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229. 親分の『命令』 [2日目深夜] ---- 締め上げていた足首が、腕の中からするりと抜ける。 はっと♀BSが顔を上げた時には、♂ローグは既に闇へとその姿を消していた。 (逃げられた、か……) 戦いの最中の、まるで殺し合いを楽しむかのような♂ローグの表情を♀BSは思い出し、目を伏せた。 あの男は危険だ。どうにかして止めを刺したかったのだけれども。 ♂スパノビが彼女のほうへ歩み寄り、傷口に手をかざす。 それと同時に左脇腹から体内へと染み込むような痺れが消える。だが―― (……生憎、もう完全に毒が回っちまってたみたいだね) 毒を受けながらも、闘争本能のままに♀BSは力を振り絞って動いた。 だからこそ♂ローグを退けることができたのだが、同時に受けた毒の進行を早めることにもなってしまっていた。 毒を抜くことはできても、失われた体力は元には戻らない。 それに加え腹部の傷からは、容赦なく血が溢れ出し続けている。 立ち上がれないほどに消耗した体から大量に血を流すことは、♀BSの命そのものが流れ出すということに他ならない。 ふと♀BSは、腹部に暖かい感覚を覚えた。見ると♂スパノビが懸命に傷を塞ごうとしている。 (♂スパノビ……あんたも疲れてるだろうに) 何度も気が遠くなりながらも、♀BSはその温もりを頼りに懸命に意識を引き戻した。 しかしその手から、何度か繰り返すうちに柔らかな癒しの光が消えた。 ♂スパノビは何度も癒しの呪文を繰り返すが、光が再び現れることはなかった。 当然ともいえた。戦いの途中で精神力が枯渇しなかったのが不思議なくらいだったからだ。 「……もう、いいんだよ。あんたはよくやった」 そっと♂スパノビの手を握る。泣きそうな顔で見つめてくる♂スパノビに、思わず♀BSは笑みを零した。 「なんだい、そんな情けない顔して」 「だ、だって……ぼずが、ぼずが……」 ぼろぼろと♂スパノビの瞳から涙が溢れる。機械のような戦いをしていた先ほどとはまるで正反対だ。 強面が涙でぐちゃぐちゃになる様は一見滑稽だったが、♀BSにはそれが小さな子供のことのように愛しく思えた。 「……情けないねえ、大の男がびーびー泣くもんじゃないよ」 (こいつを可愛く思うなんて、ダンサーじゃあるまいし、ねえ) 心中で苦笑しながら、♀BSは♂スパノビの手をもう一度握った。 「♂スパノビ、あたいの荷物を取ってくれないかい」 素直に♂スパノビは命令に従い、♀BSの腰から鞄を外すと、彼女に差し出した。 ♀BSは震える手でカード帖を取り出し、♂スパノビの手に握らせた。 「……ほら、持っていきな」 「え……で、でも、ぼず……」 「いいから。大切にしなよ……」 (だってそれは、あんなにあんたを大切に思ってた、ダンサーの遺品なんだから) そういえば最後まで、ダンサーが死んだということを彼に言えなかった。 そもそも♂スパノビは他人の死を理解できるのだろうか。自分が死んだ後のことを思うと、胸が痛んだ。 「♂スパノビ……これからは、あたいはあんたを守ってやれない。だから……仲間を探すんだよ」 「ぼ、ぼずは。ぼずはどうするんだ?」 「馬鹿、いつまでも甘えてるんじゃないよ。  あんたは……このあたいの、自慢の子分なんだ。だから――あたいがいなくても、あんたなら大丈夫だよ」 そう言って♀BSは笑ってみせた。 だが♂スパノビは、彼なりに何かを感じ取っているのか、暗い表情を変えなかった。 (……もう、終わりかい。あっけないもんだね……) 血を流しすぎたのか、意識が遠ざかりかける。 ♀BSは力を振り絞って、口を開いた。最後の『命令』を下すまでは、死ねなかった。 「いいかい……絶対に、生き延びな。  あたいだけじゃない。それは、ダンサーの望みでもあるんだから、ね……」 その言葉を最後に、♀BSは目を閉じた。 ぼず、といつものように彼女を呼ぶ♂スパノビの声を心地よく感じながら、♀BSは意識を闇へと沈めた。 + + + ♀BSは、暖かな感覚と共にそっと目を開けた。 彼女は膝までを川の水に浸けていた。目の前には美しい花の咲く岸辺が広がっている。 (ここは……?) 岸辺だけが光に包まれたかのように明るく、それ以外がひどく暗い。 呆然としていると、クルセイダーの男とカプラの制服を着た女性――グラリスが彼女の傍に現れていた。 二人は互いに顔を見合わせ苦笑すると、ためらいもなく岸辺へと歩を進めていった。 その二人の姿に迷いを消されたように、♀BSも前へと足を踏み出した。 気がつくと、♂クルセイダーとグラリスの姿は消えていた。 しばらく歩くと、彼女の目の前に人影が浮かび上がった。 男女の二人組――彼らに♀BSは見覚えがあった。 でれでれとした表情で話しかける♂BS、それを聞き流すダンサー。 二人は♀BSに気がつくと、笑いながら手を振った。♂BSのそれには下心が含まれているのは明白だったが。 「……あなたもここに来ちゃったのね」 「もう少し♂スパノビのヤツを守ってやりたかったんだけどねえ……」 ダンサーの言葉に、♀BSは頬を掻いた。 その瞬間、背後から思い切り背中を叩かれ、♀BSは前へ倒れこんだ。 「ははは! 格好よかったぞ。辛くても立ち上がるあの根性! さすがは俺の娘だ!!」 背後で男の馬鹿笑いが聞こえる。♀BSは身を起こしながら、静かに拳を握り締めた。 「この……馬鹿親父!!」 ばきぃ、と気持ちのいい音が辺りに響き渡る。 頬に娘の拳に歪ませ、地に倒れ伏しながらも、ホルグレンの顔は笑っていた。 「やっぱり、心配?」 振り返って対岸を見つめる♀BSに、ダンサーが声をかける。 「……心配じゃないって言ったら嘘になるね」 ふぅ、と♀BSはため息をついた。 この世界に来てしまった以上、自分はもう♂スパノビを見守ってやることしかできない。 「ま……あたいにできるのは、あいつがこっちに来ちまわないよう祈っとくことだけさね」 ♀BSはそう言うと、微笑を浮かべた。生者の世界に一人残る♂スパノビに向けるかのように。 + + + 「ぼず……?」 何度呼びかけても、♂スパノビの親分は返事をしない。 ♂スパノビは混乱しはじめていた。こんなときどうしたらいいのか、わからない。 その時、彼の頭の中に、♀BSの最後の言葉が浮かんだ。 そうだ、ぼずはなかまをさがせっていった。ぼずがそういったんだから、そうすればいいんだ。 そうして『いきのびる』ことをしたら、ぼずはよろこんでくれるかな。 ♂スパノビが立ち上がる。一見すればそれは、仲間の死を乗り越えようとする悲愴な姿に見えただろう。 もちろん♂スパノビの頭の中にはそんなに深い考えなどない。 だが彼の行動は奇しくも、死者の遺志を継ぐという一般人の行動と一致していたのだった。 <♀BS> 現在地:F-6 所持品:ツーハンドアックス 外 見:むちむち カートはない 備 考:ボス 筋肉娘 覚悟完了 状 態:死亡 <♂スパノビ> 現在地:F-6 所持品:スティレット ガード ほお紅 装飾用ひまわり 古いカード帖 スキル:速度増加 ヒール ニューマ ルアフ 解毒 外 見:巨漢 超強面だが頭が悪い 備 考:BOT症状発現? 状 態:HP消耗、SP枯渇 <残り21名> ---- | [[戻る>2-228]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-230]] |
229. 親分の『命令』 [2日目深夜] ---- 締め上げていた足首が、腕の中からするりと抜ける。 はっと♀BSが顔を上げた時には、♂ローグは既に闇へとその姿を消していた。 (逃げられた、か……) 戦いの最中の、まるで殺し合いを楽しむかのような♂ローグの表情を♀BSは思い出し、目を伏せた。 あの男は危険だ。どうにかして止めを刺したかったのだけれども。 ♂スパノビが彼女のほうへ歩み寄り、傷口に手をかざす。 それと同時に左脇腹から体内へと染み込むような痺れが消える。だが―― (……生憎、もう完全に毒が回っちまってたみたいだね) 毒を受けながらも、闘争本能のままに♀BSは力を振り絞って動いた。 だからこそ♂ローグを退けることができたのだが、同時に受けた毒の進行を早めることにもなってしまっていた。 毒を抜くことはできても、失われた体力は元には戻らない。 それに加え腹部の傷からは、容赦なく血が溢れ出し続けている。 立ち上がれないほどに消耗した体から大量に血を流すことは、♀BSの命そのものが流れ出すということに他ならない。 ふと♀BSは、腹部に暖かい感覚を覚えた。見ると♂スパノビが懸命に傷を塞ごうとしている。 (♂スパノビ……あんたも疲れてるだろうに) 何度も気が遠くなりながらも、♀BSはその温もりを頼りに懸命に意識を引き戻した。 しかしその手から、何度か繰り返すうちに柔らかな癒しの光が消えた。 ♂スパノビは何度も癒しの呪文を繰り返すが、光が再び現れることはなかった。 当然ともいえた。戦いの途中で精神力が枯渇しなかったのが不思議なくらいだったからだ。 「……もう、いいんだよ。あんたはよくやった」 そっと♂スパノビの手を握る。泣きそうな顔で見つめてくる♂スパノビに、思わず♀BSは笑みを零した。 「なんだい、そんな情けない顔して」 「だ、だって……ぼずが、ぼずが……」 ぼろぼろと♂スパノビの瞳から涙が溢れる。機械のような戦いをしていた先ほどとはまるで正反対だ。 強面が涙でぐちゃぐちゃになる様は一見滑稽だったが、♀BSにはそれが小さな子供のことのように愛しく思えた。 「……情けないねえ、大の男がびーびー泣くもんじゃないよ」 (こいつを可愛く思うなんて、ダンサーじゃあるまいし、ねえ) 心中で苦笑しながら、♀BSは♂スパノビの手をもう一度握った。 「♂スパノビ、あたいの荷物を取ってくれないかい」 素直に♂スパノビは命令に従い、♀BSの腰から鞄を外すと、彼女に差し出した。 ♀BSは震える手でカード帖を取り出し、♂スパノビの手に握らせた。 「……ほら、持っていきな」 「え……で、でも、ぼず……」 「いいから。大切にしなよ……」 (だってそれは、あんなにあんたを大切に思ってた、ダンサーの遺品なんだから) そういえば最後まで、ダンサーが死んだということを彼に言えなかった。 そもそも♂スパノビは他人の死を理解できるのだろうか。自分が死んだ後のことを思うと、胸が痛んだ。 「♂スパノビ……これからは、あたいはあんたを守ってやれない。だから……仲間を探すんだよ」 「ぼ、ぼずは。ぼずはどうするんだ?」 「馬鹿、いつまでも甘えてるんじゃないよ。  あんたは……このあたいの、自慢の子分なんだ。だから――あたいがいなくても、あんたなら大丈夫だよ」 そう言って♀BSは笑ってみせた。 だが♂スパノビは、彼なりに何かを感じ取っているのか、暗い表情を変えなかった。 (……もう、終わりかい。あっけないもんだね……) 血を流しすぎたのか、意識が遠ざかりかける。 ♀BSは力を振り絞って、口を開いた。最後の『命令』を下すまでは、死ねなかった。 「いいかい……絶対に、生き延びな。  あたいだけじゃない。それは、ダンサーの望みでもあるんだから、ね……」 その言葉を最後に、♀BSは目を閉じた。 ぼず、といつものように彼女を呼ぶ♂スパノビの声を心地よく感じながら、♀BSは意識を闇へと沈めた。 + + + ♀BSは、暖かな感覚と共にそっと目を開けた。 彼女は膝までを川の水に浸けていた。目の前には美しい花の咲く岸辺が広がっている。 (ここは……?) 岸辺だけが光に包まれたかのように明るく、それ以外がひどく暗い。 呆然としていると、クルセイダーの男とカプラの制服を着た女性――グラリスが彼女の傍に現れていた。 二人は互いに顔を見合わせ苦笑すると、ためらいもなく岸辺へと歩を進めていった。 その二人の姿に迷いを消されたように、♀BSも前へと足を踏み出した。 気がつくと、♂クルセイダーとグラリスの姿は消えていた。 しばらく歩くと、彼女の目の前に人影が浮かび上がった。 男女の二人組――彼らに♀BSは見覚えがあった。 でれでれとした表情で話しかける♂BS、それを聞き流すダンサー。 二人は♀BSに気がつくと、笑いながら手を振った。♂BSのそれには下心が含まれているのは明白だったが。 「……あなたもここに来ちゃったのね」 「もう少し♂スパノビのヤツを守ってやりたかったんだけどねえ……」 ダンサーの言葉に、♀BSは頬を掻いた。 その瞬間、背後から思い切り背中を叩かれ、♀BSは前へ倒れこんだ。 「ははは! 格好よかったぞ。辛くても立ち上がるあの根性! さすがは俺の娘だ!!」 背後で男の馬鹿笑いが聞こえる。♀BSは身を起こしながら、静かに拳を握り締めた。 「この……馬鹿親父!!」 ばきぃ、と気持ちのいい音が辺りに響き渡る。 頬を娘の拳で歪ませ、地に倒れ伏しながらも、ホルグレンの顔は笑っていた。 「やっぱり、心配?」 振り返って対岸を見つめる♀BSに、ダンサーが声をかける。 「……心配じゃないって言ったら嘘になるね」 ふぅ、と♀BSはため息をついた。 この世界に来てしまった以上、自分はもう♂スパノビを見守ってやることしかできない。 「ま……あたいにできるのは、あいつがこっちに来ちまわないよう祈っとくことだけさね」 ♀BSはそう言うと、微笑を浮かべた。生者の世界に一人残る♂スパノビに向けるかのように。 + + + 「ぼず……?」 何度呼びかけても、♂スパノビの親分は返事をしない。 ♂スパノビは混乱しはじめていた。こんなときどうしたらいいのか、わからない。 その時、彼の頭の中に、♀BSの最後の言葉が浮かんだ。 そうだ、ぼずはなかまをさがせっていった。ぼずがそういったんだから、そうすればいいんだ。 そうして『いきのびる』ことをしたら、ぼずはよろこんでくれるかな。 ♂スパノビが立ち上がる。一見すればそれは、仲間の死を乗り越えようとする悲愴な姿に見えただろう。 もちろん♂スパノビの頭の中にはそんなに深い考えなどない。 だが彼の行動は奇しくも、死者の遺志を継ぐという一般人の行動と一致していたのだった。 <♀BS> 現在地:F-6 所持品:ツーハンドアックス 外 見:むちむち カートはない 備 考:ボス 筋肉娘 覚悟完了 状 態:死亡 <♂スパノビ> 現在地:F-6 所持品:スティレット ガード ほお紅 装飾用ひまわり 古いカード帖 スキル:速度増加 ヒール ニューマ ルアフ 解毒 外 見:巨漢 超強面だが頭が悪い 備 考:BOT症状発現? 状 態:HP消耗、SP枯渇 <残り21名> ---- | [[戻る>2-228]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-230]] |

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