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186.紫色と桜色 [2日目夕方~夜] ---- 「……答えを、出せぬか?」 女王蜂の囁くような声が、どこか遠くから聞こえてくるように♂ハンターには思えた。 何もかも甘く融かされるような感覚。それに溺れてしまえればどんなに楽か。 だが、♂ハンター自身にもわからない何かが、彼の心をなんとかその場に留まらせていた。 「ここまでかたくなな男がおるとはのう。ただ単に純情なのか。  それとも……あの娘への想いが強すぎて、我との情交に抵抗を感じているのかや?」 ミストレスの言葉に、♂ハンターは何も返すことができなかった。 ♀アーチャーと再び会えるかもしれないのに、彼女を拒む理由。それが彼自身にもわからないのだから当然だった。 もっとも、甘い感覚の中で、微かにミストレスではない誰かの声が聞こえた気はしていたのだけれど。 そのおぼろげな『誰か』が、自分を引き戻してくれたのだろうか、と彼は思った。 「面白い男だのう。我の誘惑に応じなかった者などはじめてじゃ。  その実直さ、ほんに愚かじゃが……嫌いではないぞ……?」 しなやかな腕が♂ハンターの体から顔に伸ばされる。 次の瞬間、♂ハンターは唇に触れる柔らかな感触に目を見開いた。 自分がわからなくなりそうだ、と彼は思った。 舌が絡みつく感覚は、そのままミストレスという存在が自分に絡みついているようで。 唇を重ねたまま、彼女が甘い声を漏らす。それは脳を痺れさせるような感覚を彼に覚えさせた。 しばらくして唇が離れる。目を見開いたまま固まる♂ハンターの前で、彼女は濡れた唇を妖しく舐めた。 「ふふ……我もおぬしに恋をしてしまったのかのう?」 「ふざけたことを…っ」 ♂ハンターは苛立った。彼を嘲るかのように笑うミストレスも、動揺を隠せていない自分も嫌だった。 彼の険しい表情にひるむことなく、彼女は艶やかに彼を見つめた。 赤い瞳が彼に問う。本当は我が――この娘が欲しいのだろうと。 「ふざけたこと、か。ふふ……あながち冗談でもないぞえ? おぬしの気が変わるのを楽しみに待っておるぞ」 ミストレスが彼に背を向ける。紫の長い髪が、ふわりと風に舞う。 それを見て、♂ハンターは意識を引き戻した。目の前の少女はミストレスであって、♀アーチャーでは決してないのだと。 「お、お前……!」 「心配せずとも、またおぬしの望むときに巡り会えようぞ。なにせ、おぬしは我の王子様なのじゃからのう。  まあ、死ななければの話じゃがな。我を――あの娘を愛しく思うのなら、生き延びてみよ。ふふふ……」 美しい髪を靡かせながら、ミストレスが歩きだす。♂ハンターはただそれを呆然と見送った。 立ち尽くす彼の前に、突然桜色の髪の『彼女』が現れる。 彼女はむっとした顔で、唇を指差す。慌てて唇を拭う♂ハンターに、彼女は柔らかな笑顔を向け――消えた。 しばらくして、♂ハンターは力が抜けたかのように木の下に座り込んだ。 焼きついたかのように、♀アーチャーの幻影が頭から離れない。 ――俺、何やってるんだ。 せっかくミストレスに追いつけたのに、あいつに振り回されて終わるなんて。 あいつの誘惑に乗れば、♀アーチャーの心を、一時的に開放してくれる、だって? 馬鹿な俺。俺が望んでいたのはそんなことじゃなかったはずだろう。 少しの間だけでも会いたいとか、そんなんじゃない。彼女をミストレスから救い出すことだったはずだ。 ……俺は、♀アーチャーがどうやったら戻ってくるかなんて、何も考えてなかった。 だからミストレスの誘惑に堕ちかけたのか? そんなの、単なる言い訳だ。 ああそうさ、俺が男だからだ。♀アーチャーの顔で、あんなことされたら流されるに決まってる。 そこまで考えて、♂ハンターはひとつのことに気づく。 「……俺、あの子のことこんなに好きだったのか」 一人彼は呟く。その言葉を彼と♀アーチャーの間柄を知る人間が聞いたならば、何を今更と言われただろう。 だが彼は今まで、危険を冒してまでミストレスを追う理由とも言うべきものを図りかねていた。 王子を気取っておきながら、彼女を守れなかったことからくる後悔からか。 それとも、いつしか彼女に惹かれていて、純粋に彼女を取り戻したいと願っていたからか。 しかし今になって、その自問にやっと答えが出せたような気がした。 (馬鹿だな、俺……) 雨はとうに上がり、茜色だった空もいつしか暗く日を落としはじめていた。 涙のような雨といい、この空は自分の心を代弁しているつもりなのだろうか、と彼は苦笑した。 彼が力なく、大木に背をあずけようとしたその時だった。 「♪Hey boy! キミキミ・ひとりで・Why Why? ずぶぬれ・風邪ひく・Bad Bad!♪」 暗く沈みかけた彼の思考は、突然聞こえてきた謎の言葉によって遮られた。 +++++ ……俺は、ジルタスを殺したモンクを探していた。 そして、今目の前にいる人間は、気弾を身に纏っていることからしてモンクだろう。 ……だけど、なぁ。これは違うだろう、いくらなんでも。 立派なアフロを頭に乗せたモンクを、♂ハンターは呆然と見つめていた。 彼が呆気にとられているのに気づいたのか、アフロの男の傍に立っていた騎士の女性が慌てて口を開いた。 「あ、あの。♂モンクさんはですね。こんなところで、ずぶ濡れでひとりでいるなんてどうしたんだ、と言ってます」 「い、いや。そうじゃなくて……彼、何?」 「♪何とは・失礼……」 「♂モンクさんは少し黙っててください」 口を開きかけたのを♀騎士にぴしゃりと制され、♂モンクはしょんぼりと肩を落とした。 (あー、やっぱこの人たちじゃないだろうな……) 殺伐とした状況の中で、場違いともいえるほどほのぼのとした二人。 そんな彼らを見て、♂ハンターは二人がジルタス殺害に関わっているかもしれないという考えを、改めて無くしはじめていた。 「はあ、なるほどね……」 落雷に打たれたらまともに喋れなくなり、このようになってしまったという事実。 それは現実離れしすぎていて、にわかには信じられないものではあったが。 まじめそうなこの騎士の女性がそう言っているのなら事実なのだろう、と♂ハンターはそれ以上深く考えるのをやめた。 「♪そ・れ・で・Why・君は・ひ・ひ・ひとりで♪ し・し・死ぬかも・Dead or Arive?」 「一人でいたら死ぬかもしれないのに、どうしてわざわざ一人でいて、これまで生き残っていられたのか教えてくれって言ってます」 「うん……俺も、彼の言いたいこと大体はわかってきた。通訳できる君はすごいと思うけど」 二日目も夜になろうとしているこの時間に、ただ一人で生き残っているということは普通ではありえない。 仲間と共に行動していたが、死に別れたか。あるいは――殺人者であるか。何にせよ選択肢は少ない。 普通の人間なら、雨の中行動するということはあまり無い。疑われるのも無理はない、と♂ハンターは思った。 事実、はじめに彼に近づいてきたときも、ふざけた口調ながら♂モンクは警戒を怠ってはいなかった。 外見や口調とは裏腹に、彼は冷静で用心深い人物であるということだろう。 「はじめから一人だったわけじゃないよ。仲間がいた。でも色んなことがあって……今は一人になった。  それから俺は、ある人物を探していた。……雨の中でもね」 そこで一旦言葉を切ると、♂ハンターは顔を上げ、二人の瞳をしっかりと見た。 「俺は殺人者じゃない。誓ってもいいよ」 はっきりとした彼の言葉に、二人は顔を見合わせた。 「私は……信じていいと思う。♂モンクさんはどう?」 しばらく♂モンクは考え込む。が、彼は自分の勘を信じることにした。 ♂クルセイダーの時感じた不安を、♂ハンターには感じない。何よりも、嘘をついている目ではないと思えた。 「……♪OK! 澄んでる・瞳に・Believe you!♪」 どうやら信じてもらえたらしい、と♂ハンターは安堵した。 二人ともお人よしだな、とも思う。もっとも彼の場合、人のことは言えないのだけれど。 和やかな雰囲気に♂ハンターは気を緩めかかったが、心にひっかかったものがあるままではそれはできなかった。 あまりしたくはなかったが、それでも聞いておかなければならないことが彼にはあった。 もちろんそれは――ジルタスの死亡に彼らが関わっていたかどうか、だ。 「一応…こっちも聞いておきたいことがあるんだ。……仮面を被った女性と会ったことはあるかい?」 「ない…と思います。私たちは島に送られたすぐ後くらいから一緒にいますけど、私たちが会った人はあまり多くありませんから。  クルセイダーの男性と……剣士の女の子の二人だけ、ですね。その子も仮面なんか被っていませんでしたし」 剣士の女の子。その言葉を口にしたとき、♀騎士は顔を曇らせた。 ♂モンクも苦い表情をしている。その髪型には似合わない表情ではあったが、それを笑えない雰囲気がどこかにある。 (♀剣士は、たしか放送で呼ばれていたな。この様子からして、彼女の死に二人が関わっているのかもしれない) だが二人の表情を見れば、それは望まぬことであったのだろうとは♂ハンターにもわかる。 (ジルタスにはモンクがつけた傷以外の外傷はなかった。つまりジルタスを殺した時点で、モンクは一人だった可能性が高い。  二人はその前から一緒にいたようだし、嘘をついてる様子もない。  何より、人を殺したことでこれほど傷を負ってる人たちが、進んで襲ってくるわけでもないジルタスを殺すなんてことはできないだろう) 結論――二人はジルタスの死亡に関わっていない。♂ハンターは俯き、ため息をついた。 犯人を見つけたわけではなかったことを残念に思う気持ちと、好感を持ってしまった人間が犯人でなくてよかったという安堵。 その両方が、彼の心中にあった。 「もしかして、その女性を捜されてるんですか?」 ♀騎士の言葉に、♂ハンターははっと顔を上げた。 「いや、そういうわけじゃないんだ。……よけいな誤解を招く前に言っておくよ。  俺は二人の人間を捜していて――その一人が、仲間だったその女性を殺した犯人だった。  大丈夫、もう疑っちゃいないよ。むしろ、少しでも君たちを疑ったことを許してほしい」 「や、やめてください! 私たちもはじめ、あなたを殺人者じゃないかって疑ってたんですから」 彼が頭を下げると、♀騎士が慌ててそれを上げさせた。 「♪So-So! 俺たち・お互い・Summer!♪」 びっ!と親指を立てながら、♂モンクが言う。思わず♂ハンターも笑みを零した。 「あの……私たちと一緒に行動しませんか? 人捜しのほうもお手伝いできると思いますし」 遠慮がちに問う♀騎士に、♂ハンターは残念だけど、と首を横に振った。 「俺が探す相手は普通じゃないから……危険が伴う。俺は誰も巻き込みたくないし、そのために仲間と別れてきたんだ。  だから目的を達成するまで、誰かと一緒に行動する気はない。でも、君たちの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」 「……でもせめて、夜の間は一緒にいたほうがいいと思うんです。一人では危険ですから」 「そうだな……俺も、今日はこれ以上探しに行く気はないから……」 ミストレスと遭遇しながらも、何もできなかったという事実は♂ハンターを打ちのめしていた。 ♂ハンターの暗い表情を見て、♀騎士は思う。 何があったのかはわからないが、きっと彼は今、何よりも自分自身を憎み、その思いに沈んでいるのだろうと。 自らも同じ思いを抱いたことのある彼女には、それがわかった。 (俺には、もう少し時間が必要だ。ごちゃごちゃした頭の中整理して……また、しっかりしなきゃな。  このままの情けない俺じゃ、♀アーチャーを取り戻すことなんてできやしないだろうから) あいかわらずのおかしな口調で♀騎士に話しかける♂モンクと、わかりにくい言葉を、うまく噛み砕いて返している♀騎士。 そんな微笑ましい様子をぼんやりと眺めながら、♂ハンターは思った。 腰に下げた短剣に視線をおとす。姫の名を冠するそれは、♀アーチャーの遺品とも言うべきものだ。 ♂ハンターの脳裏に、紫色の髪の女王と桜色の髪の少女が、交互に浮かんでは消える。 ♀アーチャーが消えたとき、あんなに悔やんだのに――俺はまた、何もできなかった。 彼は静かに拳を握りしめた。憎いのはミストレスではなく、自分だった。 <ミストレス> 現在地:E-6から移動 容姿:髪は紫、長め 姿形はほぼ♀アーチャー 所持品:ミストレスの冠、カウンターダガー 備考:本来の力を取り戻すため、最後の一人になることをはっきりと目的にする。つまり他人を積極的に殺しに行くことになる。    なんらかの意図があって♂ハンターを誘惑。その理由は不明 <♂ハンター> 現在地:E-6 所持品:アーバレスト、ナイフ、プリンセスナイフ、大量の矢 外見:マジデフォ金髪 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:麻痺からそれなりに回復(本調子ではない) ミストレスと、ジルタスを殺したモンクを探すために動く。    後悔に苛まれ、やや混乱している <♂モンク> 位置 :E-6 所持品:なし(黙示録・四つ葉のクローバー焼失) 外見 :アフロ(アサデフォから落雷により変更) スキル:金剛不壊 備考 :ラッパー 諸行無常思考 楽観的 刃物で殺傷 ♀騎士と同行 <♀騎士> 位置 :E-6 所持品:S1シールド、錐 外見 :csf:4j0i8092 赤みを帯びた黒色の瞳 備考 :殺人に強い忌避感とPTSD。刀剣類が持てない 笑えない ♂モンクと同行 ---- | [[戻る>2-185]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-187]] |
186.紫色と桜色 [2日目夕方~夜] ---- 「……答えを、出せぬか?」 女王蜂の囁くような声が、どこか遠くから聞こえてくるように♂ハンターには思えた。 何もかも甘く融かされるような感覚。それに溺れてしまえればどんなに楽か。 だが、♂ハンター自身にもわからない何かが、彼の心をなんとかその場に留まらせていた。 「ここまでかたくなな男がおるとはのう。ただ単に純情なのか。  それとも……あの娘への想いが強すぎて、我との情交に抵抗を感じているのかや?」 ミストレスの言葉に、♂ハンターは何も返すことができなかった。 ♀アーチャーと再び会えるかもしれないのに、彼女を拒む理由。それが彼自身にもわからないのだから当然だった。 もっとも、甘い感覚の中で、微かにミストレスではない誰かの声が聞こえた気はしていたのだけれど。 そのおぼろげな『誰か』が、自分を引き戻してくれたのだろうか、と彼は思った。 「面白い男だのう。我の誘惑に応じなかった者などはじめてじゃ。  その実直さ、ほんに愚かじゃが……嫌いではないぞ……?」 しなやかな腕が♂ハンターの体から顔に伸ばされる。 次の瞬間、♂ハンターは唇に触れる柔らかな感触に目を見開いた。 自分がわからなくなりそうだ、と彼は思った。 舌が絡みつく感覚は、そのままミストレスという存在が自分に絡みついているようで。 唇を重ねたまま、彼女が甘い声を漏らす。それは脳を痺れさせるような感覚を彼に覚えさせた。 しばらくして唇が離れる。目を見開いたまま固まる♂ハンターの前で、彼女は濡れた唇を妖しく舐めた。 「ふふ……我もおぬしに恋をしてしまったのかのう?」 「ふざけたことを…っ」 ♂ハンターは苛立った。彼を嘲るかのように笑うミストレスも、動揺を隠せていない自分も嫌だった。 彼の険しい表情にひるむことなく、彼女は艶やかに彼を見つめた。 赤い瞳が彼に問う。本当は我が――この娘が欲しいのだろうと。 「ふざけたこと、か。ふふ……あながち冗談でもないぞえ? おぬしの気が変わるのを楽しみに待っておるぞ」 ミストレスが彼に背を向ける。紫の長い髪が、ふわりと風に舞う。 それを見て、♂ハンターは意識を引き戻した。目の前の少女はミストレスであって、♀アーチャーでは決してないのだと。 「お、お前……!」 「心配せずとも、またおぬしの望むときに巡り会えようぞ。なにせ、おぬしは我の王子様なのじゃからのう。  まあ、死ななければの話じゃがな。我を――あの娘を愛しく思うのなら、生き延びてみよ。ふふふ……」 美しい髪を靡かせながら、ミストレスが歩きだす。♂ハンターはただそれを呆然と見送った。 立ち尽くす彼の前に、突然桜色の髪の『彼女』が現れる。 彼女はむっとした顔で、唇を指差す。慌てて唇を拭う♂ハンターに、彼女は柔らかな笑顔を向け――消えた。 しばらくして、♂ハンターは力が抜けたかのように木の下に座り込んだ。 焼きついたかのように、♀アーチャーの幻影が頭から離れない。 ――俺、何やってるんだ。 せっかくミストレスに追いつけたのに、あいつに振り回されて終わるなんて。 あいつの誘惑に乗れば、♀アーチャーの心を、一時的に開放してくれる、だって? 馬鹿な俺。俺が望んでいたのはそんなことじゃなかったはずだろう。 少しの間だけでも会いたいとか、そんなんじゃない。彼女をミストレスから救い出すことだったはずだ。 ……俺は、♀アーチャーがどうやったら戻ってくるかなんて、何も考えてなかった。 だからミストレスの誘惑に堕ちかけたのか? そんなの、単なる言い訳だ。 ああそうさ、俺が男だからだ。♀アーチャーの顔で、あんなことされたら流されるに決まってる。 そこまで考えて、♂ハンターはひとつのことに気づく。 「……俺、あの子のことこんなに好きだったのか」 一人彼は呟く。その言葉を彼と♀アーチャーの間柄を知る人間が耳にしたならば、何を今更と言われただろう。 だが彼は今まで、危険を冒してまでミストレスを追う理由とも言うべきものを図りかねていた。 王子を気取っておきながら、彼女を守れなかったことからくる後悔からか。 それとも、いつしか彼女に惹かれていて、純粋に彼女を取り戻したいと願っていたからか。 しかし今になって、その自問にやっと答えが出せたような気がした。 (馬鹿だな、俺……) 雨はとうに上がり、茜色だった空もいつしか暗く日を落としはじめていた。 涙のような雨といい、この空は自分の心を代弁しているつもりなのだろうか、と彼は苦笑した。 彼が力なく、大木に背をあずけようとしたその時だった。 「♪Hey boy! キミキミ・ひとりで・Why Why? ずぶぬれ・風邪ひく・Bad Bad!♪」 暗く沈みかけた彼の思考は、突然聞こえてきた謎の言葉によって遮られた。 +++++ ……俺は、ジルタスを殺したモンクを探していた。 そして、今目の前にいる人間は、気弾を身に纏っていることからしてモンクだろう。 ……だけど、なぁ。これは違うだろう、いくらなんでも。 立派なアフロを頭に乗せたモンクを、♂ハンターは呆然と見つめていた。 彼が呆気にとられているのに気づいたのか、アフロの男の傍に立っていた騎士の女性が慌てて口を開いた。 「あ、あの。♂モンクさんはですね。こんなところで、ずぶ濡れでひとりでいるなんてどうしたんだ、と言ってます」 「い、いや。そうじゃなくて……彼、何?」 「♪何とは・失礼……」 「♂モンクさんは少し黙っててください」 口を開きかけたのを♀騎士にぴしゃりと制され、♂モンクはしょんぼりと肩を落とした。 (あー、やっぱこの人たちじゃないだろうな……) 殺伐とした状況の中で、場違いともいえるほどほのぼのとした二人。 そんな彼らを見て、♂ハンターは二人がジルタス殺害に関わっているかもしれないという考えを、改めて無くしはじめていた。 「はあ、なるほどね……」 落雷に打たれたらまともに喋れなくなり、このようになってしまったという事実。 それは現実離れしすぎていて、にわかには信じられないものではあったが。 まじめそうなこの騎士の女性がそう言っているのなら事実なのだろう、と♂ハンターはそれ以上深く考えるのをやめた。 「♪そ・れ・で・Why・君は・ひ・ひ・ひとりで♪ し・し・死ぬかも・Dead or Arive?」 「一人でいたら死ぬかもしれないのに、どうしてわざわざ一人でいて、これまで生き残っていられたのか教えてくれって言ってます」 「うん……俺も、彼の言いたいこと大体はわかってきた。通訳できる君はすごいと思うけど」 二日目も夜になろうとしているこの時間に、ただ一人で生き残っているということは普通ではありえない。 仲間と共に行動していたが、死に別れたか。あるいは――殺人者であるか。何にせよ選択肢は少ない。 普通の人間なら、雨の中行動するということはあまり無い。疑われるのも無理はない、と♂ハンターは思った。 事実、はじめに彼に近づいてきたときも、ふざけた口調ながら♂モンクは警戒を怠ってはいなかった。 外見や口調とは裏腹に、彼は冷静で用心深い人物であるということだろう。 「はじめから一人だったわけじゃないよ。仲間がいた。でも色んなことがあって……今は一人になった。  それから俺は、ある人物を探していた。……雨の中でもね」 そこで一旦言葉を切ると、♂ハンターは顔を上げ、二人の瞳をしっかりと見た。 「俺は殺人者じゃない。誓ってもいいよ」 はっきりとした彼の言葉に、二人は顔を見合わせた。 「私は……信じていいと思う。♂モンクさんはどう?」 しばらく♂モンクは考え込む。が、彼は自分の勘を信じることにした。 ♂クルセイダーの時感じた不安を、♂ハンターには感じない。何よりも、嘘をついている目ではないと思えた。 「……♪OK! 澄んでる・瞳に・Believe you!♪」 どうやら信じてもらえたらしい、と♂ハンターは安堵した。 二人ともお人よしだな、とも思う。もっとも彼の場合、人のことは言えないのだけれど。 和やかな雰囲気に♂ハンターは気を緩めかかったが、心にひっかかったものがあるままではそれはできなかった。 あまりしたくはなかったが、それでも聞いておかなければならないことが彼にはあった。 もちろんそれは――ジルタスの死亡に彼らが関わっていたかどうか、だ。 「一応…こっちも聞いておきたいことがあるんだ。……仮面を被った女性と会ったことはあるかい?」 「ない…と思います。私たちは島に送られたすぐ後くらいから一緒にいますけど、私たちが会った人はあまり多くありませんから。  クルセイダーの男性と……剣士の女の子の二人だけ、ですね。その子も仮面なんか被っていませんでしたし」 剣士の女の子。その言葉を口にしたとき、♀騎士は顔を曇らせた。 ♂モンクも苦い表情をしている。その髪型には似合わない表情ではあったが、それを笑えない雰囲気がどこかにある。 (♀剣士は、たしか放送で呼ばれていたな。この様子からして、彼女の死に二人が関わっているのかもしれない) だが二人の表情を見れば、それは望まぬことであったのだろうとは♂ハンターにもわかる。 (ジルタスにはモンクがつけた傷以外の外傷はなかった。つまりジルタスを殺した時点で、モンクは一人だった可能性が高い。  二人はその前から一緒にいたようだし、嘘をついてる様子もない。  何より、人を殺したことでこれほど傷を負ってる人たちが、進んで襲ってくるわけでもないジルタスを殺すなんてことはできないだろう) 結論――二人はジルタスの死亡に関わっていない。♂ハンターは俯き、ため息をついた。 犯人を見つけたわけではなかったことを残念に思う気持ちと、好感を持ってしまった人間が犯人でなくてよかったという安堵。 その両方が、彼の心中にあった。 「もしかして、その女性を捜されてるんですか?」 ♀騎士の言葉に、♂ハンターははっと顔を上げた。 「いや、そういうわけじゃないんだ。……よけいな誤解を招く前に言っておくよ。  俺は二人の人間を捜していて――その一人が、仲間だったその女性を殺した犯人だった。  大丈夫、もう疑っちゃいないよ。むしろ、少しでも君たちを疑ったことを許してほしい」 「や、やめてください! 私たちもはじめ、あなたを殺人者じゃないかって疑ってたんですから」 彼が頭を下げると、♀騎士が慌ててそれを上げさせた。 「♪So-So! 俺たち・お互い・Summer!♪」 びっ!と親指を立てながら、♂モンクが言う。思わず♂ハンターも笑みを零した。 「あの……私たちと一緒に行動しませんか? 人捜しのほうもお手伝いできると思いますし」 遠慮がちに問う♀騎士に、♂ハンターは残念だけど、と首を横に振った。 「俺が探す相手は普通じゃないから……危険が伴う。俺は誰も巻き込みたくないし、そのために仲間と別れてきたんだ。  だから目的を達成するまで、誰かと一緒に行動する気はない。でも、君たちの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」 「……でもせめて、夜の間は一緒にいたほうがいいと思うんです。一人では危険ですから」 「そうだな……俺も、今日はこれ以上探しに行く気はないから……」 ミストレスと遭遇しながらも、何もできなかったという事実は♂ハンターを打ちのめしていた。 ♂ハンターの暗い表情を見て、♀騎士は思う。 何があったのかはわからないが、きっと彼は今、何よりも自分自身を憎み、その思いに沈んでいるのだろうと。 自らも同じ思いを抱いたことのある彼女には、それがわかった。 (俺には、もう少し時間が必要だ。ごちゃごちゃした頭の中整理して……また、しっかりしなきゃな。  このままの情けない俺じゃ、♀アーチャーを取り戻すことなんてできやしないだろうから) あいかわらずのおかしな口調で♀騎士に話しかける♂モンクと、わかりにくい言葉を、うまく噛み砕いて返している♀騎士。 そんな微笑ましい様子をぼんやりと眺めながら、♂ハンターは思った。 腰に下げた短剣に視線をおとす。姫の名を冠するそれは、♀アーチャーの遺品とも言うべきものだ。 ♂ハンターの脳裏に、紫色の髪の女王と桜色の髪の少女が、交互に浮かんでは消える。 ♀アーチャーが消えたとき、あんなに悔やんだのに――俺はまた、何もできなかった。 彼は静かに拳を握りしめた。憎いのはミストレスではなく、自分だった。 <ミストレス> 現在地:E-6から移動 容姿:髪は紫、長め 姿形はほぼ♀アーチャー 所持品:ミストレスの冠、カウンターダガー 備考:本来の力を取り戻すため、最後の一人になることをはっきりと目的にする。つまり他人を積極的に殺しに行くことになる。    なんらかの意図があって♂ハンターを誘惑。その理由は不明 <♂ハンター> 現在地:E-6 所持品:アーバレスト、ナイフ、プリンセスナイフ、大量の矢 外見:マジデフォ金髪 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:麻痺からそれなりに回復(本調子ではない) ミストレスと、ジルタスを殺したモンクを探すために動く。    後悔に苛まれ、やや混乱している <♂モンク> 位置 :E-6 所持品:なし(黙示録・四つ葉のクローバー焼失) 外見 :アフロ(アサデフォから落雷により変更) スキル:金剛不壊 備考 :ラッパー 諸行無常思考 楽観的 刃物で殺傷 ♀騎士と同行 <♀騎士> 位置 :E-6 所持品:S1シールド、錐 外見 :csf:4j0i8092 赤みを帯びた黒色の瞳 備考 :殺人に強い忌避感とPTSD。刀剣類が持てない 笑えない ♂モンクと同行 ---- | [[戻る>2-185]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-187]] |

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