クルセイダーの剣の軌道が読めているかのように、身を後ろに引いた。 (なに……!? これは、オート――) ♂クルセイダーの剣が空を切った。彼の視界に♂騎士の剣が映る。 (――カウンター!) ♂騎士が、再び前に踏み出す。雷光のように奔った彼の剣が、♂クルセイダーの左眼を切り裂く。 続いて突き出された剣は、♂クルセイダーの脇腹を薙いだ。 ♂クルセイダーは常人離れした反射神経で身を捩り、貫かれることは避けたものの、けして浅くない傷にわずかに顔を歪めた。 ――今だ! 心の中で叫ぶ。♂騎士の視線を受け、ひとつの影が♂クルセイダーに向かって飛び出した。 こうすれば♂クルセイダーの裏をかける。♂騎士も♂アルケミストもそう思っていた。 だが二人は彼がかつて、♂アサシンと♀ノービスに似たような奇襲を受けていたことを知らない。 二度同じ手を食うほど♂クルセイダーは愚かな男ではなかった。 ♂アルケミストの握るナイフが♂クルセイダーの背に突き刺さる。 それが急所を外している――いや外されていることに、あまり戦闘慣れしていない♂アルケミストは気づくことができなかった。 振り向いた♂クルセイダーの凍りつくような眼光に、彼は顔を強張らせた。 (だめだ、浅い!) 一瞬でも♂騎士の判断が遅れていたら、♂アルケミストは鋭い剣閃と共に地に倒れ伏していただろう。 だが死に向かっている故の冷静さか、♂騎士は奇襲の失敗に気づくことができた。 とにかく♂アルケミストと♂クルセイダーを引き離す。それを優先して、♂騎士は体当たりをするという暴挙に出た。 さすがに♂クルセイダーにとっても予想外だったのか、彼は倒れるまではいかないものの、大きく弾き飛ばされバランスを崩した。 追撃する好機、のはずだった。 しかし思考に肉体がついていけるほど、♂騎士の体の状態はよくはなかった。 血を流しすぎたのだ。体当たりの衝撃と共に、♂騎士はそのまま地に倒れ伏した。 倒れた拍子に打ったのか、頭部からまでも血が流れ、彼の視界を塞ぐ。 先に行動を起こすのは無論♂クルセイダーだ。彼はためらいもなく、♂騎士の体に再び剣を突き立てた。 血溜まりが、雨で濡れた地面に拡がる。 赤。♂アルケミストの眼前にはただその色が広がっていた。 腹からあれほどの血を流していたのにまだ流れるのかと、♂騎士の流す血の泉を見て思う。 そして彼の前に、死神が歩み寄る。 俺もまた、♂騎士のように赤く染まって、死ぬんだろうか。 そう♂アルケミストが思い始めたときだった。 彼は見た。 死神の後ろで、銀の髪までも自らの血で赤く染めた騎士が、再び立ち上がるのを。 ++++++ まだ、立てるのか。 ♂クルセイダーは視線だけを♂騎士に向けながら思う。 彼は長くはもつまい。だがおそらく、この戦いの間はどんなに傷を負わされようと『生きていられる』のだろう。 ♂アルケミストの命を繋ぐために、何度でも立ち上がってくるのだろう。 認めよう。俺は動揺している。 そうでなければ、こんな酷い戦いはしない。 左眼はおそらくもう見えまい。体に受けた傷も深い。これから後を引くに違いない。 ほんの少しの心の乱れが招いた結果がこれか。……高すぎる代償だったな。 また、俺は少しだけ、この青年を殺したくはないなどとらしくないことを思っている。 この青年――いや目の前の『騎士』が、俺は羨ましいのだ。 きっとそれは、彼がもう一人の俺のように見えているからだ。 大切な人を失っても、彼のように、他の光を見つけて――それを守るために戦うことができたのかもしれない。 血塗られた俺には、もうできないことだけれど。 死に場所を探しながらも、生きるために人を殺すという矛盾。俺は何を望んでいたのだろう。 もしかしたら、ここが俺の死に場所だったのかもしれない。 別の道を歩んだ『俺』に打ち倒される……いや、共倒れになる、か。これ以上ない、愚かな俺らしい死に方じゃないか。 だが俺はどうやら死に損ねたらしい。死に掛けた目の前の騎士に倒されることなど、最早できはしないだろう。 一見冷静な自己分析を、♂クルセイダーは静かに終える。それと同時に彼は、遠くから近づいてくる気配を感じた。 今まで気づくことができなかったとは、よほど自分はどうかしていたらしい、と彼は自嘲ぎみに溜息をついた。 健常な状態でも避けるというのに、左目の光を失い、体に重傷を負った状態でこれ以上誰かを相手にする気はなかった。 動揺が残ったまま戦うことをしたくなかったというのもある。 だがそれ以上に――早くこの場から去りたいという思いが何故かあった。 「お前は…『騎士』になれたのだな」 そう一言呟くと、♂クルセイダーはその場から去るように歩き出した。 死にきれなかった自分は、またこれから空虚に生きるのだろうと――他人事のように考えながら。 (死ぬべき場所を、再び見つけることができたとして……俺は、死ぬことができるのだろうか) 内心で呟く。答えの出しようのない自問をするなど、馬鹿馬鹿しいことだとわかってはいるのだけれど。 ++++++ ♂クルセイダーが去るのを見届けた後すぐに、♂騎士は地に伏した。 呆然としていた♂アルケミストも、それを見て慌てて駆け寄る。 ここまで生きてこれたのが奇跡だと、誰もが言うであろう傷を負いながらも、彼はまだ『生きて』いた。 もっともその体は確実に、死に向かっていたのだが。 それでも♂アルケミストは必死に傷を塞ごうと治療を始めた。彼に生き延びてほしい――それだけを願いながら。 ――俺は死ぬのか。 生きたくないのかって言ったら嘘になるけど、なんだか妙に落ち着いた気分だ。 ♀プリのところには……行けないだろうな。俺はあいつに許されただなんて思っちゃいない。 まあ、それでもいい、か。 自分の恐怖心にも、頭の中のやかましい声にも抗って、俺の生きたいように生きることができたんだし。 ……それに俺は、♂ケミの命を繋ぐことができた。 それだけで――手にかけた♀プリの分、厚かましく残してきた俺の命は無駄にならなかった気がする。 朦朧とする意識の中で、♂騎士はただそう思った。 痛覚を失っているとはいえ、嘘のように穏やかな笑顔を浮かべながら。 「♂ケミ……お前…俺が死んだら、もっと背負うものが増えちまうなぁ……」 「馬鹿、死ぬ気になってんなよ。……根性出せって」 (根性出せって、無茶言いやがる。まぁ、お前らしいけどさ) ♂アルケミストの言葉に、彼は苦笑いを浮かべた。 かつて♀プリーストを殺してしまうまでに心を狂わせた、自らの死への恐怖は最早ないのだが。 ここで自分が死んだら、♂アルケミストはその命までも背負おうとするだろう。それを彼は、少し心苦しく思った。 それでも、せめて彼には最後まで生きてほしい。♂騎士はそう願った。 「すごく、重いだろうけどさ……、お前だけでも、生きてくれ、な……」 ♂騎士の意識が混濁し、闇へと沈んでいく。 彼の名を呼び、死ぬなと叫ぶ♂アルケミストの声が――何処か遠くに聞こえた。 「勝手なこと言うな! 格好つけてる場合かよ……! ……くそっ、止まれよ!」 血が、止まらない。♂アルケミストは自分の無力さを呪った。 ある程度の治療の技術は持ってはいたが、♀クルセイダーの傷を治療した時とは損傷の度合いが違いすぎた。 かつて彼の目の前で――美しい髪と体を赤く染めながら、穏やかに死んでいった人がいた。 それを思い出し、♂アルケミストの視界に涙が滲んだ。 俺を守ってくれた人が死ぬのを見るのは、もう嫌だ。 大切な人に置いていかれるのは、もう嫌だ。 「俺だけでも生きろだって? 馬鹿言うな! 生きなきゃいけないのはあんただろうが!!」 激情に駆られ、♂アルケミストは叫んだ。 答えはない。が、まだ♂騎士は生きている。まだ希望はあるんだ、と彼は無理矢理に気を奮い立たせた。 (頼む……死なないでくれ!) ♂アルケミストは願った。 自分を生かすことにすべてを懸けてくれた、友の命の灯火が消えてしまわないようにと。 <♂騎士> 現在位置:D-5(集落) 所持品:ツルギ、S1少女の日記、青箱1個 状態:痛覚を完全に失う ♂クルセイダーに負わされた傷から激しい出血、瀕死状態 備考:♂アルケミを真の意味で認める 時々GMの声が聞こえるが、それに抵抗する <♂アルケミスト> 現在位置:D-5(集落) 所持品:マイトスタッフ、割れにくい試験管・空きビン・ポーション瓶各10本 状態:やや混乱状態 右肩に浅い傷 必死に♂騎士の傷を塞ごうとしている 備考:BRに反抗するためゲームからの脱出を図る ファザコン気味? 半製造型 <♂クルセイダー> 現在位置:D-5から移動 髪型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) ソード ナイフ(背に刺さったまま) 状態:左目の光を失う 脇腹に深い傷、背に刺し傷を負う ♂騎士との邂逅によりわずかに心が乱れるが、冷静さを取り戻す ---- | [[戻る>2-177]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-179]] |

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