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195.死神の世界 [2日目夜 定時放送③後] ---- 『これ、やるよ。この指輪には魔法がかけてあるんだ。  どんなときだってお前をまもってくれる、とっておきの魔法だよ。  だからがんばって強くなって───いっしょに転職しような』 記憶は繰り返される。飽きることもなく、記憶は繰り返される。 いっそ改竄されてしまえば、すくわれるのに。 そう思えるほどに俺の記憶は俺にからみついたままで、けして俺を放そうとはしてくれない。 『ゴメンね。あなたに指輪のひとつもあげられなくて・・・・・・こんな風に自然に咲いてるお花くらいしか、あげられるものがなくて・・・・・・』 『気にするなよ。それにさ、こうすれば、花だって指輪になるだろ。ほら、きれいな花の指輪になった。  いやだって言っても、いっしょに転職するからな』 薬指に銀の指輪をはめた少女の左手と、少年の右手がからみあう。 薬指に花の指輪をはめた少年の左手と、少女の右手がからみあう。 永遠を誓った、アコライトの少女と、剣士の少年。 忘れられない、記憶。 繰り返されるのは、あの日までの記憶で、そこで俺の時間は止まる。 ずぶりと鉄の塊を口の中へ刺しこまれた彼女と、なにもできなかった自分。 かけがえのない命を失った彼女と、命以外のすべてを失った自分。 止まった時計が動き出すことは、ない。 それからの自分がどうやって生きてきたのかは、自分自身ですらよく覚えていない。 気がつけばクルセイダーになることを許されて、気がつけばこの島にいた。 別にBR法の適用者に志願したわけでもなければ、強要されたわけでもなかった。 ただ俺にすがるように泣きついてきたクルセイダーの頼みを、聞き入れただけだった。 今にして思えば、俺はそのときにはすでに、壊れはじめていたんだろう。 生きる目的なんてなにもなく、死ぬ理由もない。 彼女の分まで生きようとする強さも、彼女のもとへ行こうとする弱さも、俺にはなかった。 からっぽだった。 なにもない、からっぽの俺。どうしようもないほど、空虚な俺の心。 善も悪も、その判断も、世界を憎むことも、世界に絶望することも、なにもできない、伽藍洞。 けれどそんな伽藍洞な俺を、悪魔というやつは放っておかなかった。 忍び寄ってきた悪魔は、かつて彼女が着ていたアコライトと同じ服装で、にこやかな笑顔で俺にこう言った。 『よかった。クルセイダーならこんな殺し合いに乗っていたりしませんよね。  あぁ、本当によかった。やっぱり神様は、ちゃんと私たちを見ていてくださるんだわ』 そのとき俺は、うまれてはじめて自分の心が壊れる音を、聞いた。 それは、憎悪の波が、俺の心をこなごなに打ち砕いた音だった。 黒々とした炎が、打ち砕いた心ごと自分のからだを燃やし尽くす音だった。 ───神さまなんて、この世にはいないとおもった 左手が赤い。女の血で左手が、べっとりと赤い。 彼女との約束も、指輪のあった薬指も、俺のからだも、握り締めた剣の刃も、俺が見る世界も、すべてが赤い。 ぬぐっても、ぬぐっても、洗い落とせない赤。 目の前にはアコライトの少女が同じように全身を赤く染めて、横たわっていた。 かつて少年の時間を止めた少女と同じように、口に鉄の塊を突き入れられて、少女は生き絶えていた。 『おめでとうございます、♂クルセイダーさま。いやはや鬼神のような闘いぶりでした。  あなたが優勝でございます。どうぞ、生き残ったものとして、これからも生きつづけてくださいませ』 ジョーカーと名乗ったGMが、俺を笑っているゴブリン仮面のような顔で迎え入れた。 それが死神としてのはじまりだった。 俺のことを祝福されし死神と、人は言う。 神など信じないこの俺を、神に祝福された死神だと、人は呼んだのだ。 生きる理由が見つかった。死ねない理由が見つかった。 神を信じているものがいる限り、どうして死ぬことができるだろうか。 神に願うものがいる限り、どうして死ぬことができるだろうか。 こうして他者の信じる神を否定することが、俺のすべてとなった。 神はすくってくれなどしない。神はなにもしてくれはしない。 人々に絶望を与えることが、俺のすべてとなった。 ───そのためにはこの島こそがふさわしい だから俺は、もういちどこの殺戮ゲームに参加した。迷いなどない、はずだった。 『うそつき』 嘘じゃない。俺は本当に、心から神を否定し、神を信じるものを絶望の淵に叩きこむことだけを願っている。 『うそつき』 嘘じゃない。俺は本当に、心から神を信じているやつを、憎んでいる。 『うそつき』 嘘じゃない。俺は本当に、心からお前をすくってくれなかった神を─── ◇◇◇◇◇◇ 目覚めた俺の頬は、なぜだか濡れていた。どうやらいつのまにか、深く眠っていたようだった。 (誰にも殺されず、生きているだけでも感謝しなければならんな・・・・・・) ───誰に? ズキリと背中が痛む。痛いのは背中だけではない。 開かない左目も、焼けただれた顔も、切り裂かれた脇腹も、痛みは少しもひいていなかった。 耳まで壊れているらしく、奇妙な音が頭の中をこだましていた。 不意に♂クルセイダーは右目を大きく見開いた。奇妙な音が本物であることに、気がついたのである。 痛むからだを無理矢理に動かして、♂クルセイダーは身に背負いつけていた荷袋から、しわくちゃになった一枚の紙を取り出した。 紙は水に濡れていたが、どういうわけかすこしもにじんではいなかった。 右目の視線を紙にぶつけて、記されている情報を読み取った。 地図上でD-3を示す場所が黒く変色しており、そしてときおり赤くなり、黒と赤を交互に表示していた。 ピピピ ピピピ その奇妙な音は、♂クルセイダーの首から聞こえてくるようであった。 (祝福された死神も、いまやただの死神というわけか・・・・・・) 苛立たしく歯噛みして、♂クルセイダーはよろよろと立ち上がった。 助かるかどうかはわからない。 けれど彼は神さまに祈ろうとは思わなかった。 そんなことは絶対にしないと心に誓って、彼はがたついたからだを引きずるようにして東を目指し、歩きはじめた。 おそらく自分は助からないだろう。 そう思いながらも、彼は歩いた。 自分が生きつづけることだけが、死んでいった少女への慰めだと信じて、彼は歩きつづけた。 神さまに殺されるべき自分が死ぬことは、神さまがいることを認めることであり、 それではあの日、神さまは彼女を見捨てたということになってしまう。 ♂クルセイダーにとって、それだけは、耐えられないことであった。 あれほど神を信じた少女が、神に見捨てられたはずがない。 だから神は存在しない。 ♂クルセイダーは歯を食いしばって叫んだ。 「神などいない! だから俺は死なない。死ぬものか!」 夜空に浮かぶ無数の星々が、♂クルセイダーをあわれむように、またたいていた。 <♂クルセイダー> 現在位置:D-3から東へ 髪型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) ナイフ(背中に刺さったまま) 状態:左目の光を失う 脇腹に深い傷 背に刺し傷を負う 焼け爛れた左半身   精神不安定 ---- | [[戻る>2-194]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-196]] |
195.死神の世界 [2日目夜 定時放送③後] ---- 『これ、やるよ。この指輪には魔法がかけてあるんだ。  どんなときだってお前をまもってくれる、とっておきの魔法だよ。  だからがんばって強くなって───いっしょに転職しような』 記憶は繰り返される。飽きることもなく、記憶は繰り返される。 いっそ改竄されてしまえば、すくわれるのに。 そう思えるほどに記憶は俺にからみついたままで、けして放そうとはしてくれない。 『ゴメンね。あなたに指輪のひとつもあげられなくて・・・・・・こんな風に自然に咲いてるお花くらいしか、あげられるものがなくて・・・・・・』 『気にするなよ。それにさ、こうすれば、花だって指輪になるだろ。ほら、きれいな花の指輪になった。  いやだって言っても、いっしょに転職するからな』 薬指に銀の指輪をはめた少女の左手と、少年の右手がからみあう。 薬指に花の指輪をはめた少年の左手と、少女の右手がからみあう。 永遠を誓った、アコライトの少女と、剣士の少年。 忘れられない、記憶。 繰り返されるのは、あの日までの記憶で、そこで俺の時間は止まる。 ずぶりと鉄の塊を口の中へ刺しこまれた彼女と、なにもできなかった自分。 かけがえのない命を失った彼女と、命以外のすべてを失った自分。 止まった時計が動き出すことは、ない。 それからの自分がどうやって生きてきたのかは、自分自身ですらよく覚えていない。 気がつけばクルセイダーになることを許されて、気がつけばこの島にいた。 別にBR法の適用者に志願したわけでもなければ、強要されたわけでもなかった。 ただ俺にすがるように泣きついてきたクルセイダーの頼みを、聞き入れただけだった。 今にして思えば、俺はそのときにはすでに、壊れはじめていたんだろう。 生きる目的なんてなにもなく、死ぬ理由もない。 彼女の分まで生きようとする強さも、彼女のもとへ行こうとする弱さも、俺にはなかった。 からっぽだった。 なにもない、からっぽの俺。どうしようもないほど、空虚な俺の心。 善も悪も、その判断も、世界を憎むことも、世界に絶望することも、なにもできない、伽藍洞。 けれどそんな伽藍洞な俺を、悪魔というやつは放っておかなかった。 忍び寄ってきた悪魔は、かつて彼女が着ていたアコライトと同じ服装で、にこやかな笑顔で俺にこう言った。 『よかった。クルセイダーならこんな殺し合いに乗っていたりしませんよね。  あぁ、本当によかった。やっぱり神様は、ちゃんと私たちを見ていてくださるんだわ』 そのとき俺は、うまれてはじめて自分の心が壊れる音を、聞いた。 それは、憎悪の波が、俺の心をこなごなに打ち砕いた音だった。 黒々とした炎が、打ち砕いた心ごと自分のからだを燃やし尽くす音だった。 ───神さまなんて、この世にはいないとおもった 左手が赤い。女の血で左手が、べっとりと赤い。 彼女との約束も、指輪のあった薬指も、俺のからだも、握り締めた剣の刃も、俺が見る世界も、すべてが赤い。 ぬぐっても、ぬぐっても、洗い落とせない赤。 目の前にはアコライトの少女が同じように全身を赤く染めて、横たわっていた。 かつて少年の時間を止めた少女と同じように、口に鉄の塊を突き入れられて、少女は生き絶えていた。 『おめでとうございます、♂クルセイダーさま。いやはや鬼神のような闘いぶりでした。  あなたが優勝でございます。どうぞ、生き残ったものとして、これからも生きつづけてくださいませ』 ジョーカーと名乗ったGMが、俺を笑っているゴブリン仮面のような顔で迎え入れた。 それが死神としてのはじまりだった。 俺のことを祝福されし死神と、人は言う。 神など信じないこの俺を、神に祝福された死神だと、人は呼んだのだ。 生きる理由が見つかった。死ねない理由が見つかった。 神を信じているものがいる限り、どうして死ぬことができるだろうか。 神に願うものがいる限り、どうして死ぬことができるだろうか。 こうして他者の信じる神を否定することが、俺のすべてとなった。 神はすくってくれなどしない。神はなにもしてくれはしない。 人々に絶望を与えることが、俺のすべてとなった。 ───そのためにはこの島こそがふさわしい だから俺は、もういちどこの殺戮ゲームに参加した。迷いなどない、はずだった。 『うそつき』 嘘じゃない。俺は本当に、心から神を否定し、神を信じるものを絶望の淵に叩きこむことだけを願っている。 『うそつき』 嘘じゃない。俺は本当に、心から神を信じているやつを、憎んでいる。 『うそつき』 嘘じゃない。俺は本当に、心からお前をすくってくれなかった神を─── ◇◇◇◇◇◇ 目覚めた俺の頬は、なぜだか濡れていた。どうやらいつのまにか、深く眠っていたようだった。 (誰にも殺されず、生きているだけでも感謝しなければならんな・・・・・・) ───誰に? ズキリと背中が痛む。痛いのは背中だけではない。 開かない左目も、焼けただれた顔も、切り裂かれた脇腹も、痛みは少しもひいていなかった。 耳まで壊れているらしく、奇妙な音が頭の中をこだましていた。 不意に♂クルセイダーは右目を大きく見開いた。奇妙な音が本物であることに、気がついたのである。 痛むからだを無理矢理に動かして、♂クルセイダーは身に背負いつけていた荷袋から、しわくちゃになった一枚の紙を取り出した。 紙は水に濡れていたが、どういうわけかすこしもにじんではいなかった。 右目の視線を紙にぶつけて、記されている情報を読み取った。 地図上でD-3を示す場所が黒く変色しており、そしてときおり赤くなり、黒と赤を交互に表示していた。 ピピピ ピピピ その奇妙な音は、♂クルセイダーの首から聞こえてくるようであった。 (祝福された死神も、いまやただの死神というわけか・・・・・・) 苛立たしく歯噛みして、♂クルセイダーはよろよろと立ち上がった。 助かるかどうかはわからない。 けれど彼は神さまに祈ろうとは思わなかった。 そんなことは絶対にしないと心に誓って、彼はがたついたからだを引きずるようにして東を目指し、歩きはじめた。 おそらく自分は助からないだろう。 そう思いながらも、彼は歩いた。 自分が生きつづけることだけが、死んでいった少女への慰めだと信じて、彼は歩きつづけた。 神さまに殺されるべき自分が死ぬことは、神さまがいることを認めることであり、 それではあの日、神さまは彼女を見捨てたということになってしまう。 ♂クルセイダーにとって、それだけは、耐えられないことであった。 あれほど神を信じた少女が、神に見捨てられたはずがない。 だから神は存在しない。 ♂クルセイダーは歯を食いしばって叫んだ。 「神などいない! だから俺は死なない。死ぬものか!」 夜空に浮かぶ無数の星々が、♂クルセイダーをあわれむように、またたいていた。 <♂クルセイダー> 現在位置:D-3から東へ 髪型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) ナイフ(背中に刺さったまま) 状態:左目の光を失う 脇腹に深い傷 背に刺し傷を負う 焼け爛れた左半身   精神不安定 ---- | [[戻る>2-194]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-196]] |

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