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217.その男、凶暴につき [2日目深夜] ---- その男、♂ローグはめずらしく悩んでいた。 片目にある古傷を隠すように手をあてて、口をへの字に曲げている。 よほどなにかを考え込んでいるらしい。 それでも目からは時おりぴりぴりとした視線が放たれ、周囲への警戒を忘れた様子はなかった。 さすがに命のやりとりを日常としているものと言えた。 適度な緊張を肌にまとわせながら生活することに慣れているのだろう。 しばらくして♂ローグは、思いついたようにクロスボウの調子を確かめはじめた。 クロスボウは遠距離からの攻撃を可能にしてくれる、♂ローグにとっての生命線である。 いついかなるときであれ正確な射撃ができる状態にしておくことは、優先すべきことだった。 月明かりしかなかったが、♂ローグは手近な木を見定め、その木を目掛けてクロスボウの矢を撃ちこんだ。 初撃が狙ったところから逸れたのは問題なかった。逸れた分だけ狙いを修正し、もう一度矢を放った。 どんぴしゃり。矢はするどい音を立てて木の幹に突き刺さった。 ♂ローグはこうすることで、今の時点でのクロスボウのクセを体に覚えこませたのである。 なぜいま急にそんなことをしたのか? 理由は単純である。♂ローグはこれから朝までの時間を、勝負の時間と考えていた。 全部で4日あるはずの殺し合い。すでにその半分が過ぎていた。 ♂ローグは先ほどの思索の中で、今後の予定を建てていたのである。 残っている28人から自分を除いた27人にどうやって消えてもらうか。そのことを考えていた。 自分ひとりですべての人間を殺すことは、とうていできないことだった。 となると、人を積極的に殺そうとするような人間には"まだ"生き残っていてもらわなければならない。 自然、♂ローグが優先的に殺さなければならない相手が浮かびあがってきた。 そう、彼が何よりも殺さなければならない相手、それは2人でいる者たちだった。 3人以上のパーティを除外したのは、自分の手にあまるからではない。 ♂ローグは人の心というものが、極限に置かれた際にどう転がるのかを、よく知っていた。 ♂ローグが生きてきた世界は、光あふれるところではない。彼が生き抜いてきたのは、暴力と欲望に色塗られた世界だった。 そこで♂ローグは絶望の淵に立たされた人間を、何人も見てきた。 狂乱するもの。腹を据えるもの。最後まであらがうもの。自ら命を絶つもの。 人によって行動は違えど、二つ確かなことがあった。 それは、人を信じたものが救われたためしなどないということ。そして、人は裏切るものだということ。 その点で、2人という協力体制は実に合理的である。 なぜなら相手が裏切ったところで1対1に戻るだけであり、それは有利とは言えないまでも、けっして不利なわけでもない。 また2人ならば、相手の行動から目を離す機会が少ないというのも大きい。 ところが3人以上ではそうはいかない。 自分の目の届かない場所で誰がなにを考え、どう行動しているかなど、わかったものではない。 気がつけば毒入りの食事をとらされていた、なんていうのは笑うにも笑えない。 「3人以上で徒党を組んでる連中なんてのは、どうせしまいにゃ、お互いがお互いを信じられなくなってくる。  それに、誰が腹んなかに悪魔飼ってるかもわかんねぇこんな島じゃ、ひとりの方がましってもんだ」 ♀ノービスを始末したときに頂戴したポイズンナイフの刃を見つめながら、♂ローグはひとりつぶやいた。 「けど、2人でいるやつらは案外やっかいだ。とくに強固な信頼関係なんて結ばれた日にゃ、目もあてらんねぇな」 誰に聞かせるわけでもなかったが、声を口に出すことは、頭を整理するのに都合が良かった。 「だからこそ今殺す。ここで全力で殺さねぇと、4日目がきびしくなっちまうわ」 ♂ローグはそれほどに2人のパーティを危険視し、そしてこの2日目の夜というものを重要視していた。 たとえこの夜に限界まで動いて、3日目の日中を寝て過ごすことになったとしてもかまわないとさえ思っていた。 それだけではない。 4日目は死力を尽くさなければならない。ならば少しでも活動できるために、3日目を休息にあてるのは当然の考えである。 ♂ローグはさらに考えた。 禁止区域の状況におけるE-6周辺の重要性である。 現在、島の東西をわける唯一の区域がE-6だった。それはつまり人を呼ぶ場所ということでもある。 E-6、E-7、F-6、F-7。この4つの区域こそが、おそらくは最後の戦場になるであろう。そう推測した。 禁止区域の広がり方は、すべての参加者を島の中央に集めるためと考えて間違いない。 GMジョーカーのやり方としては、ひどく納得のいくものだった。 「俺がGMだったら間違いなくそうする。そしてそれを読めるようなやつは、E-6には近づかない。  E-7かF-6、あるいはF-7に陣取って、ぎりぎりまでやりすごすはずだ」 そこまでを声にして、♂ローグはいやらしく笑った。どう動くかが定まったからである。 「まずはF-6。そこからF-7、E-7と回らせてもらうぜぇ」 小さな声でつぶやいて、♂ローグは気配を闇に溶けこませた。隠密行動はローグにとって、造作もないことである。 こうして♂ローグは、夜は自分の時間とばかりに行動を開始した。 狙うのは二人でいる連中。そいつらをどうやって殺してやろうか? 想像しただけで下半身に血がたぎりそうになる気持ちを静めつつ、♂ローグは駆けはじめた。 血走った瞳が快楽を求め、かがやきを増していた。 <♂ローグ> <現在地:G-6→F-6へ> <所持品:ポイズンナイフ クロスボウ 望遠鏡 寄生虫の卵入り保存食×2 未開封青箱> <外見:片目に大きな古傷> <性格:殺人快楽至上主義> <備考:備考:GMと多少のコンタクト有、自分を騙したGMジョーカーも殺す> <状態:全身に軽い切り傷> <思考:2人組を狙う 3人以上は放置> ---- | [[戻る>2-216]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-218]] |
217.誇りある魂 [定時放送③後] ---- GMジョーカーによる定時放送が終わった。 自分たちの居場所が禁止区域には含まれていないことを確認し、ほっとした3人だったが、その後のしばらくは沈黙の時間が続くことになった。 沈黙の中で♀騎士は♂ハンターを様子見したが、彼の表情は、どうにも重かった。 放っておいたら、地面に沈みこんでしまうのではないかと心配に思ったほどだ。 感情というのは、周囲に伝わるものである。 誰かが嬉しそうに笑っていれば、自然と周りにいる人間も心がはずむ。 哀しみに身をまかせ、暗い表情をしていれば、同行者も似た気持ちになってくる。 そして今のこの重苦しい空気を作っているのが、顔を伏せ気味に膝をかかえて地べたに座っている、♂ハンターだった。 出会ったときもどこか淋しげで、悲壮感すらただよわせていた彼だったが、今はそのときよりも酷い。 ♀騎士は、先ほどの定時放送で耳にしたジルタスの名前が原因であろうと考えていた。 ♂ハンターは、仲間であった仮面の女性が殺されたと口にしていた。 その女性がジルタスであったかどうかを判断する材料は、♀騎士にはない。 けれど♂ハンターの様子から、おそらくはそうなのだろうと推察した。 仲間だったものの死に放送が追い討ちをかければ、落ちこんでしまうのも無理のないことだと思った。 実際は違っていた。 いや、♂ハンターの殺された仲間がジルタスであるという点に間違いはないのだが、 あくまでもそれは彼が鬱々としている理由のほんの一端に過ぎず、大もとの理由は別にあった。 彼はGMジョーカーが宣告した♀アーチャーの死に心を痛めていたのである。 ミストレスが♀アーチャーの肉体を奪ったことは、他ならぬ彼が一番よく知っていた。 ただそれでも彼は、♀アーチャーが死んだとは思っていない。 ♀アーチャーの肉体にはなんの損傷もない。ミストレスが♂ハンターを王子様と呼んだことから、記憶も消えたわけではない。 それなら彼女はミストレスという箱の中で、生きているはず。彼はさっきまでそう思っていた。 それをGMジョーカーは、♀アーチャーは死んだと判断したのだ。 ♂ハンターは悔しさに顔を両手で覆い、唇をかみ締めながら体をわななかせた。 ♀アーチャーを奪ったミストレスが、♀アーチャーを死んだと処理したGMジョーカーが、そしてなにより、なにもできない自分が許せなかった。 憤怒、憎悪、後悔の感情がぐるぐると、心の中をかき乱した。 さすがに見ていられなくなったのか、♀騎士が♂ハンターの肩にそっと手を置いた。 なぐさめることは余計なことかもしれなかったが、せめて話を聞こうと思ったのだ。 誰かに話すことで、まぎれるものもあるからだ。 こんなときに笑うことのできない自分というものが、彼女にはとても恨めしかった。 それでも♀騎士は、精いっぱいの笑顔を作ろうとした。 どこかいびつで、どこか憂いを含んだ表情ではあったが、今の彼女にできる最大限だった。 ♂ハンターはその面持ちを見て、彼女もまた人には言うことのできない苦しみを抱えているのではないかと感じた。 ところが♀騎士は、いつまでたっても話を切り出そうとはしなかった。 ♂ハンターの肩に手を乗せたまま、いじらしく彼の言葉を待ったのである。 先に声を発したのは、♂ハンターだった。 「なにも聞かないんだな」 「はい。でも話したくなったらいつでも聞かせてください。それで楽になることも、あるかもしれません」 心に傷を持っている人は、相手の心の傷にもまた敏感なのかもしれない。 このあたりが♂モンクと♀騎士の大きく違うところだった。 もっとも♂モンクは、ラッパーである自分の出る幕はないと判断したのか、声の届く範囲にはいたが、ただ踊っていた。 場にそぐわないことはなはだしかったが、とくに害もないので二人は♂モンクを放置した。 優しい沈黙だった。♂ハンターの機微に無理に触れようとするでもなく、おざなりにするわけでもない。 彼女の柔和な心が♂ハンターの心に、波立てず注がれているようだった。 惹かれあうなにかがあったのかもしれなかった。 やがて♂ハンターがふたたび、閉ざしていた口を開いた。これまでのいきさつを語ったのである。 その内容は、♀騎士、♂モンクの二人をひどく驚かせるものだった。 この島に羽虫の女王、ミストレスがいること。ミストレスは転生期だったこと。転生のための器が♀アーチャーだったこと。 そして、♀アーチャーはミストレスに肉体も、精神も奪われてしまったこと。 すべてを語り終えて、♂ハンターは声の調子を落とし、弱々しくこぼした。 「ほんとうのところ、自信がないんだ。たったひとりでなにができるんだろうとも思う。  でも、それでも、助けたいって思うんだ」 ♀騎士は彼のただよわせていた悲壮感、その根源を知った。 おそらく彼は、あきらめている。自分が生き抜くことも、彼女を取り戻すことも、できないと思っている。 そのことが、♀騎士には良くわかった。あきれるほどに自分と似ていた。 騎士として生きられなかった自分。ふたたび剣をにぎることもできない自分。生きることさえあきらめてしまいそうな、自分。 それでも死ねないのは何故か。♀騎士にもわからないことだった。 死ぬことが怖いから。それだけなのかもしれなかった。 「Hey, Hey, Boy? ユーは信じる? 彼女のHeart?」 突拍子のないラップのはじまりだった。何を思ったのか♂モンクが口を挟んできたのだ。 もちろん♂ハンターには♂モンクの言わんとすることがわからなかったが、♀騎士が通訳した。 「えっと、♂ハンターさんは♀アーチャーさんを助けられると信じているか? って言ってます」 ♂ハンターは、表情を曇らせた。即答できないことも含めて、沈黙が答えだった。 「ファッキンBoy! ウェウェウェ、ウェイカップ!」 声とともに鈍い音がした。♂モンクが♂ハンターを殴り飛ばしたのだ。 頬に強烈な一発を食らった♂ハンターは体勢を崩して地面に手をつけた。 突然のことに、何をされたのかわからないといった表情をしていた。困惑が顔に出ていた。 ♂モンクは一発だけでは済まさなかった。 へたり込んでいる♂ハンターの胸倉をつかみ上げると、さらにもう一発、右こぶしを叩きこんだ。 あまりのことに呆然としていた♀騎士は、我に返ったのか、あわてて♂モンクを止めようとした。 ♂モンクはそれすらも振りほどいて♂ハンターを殴った。 三発目のこぶしもきれいに入ったところで、ゆらゆらと後退した♂ハンターは殴られた頬を押さえた。 手が触れた頬は、じんわり熱かった。 「どどどどうしたyou, guy, かもんかもん♪」 ラップの調子に乗せて、♂モンクは指で♂ハンターを誘った。かかってこいというわけである。 パニックになっていた♀騎士は、その仕種を見てようやく、♂モンクが手加減をしていることに気がついた。 よくよく考えれば、なんてことはない。♂モンクが本気でないことはあきらかだった。 なぜなら彼はあの阿修羅の技の遣い手である。本気で3回も殴りつけていれば、♂ハンターが立っていられるはずもないのだ。 それなら♂モンクはなぜ、♂ハンターを挑発したのだろう? さっぱりの行動だった。 ♂モンクの猛攻が続いた。正確には彼は本気を出していないので猛攻とはいえないが、手を休めたりもしなかった。 さすがに♂ハンターも、いつまでも殴られっぱなしになるわけにはいかないと思ったのか、仕舞いこんでいた短剣に手を伸ばした。 プリンセスナイフ。彼女の遺品でもある。 けれど、♂ハンターはナイフを手にとらなかった。なんとなくではあったが、彼もまた♂モンクが全力でないことに気がついたのである。 ♂モンクの意図はわからなかったが、それでもナイフを使うことはためらわれた。 しかたなく♂ハンターは自分もまた素手で戦うことにした。殴り合いなんていうのは随分と久しいことだった。 少しだけ、血が騒いだ。 ♂ハンターは♂モンクの右ストレートが当たる瞬間に、左手で弾いて逸らした。 ♂モンクが手加減をしていたせいもあり、集中力を向上させればこの程度は、たやすいことだった。 「さきにやったのは、そっちだからな!」 吼えてから右こぶしを、力いっぱい♂モンクの顔面に向けて放った。♂モンクは微動だにせず、そのこぶしを顔面で受け止めた。 こぶしが頬にめり込んで顔の形が変わっていたが、口端をつり上げ、不敵な笑みをこぼした。 「You got it now! それがmost大切なことだぜ、young guy♪」 歌って♂モンクはぐらりと地面に倒れた。どうやら♂ハンターの一撃は、わりと的確に真を捉えていたらしい。 ♂ハンターは肩を上下に揺らしながら、ロッダフロッグのように伸びた♂モンクを見下ろした。 呼吸を落ち着けようとしたが、頭の中はさっぱり落ち着かなかった。 殴られた部分はズキズキと痛み、口の中は血でいっぱいだった。苦い味に顔をしかめた。 ♂モンクのしたことは♂ハンターの理解できる範囲を大きく超えていた。 もしかすると♀騎士なら何かに気づいたかもしれない。そう思い、♂ハンターは♀騎士に期待の視線を送った。 ♀騎士は目を大きく見開いて、肩を震わせていた。やはり何かに気がついているようである。 ♂ハンターはふらふらになりながらも♀騎士に近づき、力ない声で聞いた。 「なぁ、♂モンクはなにがしたかったんだ? 本気出してなかったよな」 ♀騎士はこくんと頷いた。けれどなかなか話をはじめなかった。 とりあえず立っているのも限界だったので、♂ハンターは腰をおろした。♀騎士にも座るよう促した。 ♂ハンターは顔をゆがめていた。頬はしだいに腫れあがってきており、見るからに痛々しい。 けれど♀騎士はそんな♂ハンターを心配することもなく、ぼうっとしていた。 言葉を選んでいるのか、それとも別の理由があるのか。ともかく♂ハンターは♀騎士が何かを喋ってくれるのを待った。 しばらくが過ぎ、♂ハンターの顔がぱんぱんにふくれ上がった頃になってようやく、♀騎士がぽつりと洩らした。 「♂モンクさんが最後に言った言葉でわかりました。  ♂モンクさんは、後ろ向きな気持ちのまま前に進もうとすることを止めたかったんだと思います」 怪訝な表情をする♂ハンターに、♀騎士は続けた。 「♂モンクさんの行動にこめられていた想いはこうです。  やられっぱなしで立ち止まるな。今は迷うときじゃない。迷えば迷うだけ、失うものが───増えていく」 どうやったらあの殴り合い込みのラップからこんな意図が汲み取れるんだろうか? ♀騎士のラッパー通訳性能の高さに驚きながらも、♂ハンターは♀騎士の、いや、♂モンクの伝えたかったことを復唱した。 「立ち止まるな。迷うときじゃない。迷えば迷うだけ、失うものが───増えていく」 ふと♀騎士を見れば、彼女は瞳に涙をなみなみと浮かべていた。いまにもこぼれ落ちそうだった。 そして、案の定そのまま泣き崩れた。 ♂ハンターはますますもって、混乱した。混乱のきわみだった。 しどろもどろになりながらも♀騎士をなだめて、♂ハンターは思った。やっぱり俺は不幸な星のもとに生まれたに違いないと。  ◇ ◇ ◇ ♂モンクが気を取り戻したときも、♀騎士はまだ泣いていた。 それでもどうにか落ち着きはじめたのか、少しずつ話をしはじめた。♂モンクもさすがに大人しく座り、♂ハンターの横で彼女の話を聞いた。 「昔話ですけれど、聞いてください」 二人は無言でうなずいた。 「私は貴族の家に生まれました。下級貴族でしたけど、良い両親を持ちました。  父は強くたくましい、騎士の鑑のような人で、母は美しく、とても気のきくやさしい人でした。  どちらかと言えば父の背中を見て育ったので、騎士になる夢を持ったのですけれど」 ♂ハンターも、♂モンクも自分たちが殴り合いをしたことはどこへやら、お互いの存在を忘れるほどに♀騎士の話に耳を傾けていた。 「そして私は夢をかなえました。父も母も、それはそれは喜んでくれました。だけど───」 わずかにためらいが見られ、そこから♀騎士の声音に暗い響きが混ざった。 「私は罪を犯しました。それも子供を母親ごと切って捨てるといった大罪を、です」 聞いていた二人は思わず息を呑んだ。彼女がそんなことをするようには、とても思えなかった。 「もちろん望んでしたことではありません。戦争でしたから、避けようがなかったのです。王国からの命でもありましたし。  ですが、私が罪もない人を手にかけたということには変わりありません。殺したのは私です。私が自分の意志で、殺したのです」 ♀騎士は、のどから絞り出すように声を出した。やっとのことで口にできたことだった。 「それからの私は剣をにぎることができなくなりました。耳を塞ぎ、目をそむけ、罪と向き合うこともせず、逃げ出したのです。  私は自分が犯したことに、耐え切れませんでした。卑怯な私は剣がにぎれなくなることで、結果的に自分を守っていたのです」 怒り、憎しみ、そして後悔。おそろしいまでの自責の念が、今の彼女を作りあげていた。 ♂モンクも、♂ハンターも、わずかに唸ることしかできなかった。 「♂モンクさんのさっきの言葉は、♂モンクさんが♂ハンターさんに伝えようとしたものです。ですが、私は───、  私には───、その言葉がまるで私を突き刺すように聞こえたのです。  迷うときじゃない。迷えば迷うだけ、失うものが増えていく。  ♂モンクさんの真意を知ったとき、私は胸がはり裂けそうになりました。だって私は、ずっと迷い続けていたから。  今までずっと、どこにも進めずに、後悔という池の底深くで傷が開かないように、じっとしていることしかできなかったから」 悲痛な叫びだった。どこまでも自分を苦しめる、懺悔だった。 ♀騎士が悪いわけではない。そう言ったところでおそらく彼女には、なんのなぐさめにもならないだろう。 それに、彼女が罪のない人々を殺したということは、確固とした事実だった。 未来永劫消すことなどできない、事実だった。 「ごめんなさい。私が勝手に取り乱しただけなのに、話しこんだりして。つらいのは私だけじゃないのに」 涙をぽろぽろと落としながら、♀騎士はそう言った。 ♂ハンターがそっと近づいて、指先で涙を優しくすくい取った。 「いいさ。つらいのが君だけじゃないのと同じように、俺だけがつらいわけでもないよ。きっとみんなつらいんだ。おんなじだよ。  でも、ありがとう。俺は君の───、いや、君と♂モンクのおかげで目が覚めたよ」 ♂ハンターが微笑した。顔は殴られたせいでお世辞にもきれいとは言えなかったけれど、やわらかな微笑みだった。 「俺は怖かったんだ。もう二度と♀アーチャーには会えないんじゃないかって。もう手遅れなんじゃないかって、怖かったんだ。  だけど、怯えてる場合じゃないってことが、よくわかった。  可能性はゼロかもしれない。それでも助けられるって信じて前に進むしか、ないってことなんだよな」 はっとして、♀騎士が♂ハンターを見た。彼の瞳には、いつのまにかあの悲壮感が消えていた。 「バカでも、なんでもいい。誰に笑われたってかまわない。俺は、俺にできることをやってみるよ。  ♀アーチャーにもう一度会ったら、呼びかけるよ。何度だって呼びかける。彼女がミストレスに抑えこまれていたって、声が届くように。  彼女はきっと、俺を待ってくれていると思うから。自惚れかもしれないけど、そう思うから。だから信じてやってみるよ」 ♂ハンターは照れくさそうに頬を掻こうとした。 ところが自分の頬が腫れていることを忘れていたらしく、触れたことで痛みが走ったのか、ビクッとして手を放した。 ♂ハンターは、はっきりとした口調で続けた。 「俺さ、彼女がどうしようもなく好きなんだ。どうしてももう一度、会いたいんだ。  会って、気持ちを伝えて、抱きしめて、キスしたいんだ」 恥ずかしい台詞が怒涛のように口から出てくる♂ハンターに、♂モンクは開いた口が塞がらなかった。 それでも♂ハンターは真摯そのものだ。 そして♂ハンターの話を聞く♀騎士もまた、ひたすらにまっすぐな表情をしていた。 心を打たれたらしく、瞳などはふたたび潤んでいた。 ♀騎士はまぶたを閉じた。 実際に♀騎士は、♂ハンターの変化に内面をはげしく揺さぶられていた。 彼女は思った。私は本当に騎士だったのだろうかと。 島の外でも逃げて逃げて、あげく島に送られ、それでも逃げて。自分はいったい何をしているのだろうと。 今までの自分は形だけの騎士に過ぎなかったのではないか? 職位としてだけの騎士。格好だけ騎士の姿をした、騎士とはとうてい呼べない人間だったのではないだろうか? だとすれば騎士とは、なんなのだろう。 騎士として生きるというのは、どういうことなのだろう。 目の前の彼が、答えをくれた気がした。 騎士とは人そのものなのではないだろうか。そんな風に思った。 そうだとすれば、騎士になるために必要なものは剣の技術でもなければ、国への忠誠でもない。 必要なのは誇るべき魂。くじけそうになっても迷っても、あきらめずに前に進むことのできる不屈の闘志。 騎士とは彼のように、悔しさも悲しさも、そのすべてを受け止めて、力に変えることのできる人を指す言葉ではないだろうか。 ♀騎士が憧れた騎士は、そんな人だった。だからこそ♀騎士はがむしゃらに、父の背中を追いかけたのだ。 目を開けた♀騎士は、昂ぶろうとする自分の感情を静めるように、息を吐き出した。 ♂ハンターを見つめ、いままでにない力強い声で告げた。 「私にも♀アーチャーさんの救出を手伝わせてください」 ♂ハンターはおどろきつつも、ていねいな口調で断った。 「それはダメだよ。君たちは君たちで、生きるために戦うべきだ。俺は俺のために行くんだから」 ♀騎士が首を振る。 「私も同じです。私のために、あなたについていきたいのです」 強固な意志を持った瞳だった。 「死ぬかもしれないよ」 「たとえ死ぬにしても、私は騎士として死にたい。誇ることのできる魂を持った騎士として───そのために、どうか」 ♀騎士は♂ハンターに頭を下げた。 そうまでされては♂ハンターも、彼女の意志をむげにすることはできなかった。 承諾して♂モンクを見やった 「俺たちゃ仲間、いつでも一緒さ。Don't worry, I love you guys♪」 ♂ハンターは、あやうく泣き出すところだった。 いままでの自分は不幸だったけど、もしかしたら幸運をつかめるかもしれない。そんな気がした。 ラップなんて音楽には興味がなかったけれど、好きになれそうだと思った。 「ありがとう。俺は♀アーチャーを、必ず取り戻してみせるよ。どんなことがあっても必ず。必ずだ」 「なんだかお姫さまを助けにいく、王子さまみたいですね」 ♀騎士の言葉に、♂ハンターはこう返した。 「当然だよ。だって俺は王子さまだから」 それを聞いて♀騎士は笑った。気がつけば自然に笑えていたのだ。そもそも笑顔とはそういうものである。 無理に笑おうとする必要など、どこにもなかったのだ。 ♂ハンターの返しがよほど面白かったのか、♀騎士はくすくすと笑った。 その笑顔は、♂モンクも♂ハンターもいままでに見たことのない、愛らしい笑顔だった。まるで天使のような笑い顔だった。 <♂ハンター> 現在地:E-6 所持品:アーバレスト、ナイフ、プリンセスナイフ、大量の矢 外見:マジデフォ金髪 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:麻痺からそれなりに回復(本調子ではない) ミストレスと、ジルタスを殺したモンクを探すために動く。   ♀アーチャーを救いたい <♂モンク> 位置 :E-6 所持品:なし(黙示録・四つ葉のクローバー焼失) 外見 :アフロ(アサデフォから落雷により変更) スキル:金剛不壊 備考 :ラッパー 諸行無常思考 楽観的 刃物で殺傷 <♀騎士> 位置 :E-6 所持品:S1シールド、錐 外見 :csf:4j0i8092 赤みを帯びた黒色の瞳 備考 :殺人に強い忌避感とPTSD。刀剣類が持てない 笑えるように ---- | [[戻る>2-216]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-218]] |

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