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204.紛い物の騎士   「大丈夫か?」  ♂BSに一撃を放った後、そのまま地面に倒れこんだ♂ローグの耳に、聞き覚えのある声が聞こえていた。  痛む体に強いて、首を捩ると声のした方向に向ける。 「…あんたか」  見上げれば、♀セージがじっと彼を見ていた。  冷たい様な瞳で。けれど、彼はその後ろに泣き顔を見た気がした。  身を起し、立ち上がる。そこに刻まれているだろう傷を見たのか、彼女の氷が僅かに揺らぐ。 「今、プリーストを呼ぶ。少し…」  待て、と言いかけた♀セージを、♂ローグは片手で制した。  行かなければならないし、聞かなければならない事があった。 「子バフォと、♀アーチャーはどうした?」  彼を見ていた冷たい瞳が、溶けて零れた。  潤んだ瞳を隠しながら、彼女は首を横に振る。 「子バフォは判らない、でも♀アーチャーは…」  ♂ローグは、そうか、とだけ答え、背を向ける。  彼女は知らぬと言ったが恐らくは、子バフォも又。  もう♀セージから言葉はなかった。  ありがとう。彼は、心の中でだけ小さく礼の言葉を言う。  ──足は重く、短い距離が酷く遠く感じる。  バドスケのくぐもった声が彼方から聞こえる。  見れば、泥だらけの服を着た小さな塊が、草を赤く濡らして彼の前に横たわっていた。  歩を進める。近づいてくる♂ローグの足音は聞こえているだろうに、バドスケは彼の方を向かない。  ぽたり、ぽたりと何処からか雫が滴る音が。  少しして、それは頬を伝っているらしい、と気づいた。  血か?♂ローグは思う。それにしては、少しも痛みは感じない。  只、熱だけが。熱だけが、後から後から頬を顎を伝って落ちていく。  アラームは。詩人の腕に、きつく抱かれて、眠っていた。  口の端からは血が。包帯が幾重にも巻かれた腹も、真っ赤だった。  眠っている様にさえ、見えた。死に顔は、眠る様に安らかだった。  苦しまずに死ねたのか。そんな事が脳裏を光の速さで過ぎ去っていった。 「…よぉ」  ♂ローグは、何時もの笑みを無理矢理浮かべながら、眠りこけるアラームにそう呼びかけた。  熱。熱い雫が、幾つも幾つも。  漸く、ゆっくりと詩人が男に向き直る。  仮面が外れ、骸骨の素顔が露になっていたが、それさえ既に気にもならない様子だった。  言葉を忘れているらしい詩人の横に、男はどっかと座る。  煙草を懐から取り出し、かちかちと中々思い通りに着火しない火打石を打ち鳴らす。  その僅かの間に、彼は思った。  皆、死んでしまった。  あっさりと。自分が護れてさえ居れば。  そんな事を思う積りは毛頭なかったが。  けれど。けれども。  ──漸く火の付いた煙草を咥え、紫色の煙を吸い込む。  少し吸い込み過ぎたか、ごほごほと♂ローグは咳き込む。 「アラーム」  そうしてから、空いた手で、♂ローグは、くしゃくしゃと少女の頭を撫でる。  それが、彼の知る中で、一番優しい振る舞いだった。  詩人は何も言わぬ。少女もまた。只、男だけが喋っていた。  彼は、今更ながらに。 「俺は、お前等と、一緒に、居たときな」  声は、震えていた。 「知らない間に、俺は、お前等ん中に、なりたかった俺を見てた」  振るう剣は弱者の為に。  そんな願望。だが、夢が既に果てている事は他ならぬ彼自身が一番良く知っている。  手にしていたツルギは、かつて一人前になった剣士が手にする物だったが、これほど彼に似合わない武器もあるまい。  だから、共に居た時は何時も、それを考えないでいた。 「馬鹿みたい、だろ? 俺みたいな、糞悪党が、騎士になりたかった、なんてよ」  言って、ローグはとんだ笑い種だと笑う。悪党は騎士になれない。  片手の煙草から、溜まった灰が地面に落ちた。  彼は根元まで燃え尽きた煙草を投げ捨てる。 「でもな、それでもな」  彼は気づいたのだ。 「俺は、嬉しかった」  嬉しかった。例え、自分は悪党に過ぎないとしても。  男には、誇れるものなど何も無かった。あるのは只、惰性と怠惰、そして悪徳で過ぎていくだけの日々。 「だって、お前等は、俺に、大切な物を、くれたもの」  あの♀プリーストに、そして彼等に出会った事が彼に命を吹き込んだのだ。  もう一度、物言わぬ少女の頭をくしゃり、と撫でる。  熱。熱が。先程よりも、より多く頬を伝っていく。  顔をふと上げると、詩人が彼を見ていた。  その視線に、自らの頬をに手を触れ、初めて彼は自分が泣いている事に気づいた。  眼を瞑る。  泣いてはいけない。悪党に涙は似合わない。  死など見慣れていた筈だった。  しかし、溢れる涙は止まる事無く。 「ありがとう。ゆっくり、眠ってくれ」  だから、彼は笑った。大輪の笑みで。眠る少女を安心させる様に。  既に死んでしまった、大切なものを彼に与えた者達の為に。  彼は、自らの胸の内。未だ形を成さない何かを、強く強く誓った。  ──どれ程、そうしていた事だろう。 「…?」  何だ。男は、詩人は。眼前の少女の体に何かを見た。  形容しがたい。しかし優しい何か。  淡い、光が。始めは、何処からか注いでいるかとも思ったが、そうではなかった。  それは、少女の体から発せられた光。  彼等が、その正体を考えるより早く、淡い光に包まれた少女の体が縮んでいった。  服、そして包帯。少女が身に着けていたそれだけを残して、ぱさり、と軽い音を残して何かが地面に落ちた。  男が、詩人がそれを見る。  涙が、再び流れた。  奇跡だとか、そんな陳腐な表現はどうでもよかった。  只、目の前にあるそれに、男は自ら誓いを立てた。  所詮は、紛い物に過ぎないとしても、強く強く彼は誓った。 「…なんだよ、アラーム。お前、笑ってるんじゃねぇか」  何時もの笑みを浮かべ、呟いた♂ローグ。滲んだその視線の先には、一枚のカード。  一人の少女が、その内で、優しげに笑うカードが、草の上に落ちていた。  『アラームc、一枚獲得』  がんばって。背中を押すアラームの声を、その瞬間彼等は聞いた気がした。 <♂ローグ アラームc(効果は不明)一枚獲得 その他は変わらず> <バドスケ 状態場所装備変わらず> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[203]] | [[目次]] | [[205]] |

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