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another battle しがみついた男 ---- 「どうして♂騎士を襲ったか、答えていただけますか?」 わき腹を深くえぐった刀傷。背中には突き立ったままのナイフ。 左目は血にまみれ、傷の様子から二度と光を得ることはかなわないだろう。 おそらくは殺す側の人間として致命的なほどの傷を負った男は、あらわれたウィザードの女を残った右の目で疎ましげに見やった。 女の足もとからはしゅわしゅわと光の珠が尽きることなく生み出され、中に浮かんでは消えていく。 それだけで、女が人として到達できる極限の力を持っていることがわかった。 けれど男はひるまない。おびえることもない。ただ目の前に仁王立つ女を、目を細めて刺すように見ていた。 「殺さなければ俺が死ぬからだ」 たんたんとした口調で、男はそう言った。右手に構えたシミターの刀身が、夕日を受けて赤くきらめいていた。 女が見た男は一種異様ともいえるほどに落ち着いていた。 生への執着などかけらも見せないままに死を拒否した男の言葉に、女は背筋をぞくりと冷たいものがはしるのを感じた。 ♀ウィザードには、♂クルセイダーが死にたがっているようにしか見えなかった。 満身創痍でそれでもきっぱりと死を望まないと言い放ち、人を殺すことを曲げようとはしない彼が、 まるで神のために死のうとする殉教者のように思えた。 ♀ウィザードは、まっすぐな瞳とはっきりした口調で♂クルセイダーに問いかけた。 「このゲームを壊すことは考えないのですか?」 ♂クルセイダーは、一瞬だけおどろいたような、意外そうな顔をした。 あまりに一瞬だったので、♀ウィザードですら気づかなかったかもしれなかった。 すぐにまた鉄仮面でも被っているような、つめたい表情にもどして♂クルセイダーは剣先を♀ウィザードに向けた。 「そんなことに興味はない。俺はただ、ルールに従って自分以外を殺すだけだ」 「それなら私もあなたを殺します。あなたはGMジョーカーを殺すための障害のようですから」 そこで♂クルセイダーははじめて笑った。口端をほんのり吊り上げただけではあったが、たしかに彼は笑った。 「お前、復讐者か。なるほど。そのためにはなにを犠牲にしても構わない。そう思っているだろう?」 ♂クルセイダーのシミターが♀ウィザードを一閃する。しかしそこには♀ウィザードの肉体は、ない。 彼女はあざやかなほどにシミターの刃が届く範囲を見切っていた。最小限度の動きだけで♂クルセイダーの初撃をやり過ごしたのだ。 ♀ウィザード右手ですばやく印を結んだ。彼女は杖を持っていなかったが、それでも並々ならない雷が右手でバチバチと爆ぜるような音を立てていた。 「否定しないのだな。だったら俺たちは同じ人種だ」 ♂クルセイダーはいつのまにか左手に握っていたソードを軽く前方へ投げ、♀ウィザードが放ったユピテルサンダーにぶつけた。 耳元で銅鑼を叩かれたようなすさまじい音がして、ソードがどこかへ弾けとんだ。 その隙に♂クルセイダーは♀ウィザードに対して二回目の斬撃を繰り出す。 「お前はGMジョーカーに復讐したいと考えている。 おおかた大切な人をこのBR法によって失いでもしたのだろう?」 ニ撃目もまたなにもない中を斬った。♀ウィザードのすばやい身のこなしに、♂クルセイダーはいささか舌を巻いた。 それでも口から出てくる言葉を止めようとはしなかった。 「GMジョーカーが憎いのだろう? お前の目はそういう目だ。復讐にとりつかれた人間の目だ。  だから俺とお前は同じだ。俺は世界が憎い。この世界のすべてが憎い。  俺の大切な人を救ってもくれなかった神も、殺した人間も、この世界も、すべてが憎い」 はげしさを増した♂クルセイダーの剣勢に、♀ウィザードは魔法を使う隙を失った。 手負いの彼がここまで動けるとは、想像もしていなかった。 冷酷な殺人鬼のようだった彼が、ここまで激情的に剣を振るってくるとは、思ってもいなかった。 追い詰めて、逃げようとする彼を逃がさず確実に殺す。♀ウィザードはそう考えていたのだ。 「同じ!? 私とあなたが・・・・・・同じ!?」 襲いかかる剣の隙を縫って、♀ウィザードは右手で印を結びつつ、左手のひらをを地面に向けた。 大地に泥濘を作り出す魔法、クァグマイアには印も詠唱も必要ない。 「同じだろう。俺もお前も、もう生きてなどいない。復讐の炎でしか動けない、おろかな自動人形だ」 すかさずクァグマイアの範囲から離脱するように♂クルセイダーは♀ウィザードの死角へ回り込もうとした。 そうはさせまいと、♀ウィザードが先ほどの印を完成させた。 「それでも私は───私のような誰かが二度と生まれないように、そのために戦っています」 突如♂クルセイダーの前面に、燃えさかる炎の壁があらわれた。 が、♂クルセイダーは灼熱の壁を前にして、そこにはなにもないかのように♀ウィザード目掛けて突進をした。 「だったら死ねばいい。死んでしまえば、かなしむ必要などない。俺が手伝ってやる。俺の剣がお前たちを救ってやる」 からだが焼ける苦しみもいとわずに、叫びながら♂クルセイダーはシミターで♀ウィザードを薙ぎ払おうとした。 ♀ウィザードはその迫りくる刃を、♂クルセイダーのふところに飛び込みながら、咄嗟に取り出していたロザリオを使って受けた。 ガキリ、と金属同士がぶつかって青い火花が散った。 相手の吐きだす息の音すらも聞こえてきそうな距離で、男と女の視線もまたぶつかり合った。 ♀ウィザードの表情が、わずかに笑みを見せた。 「それで、あなたはなにかを残せたのかしら?」 「なに?」 ♀ウィザードはロザリオを巧みに使い♂クルセイダーのシミターを抑えながら、顔つきするどく、言葉をつづけた。 「たとえ私があなたに殺されたとしても、私の意志は受け継がれるわ。  誰かがきっと、このゲームを終わらせてくれる。それだけのものを私は残せたもの。  あなたにはなにが残るの? あなたはいったいなにを残せたの?」 ギリギリとロザリオとシミターの刃元がこすれあう。 「そんな必要はない。俺はいつ死んでも構わない。俺はもうとっくに死んだ人間だ。未来など、なにもいらない!」 ♂クルセイダーの巨体が大きく後方へ跳びすさった。その一瞬で♀ウィザードは体勢をくずした。 ロザリオとシミターという奇妙な鍔迫り合いの駆け引きは、♂クルセイダーが一枚上を行ったようだった。 舌戦においても♂クルセイダーがまさっていた。 未来を放棄した人間がこれほどに強くなれるものなのかと♀ウィザードは絶句した。 ♀ウィザードはいままで自分の命すらも投げ出すような人間に強さはないと考えていた。 最後の最後まで希望を捨てないものこそが、復讐すらも遂げられるのだと信じていた。 よろめいて体勢をくずした♀ウィザードに対して♂クルセイダーがふたたび跳びこんできた。 今度はロザリオで受けるなどといった曲芸じみた芸当は使えそうにない。 「お前は甘い。だからこうやって簡単に隙を見せる。地力では俺よりもまさっていたはずなのにな」 ♂クルセイダーの右手、シミターの湾曲した刀身が♀ウィザードの無防備な胴へすいこまれた。 血飛沫が大地を赤く濡らした。勝敗は決したかのように思えた。 ♂クルセイダーは♀ウィザードが笑ったような気がした。 いや、♂クルセイダーの右目はたしかに、♀ウィザードの口もとに笑みが浮かんだのをとらえた。 ♂クルセイダーは自分が斬ったものの手ごたえの違和感に気がつくべきだった。 自分の力量なら♀ウィザードの胴を両断してしかるべきはずが、できなかったことでなにかに気がつくべきだった。 突如♀ウィザードが♂クルセイダーに飛びかかった。 彼女のからだは細身ではあったが、シミターを握ったままの♂クルセイダーが体当たりから逃れることはできなかった。 おそらくは想像もしていなかったに違いない。 胴が千切れるかもしれないのに剣をめり込ませたまま跳びかかってくるなど、自殺行為でしかない。 これではまるで彼女が自分に復讐を果たそうとしているようではないか! 「お前はGMジョーカーに復讐したいのではなかったのか?」 ふたりは勢いよく地面に倒れこみ、もみあう形となった。 ♂クルセイダーは腕力で彼女を強引に引き離そうとしたが、できなかった。 信じられない力が♂クルセイダーを組み伏せていた。 今わの際の力というものだろうか。♂クルセイダーは♀ウィザードの顔がやはり笑っていることを確認した。 「やっぱり私とあなたは違います。だって私は復讐を捨てられますから」 言葉の意味を♂クルセイダーは一瞬理解できなかった。彼女がこれからなにをしようとしているかもわからなかった。 ただ、彼女の笑顔があのときの、自分が愛したアコライトの少女の最期の顔と重なった気がした。 ───ゴメンなさい、あなた。私、仇を討てません。私は彼らのために、この人をそちらに連れていきます。 ごうっという音が聞こえた。同時に♀ウィザードのからだが炎につつまれた。 ♂クルセイダーを下に敷きながら、♀ウィザードは炎をまとい、一本の柱となった。 夕日に焼けた空と同じ色の炎が、空までも届きそうなほどに高い、一本の柱となった。 劫火の中で♀ウィザードは笑顔で♂クルセイダーに告げた。 「GMジョーカーを殺すために用意したものでした。  私のからだには、そのためだけにブルージェムストーンを埋め込んであったのです」 ───♂アサシンには最後まで反対されたけど。 「そうか・・・・・・それでシミターは・・・・・・胴の途中で、止まったのか・・・・・・」 炎につつまれたふたりは、お互いの顔を見合わせながら、身が焼ける苦しみとともに最期の会話をした。 「お前は・・・・・・捨てることが・・・・・・できたのだな」 「はい・・・・・・・復讐よりも・・・・・・未来を信じたいと思ったのです・・・・・・」 ♂クルセイダーは静かに右目を閉じた。なぜだかはわからなかったが、♂クルセイダーにはもう、怒りも憎しみもなかった。 いち早くそれらをこの炎が焼いてくれたのかもしれない。そう思えるほど、心は穏やかであった。 ♂クルセイダーは♀ウィザードのからだが軽くなっていくのを感じて、自分の死もまた、近いのだろうと思った。 世界を壊すという復讐にしがみついた男と、誰かのために復讐を捨てられた女か。 勝てるはずがない。この女に俺が勝てるはずなど、なかったのだ。 ♂クルセイダーは最期でそう、思った。 そしてふたりのからだは、狐色の炎につつまれたまま、灰となって空高くのぼっていった。 関連話:[[181.Endless nightmare>2-181]] ---- [[戻る>第二回NG]]

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