「206」(2005/11/01 (火) 14:39:51) の最新版変更点
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206. 殺し屋達の挽歌 ~♂BS
熱い。熱い熱い熱い。
焼けていく。焼けていく。
目の前は、赤。炎の朱。ああ、おれが焼けていく。
おれは、おれは。
まだ、こんな所で死ぬ訳にはいかないのに。
あの女を殺さなければならないのに。
ここで死んでしまうなら。
何の為に今まで殺し続けてきた。
勇敢な少女を。操られるままに殺し続けた人々を。
──おれの、愛するひとを。
思い出すのは。遠く彼方の日常。
笑い会う彼と彼女。何時もの露店。眩しい日差しが照らす街頭。
花嫁と花婿。笑いさざめく友人達。その数は、彼女の方がずっと多かった。
おれは、鍛冶仕事しか出来なかったけど、彼女はそうじゃなかったか
ら。
何時の事だったろう。蚤の市で、テロに会って二人で切り抜けた事もあったっけ。
思い出すのは。血みどろの時間。
叫ぶ男を切り倒し、逃げる女を叩き潰し、誇り高き男も殺し、その傍の女も殺し、勇敢な娘を断ち割った。
おれは泣きながら、狂いながら、おれに愛を囁くひとを殺して、首を切り取った。
おれは、狂っていて。ああ、今も狂っているのかも。
ちくしょう。
そう叫びたかったが灼けた空気が喉を焼いていて。
声帯がもう千切れたのだろう。声は全く出なかった。
それでも。おれは。
死ぬ訳には。死ぬ訳には。
筋が焼け切れつつある体で、火の中を前ににじりだす。
おれは。おれは。おれは。
体が少ししか動かない。筋肉がどんどんと焼き切れていく。
やがて、芋虫の様に這うことも出来なくなる。
熱に弱い眼球が溶けて、流れ出していく。
赤が、黒に変わっていく。
死ねない。死ねない。死ねない。死ねない。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。
おれは。おれには、かえるばしょはもうなくなったんだ。
おれは、もうしんでいくひとなんてみたくないんだ。
しんでいくひとなんて、おれと、きみらと、しろいおんなだけでいいんだ。
おれは、すべてをおわらせてしまいたいんだ。
──彼を焼く火は、許し。
全てを平等に消し去る許し。
遍く罪人は火に焼かれ、火に清められ、火に浄化されて、煙となって天に上る。
それは、煉獄だ。
けれど、彼は彼女を拒む。
地獄の如き生を望む。
だが、彼にそれはもう赦されない。
絶対の権威を以って、火は彼を赦す。
炎は、彼を抱きとめ熱いキスをした。
それは、何時か見た愛しい人のようで。
──おれは。
既に赤は、黒だ。
──おれは。あいするひとの、しんでいくひとのために。
それは、彼には赦されない。
罪人に赦されたるは、只その罪を償うこと。
黒い死神が。彼に、手を差し伸べる。
彼は、最後の力を振り絞り、顔を持ち上げた。
届かない場所に向って、手を伸ばそうと──しかし、彼の両腕は既に無く。
ぱちぱち、と体が焼ける音だけが頭蓋骨の振動を通して脳に伝わってくる。
ああ、ちく、しょう。ち、くし、ょう。ち、く、し、ょ、う。
お、れ、 は あ い する ひと、の。
あい あい あいする あいするひとの。ために。た、めに。
思考が途切れていく。
彼を誘う最後の闇。その中でさえ、ぱちぱちと己を焼いていく火の音の挽歌を聞きながら。
ちくしょう。おれは、すべてをおわらさないと、いけないのに。
最後に、そんな叶わない思いを、願った。
<♂BS 死亡 持ち物は、全て焼けて使い物にならなくなっている>
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