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219.鏡合わせの騎士 [2日目深夜] ---- ここは何処で、自分は誰と戦っているのだろうか。 それすらもわからずに、ただ自分の身を守るために、♂騎士は剣を強く握りしめた。 ひとりになりたい――それだけを考えていた。 ひとりになることの怖さも、心細さも知っていた。今まで仲間という暖かい存在に包まれていたからだ。 それでも、誰かの傍にいることは耐えられないことだった。 死にたいのか、といったらそうではないのだと思う。 目の前の男が自分に剣を振るってきた瞬間、とてつもない恐怖と憎悪がその人物に対して沸き起こってきたからだ。 ――その感情が、GMの介入によって異常に引き出されているのだということを、彼は知らないのだが。 一方で、♂クルセイダーは思う。この青年の瞳はこのような色だっただろうかと。 赤いのは以前からだったように思う。だが、このように血を思い出させるほど毒々しく、鮮やかだっただろうか。 人間を感じさせないその瞳は、色鮮やかでありながら酷く虚ろだ。それは狂気を孕んでいるようで、違うようにも思われた。 「狂ったか、♂騎士……?」 剣を交えながら、♂クルセイダーは呟く。その声は少しだけ寂しげにも聞こえた。 ♂騎士は、そうではないと答えかけ、口を噤んだ。 (いっそ、頭ん中全部狂っちまえばいいのに) そうすれば、この苦しみから逃れられる。しかしそれは、最もしてはならないことのようにも思えた。 (まずいな) ♂クルセイダーは内心で呟いた。 傷に痛みが走るうえ、左側がよく見えない。気配を読んでカバーしてはいるものの、しきれるものでもない。 コンディションが万全であれば、♂騎士相手に1対1なら互角以上と言っていいだろう。 しかし今の自分では分が悪い。相手が狂人となっていたならばなおさらだ。 左目は戻しようがないにしろ、せめて体の傷だけでも塞がっていたなら、と♂クルセイダーは悔いた。 「くっ……!」 きぃん、と音をたて、シミターが弾き飛ばされる。 咄嗟の判断で♂クルセイダーは後ろに跳んだ。 それは重傷を負った人間の動きとは思えぬほどだったのだが――それを上回る反応で、♂騎士が剣を突き出した。 「……?」 しかし、それが♂クルセイダーの体に届く寸前で、♂騎士は動きを止めた。 その手はぶるぶると震え、♂クルセイダーを見ているはずの瞳には、何か別のものが映っているように思われた。 殺されるのが、怖かった。だから殺すために剣を振るった。 目の前の人間は、俺を殺そうとしたんだ。殺したっていいじゃないか。 ♂騎士は、自分にそう言い聞かせた。しかし、その手は動かなかった。 相手に殺されそうだったから、殺した。 ――♂アルケミストの時もそうだったじゃないか。 それを思い出した瞬間、目の前の『人間』が、♂アルケミストと重なって見えた。 彼の手によって殺された♀プリーストと、♂アルケミストの姿が、頭の中に浮かんでは消える。 手が、震える。殺せない。二度も人を殺しておきながら、自分にはできないのだ。 気づいてしまった。殺すのも、怖いのだと。 気づけば剣を取り落としていた。落とした剣を、♂クルセイダーは――拾わない。 「……何故、泣く」 ♂騎士の頬には涙が伝っていた。 その涙を見て、♂クルセイダーは気づく。♂騎士は芯まで狂ってはいないのだと。 「俺は……騎士として、生きたかったのに……」 誰に向かってでもなく、♂騎士は呟きはじめる。 ♂アルケミストの幻影が、彼の中にあるGMの仕組んだ狂気を鎮め、彼自身の心の中の言葉を紡がせていた。 「諦めるのか? お前らしくもない。前の戦いのときお前は、恐れず立ち上がってきただろうに」 「違う! ちがう……。でも、どうしろっていうんだよ!  騎士の役目も果たせないで、目に映るもの全部を怖がって、頭ばっかりおかしくなってる馬鹿に何が守れる?  誰かのための騎士になりたくても……もう駄目なんだ。また変になった俺が、全部ぶち壊すに決まってる!」 悲痛な声で♂騎士が叫ぶ。 血を吐くかのようなその叫びを黙って聞きながら、♂クルセイダーはわずかに顔を苦々しく歪ませた。 「♂騎士」 しばらくして、♂クルセイダーは口を開いた。 彼の無機質な声に、♂騎士はびくりと体を震わせた。 「……少しも経たないうちに、酷い顔をするようになったな」 酷い顔、か。これを言われるのは二度目だな。 そんなことをぼんやりと考えながら、♂騎士は突然襲ってきた衝撃に意識を飛ばした。 + + + 酷い頭痛と共に、♂騎士は目を覚ました。 空はまだ暗い。それほど時間は経っていないようだった。 辺りを見渡すと、少し離れた場所に♂クルセイダーが座っていた。 最も♂騎士自身は、個人としての彼を認識できてはいないのだが。 「……お前は」 突然声をかけられ、♂騎士は♂クルセイダーを驚いたように見つめた。いつ起きていることに気づいたのだろう、と思いながら。 「俺がわからないのか?」 続く言葉に、♂騎士は黙ったまま頷いた。 今となってははっきりとわかる。自分の感覚は、異常だ。 それを言い訳にするつもりはないが、人の見分けがつかないことが♂アルケミストを殺してしまった一因でもある。 「お前は誰だ? 俺のことを知ってるんだろう」 どこか間抜けな♂騎士の問いに、♂クルセイダーは苦笑しながら答えた。 「かつて剣士だったお前を助けた男、と言えばわかるか」 ♂騎士は息を飲んだ。そう言われて彼をじっと見てみるものの、やはりはっきりとは判断できなかった。 ♂クルセイダーはその視線を受け、彼の瞳を見つめる。 闇に浮かび上がるほどの鮮やかな紅はそこにはなく、瞳は覇気こそないが、元の深い赤を湛えていた。 「……もう一度、聞こう。お前はどうしてここにいる?」 その問いが、どこか鋭利な刃物のように♂騎士には聞こえた。 彼は思わず押し黙った。口に出して言うことは、罪を再確認するようで辛かった。 「俺はもう、大切な人を殺したくなんかなかったのに、また……」 ♂騎士は重い口を開き、やっとそれだけを呟いた。 ♂クルセイダーはそれで全てを悟った。集落で対峙したときに、かつて大切な人を殺めたという彼の事情は聞いていたからだ。 「♂アルケミストを殺したのか。お前が以前したように」 ♂騎士が弱弱しく頷く。それが答えだった。 「何故だ? お前たちが仲間割れをするなどとは思えないが」 「……わかりません。そのとき俺は、あいつをあいつだと思えなかったんです。あいつが、何故かすごく怖かった。  あの時の俺はまともじゃなかったんだ……そんな風に言い訳するのは簡単だけど、駄目なんです。割り切れるものじゃない。  俺があいつを信じてやれなかったせいだって、そればかりを考えてしまう。あいつは最期まで俺を信じてくれていたのに」 ♂騎士は頭を抱えた。♂アルケミストの、最期の姿を思い出したからだ。 ♂アルケミストは命が尽きるその瞬間まで、♂騎士のことを思ってくれた。それが何よりも、彼にとって辛かった。 「……守りたかったか、♂アルケミストを」 「守りたかった、ってよりも……守りあいたかったんだ、と思います。  それでもし、片方が死んでも……その遺志を、もう一人が守る――そんなふうに、なりたかった。  俺が殺したら、どうにもならないのに。あいつの遺志を継げるほど、俺は強くないのに」 ♂騎士の言葉に、♂クルセイダーは目を閉じた。彼もまた、大切だった人の姿を思い返していた。 ♂クルセイダーは彼女を守る立場にあったが、彼女も同時に♂クルセイダーの心を守ってくれていたのだと、彼は思う。 彼女亡き今、自分の心は死んでしまったが、と♂クルセイダーは自嘲した。 「殺されるのが怖いから、ひとりになるために人を殺して。  正気に戻ったら戻ったで、これ以上大切な人を殺したくないから、ひとりになるために逃げて。  俺は、自分がこんなに弱い人間だったなんて思いませんでしたよ。弱者を守る騎士を……ずっと目指してたのに」 「そうだな。お前は、弱い」 ♂クルセイダーの答えに、♂騎士は俯いた。 それに構わず、♂クルセイダーは言葉を続ける。 「弱い奴は、強くなれるまで悩み続けていればいい。望む生き方を見つけられるかどうかはお前次第だ。  もし野垂れ死ぬことになったなら、それはお前が本当に弱いということだ。  あるいは――死なずとも、気づかぬうちに俺のように狂っていくかもしれんな」 自分を狂人と認める♂クルセイダーは、果たして狂っていると言えるのだろうか。 ♂騎士には彼が、正気の殺人者のように思えた。その生き方が正しいとも思えなかったが。 ただ♂騎士は、かつて彼が♂クルセイダーに向かって言った言葉を思い出していた。 「俺はあなたのようにはならない、か……」 「……そう、お前は言っていたな。今でもそう思うか?」 その問いに、♂騎士は少し黙る。しばらくして、思い切ったかのように口を開いた。 「……あなたのような生き方はできない。してはいけない……そう思います」 ♂騎士の答えに、♂クルセイダーはわずかに笑みを浮かべた。 自分の生き方を否定されたというのに、どこか満足そうでもあった。 「……行け」 「え?」 「忘れたのか。俺は殺人者だ。お前にこれ以上道を示してやる義理などない」 そう言って、♂クルセイダーは♂騎士に立ち去るよう促した。 ♂騎士がのろのろと立ち上がる。そこではじめて、彼は自分の剣が傍らに置かれていることに気づいた。 「……俺がまた襲ってくるかもしれないとか思わなかったんですか」 「今のお前にそれができないことなどわかっている。  そうだな――俺は奇麗事が言える人間ではない。だからはっきりと言ってやろう。  ……人を殺すのを躊躇って、ここで生きていけると思っているのか、♂騎士」 図星をつかれ、♂騎士は黙り込む。 ♂クルセイダーは彼を鋭い目で見据えながら、言葉を続けた。 「お前がトラウマに苦しんで、現実から逃げたがるのは勝手だ。だが、騎士に今一度戻りたいと願うなら覚えておけ。  自分の身も守れないような、そんな覚悟で他人を守れると思うな。……騎士になりきれなかった俺が偉そうに言うことでもないがな」 ♂騎士に何故そのようなことを言ったのか、♂クルセイダー自身にもわからなかった。 騎士として生き、その道を貫いたまま死ぬ。 自分が果たせなかったことを、もう一人の自分ともいえる青年に果たさせてやりたかったのかもしれない。 ♂騎士は♂クルセイダーに背を向けかけ、ふと一つの疑問を抱いた。 今更ではあるが、何故自分は生かされているのだろうか。気絶させられた時点で殺されていてもおかしくないというのに。 「あなたが、本当に俺の恩人だった人だというなら……どうして殺さなかったんです。  あなたは殺人者なんでしょう。あの集落で戦った時だって、俺を殺そうとしたのに」 「さあな」 ♂騎士の問いに、♂クルセイダーは無表情で返す。 「言っておくが、次はない。もし――もう一度会うことがあったなら、お前がどのような生き方をしていようと殺す。  三度も会うこともなかろうが、そのときには少しはまともな顔をしていてもらいたいものだな」 「……あなたらしい、ですね」 ♂騎士は苦笑し、♂クルセイダーに一礼すると、彼に背を向けて歩きだした。 ♂クルセイダーはそれを見送ることもなく、ただ暗い空を見上げていた。 + + + また、らしくないことをしてしまった。 空を見上げたまま、♂クルセイダーはため息をついた。 何故♂騎士を殺さなかった。……殺せなかった、とでもいうのか。 ――俺は、♂騎士がまだ道を戻れるのだと信じたかったのだろうか。 心の中で自らに問う。が、答えが返ってくるはずもない。 「……どうでも、いいことか」 彼は一人呟いた。自嘲するような笑みを浮かべながら。 もう自分が戻れないことに変わりはないのだ。♂騎士がどのような道を辿るにしても。 体がまともに動くほどに回復すれば、また死神として他人の命を刈り取りにいくことになる。 彼が生きている限り、それは続く。心が死んでいたとしても、命があるのなら永遠に。 (……今は何も考えず、体を休めるだけだな) 未だ残る体の痛みが、♂クルセイダーに再確認させる。 まだ彼は生きているのだと。そして――生きなくてはならないのだと。 一方で、♂クルセイダーの元を去った♂騎士も、地に座り込んで思案していた。 (ここに来てから、おかしなことだらけだ。  痛覚はいつのまにか無くなるし、変な声は聞こえるし、人の見分けもつかない。それに――) 自分の中に、もう一人の狂気に歪んだ自分がいる。その存在が今回のことではっきりと自覚できた気がした。 それは二重人格といった別質のものではなく、自身の一部なのだと♂騎士は認識した。 狂った自分も自分であることに変わりはないのだから、彼はそれを仲間を殺した言い訳にするつもりはなかった。 (死んだら楽かもしれないけど……それは駄目だ) 消してしまった命は、背負っていくにはあまりにも重いが、自分の命と共にそれを投げ捨てることもできそうになかった。 死ぬのが怖いという単なる怯えかもしれないが、それでもよかった。 先のまったく見えない今、生きたいとまだ感じられること自体がひとつの光のように♂騎士には思えた。 後悔したまま命を絶つのではなく、生きていく。その結論は、かつての♂プリーストの助言と同じだった。 ♀プリーストひとりを殺してしまったときと全く同じようには立ち直れそうもないけれど。 (何にしても……自分のしたことの後始末はつけにいくしかないよな) ひとつ息をつき、♂騎士は立ち上がった。 かつて♀プリーストにしたように、♂アルケミストも弔ってやりたい。 それは自分がしてしまったことをしっかりと心に刻みつけるためでもある。辛いが、そうしなければどこにも進めそうになかった。 (俺を……♂シーフたちは近づけてくれるだろうか。認識できないあいつらを見て、また俺は狂わないだろうか) 不安がつのる。それと同時に少しずつ、自分の心を狂気が蝕んでいくように感じた。 すぐに暗い思考を振り払うように、目を閉じる。まだ、迷うときではないのだと♂騎士は自分に言い聞かせた。 (♂ケミにもう一度会いに行って、弔って……自分を見つめなおす。俺がどんなふうに生きるにしろ、まずはそれからだ) ♂騎士は目を開け、しっかりと前を見据えて歩き出した。 彼は思う。少しだけでも、かつてのように恐怖をおして進めただろうか、と。 不可思議な縁によって再会した♂騎士と♂クルセイダー。 近づきかけていた二人は再び、鏡を隔てたまま背を向けあった。 たとえ互いが、違う運命を辿った自分のようだとしても、決して自分自身ではないのだと拒むかのように。 同じものがあるとすれば、生き続けるという誓い――ただ、それだけだった。 <♂クルセイダー> 現在地:E-4 髪 型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) 状 態:左目の光を失う 脇腹に深い傷 背に刺し傷を負う 焼け爛れた左半身 備 考:♂騎士を生かしはしたものの、迷いはない <♂騎士> 現在地:E-4→D-6を目指す 所持品:ツルギ、S1少女の日記、青箱1個 外 見:深い赤の瞳 状 態:痛覚を完全に失う、体力は半分ほど、個体認識異常(♂ケミ以外)正気を保ってはいるが、未だ不安定     ♂ケミを殺してしまった心の傷から、人間を殺すことを躊躇う 備 考:GMの暗示に抵抗しようとするも影響中、混乱して♂ケミを殺害  体と心の異常を自覚する     ♂ケミのところに戻り、できるなら弔いたい ---- | [[戻る>2-218]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-220]] |
219.鏡合わせの騎士 [2日目深夜] ---- ここは何処で、自分は誰と戦っているのだろうか。 それすらもわからずに、ただ自分の身を守るために、♂騎士は剣を強く握りしめた。 ひとりになりたい――それだけを考えていた。 ひとりになることの怖さも、心細さも知っていた。今まで仲間という暖かい存在に包まれていたからだ。 それでも、誰かの傍にいることは耐えられないことだった。 死にたいのか、といったらそうではないのだと思う。 目の前の男が自分に剣を振るってきた瞬間、とてつもない恐怖と憎悪がその人物に対して沸き起こってきたからだ。 ――その感情が、GMの介入によって異常に引き出されているのだということを、彼は知らないのだが。 一方で、♂クルセイダーは思う。この青年の瞳はこのような色だっただろうかと。 赤いのは以前からだったように思う。だが、このように血を思い出させるほど毒々しく、鮮やかだっただろうか。 人間を感じさせないその瞳は、色鮮やかでありながら酷く虚ろだ。それは狂気を孕んでいるようで、違うようにも思われた。 「狂ったか、♂騎士……?」 剣を交えながら、♂クルセイダーは呟く。その声は少しだけ寂しげにも聞こえた。 ♂騎士は、そうではないと答えかけ、口を噤んだ。 (いっそ、頭ん中全部狂っちまえばいいのに) そうすれば、この苦しみから逃れられる。しかしそれは、最もしてはならないことのようにも思えた。 (まずいな) ♂クルセイダーは内心で呟いた。 傷に痛みが走るうえ、左側がよく見えない。気配を読んでカバーしてはいるものの、しきれるものでもない。 コンディションが万全であれば、♂騎士相手に1対1なら互角以上と言っていいだろう。 しかし今の自分では分が悪い。相手が狂人となっていたならばなおさらだ。 左目は戻しようがないにしろ、せめて体の傷だけでも塞がっていたなら、と♂クルセイダーは悔いた。 「くっ……!」 きぃん、と音をたて、シミターが弾き飛ばされる。 咄嗟の判断で♂クルセイダーは後ろに跳んだ。 それは重傷を負った人間の動きとは思えぬほどだったのだが――それを上回る反応で、♂騎士が剣を突き出した。 「……?」 しかし、それが♂クルセイダーの体に届く寸前で、♂騎士は動きを止めた。 その手はぶるぶると震え、♂クルセイダーを見ているはずの瞳には、何か別のものが映っているように思われた。 殺されるのが、怖かった。だから殺すために剣を振るった。 目の前の人間は、俺を殺そうとしたんだ。殺したっていいじゃないか。 ♂騎士は、自分にそう言い聞かせた。しかし、その手は動かなかった。 相手に殺されそうだったから、殺した。 ――♂アルケミストの時もそうだったじゃないか。 それを思い出した瞬間、目の前の『人間』が、♂アルケミストと重なって見えた。 彼の手によって殺された♀プリーストと、♂アルケミストの姿が、頭の中に浮かんでは消える。 手が、震える。殺せない。二度も人を殺しておきながら、自分にはできないのだ。 気づいてしまった。殺すのも、怖いのだと。 気づけば剣を取り落としていた。落とした剣を、♂クルセイダーは――拾わない。 「……何故、泣く」 ♂騎士の頬には涙が伝っていた。 その涙を見て、♂クルセイダーは気づく。♂騎士は芯まで狂ってはいないのだと。 「俺は……騎士として、生きたかったのに……」 誰に向かってでもなく、♂騎士は呟きはじめる。 ♂アルケミストの幻影が、彼の中にあるGMの仕組んだ狂気を鎮め、彼自身の心の中の言葉を紡がせていた。 「諦めるのか? お前らしくもない。前の戦いのときお前は、恐れず立ち上がってきただろうに」 「違う! ちがう……。でも、どうしろっていうんだよ!  騎士の役目も果たせないで、目に映るもの全部を怖がって、頭ばっかりおかしくなってる馬鹿に何が守れる?  誰かのための騎士になりたくても……もう駄目なんだ。また変になった俺が、全部ぶち壊すに決まってる!」 悲痛な声で♂騎士が叫ぶ。 血を吐くかのようなその叫びを黙って聞きながら、♂クルセイダーはわずかに顔を苦々しく歪ませた。 「♂騎士」 しばらくして、♂クルセイダーは口を開いた。 彼の無機質な声に、♂騎士はびくりと体を震わせた。 「……少しも経たないうちに、酷い顔をするようになったな」 酷い顔、か。これを言われるのは二度目だな。 そんなことをぼんやりと考えながら、♂騎士は突然襲ってきた衝撃に意識を飛ばした。 + + + 酷い頭痛と共に、♂騎士は目を覚ました。 空はまだ暗い。それほど時間は経っていないようだった。 辺りを見渡すと、少し離れた場所に♂クルセイダーが座っていた。 最も♂騎士自身は、個人としての彼を認識できてはいないのだが。 「……お前は」 突然声をかけられ、♂騎士は♂クルセイダーを驚いたように見つめた。いつ起きていることに気づいたのだろう、と思いながら。 「俺がわからないのか?」 続く言葉に、♂騎士は黙ったまま頷いた。 今となってははっきりとわかる。自分の感覚は、異常だ。 それを言い訳にするつもりはないが、人の見分けがつかないことが♂アルケミストを殺してしまった一因でもある。 「お前は誰だ? 俺のことを知ってるんだろう」 どこか間抜けな♂騎士の問いに、♂クルセイダーは苦笑しながら答えた。 「かつて剣士だったお前を助けた男、と言えばわかるか」 ♂騎士は息を飲んだ。そう言われて彼をじっと見てみるものの、やはりはっきりとは判断できなかった。 ♂クルセイダーはその視線を受け、彼の瞳を見つめる。 闇に浮かび上がるほどの鮮やかな紅はそこにはなく、瞳は覇気こそないが、元の深い赤を湛えていた。 「……もう一度、聞こう。お前はどうしてここにいる?」 その問いが、どこか鋭利な刃物のように♂騎士には思えた。 彼は思わず押し黙った。口に出して言うことは、罪を再確認するようで辛かった。 「俺はもう、大切な人を殺したくなんかなかったのに、また……」 ♂騎士は重い口を開き、やっとそれだけを呟いた。 ♂クルセイダーはそれで全てを悟った。集落で対峙したときに、かつて大切な人を殺めたという彼の事情は聞いていたからだ。 「♂アルケミストを殺したのか。お前が以前したように」 ♂騎士が弱弱しく頷く。それが答えだった。 「何故だ? お前たちが仲間割れをするなどとは思えないが」 「……わかりません。そのとき俺は、あいつをあいつだと思えなかったんです。あいつが、何故かすごく怖かった。  あの時の俺はまともじゃなかったんだ……そんな風に言い訳するのは簡単だけど、駄目なんです。割り切れるものじゃない。  俺があいつを信じてやれなかったせいだって、そればかりを考えてしまう。あいつは最期まで俺を信じてくれていたのに」 ♂騎士は頭を抱えた。♂アルケミストの、最期の姿を思い出したからだ。 ♂アルケミストは命が尽きるその瞬間まで、♂騎士のことを思ってくれた。それが何よりも、彼にとって辛かった。 「……守りたかったか、♂アルケミストを」 「守りたかった、ってよりも……守りあいたかったんだ、と思います。  それでもし、片方が死んでも……その遺志を、もう一人が守る――そんなふうに、なりたかった。  俺が殺したら、どうにもならないのに。あいつの遺志を継げるほど、俺は強くないのに」 ♂騎士の言葉に、♂クルセイダーは目を閉じた。彼もまた、大切だった人の姿を思い返していた。 ♂クルセイダーは彼女を守る立場にあったが、彼女も同時に♂クルセイダーの心を守ってくれていたのだと、彼は思う。 彼女亡き今、自分の心は死んでしまったが、と♂クルセイダーは自嘲した。 「殺されるのが怖いから、ひとりになるために人を殺して。  正気に戻ったら戻ったで、これ以上大切な人を殺したくないから、ひとりになるために逃げて。  俺は、自分がこんなに弱い人間だったなんて思いませんでしたよ。弱者を守る騎士を……ずっと目指してたのに」 「そうだな。お前は、弱い」 ♂クルセイダーの答えに、♂騎士は俯いた。 それに構わず、♂クルセイダーは言葉を続ける。 「弱い奴は、強くなれるまで悩み続けていればいい。望む生き方を見つけられるかどうかはお前次第だ。  もし野垂れ死ぬことになったなら、それはお前が本当に弱いということだ。  あるいは――死なずとも、気づかぬうちに俺のように狂っていくかもしれんな」 自分を狂人と認める♂クルセイダーは、果たして狂っていると言えるのだろうか。 ♂騎士には彼が、正気の殺人者のように思えた。その生き方が正しいとも思えなかったが。 ただ♂騎士は、かつて彼が♂クルセイダーに向かって言った言葉を思い出していた。 「俺はあなたのようにはならない、か……」 「……そう、お前は言っていたな。今でもそう思うか?」 その問いに、♂騎士は少し黙る。しばらくして、思い切ったかのように口を開いた。 「……あなたのような生き方はできない。してはいけない……そう思います」 ♂騎士の答えに、♂クルセイダーはわずかに笑みを浮かべた。 自分の生き方を否定されたというのに、どこか満足そうでもあった。 「……行け」 「え?」 「忘れたのか。俺は殺人者だ。お前にこれ以上道を示してやる義理などない」 そう言って、♂クルセイダーは♂騎士に立ち去るよう促した。 ♂騎士がのろのろと立ち上がる。そこではじめて、彼は自分の剣が傍らに置かれていることに気づいた。 「……俺がまた襲ってくるかもしれないとか思わなかったんですか」 「今のお前にそれができないことなどわかっている。  そうだな――俺は奇麗事が言える人間ではない。だからはっきりと言ってやろう。  ……人を殺すのを躊躇って、ここで生きていけると思っているのか、♂騎士」 図星をつかれ、♂騎士は黙り込む。 ♂クルセイダーは彼を鋭い目で見据えながら、言葉を続けた。 「お前がトラウマに苦しんで、現実から逃げたがるのは勝手だ。だが、騎士に今一度戻りたいと願うなら覚えておけ。  自分の身も守れないような、そんな覚悟で他人を守れると思うな。……騎士になりきれなかった俺が偉そうに言うことでもないがな」 ♂騎士に何故そのようなことを言ったのか、♂クルセイダー自身にもわからなかった。 騎士として生き、その道を貫いたまま死ぬ。 自分が果たせなかったことを、もう一人の自分ともいえる青年に果たさせてやりたかったのかもしれない。 ♂騎士は♂クルセイダーに背を向けかけ、ふと一つの疑問を抱いた。 今更ではあるが、何故自分は生かされているのだろうか。気絶させられた時点で殺されていてもおかしくないというのに。 「あなたが、本当に俺の恩人だった人だというなら……どうして殺さなかったんです。  あなたは殺人者なんでしょう。あの集落で戦った時だって、俺を殺そうとしたのに」 「さあな」 ♂騎士の問いに、♂クルセイダーは無表情で返す。 「言っておくが、次はない。もし――もう一度会うことがあったなら、お前がどのような生き方をしていようと殺す。  三度も会うこともなかろうが、そのときには少しはまともな顔をしていてもらいたいものだな」 「……あなたらしい、ですね」 ♂騎士は苦笑し、♂クルセイダーに一礼すると、彼に背を向けて歩きだした。 ♂クルセイダーはそれを見送ることもなく、ただ暗い空を見上げていた。 + + + また、らしくないことをしてしまった。 空を見上げたまま、♂クルセイダーはため息をついた。 何故♂騎士を殺さなかった。……殺せなかった、とでもいうのか。 ――俺は、♂騎士がまだ道を戻れるのだと信じたかったのだろうか。 心の中で自らに問う。が、答えが返ってくるはずもない。 「……どうでも、いいことか」 彼は一人呟いた。自嘲するような笑みを浮かべながら。 もう自分が戻れないことに変わりはないのだ。♂騎士がどのような道を辿るにしても。 体がまともに動くほどに回復すれば、また死神として他人の命を刈り取りにいくことになる。 彼が生きている限り、それは続く。心が死んでいたとしても、命があるのなら永遠に。 (……今は何も考えず、体を休めるだけだな) 未だ残る体の痛みが、♂クルセイダーに再確認させる。 まだ彼は生きているのだと。そして――生きなくてはならないのだと。 一方で、♂クルセイダーの元を去った♂騎士も、地に座り込んで思案していた。 (ここに来てから、おかしなことだらけだ。  痛覚はいつのまにか無くなるし、変な声は聞こえるし、人の見分けもつかない。それに――) 自分の中に、もう一人の狂気に歪んだ自分がいる。その存在が今回のことではっきりと自覚できた気がした。 それは二重人格といった別質のものではなく、自身の一部なのだと♂騎士は認識した。 狂った自分も自分であることに変わりはないのだから、彼はそれを仲間を殺した言い訳にするつもりはなかった。 (死んだら楽かもしれないけど……それは駄目だ) 消してしまった命は、背負っていくにはあまりにも重いが、自分の命と共にそれを投げ捨てることもできそうになかった。 死ぬのが怖いという単なる怯えかもしれないが、それでもよかった。 先のまったく見えない今、生きたいとまだ感じられること自体がひとつの光のように♂騎士には思えた。 後悔したまま命を絶つのではなく、生きていく。その結論は、かつての♂プリーストの助言と同じだった。 ♀プリーストひとりを殺してしまったときと全く同じようには立ち直れそうもないけれど。 (何にしても……自分のしたことの後始末はつけにいくしかないよな) ひとつ息をつき、♂騎士は立ち上がった。 かつて♀プリーストにしたように、♂アルケミストも弔ってやりたい。 それは自分がしてしまったことをしっかりと心に刻みつけるためでもある。辛いが、そうしなければどこにも進めそうになかった。 (俺を……♂シーフたちは近づけてくれるだろうか。認識できないあいつらを見て、また俺は狂わないだろうか) 不安がつのる。それと同時に少しずつ、自分の心を狂気が蝕んでいくように感じた。 すぐに暗い思考を振り払うように、目を閉じる。まだ、迷うときではないのだと♂騎士は自分に言い聞かせた。 (♂ケミにもう一度会いに行って、弔って……自分を見つめなおす。俺がどんなふうに生きるにしろ、まずはそれからだ) ♂騎士は目を開け、しっかりと前を見据えて歩き出した。 彼は思う。少しだけでも、かつてのように恐怖をおして進めただろうか、と。 不可思議な縁によって再会した♂騎士と♂クルセイダー。 近づきかけていた二人は再び、鏡を隔てたまま背を向けあった。 たとえ互いが、違う運命を辿った自分のようだとしても、決して自分自身ではないのだと拒むかのように。 同じものがあるとすれば、生き続けるという誓い――ただ、それだけだった。 <♂クルセイダー> 現在地:E-4 髪 型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) 状 態:左目の光を失う 脇腹に深い傷 背に刺し傷を負う 焼け爛れた左半身 備 考:♂騎士を生かしはしたものの、迷いはない <♂騎士> 現在地:E-4→D-6を目指す 所持品:ツルギ、S1少女の日記、青箱1個 外 見:深い赤の瞳 状 態:痛覚を完全に失う、体力は半分ほど、個体認識異常(♂ケミ以外)正気を保ってはいるが、未だ不安定     ♂ケミを殺してしまった心の傷から、人間を殺すことを躊躇う 備 考:GMの暗示に抵抗しようとするも影響中、混乱して♂ケミを殺害  体と心の異常を自覚する     ♂ケミのところに戻り、できるなら弔いたい ---- | [[戻る>2-218]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-220]] |

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