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another 追憶の彼方 ---- 「おにーさーん、コレもう一本追加でー」  空っぽのワインボトルを指さして、マジシャンらしい少女が店員に声をかけた。 「それ3本目だろ? やめとけよ」  テーブルに向かい合わせに座る若いアサシンが溜息を付く。  それほど大きくないテーブルの上に彼女が開けたワインボトルと彼が飲んでいるマステラ酒のボトルが並んでいるせいで、つまみに頼んだトマトサラダとほぐした蒸し鶏を置く場所すら狭い。 「別にいいじゃない? 誰かに迷惑かけてるわけじゃあるまいし」  悪びれもせずに、彼女は店員が持ってきたワインをグラスに注いだ。 「一昨日も別の酒場で男3人相手に呑んだらしいな? ……相手を酔い潰したから良いものの自分が酔い潰れたらどうするつもりだったんだ」  蒸し鶏を器用に箸でつまみ上げて口に放り込み、グラスを傾けながら呆れた口調で呟く。  マジシャンの少女は、銀糸のような美しい髪を肩の辺りで切り揃え、きれいな顔立ちに派手な化粧をし、魔術師ギルドから支給の布の少ないあの制服もあいまって雰囲気も艶めかしい。  アサシンは少女より幾分年上で、こちらは砂漠の日差しに焼けたせいかくすんだ灰褐色の髪と鍛えられた細身の身体をしている。  この二人は、兄妹というわけでも恋人同士というわけでもない。  あえて言うなら仲が良い友人同士という所だろうか。  一次職に転職したばかりの頃に臨時PTで知り合ったのが最初で、以後腐れ縁のようにして今に至る。 「んー? そうなったら、そうなったで別にぃー? 下心あるのは承知の上だし。なによりも私よりお酒に強い人なんてめったにいないし、酔い潰れないって。じゃなかったら、黒蛇王なんて異名持たないから」 「いや……酔ったお前もヤバいから……色々と……」 「何か言った?」 「……なんでもない」  酔った勢いで、彼女と何度も宿を共にしたことがある彼は、真の意味での黒蛇王の理由を知っているのだが口には出さなかった。 「それに明日はウィザード試験じゃなかったのか? いいのか、そんなに飲んで」  その言葉に、すでに新しいボトルすら半分開けた少女の手が止まる。 「あ……。すっかり忘れてたわ、そろそろ切り上げようっと」 「忘れた振りじゃなくて、素で忘れてたのか……」  どこか抜けていると言うか。  アサシンは立ち上がって、できあがり気味の少女の腕を取る。 「送ってくよ。足元おぼつかないだろ」 「ありがと、優しいねー。ついでに支払いもよろしくー」  テーブルに立てかけて置いた杖とミンクのコートを持ち上げ、彼の腕に抱きつくようにして少女は立ち上がった。 「おいおい、ワリカンだろ」 「ゴッメーン。今、持ち合わせが無いのー。後でいっぱい「特別サービス」してあげるから♪」 「おい!!」  クスクスと笑いながら、憮然とした表情の彼の頬にキスをすると楽しそうに先に外へと出て行った。 + + + + 「……寒っ」  四季を通してさほど温度変化が無いプロンテラと言えど、春まだ遠い今は十分寒い。  コートが無ければ、魔術師ギルドの制服だけでは寒すぎる。この露出の高すぎる制服についてはそれとは別に言いたいことはたくさんあるけれど、言ったところで改善されるわけも無いので不承ながらも着ているわけで。  草木も眠る深夜。  繁華街以外は、街も眠りについている。  ぼんやりとした灯りの街路灯に照らされながら見上げる空は広く、星が輝いていた。 「……今日は夢を見ないで寝られればいいけど。一人だと……やっぱり見ちゃうかな……」  溜息をついて、側にあったベンチに座る。  私は幼い頃から、ある悪夢に夜毎さいなまされていた。  それは現実味がないのになぜか生々しく、あまりにも凄惨で悲劇的だった。  夢の中では自分は天の御使いで。  信頼していた人に裏切られ、逆に男を手玉に取ることで殺害。  自らの手を血に染め、ミッドガルドそっくりの箱庭を作り、そこで殺し合いをさせた。  愛する人を下僕のように使い、他人の命をもてあそぶ。  強制暗示に精神改造。そして肉体改造と、人為的に殺人者を作り、疑心暗鬼を募らせる。  人々が、自分の思うままに殺し合いをするのを笑みを浮かべて自分は見ている。  もちろん、そんな悪行がいつまでも続くわけではない。  枷をはずし仲間を得た殺し合いの参加者達が、自分を殺す。  その戦いは熾烈を極め、耐え難い苦痛と死の恐怖を自分に与える。  そんな夢を見ていたせいで、私は他人よりも早く大人びた。  物事を見る目も、人を見る目もどこか斜めになった。  初めて男に抱かれたのは3年前の14歳の頃。  相手は、魔術学校の先輩のウィザードだった。  恋愛の結果かって?  ううん、そんな甘い物じゃない。半ば強姦。寝込みを襲われて……  アイツは、詠唱速度を追うDEX型と呼ばれるタイプで……初めてなのにその細い指だけで何度もイかされた。  女って、恐怖を感じると濡れない物なのに、私は乱れた。多分、淫乱な素質があったんだと思う。  だから、抱かれることにそのうち抵抗を感じなくなった。  それからあとの私を抱いた男たちは、たくさん過ぎて覚えていない。  男と寝ている時は、夢を見ない。  一時の快楽と安心感、そしてずっと続く虚しさを得るから。  酒を飲み始めたのもこの頃だ。周りも驚くほど酒に強いと言うことも知った。  アルコールを口にしても酔えないのだ。  いや、酔わないわけではない。身体はアルコールで酔う反応はするのだが、思考は研ぎ澄まされたままなのだ。  だから、酔った振りをする。そして浮かれている振りをする。  気が付けば、黒蛇王などと言うあまりありがたくない異名を頂戴し、酒場に行けば勝負を挑まれるようになった。  陰で、誰とでも寝る女とも言われていることも知っている。  それでも一人寝で見る悪夢よりも、酒と性欲による一時の快楽と虚しさを選んでしまう。 「あっは。我ながら荒んでるわぁ」  自嘲気味に苦笑いを私は浮かべた。  今の姿を死んだ両親が見たら、さぞや落胆するだろう。  扱いにくく、斜に構える自分にも優しさと慈しみを与えてくれた両親。  しかし、5年前の首都の大規模な枝テロに巻き込まれて死んだ。  親戚付き合いや近所づきあいが、都会の常であまりなかったせいで葬式も簡素なものだった。  もう、頼る人もいないのに不思議と悲しくは無かった。  他人に依存せずに、一人で生きられる職はなんだろう……?  そう考えた私は、魔術師……ウィザードを目指すことにした。  人よりも体力も腕力は無いけれど、頭の回転の速さや体捌き、すばしっこさには自信がある。  ウィザードなら、将来的に冒険者として生きることも、学問の講師として生きることもどちらの道をとることもでき、自分の特性を生かすことができるから。  そして、両親が残してくれた遺産のおかげで魔術学校にも行くこともできた。 「……ウィザード試験合格したら、久しぶりにお墓参りに行こうかな」  手袋をはずした手に息を吹きかけて、擦り合わせる。  酒場の入り口に視線を送るが、彼が出てくる気配はまだ無い。 「遅いなぁ……何してんだろ。まさか、お金足りないとか……?」  所持金がないからと支払いを押し付けた手前もあり、少し心配になったが、ぼんやりと脚を組みなおして、出てくるのを待つ。  アルコールが程よく身体を回っているせいと、すぐに彼が出てくるだろうと言う安心感が良くなかった。  ゆるんだ意識を眠りへと誘って、私はそのままベンチで眠り込んでしまったのだ。 + + + + 「……ん……さん。起きて下さい」  誰かが私を揺り動かす。 「こんな所で寝ていると、風邪をひきますよ」  大きくて暖かい手が、私の頬を軽く叩く。  この落ち着いた低い声の主の手……? 「ん~……もう少し寝かせてぇ……ん…ん」  寝ぼけたまま、私は目の前の相手に抱きついてキスをした。  相手は、その行動に硬直して固まってしまったらしく微動だにしない。 「ちょ……と……お、お嬢さん?!」  たっぷり、1分はその人は動きが止まっていたと思う。  がくがくと揺さぶられて、私はようやく眠りの淵から戻された。  相手の胸元に街路灯の光を反射するロザリーが輝いているから、プリーストだろう。  抱きついたときの感触や均整の取れた体つきはアサシンの彼を思い起こさせるから、多分殴りプリースト。  でも、顔つきはとても優そうで、その瞳は私の行動に困惑を隠しきれない色を浮かべていた。 「……あなた、誰……?」  自分でもバカな質問をしたと思ったけれど、その言葉を紡ぐのがやっとだった。 「誰と言われても……ただの通り掛かりですが……。それよりも、うら若いお嬢さんがこんな所で寝てしまうのは、風邪をひいてしまいますし防犯上いけません」  なんだか、厄介なのにひっかかってしまった……と私は思った。  この目の前にいるプリーストは、よくいる正義感の強いうっとうしいヤツというものだろう。 「しかも、突然ああいう行動を取るなんて……いいですか? もう少し女性と言う自覚を持って……」  長い黒髪をちょうど女性のポニーテールのように細い赤色のリボンで後ろにまとめたこのプリーストは、端整で優しそうなその顔を悲しそうに歪めながら説教をはじめた。  もちろん、お説教の言葉など右から左へと素通しさせ、さっさとこのプリーストがどこかに行ってくれないかと私は思ってるんだけど。  大体、送ってやると言ったアイツがいつになっても酒場から出てこないのが一番悪い……。  なんて言ってやろうかしら。  そんなふうに不機嫌な私の怒りの矛先が変わりかけた頃、酒場の扉がバタンっと音を立てて開いた。 「……悪ぃ!! ちょっと金が足りなくてツケにしてもらってた」  音に気が付いて振り向くと、アサシンが申し訳なさそうに出てきた。 「もー、遅いっ。いつまで寒空の中で待たせたと思ってるのよ?」 「ああ、俺が悪かった。待たせてすま………………いや。俺、悪くないだろ?! お前こそ金くらい持って来いよ! いつも俺が奢ってる気がするぞ」  抱きついた私の腕を振り払ってはがし、彼は大きく声を上げる。  周囲から見れば、痴話喧嘩にしか見えないだろう。 「ああ、お連れの方ですか」  先程説教をしていたプリーストが、アサシンに声をかける。 「あー……連れの酔っ払いがあなたに御迷惑をおかけしたようで……本当に申し訳な……」  声をかけられてからようやく気が付いて、アサシンはプリーストの方に振り返る。 「え!?」 「あ?!」 + + + + 「狭いですが、どうぞ楽にして下さい。今、お茶を用意してきますから」  ポニーテールの彼は、奥のキッチンへと消えていく。 「ああ、ありがとう。気を使わせて悪いな」  外套を脱いで簡単にたたむと、簡素だけれど作りはしっかりしたソファーに座り込んでアサシンはキッチンの彼に声をかけた。 「……っていうか、どうして私まで連れてこられないといけないわけ?」  くつろぐ彼の耳元に顔を近づけてささやく。  一応、部屋の中ということで私も、コートは脱いでいるけれど落ち着けるわけがない。 「向こうがお前も一緒にって言うんだから、仕方ないだろ。大人しくしとけよ」  肩をすくめてそう返されては、私もそれ以上何も言えなかった。  結局。  アサシンとプリーストは、顔なじみだったらしい。  アサシンの彼は転職して間もないことと装備や経験不足もあって、ギルドの仕事という物はまだ回ってこないのだそうだ。  だから日々の糧と鍛錬のためには冒険者として魔物を狩ることになる。  そして毎日のように出かけていた場所で、モンスターに囲まれて死に掛けていたのをプリーストに助けて貰ったのが縁で、共闘したりPTを組んだりするようになっていたとここまでの道すがら聞いた。  なんていうか、世界は広いようで狭いと言うか、狭いようで広いというか……。  だからと言って酔いが覚めるまでという理由で、私達を自宅に招くあのプリーストの考えが私にはわからないけれど。 「イエローハーブティーです。身体が温まりますよ」  法衣ではなく、薄いシャツ姿で髪を下ろしたプリーストがティーセットの乗ったトレーを運んできた。  ハーブ類はポーションの材料になるくらいだし、ハーブティーとして飲む人も多い。 「……ん、美味しい……」  カップとポットも暖めてあるみたい。  小さなことだけど、こういう所にも心遣いがわかる。  多分、アサシンの彼はこんなことには気がつかないんだろうなと思わず苦笑しながら、なんとなくプリーストの彼を見つめた。  彼は、アサシンと二人で狩場について意見交換しているみたい。  色んな狩場の話が出てくるけれど知らないところばかりだし、時計塔ばかり行っている私には、二人の話にはどうせついて行けない。  カラスの濡れた羽根のような長い黒髪と緑がかった瞳……  法衣姿の時もちょっとだけ思ったけれど、この人……肌蹴た胸元がすごく色っぽい。  男に対してこんな風に思うのは失礼かもしれない。  でも、あの腕に抱かれて褥の中で名前をささやかれたら…… 「おい、ボーっとしてるけど大丈夫か?」  ハッと気がつくとアサシンが私の顔を覗き込んでいた。 「気分でも悪くなったんでしょうか? 大丈夫ですか?」  プリーストの彼も私を覗き込んでいる。  ……私ってば、何考えていたんだろう。  どう考えても彼を誘ったところで、相手にされるどころかさっきのように説教されてしまうのが落ちなのに。  それよりもなによりも、私は正義面している輩が大嫌いなのに。  きっと、明日のウィザード試験を控えて、自分でもわからない緊張感で、それでおかしくなってるんだと思う。 「……あ、うん。酔いも覚めたし、明日試験があるから先に帰るわ。お茶、ごちそうさま」 「あ、送ってくって言っただろ。俺も行くよ」 「ううん、一人で帰れるから。折角だし二人で話していなさいな」 「本当に大丈夫ですか? やっぱり、送ってもらった方が……」  とても心配そうにプリーストの彼も言ってくるけれど、大丈夫よ、と続けて私はふらりと立ち上がって、コートを羽織り部屋を後にした。 + + + +  翌日。  私は見事試験を突破して、無事ウィザードに転職した。  筆記試験はかなり簡単だったけれど実技試験が難関で、先に試験を受けていた知人に回復用のポーションを持てるだけ持っていけとアドバイスされてなかったら、試験に合格できなかったかもしれない。  不思議なことに、昨日の夜は悪夢を見なかった。  いや、夢は見たけれど、それは幸せなひと時の夢だった。  自分が、愛する人と口付けを交わし、いつか一緒になって幸せになりたいと語るそれだけの夢。  今まで、こんな夢は見たことがなかった。  ……それはともかくとして。 「……なんで、あなたたちがいるのよ」  ゲフェンタワーから出てくると、昨日のプリーストがアサシンと一緒にそこにいた。 「ご迷惑かも知れないとは思ったんですが、昨日つまらなさそうでしたから一緒にどこかに行こうかと」 「どうせ、一人で寂しくどこかに狩に行くんじゃないかってね」  その言葉に私は涙が出そうになった。  すごく嬉しくて、びっくりして。 「……あなたたち、何考えてるの? 成り立てのウィザード連れて行っても邪魔にしかならないでしょう?」 「別に効率が欲しいわけじゃありませんから、のんびりいきましょう」 「そうそう。効率もいいけれど、たまには寄り道するのも楽しいから」  ああ、もうだめだ。  今、私きっと泣いてる。  慌ててる二人がいるけど、そのせいで周囲の人から注目もされちゃってるけれど、止められない。  ありがとう……。 + + + +  狩の結果はそれなりに上々だった。  普段は絶対行くことのないルティエにあるおもちゃ工場。  プレゼントボックスのお化けのようなミストケースや、クッキー、クルーザーなど私には縁が無いモンスターを見ることも出来たし、効率を気にせずに行ったおかげか、古く青い箱が一人一個手に入った。  アサシンの彼は、装備のために売るといっていたので私とプリーストは開けることにした。  プリーストの彼の箱からは、ブーケ。  私の箱にはアクセサリーが入っていて鑑定してみるとスロットつきのロザリオだった。 「かんぱーいっ」  いつもの酒場で三人で飲む。  テーブルには蜂蜜酒とエール、サベージのスペアリブやシュリンプサラダなどが並んでいる。 「楽しかったですね。またどこか行きましょう」  蜂蜜酒を飲むプリーストが微笑みを浮かべて私にそう言った。 「嵐見かけたときは、死ぬかと思ったけどな」  苦笑してアサシンがそう呟いて、エールを口にする。 「でも、真っ先にハエの羽で逃げたのは誰よ? あなたじゃなかった?」  一気にジョッキのエールをあけて、私は追加注文をした。 「いや、敵わない相手とは戦わないのは、鉄則だろう。俺は悪くない」 「跳ばれたときはあせったわよー」 「ええ、反応があと少し遅かったら危なかったですよね」  狩中の些細なことをネタにして話も弾む。  私は久しぶりに楽しかった。  そんな風に上機嫌で飲んでいたときに、それは唐突にやってきた。 「……やあ、久しぶり。ウィザードになれたんだね」  突然肩を叩かれて振り返るとそこには、忘れようとして忘れられない思いを刻み付けた相手がいた。 「せ、先輩……」  そう、私を襲い女にしたあのウィザード。  コイツのせいで淫乱な自分に気づかされて、両親に顔向けできなくなってしまったのに。 「黒蛇王って言われてるらしいね? 夜の君は相変わらず激しいしのかな。今日はこの二人と? うらやましい限りだ」 「先輩、違います。誤解です」  やめて。  そんな話をここでしないで。 「また、僕のお相手もお願いしたいな。もちろん、腰が立たなくなるまでかわいがってあげるからさ」  普段なら、きっと軽くあしらえたはずなのに、私は何も言えずに下を向くしか出来なかった。  別にいつも言われていることだし、アサシンの彼はそんなことは知っていても私と友達でいてくれる。  しかし、プリーストはこんな話を聞いたら、きっと私を軽蔑するはずだ。  ガタンと椅子が倒れる音がした。 「……お引取り願えますか?」  低い、抑揚の無い声。  顔を上げると、プリーストが先輩の腕を掴んで睨んでいた。 「少しくらい話してもいいだろう? それとも、僕が彼女と話すのにキミは何か不満でも?」  先輩が、腕を掴むプリーストを睨みつけて早く放せと言わんばかりに腕をはずそうとする。 「少なくとも、貴方のような方が側にいるだけでも不快ですね。お引取り下さい」  プリーストは優しい微笑みではなく、冷笑を浮かべて掴む手を離さない。  彼は見た目の優しそうな姿と裏腹に、かなり力があったはず……。  おもちゃ工場に行った時も、その力に驚かされたから。  腕をあんなにしっかりと掴まれていては、掴まれた方は痛くてたまらないはずだ。 「それはどういう意味だ? 僕は事実をのべていただけのはずだが」  やはり、かなり痛いらしく声に震えが出てる。  眉を寄せてつかまれた腕を振り解こうとしているけれど、プリーストは手をはずす気配が無い。  私はおろおろとして、両方の顔を見たまま動くことが出来なかった。 「……事実にしろ、そうでないにしろ、不快であることには変わりないですから」  手を離すと同時に、彼はそのウィザードの頬を思い切り殴りつけた。  その勢いにテーブルもろともに壁に叩きつけられるように転がっていく。  周囲の客たちも騒ぎにようやく気がついて遠巻きに見ているし、乱闘に発展したことで店員は警備兵を呼ぼうとしている。 「はい、ストップ!」  何も言わずにいつの間にかテーブルの上の物を別のテーブルに移動して、被害を最小限度に抑えたアサシンが、ようやくプリーストを止めに入った。 「その辺にしとけ」  肩をポンと叩いて、落ち着かせる。 「……とりあえず、時期に警備兵が来るな。店を出よう」  そして、多目の代金をテーブルに置いて、逃げるように私たちは店を後にした。 + + + + 「……申し訳ありません、つい……」 「気にするなよ。お前が殴んなきゃ、俺が同じことしてたかもしれないしな」  一番近いという理由で、プリーストの家に転がりこんだ私たち。  アサシンは窓から外を覗いてからソファーに座り込んだ。 「いつもだと、あんなの全然気にしなかったんだけど、ごめんね」  自嘲気味の笑みを浮かべて、私もすぐ側に座る。 「まあ、あんなの忘れて飲み直し!」  どこに入れていたのか、アサシンはさっきの酒場で飲みかけだった酒の瓶を取り出して、小さなテーブルの上に並べた。 「……どこに入れて持ってきたのよ?」 「それは秘密。謎は謎のままにしておいた方がいい」  真面目な顔でそう答えられて、思わず私は笑い出してしまった。  それにつられたのかプリーストも笑い出した。  ひとしきり笑った後に、彼はキッチンで簡単な料理を作って持ってきた。  つまみも無く、お酒を飲むのは身体に悪いからと。  先程の先輩のコトなど忘れて、私達は楽しい時間を過ごした―――。  ――――――どれくらい飲んでいたのか。  気が付くと、私はベッドの上だった。  ぼーっとしたまま起き上がって、目を瞬かせていると暗さに目が慣れてようやく周囲の様子が見えた。  自分が寝ていたのは、普通のシングルベッド。  窓際に机と椅子があって、椅子には男物のプリーストの法衣がかけられている。  法衣……ってことは、このベッドはあのプリーストの寝室?  酔いつぶれて眠ってしまった私をここに運んできてくれたのだろうか?  思わず隣を振り返って見るが、誰も寝ていない。  自分の服や身体も一応確認して見るが、マントがはずされて(マント自体はベッドの上にきちんと畳んであった)コルセットの紐が苦しくないように弱冠緩められているくらいで、特に乱れている形跡は無いし、コトが終わった後の様なだるさや違和感は無い。  まじめな人だし……まあ、当たり前だと思うけど。  そのまま扉の方に移動して、そっと開けた。  飲んでいたときの惨状のままかと思っていたのに、きれいにかたづけられて痕跡はほとんど残っていない。  ソファーには、シャツ姿のプリーストが疲れ果てたように仰向けに横たわって規則正しい寝息を立てていた。  また寝室に戻ってベッドにもぐりこもうかとも考えたけれど、このプリーストをもう少し見ているのも楽しそうだなと思ってしまった。  枕元に座り込んで、寝顔を私は見つめた。  結んでいた髪を無造作におろしているせいか、顔に髪がかかって邪魔そうだ。  そっと手で髪を払って、何も体にかけていないのでは寒いだろうから身につけていたマントを軽くかけた。  そういえば。  アサシンはどうしたんだろう?  部屋のあちこちを見て歩いたが、彼の存在は確認できない。  彼のことだから、私をプリーストに頼んでさっさと自分のねぐらに帰ってしまったのかも。 「だとしたら……お人よし過ぎるわ」  俺オレ詐欺とか、寸借詐欺なんかにあわないんだろうか。  貧乏クジを引かされるタイプみたいな気がするし。  ひとごとながら、心配になる。  変なところで、正義感強すぎるし。  ……そういえば、先輩に対して怒ってくれたのよね。  絶対嫌われると思ってたのに。  ―――あれ?  何で私、嫌われること恐れてるんだろう?  軽蔑されるのがいやだから?  あれ?  何で軽蔑されるのがいや?  友達として一緒にいられないから?  ……違う。  私、この人が好きなんだ。  この人が好きだから、嫌われたくないし軽蔑されたくないんだ。  まだ出会って二日目なのに。  それなのに、私はこの人に恋をした。  やっとそう気がついた時、私は彼の唇に自分の唇を重ねていた。 「……大好き」  いくら優しい彼でも素行が実際悪い私の気持ちには答えてくれないだろう。  だから、このまま友達を続けられればいい。  何も自分から、壊さなくてもいいんだから。  どうせ寝ているし、聞こえない今だから言える。  そっと立ち上がって寝室に戻ろうと踵を返すと、腕をつかまれた。  心臓が止まりそうなほどびっくりするって言うのはきっとこういうことだろう。 「……そういう言葉は……ちゃんと起きている時に言って下さい」  グイっと引っ張られて、倒れこむような形で彼に抱きついてしまう。  間近で顔を見つめられて、変に恥ずかしくて自分の顔が赤くなっているのがわかる。 「いつから、起きてたの? すごいバカみたいで恥ずかしいじゃない」 「部屋に入ってきた辺りですね。人の気配がするとすぐ目が覚めてしまうので」  最悪……最初から起きていた。  寝顔を見つめていたことも、呟いた一言も全て見られて聞かれていたわけで……  ふいに強く抱きしめられて、耳元で彼がささやいた。 「……私も貴女が好きです…はじめて会ったときから」 + + + + 「……さながら、俺は恋の天使かね」  アサシンは、一人、建物から出て、タバコを取り出して火をつける。  メンソールのさわやかな香りと独特の紫煙が心を落ち着かせた。 「天使……って柄じゃねぇか」  苦笑して呟いて、壁に背を預けて座り込む。  アイツは。  初めて会った時から、どこか危なっかしくて脆そうだった。  それに気が付いてるのは、きっと俺だけだと言う自信があった。  だから、友人以上・恋人未満。  真意を伝えることも無く、身体だけの関係でもいいと思っていた。  それなのに、あの優しいプリーストは、すぐにそれに気が付いた。  寂しくて傷つきやすいアイツの心に。  そして、アイツもそんなプリーストに惹かれた。  結果として、二人が幸せになったのならそれでいい。  自分はどちらも好きで、どちらも失いたくは無い。  だから、この気持ちは。  心にしまっておく。 「まあ、これで踏ん切りがついたな」  成り立てのアサシンにギルドの仕事が入ってこないなどと言うのは嘘である。  アサシンになれば、少なからずは回ってくるのだ。  しかし、彼は人殺しをする気になれなかった。  アサシンになったとはいえ、心の切り替えができなかったのである。  使命により、自分が死んだら……あの脆い少女は、拠り所を無くすのではないかと。  そのため、仕事は先延ばしになっていたのだ。  だが、この懸念はあの二人が結ばれたことで解消した。  自分が死んでも、あの少女には拠り所とするプリーストがいる。 「……」  煙を吐き出して、そっと呟いた言葉は空に上って消えていった。 ---- [[戻る>第二回NG]]
another 追憶の彼方 ---- 「おにーさーん、コレもう一本追加でー」  空っぽのワインボトルを指さして、マジシャンらしい少女が店員に声をかけた。 「それ3本目だろ? やめとけよ」  テーブルに向かい合わせに座る若いアサシンが溜息を付く。  それほど大きくないテーブルの上に彼女が開けたワインボトルと彼が飲んでいるマステラ酒のボトルが並んでいるせいで、つまみに頼んだトマトサラダとほぐした蒸し鶏を置く場所すら狭い。 「別にいいじゃない? 誰かに迷惑かけてるわけじゃあるまいし」  悪びれもせずに、彼女は店員が持ってきたワインをグラスに注いだ。 「一昨日も別の酒場で男3人相手に呑んだらしいな? ……相手を酔い潰したから良いものの自分が酔い潰れたらどうするつもりだったんだ」  蒸し鶏を器用に箸でつまみ上げて口に放り込み、グラスを傾けながら呆れた口調で呟く。  マジシャンの少女は、銀糸のような美しい髪を肩の辺りで切り揃え、きれいな顔立ちに派手な化粧をし、魔術師ギルドから支給の布の少ないあの制服もあいまって雰囲気も艶めかしい。  アサシンは少女より幾分年上で、こちらは砂漠の日差しに焼けたせいかくすんだ灰褐色の髪と鍛えられた細身の身体をしている。  この二人は、兄妹というわけでも恋人同士というわけでもない。  あえて言うなら仲が良い友人同士という所だろうか。  一次職に転職したばかりの頃に臨時PTで知り合ったのが最初で、以後腐れ縁のようにして今に至る。 「んー? そうなったら、そうなったで別にぃー? 下心あるのは承知の上だし。なによりも私よりお酒に強い人なんてめったにいないし、酔い潰れないって。じゃなかったら、黒蛇王なんて異名持たないから」 「いや……酔ったお前もヤバいから……色々と……」 「何か言った?」 「……なんでもない」  酔った勢いで、彼女と何度も宿を共にしたことがある彼は、真の意味での黒蛇王の理由を知っているのだが口には出さなかった。 「それに明日はウィザード試験じゃなかったのか? いいのか、そんなに飲んで」  その言葉に、すでに新しいボトルすら半分開けた少女の手が止まる。 「あ……。すっかり忘れてたわ、そろそろ切り上げようっと」 「忘れた振りじゃなくて、素で忘れてたのか……」  どこか抜けていると言うか。  アサシンは立ち上がって、できあがり気味の少女の腕を取る。 「送ってくよ。足元おぼつかないだろ」 「ありがと、優しいねー。ついでに支払いもよろしくー」  テーブルに立てかけて置いた杖とミンクのコートを持ち上げ、彼の腕に抱きつくようにして少女は立ち上がった。 「おいおい、ワリカンだろ」 「ゴッメーン。今、持ち合わせが無いのー。後でいっぱい「特別サービス」してあげるから♪」 「おい!!」  クスクスと笑いながら、憮然とした表情の彼の頬にキスをすると楽しそうに先に外へと出て行った。 + + + + 「……寒っ」  四季を通してさほど温度変化が無いプロンテラと言えど、春まだ遠い今は十分寒い。  コートが無ければ、魔術師ギルドの制服だけでは寒すぎる。この露出の高すぎる制服についてはそれとは別に言いたいことはたくさんあるけれど、言ったところで改善されるわけも無いので不承ながらも着ているわけで。  草木も眠る深夜。  繁華街以外は、街も眠りについている。  ぼんやりとした灯りの街路灯に照らされながら見上げる空は広く、星が輝いていた。 「……今日は夢を見ないで寝られればいいけど。一人だと……やっぱり見ちゃうかな……」  溜息をついて、側にあったベンチに座る。  私は幼い頃から、ある悪夢に夜毎さいなまされていた。  それは現実味がないのになぜか生々しく、あまりにも凄惨で悲劇的だった。  夢の中では自分は天の御使いで。  信頼していた人に裏切られ、逆に男を手玉に取ることで殺害。  自らの手を血に染め、ミッドガルドそっくりの箱庭を作り、そこで殺し合いをさせた。  愛する人を下僕のように使い、他人の命をもてあそぶ。  強制暗示に精神改造。そして肉体改造と、人為的に殺人者を作り、疑心暗鬼を募らせる。  人々が、自分の思うままに殺し合いをするのを笑みを浮かべて自分は見ている。  もちろん、そんな悪行がいつまでも続くわけではない。  枷をはずし仲間を得た殺し合いの参加者達が、自分を殺す。  その戦いは熾烈を極め、耐え難い苦痛と死の恐怖を自分に与える。  そんな夢を見ていたせいで、私は他人よりも早く大人びた。  物事を見る目も、人を見る目もどこか斜めになった。  初めて男に抱かれたのは3年前の14歳の頃。  相手は、魔術学校の先輩のウィザードだった。  恋愛の結果かって?  ううん、そんな甘い物じゃない。半ば強姦。寝込みを襲われて……  アイツは、詠唱速度を追うDEX型と呼ばれるタイプで……初めてなのにその細い指だけで何度もイかされた。  女って、恐怖を感じると濡れない物なのに、私は乱れた。多分、淫乱な素質があったんだと思う。  だから、抱かれることにそのうち抵抗を感じなくなった。  それからあとの私を抱いた男たちは、たくさん過ぎて覚えていない。  男と寝ている時は、夢を見ない。  一時の快楽と安心感、そしてずっと続く虚しさを得るから。  酒を飲み始めたのもこの頃だ。周りも驚くほど酒に強いと言うことも知った。  アルコールを口にしても酔えないのだ。  いや、酔わないわけではない。身体はアルコールで酔う反応はするのだが、思考は研ぎ澄まされたままなのだ。  だから、酔った振りをする。そして浮かれている振りをする。  気が付けば、黒蛇王などと言うあまりありがたくない異名を頂戴し、酒場に行けば勝負を挑まれるようになった。  陰で、誰とでも寝る女とも言われていることも知っている。  それでも一人寝で見る悪夢よりも、酒と性欲による一時の快楽と虚しさを選んでしまう。 「あっは。我ながら荒んでるわぁ」  自嘲気味に苦笑いを私は浮かべた。  今の姿を死んだ両親が見たら、さぞや落胆するだろう。  扱いにくく、斜に構える自分にも優しさと慈しみを与えてくれた両親。  しかし、5年前の首都の大規模な枝テロに巻き込まれて死んだ。  親戚付き合いや近所づきあいが、都会の常であまりなかったせいで葬式も簡素なものだった。  もう、頼る人もいないのに不思議と悲しくは無かった。  他人に依存せずに、一人で生きられる職はなんだろう……?  そう考えた私は、魔術師……ウィザードを目指すことにした。  人よりも体力も腕力は無いけれど、頭の回転の速さや体捌き、すばしっこさには自信がある。  ウィザードなら、将来的に冒険者として生きることも、学問の講師として生きることもどちらの道をとることもでき、自分の特性を生かすことができるから。  そして、両親が残してくれた遺産のおかげで魔術学校にも行くこともできた。 「……ウィザード試験合格したら、久しぶりにお墓参りに行こうかな」  手袋をはずした手に息を吹きかけて、擦り合わせる。  酒場の入り口に視線を送るが、彼が出てくる気配はまだ無い。 「遅いなぁ……何してんだろ。まさか、お金足りないとか……?」  所持金がないからと支払いを押し付けた手前もあり、少し心配になったが、ぼんやりと脚を組みなおして、出てくるのを待つ。  アルコールが程よく身体を回っているせいと、すぐに彼が出てくるだろうと言う安心感が良くなかった。  ゆるんだ意識を眠りへと誘って、私はそのままベンチで眠り込んでしまったのだ。 + + + + 「……ん……さん。起きて下さい」  誰かが私を揺り動かす。 「こんな所で寝ていると、風邪をひきますよ」  大きくて暖かい手が、私の頬を軽く叩く。  この落ち着いた低い声の主の手……? 「ん~……もう少し寝かせてぇ……ん…ん」  寝ぼけたまま、私は目の前の相手に抱きついてキスをした。  相手は、その行動に硬直して固まってしまったらしく微動だにしない。 「ちょ……と……お、お嬢さん?!」  たっぷり、1分はその人は動きが止まっていたと思う。  がくがくと揺さぶられて、私はようやく眠りの淵から戻された。  相手の胸元に街路灯の光を反射するロザリーが輝いているから、プリーストだろう。  抱きついたときの感触や均整の取れた体つきはアサシンの彼を思い起こさせるから、多分殴りプリースト。  でも、顔つきはとても優そうで、その瞳は私の行動に困惑を隠しきれない色を浮かべていた。 「……あなた、誰……?」  自分でもバカな質問をしたと思ったけれど、その言葉を紡ぐのがやっとだった。 「誰と言われても……ただの通り掛かりですが……。それよりも、うら若いお嬢さんがこんな所で寝てしまうのは、風邪をひいてしまいますし防犯上いけません」  なんだか、厄介なのにひっかかってしまった……と私は思った。  この目の前にいるプリーストは、よくいる正義感の強いうっとうしいヤツというものだろう。 「しかも、突然ああいう行動を取るなんて……いいですか? もう少し女性と言う自覚を持って……」  長い黒髪をちょうど女性のポニーテールのように細い赤色のリボンで後ろにまとめたこのプリーストは、端整で優しそうなその顔を悲しそうに歪めながら説教をはじめた。  もちろん、お説教の言葉など右から左へと素通しさせ、さっさとこのプリーストがどこかに行ってくれないかと私は思ってるんだけど。  大体、送ってやると言ったアイツがいつになっても酒場から出てこないのが一番悪い……。  なんて言ってやろうかしら。  そんなふうに不機嫌な私の怒りの矛先が変わりかけた頃、酒場の扉がバタンっと音を立てて開いた。 「……悪ぃ!! ちょっと金が足りなくてツケにしてもらってた」  音に気が付いて振り向くと、アサシンが申し訳なさそうに出てきた。 「もー、遅いっ。いつまで寒空の中で待たせたと思ってるのよ?」 「ああ、俺が悪かった。待たせてすま………………いや。俺、悪くないだろ?! お前こそ金くらい持って来いよ! いつも俺が奢ってる気がするぞ」  抱きついた私の腕を振り払ってはがし、彼は大きく声を上げる。  周囲から見れば、痴話喧嘩にしか見えないだろう。 「ああ、お連れの方ですか」  先程説教をしていたプリーストが、アサシンに声をかける。 「あー……連れの酔っ払いがあなたに御迷惑をおかけしたようで……本当に申し訳な……」  声をかけられてからようやく気が付いて、アサシンはプリーストの方に振り返る。 「え!?」 「あ?!」 + + + + 「狭いですが、どうぞ楽にして下さい。今、お茶を用意してきますから」  ポニーテールの彼は、奥のキッチンへと消えていく。 「ああ、ありがとう。気を使わせて悪いな」  外套を脱いで簡単にたたむと、簡素だけれど作りはしっかりしたソファーに座り込んでアサシンはキッチンの彼に声をかけた。 「……っていうか、どうして私まで連れてこられないといけないわけ?」  くつろぐ彼の耳元に顔を近づけてささやく。  一応、部屋の中ということで私も、コートは脱いでいるけれど落ち着けるわけがない。 「向こうがお前も一緒にって言うんだから、仕方ないだろ。大人しくしとけよ」  肩をすくめてそう返されては、私もそれ以上何も言えなかった。  結局。  アサシンとプリーストは、顔なじみだったらしい。  アサシンの彼は転職して間もないことと装備や経験不足もあって、ギルドの仕事という物はまだ回ってこないのだそうだ。  だから日々の糧と鍛錬のためには冒険者として魔物を狩ることになる。  そして毎日のように出かけていた場所で、モンスターに囲まれて死に掛けていたのをプリーストに助けて貰ったのが縁で、共闘したりPTを組んだりするようになっていたとここまでの道すがら聞いた。  なんていうか、世界は広いようで狭いと言うか、狭いようで広いというか……。  だからと言って酔いが覚めるまでという理由で、私達を自宅に招くあのプリーストの考えが私にはわからないけれど。 「イエローハーブティーです。身体が温まりますよ」  法衣ではなく、薄いシャツ姿で髪を下ろしたプリーストがティーセットの乗ったトレーを運んできた。  ハーブ類はポーションの材料になるくらいだし、ハーブティーとして飲む人も多い。 「……ん、美味しい……」  カップとポットも暖めてあるみたい。  小さなことだけど、こういう所にも心遣いがわかる。  多分、アサシンの彼はこんなことには気がつかないんだろうなと思わず苦笑しながら、なんとなくプリーストの彼を見つめた。  彼は、アサシンと二人で狩場について意見交換しているみたい。  色んな狩場の話が出てくるけれど知らないところばかりだし、時計塔ばかり行っている私には、二人の話にはどうせついて行けない。  カラスの濡れた羽根のような長い黒髪と緑がかった瞳……  法衣姿の時もちょっとだけ思ったけれど、この人……肌蹴た胸元がすごく色っぽい。  男に対してこんな風に思うのは失礼かもしれない。  でも、あの腕に抱かれて褥の中で名前をささやかれたら…… 「おい、ボーっとしてるけど大丈夫か?」  ハッと気がつくとアサシンが私の顔を覗き込んでいた。 「気分でも悪くなったんでしょうか? 大丈夫ですか?」  プリーストの彼も私を覗き込んでいる。  ……私ってば、何考えていたんだろう。  どう考えても彼を誘ったところで、相手にされるどころかさっきのように説教されてしまうのが落ちなのに。  それよりもなによりも、私は正義面している輩が大嫌いなのに。  きっと、明日のウィザード試験を控えて、自分でもわからない緊張感で、それでおかしくなってるんだと思う。 「……あ、うん。酔いも覚めたし、明日試験があるから先に帰るわ。お茶、ごちそうさま」 「あ、送ってくって言っただろ。俺も行くよ」 「ううん、一人で帰れるから。折角だし二人で話していなさいな」 「本当に大丈夫ですか? やっぱり、送ってもらった方が……」  とても心配そうにプリーストの彼も言ってくるけれど、大丈夫よ、と続けて私はふらりと立ち上がって、コートを羽織り部屋を後にした。 + + + +  翌日。  私は見事試験を突破して、無事ウィザードに転職した。  筆記試験はかなり簡単だったけれど実技試験が難関で、先に試験を受けていた知人に回復用のポーションを持てるだけ持っていけとアドバイスされてなかったら、試験に合格できなかったかもしれない。  不思議なことに、昨日の夜は悪夢を見なかった。  いや、夢は見たけれど、それは幸せなひと時の夢だった。  自分が、愛する人と口付けを交わし、いつか一緒になって幸せになりたいと語るそれだけの夢。  今まで、こんな夢は見たことがなかった。  ……それはともかくとして。 「……なんで、あなたたちがいるのよ」  ゲフェンタワーから出てくると、昨日のプリーストがアサシンと一緒にそこにいた。 「ご迷惑かも知れないとは思ったんですが、昨日つまらなさそうでしたから一緒にどこかに行こうかと」 「どうせ、一人で寂しくどこかに狩に行くんじゃないかってね」  その言葉に私は涙が出そうになった。  すごく嬉しくて、びっくりして。 「……あなたたち、何考えてるの? 成り立てのウィザード連れて行っても邪魔にしかならないでしょう?」 「別に効率が欲しいわけじゃありませんから、のんびりいきましょう」 「そうそう。効率もいいけれど、たまには寄り道するのも楽しいから」  ああ、もうだめだ。  今、私きっと泣いてる。  慌ててる二人がいるけど、そのせいで周囲の人から注目もされちゃってるけれど、止められない。  ありがとう……。 + + + +  狩の結果はそれなりに上々だった。  普段は絶対行くことのないルティエにあるおもちゃ工場。  プレゼントボックスのお化けのようなミストケースや、クッキー、クルーザーなど私には縁が無いモンスターを見ることも出来たし、効率を気にせずに行ったおかげか、古く青い箱が一人一個手に入った。  アサシンの彼は、装備のために売るといっていたので私とプリーストは開けることにした。  プリーストの彼の箱からは、ブーケ。  私の箱にはアクセサリーが入っていて鑑定してみるとスロットつきのロザリオだった。 「かんぱーいっ」  いつもの酒場で三人で飲む。  テーブルには蜂蜜酒とエール、サベージのスペアリブやシュリンプサラダなどが並んでいる。 「楽しかったですね。またどこか行きましょう」  蜂蜜酒を飲むプリーストが微笑みを浮かべて私にそう言った。 「嵐見かけたときは、死ぬかと思ったけどな」  苦笑してアサシンがそう呟いて、エールを口にする。 「でも、真っ先にハエの羽で逃げたのは誰よ? あなたじゃなかった?」  一気にジョッキのエールをあけて、私は追加注文をした。 「いや、敵わない相手とは戦わないのは、鉄則だろう。俺は悪くない」 「跳ばれたときはあせったわよー」 「ええ、反応があと少し遅かったら危なかったですよね」  狩中の些細なことをネタにして話も弾む。  私は久しぶりに楽しかった。  そんな風に上機嫌で飲んでいたときに、それは唐突にやってきた。 「……やあ、久しぶり。ウィザードになれたんだね」  突然肩を叩かれて振り返るとそこには、忘れようとして忘れられない思いを刻み付けた相手がいた。 「せ、先輩……」  そう、私を襲い女にしたあのウィザード。  コイツのせいで淫乱な自分に気づかされて、両親に顔向けできなくなってしまったのに。 「黒蛇王って言われてるらしいね? 夜の君は相変わらず激しいしのかな。今日はこの二人と? うらやましい限りだ」 「先輩、違います。誤解です」  やめて。  そんな話をここでしないで。 「また、僕のお相手もお願いしたいな。もちろん、腰が立たなくなるまでかわいがってあげるからさ」  普段なら、きっと軽くあしらえたはずなのに、私は何も言えずに下を向くしか出来なかった。  別にいつも言われていることだし、アサシンの彼はそんなことは知っていても私と友達でいてくれる。  しかし、プリーストはこんな話を聞いたら、きっと私を軽蔑するはずだ。  ガタンと椅子が倒れる音がした。 「……お引取り願えますか?」  低い、抑揚の無い声。  顔を上げると、プリーストが先輩の腕を掴んで睨んでいた。 「少しくらい話してもいいだろう? それとも、僕が彼女と話すのにキミは何か不満でも?」  先輩が、腕を掴むプリーストを睨みつけて早く放せと言わんばかりに腕をはずそうとする。 「少なくとも、貴方のような方が側にいるだけでも不快ですね。お引取り下さい」  プリーストは優しい微笑みではなく、冷笑を浮かべて掴む手を離さない。  彼は見た目の優しそうな姿と裏腹に、かなり力があったはず……。  おもちゃ工場に行った時も、その力に驚かされたから。  腕をあんなにしっかりと掴まれていては、掴まれた方は痛くてたまらないはずだ。 「それはどういう意味だ? 僕は事実をのべていただけのはずだが」  やはり、かなり痛いらしく声に震えが出てる。  眉を寄せてつかまれた腕を振り解こうとしているけれど、プリーストは手をはずす気配が無い。  私はおろおろとして、両方の顔を見たまま動くことが出来なかった。 「……事実にしろ、そうでないにしろ、不快であることには変わりないですから」  手を離すと同時に、彼はそのウィザードの頬を思い切り殴りつけた。  その勢いにテーブルもろともに壁に叩きつけられるように転がっていく。  周囲の客たちも騒ぎにようやく気がついて遠巻きに見ているし、乱闘に発展したことで店員は警備兵を呼ぼうとしている。 「はい、ストップ!」  何も言わずにいつの間にかテーブルの上の物を別のテーブルに移動して、被害を最小限度に抑えたアサシンが、ようやくプリーストを止めに入った。 「その辺にしとけ」  肩をポンと叩いて、落ち着かせる。 「……とりあえず、時期に警備兵が来るな。店を出よう」  そして、多目の代金をテーブルに置いて、逃げるように私たちは店を後にした。 + + + + 「……申し訳ありません、つい……」 「気にするなよ。お前が殴んなきゃ、俺が同じことしてたかもしれないしな」  一番近いという理由で、プリーストの家に転がりこんだ私たち。  アサシンは窓から外を覗いてからソファーに座り込んだ。 「いつもだと、あんなの全然気にしなかったんだけど、ごめんね」  自嘲気味の笑みを浮かべて、私もすぐ側に座る。 「まあ、あんなの忘れて飲み直し!」  どこに入れていたのか、アサシンはさっきの酒場で飲みかけだった酒の瓶を取り出して、小さなテーブルの上に並べた。 「……どこに入れて持ってきたのよ?」 「それは秘密。謎は謎のままにしておいた方がいい」  真面目な顔でそう答えられて、思わず私は笑い出してしまった。  それにつられたのかプリーストも笑い出した。  ひとしきり笑った後に、彼はキッチンで簡単な料理を作って持ってきた。  つまみも無く、お酒を飲むのは身体に悪いからと。  先程の先輩のコトなど忘れて、私達は楽しい時間を過ごした―――。  ――――――どれくらい飲んでいたのか。  気が付くと、私はベッドの上だった。  ぼーっとしたまま起き上がって、目を瞬かせていると暗さに目が慣れてようやく周囲の様子が見えた。  自分が寝ていたのは、普通のシングルベッド。  窓際に机と椅子があって、椅子には男物のプリーストの法衣がかけられている。  法衣……ってことは、このベッドはあのプリーストの寝室?  酔いつぶれて眠ってしまった私をここに運んできてくれたのだろうか?  思わず隣を振り返って見るが、誰も寝ていない。  自分の服や身体も一応確認して見るが、マントがはずされて(マント自体はベッドの上にきちんと畳んであった)コルセットの紐が苦しくないように弱冠緩められているくらいで、特に乱れている形跡は無いし、コトが終わった後の様なだるさや違和感は無い。  まじめな人だし……まあ、当たり前だと思うけど。  そのまま扉の方に移動して、そっと開けた。  飲んでいたときの惨状のままかと思っていたのに、きれいにかたづけられて痕跡はほとんど残っていない。  ソファーには、シャツ姿のプリーストが疲れ果てたように仰向けに横たわって規則正しい寝息を立てていた。  また寝室に戻ってベッドにもぐりこもうかとも考えたけれど、このプリーストをもう少し見ているのも楽しそうだなと思ってしまった。  枕元に座り込んで、寝顔を私は見つめた。  結んでいた髪を無造作におろしているせいか、顔に髪がかかって邪魔そうだ。  そっと手で髪を払って、何も体にかけていないのでは寒いだろうから身につけていたマントを軽くかけた。  そういえば。  アサシンはどうしたんだろう?  部屋のあちこちを見て歩いたが、彼の存在は確認できない。  彼のことだから、私をプリーストに頼んでさっさと自分のねぐらに帰ってしまったのかも。 「だとしたら……お人よし過ぎるわ」  俺オレ詐欺とか、寸借詐欺なんかにあわないんだろうか。  貧乏クジを引かされるタイプみたいな気がするし。  ひとごとながら、心配になる。  変なところで、正義感強すぎるし。  ……そういえば、先輩に対して怒ってくれたのよね。  絶対嫌われると思ってたのに。  ―――あれ?  何で私、嫌われること恐れてるんだろう?  軽蔑されるのがいやだから?  あれ?  何で軽蔑されるのがいや?  友達として一緒にいられないから?  ……違う。  私、この人が好きなんだ。  この人が好きだから、嫌われたくないし軽蔑されたくないんだ。  まだ出会って二日目なのに。  それなのに、私はこの人に恋をした。  やっとそう気がついた時、私は彼の唇に自分の唇を重ねていた。 「……大好き」  いくら優しい彼でも素行が実際悪い私の気持ちには答えてくれないだろう。  だから、このまま友達を続けられればいい。  何も自分から、壊さなくてもいいんだから。  どうせ寝ているし、聞こえない今だから言える。  そっと立ち上がって寝室に戻ろうと踵を返すと、腕をつかまれた。  心臓が止まりそうなほどびっくりするって言うのはきっとこういうことだろう。 「……そういう言葉は……ちゃんと起きている時に言って下さい」  グイっと引っ張られて、倒れこむような形で彼に抱きついてしまう。  間近で顔を見つめられて、変に恥ずかしくて自分の顔が赤くなっているのがわかる。 「いつから、起きてたの? すごいバカみたいで恥ずかしいじゃない」 「部屋に入ってきた辺りですね。人の気配がするとすぐ目が覚めてしまうので」  最悪……最初から起きていた。  寝顔を見つめていたことも、呟いた一言も全て見られて聞かれていたわけで……  ふいに強く抱きしめられて、耳元で彼がささやいた。 「……私も貴女が好きです…はじめて会ったときから」 + + + + 「……さながら、俺は恋の天使かね」  アサシンは、一人、建物から出て、タバコを取り出して火をつける。  メンソールのさわやかな香りと独特の紫煙が心を落ち着かせた。 「天使……って柄じゃねぇか」  苦笑して呟いて、壁に背を預けて座り込む。  アイツは。  初めて会った時から、どこか危なっかしくて脆そうだった。  それに気が付いてるのは、きっと俺だけだと言う自信があった。  だから、友人以上・恋人未満。  真意を伝えることも無く、身体だけの関係でもいいと思っていた。  それなのに、あの優しいプリーストは、すぐにそれに気が付いた。  寂しくて傷つきやすいアイツの心に。  そして、アイツもそんなプリーストに惹かれた。  結果として、二人が幸せになったのならそれでいい。  自分はどちらも好きで、どちらも失いたくは無い。  だから、この気持ちは。  心にしまっておく。 「まあ、これで踏ん切りがついたな」  成り立てのアサシンにギルドの仕事が入ってこないなどと言うのは嘘である。  アサシンになれば、少なからずは回ってくるのだ。  しかし、彼は人殺しをする気になれなかった。  アサシンになったとはいえ、心の切り替えができなかったのである。  使命により、自分が死んだら……あの脆い少女は、拠り所を無くすのではないかと。  そのため、仕事は先延ばしになっていたのだ。  だが、この懸念はあの二人が結ばれたことで解消した。  自分が死んでも、あの少女には拠り所とするプリーストがいる。 「……」  煙を吐き出して、そっと呟いた言葉は空に上って消えていった。 + + + +  あれから、往く年月。  少女は女性となり、プリーストと結婚した。  しかし、その幸せは長く続かない。  後の世に恐怖政策として伝えられるBR法により、彼女の夫はその生涯を閉じた。    魔術師ギルド。 「……今回のBRの女性の候補者ですが……いかがいたしましょうか」  ギルドマスター及び、幹部たちは頭を抱えていた。  男性の候補者は、異端者がいたためすぐに決まった。  しかし、女性者側が決まらないのである。 「希望者を募る……わけにもいきませんね。自ら死地におもむこうなどという者は…」  会議室の外が騒がしくなる……と同時に扉が開く。  飛び込んできたのは、長い銀の髪のオーラをまとった女性ウィザード。 「突然の無礼を失礼いたします。今回のBRに私を指名して下さいませ」  土下座するように、その場に座り込みギルドマスターを見つめる。 「……あなたは、先日魔法を極めた方ではありませんか。ハイウィザードの試験がこの後控えていると聞きましたが」 「私は試験は受けません。それに、女性側の参加者はまだ決まっていないと聞きました」 「……何も、死ににいかなくてもいいではありませんか。別の者をBRには派遣します」 「いいえ。私でなくてはいけないのです。どうしても……ですから、どうか……」  必死に頼み込む彼女の願いは聞き届けられた。    ―――そして、バトルROワイアルへと ---- [[戻る>第二回番外編]]

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