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211.金色の黎明   夜明けはもう近い。けれど、未だ暗い夜。 本来なら、プロンテラから明かりが漏れて来てもいい筈だが、当然この場所ではそんな物は無い。 夜は、彼女の領域だ。余り、その事実をはっきり認識した事は無かったけれども、今はありがたかった。 深淵の騎士子は、背中に♂アルケミストの死体を乗せ、一人皆の輪から外れる方へ歩いていた。 ペコペコと馬は、あの場に残してきた。たった一人で、やりたかったから。 彼女の背中に、力なくしなだれかかっている遺体。 何時までも、彼をそのままにしておく訳にはいかなかった。 結論は付いたのだ。だから、♂アルケミストにはもう安らかに眠って欲しい。 只、何時までもずっと泣きながら抱きとめている事は、きっと容易いのだろう。 腐っていく死体を前に、ゆっくりと自らも狂っていく。 甘美な想像だった。涙も未だ枯れた訳ではない。 絶望に溺れれば、或いは狂気に陥れば。 きっと、この現実から逃れる事も出来るだろう。 だが。 自分の甘えを全力で否定する。それでは駄目なのだ。 まだだ。私は、私には──命の灯火が、まだ見える。 それが、導き出した結論。悉くが零れ落ちたこの手に唯一残ったもの。 この眼が涙で霞もうと。足に絶望の枷を嵌められようとも。 徒に間違いばかりを繰り返し、悲しみが心を打ち砕こうとも。 ──それは、まだ。煌々と輝いている。 思い出せ。 私が愚かで盲目だとしても。 (嗚呼、私は恨みに我を忘れ、そのせいで♂アルケミを死なせてしまった。それは私の罪だ) そう──あの詩人は、決して私を許さないだろう。 自分だって彼に対する蟠りが消え去ったわけではない。 今は、そんな事をしている場合ではない。そう理解していてさえなのだ。 だから、彼がもう私を許しているなどと、薄甘い期待は出来なかった。 だが、それでもいいと思う。私は、責任を果たすべきだから。 全てが終わった後でならば、仇を討たせてやるのも悪くは無い。心底、そう思う。 あの少女を傷つけたのは、殺したのは私だから。 私は、この手で、詩人が愛していただろう彼女を殺した。 何時果てるかも知れない命だけれど、生涯、その罪を忘れまい。 けれど、今は。 ♂アルケミストが、それに殉じたまま逝った様に。 忘れてはならない。騎士の誓いは、絶対だ。 ならば、どうして涙を流したままでいられるだろうか? ──私は、誓いを。 涙は、止めなければならない。 迷いは捨てなければならない。 私は、果たさなければならない。 罪は消えない。間違いは消えない。 けれども、私は自分が歩いてきた道を引き返せない。 だから、腕に誓いを、足に罪を嵌めてこれからは歩まなければならない。 道を歩いていた深淵の騎士子は、♀セージ達の輪から幾分離れた小高い丘の上に漸く辿り着いた。 少しでも、綺麗な場所に埋めてやりたい、そんな思いからだ。 頑丈なツヴァイハンダーは、スコップ代わりにも使える。 丁度、木も無い見晴らしのいい場所を選ぶと、傍らに♂アルケミストを横たえて穴を掘った。 人一人分で埋まってしまう小さな墓穴。 彼は、きっとその中には納まり繰らないくらい沢山のものを抱えていたというのに。 その穴が彼女には酷く小さく見えた。 振り向けば、眼を瞑り、天を仰いで♂アルケミストが横たわっていた。 彼女は、ゆっくりと彼に歩み寄る。 「私は…」 私は、お前達の前で振舞っていた時の様には、本当は強くないから。 彼女は、死後硬直が始まった♂アルケミの指を一本一本解す様にゆっくり開かせる。 そして、ツヴァイハンダーの刃を握ると、その柄をアルケミに握らせた。 掌が僅かに切れて、血が滴る。しかし構わず、彼女はそのまま刃を自分の肩の上に乗せた。 騎士の叙勲。彼女は、従うべき主を定める。 ──だから、もう一度誓いの言葉を繰り返そう。 「──今は地に伏し、死したる者は大地に帰り言葉無く。 けれど、その想いは生者の胸にて果てる事は無い。 誓いは決して朽ちず、残された者は、汝らの遺志を継ぐ。 消えぬ灯火をして、私は…それに仕える騎士となろう」 眼を瞑り、朗々と詠唱を続ける。 肩に乗った刃の重み。この剣は、こんなにも重かったのか。 そんな滑稽なことをふと考える。 当たり前だ。この剣には皆がいる。軽い訳がないのだ。 叙勲を終え、立ち上がって考える。 あの詩人は。私を今も憎んでいるのだろうか、と 彼と話さなければならない。そんな思考が、脳裏で閃いた。 だが、どうやって? 大切な人を殺した相手と、未だ冷静に会話が出来るかどうかなど全くわからなかった。 何もかもが足らない。話しかける勇気も。あの詩人の事も。 なんて、私は弱いんだろう。 でも、戸惑う時間なんて多分ありはしない。 ふと、後ろを振り向くと相変わらず♂アルケミストは、相変わらず天を仰いでいた。 色を失ったその横顔からは、何一つ表情を読み取る事は出来ない筈だった。 しかし、じっと彼女は答えを求めるかの様に彼を見つめ続ける。 もし彼が生きていたならば──きっと。 『何やってるのさ、深淵さん。落ち込んでる暇なんてないじゃないか。とっととあの人と話しつけにいこうぜ』 今頃、そう言うのだろう。 本当に、私は弱い。多分、横たわる♂アルケミストより、ずっと。 剣を持ち、グラストヘイムの守護者たる力を得、それでも尚些細な事に躓き続ける。 比べて、迷わず躓かず歩み続けた彼らのなんと強い事だろうか。 彼女に今も、彼らの声は響いている。 けれど。それでも、もう迷わず歩き出そう。 深淵の騎士子は、思った。 背中は、出会った時から皆が押して続けてくれていた。 私は、一人になってしまったけれど、本当は一人ではなかったのだな。 少しばかり気づくのが遅れてしまったけれど、それは間違いの無い答えだ。 彼らは。今も彼女の剣に共に在る。 ならば。 彼女は、彼に歩み寄る。 そして研究者故か、意外なくらい軽いその体を抱きかかえ、ゆっくりと掘り起こした地面の窪みに横たえた。 土を被せる前に、ふと面白い悪戯を思いついた様な表情を彼女は浮かべた。 その立場は、男女の配役がまるで逆だったけれど。 それでも彼女は騎士だったから。自分の役柄に不満は無かった。 地面に屈み、♂アルケミストの蒼白い唇に、彼女はゆっくりと口付けた。 僅かに頬を緩める。 ──私は。 苦い土の味。彼女の瞳に涙はもう無い。 人は、死ぬとどうなるのだろうな。 そんな酷く哲学的な問いが、まだ何処かに蟠っている。 いや…彼らは死んでしまったけれど。 もう永遠に彼らには出会えないけれど。 残された誓いも──また、永遠。 私が、それを忘れない限り。 前に歩く。 後ろ向きなセンチメンタルに浸るのは、ここまでにしよう。 白。突然、飛び込んできた光に、彼女は手で眼を遮った。 追うと、遠くミョニル山脈の陰からそれは差し込んでいた。 ──夜明けだ。 茫洋と夜の闇が抜け切らない心持でそれを眺める。 見晴らしの良い丘から見たそれは、ある少女が何時か見たのと同じくらい美しいのだろうか。 黎明が、彼女の眼に映る全てを、金色に染め上げていった。   <深淵の騎士子 場所はプロ南のPTから少し離れた見晴らしの良い場所 他変化無し> ---- | 戻る | 目次 | 進む | | [[210]] | [[目次]] | [[212]] |

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