「221」(2005/11/01 (火) 14:46:52) の最新版変更点
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221.さよならを仕舞って
生きていて欲しい。
♀セージは、只そう思いながら走っていた。
どれだけ絶望的な確立だろうと、箱から出さない限りは確定しないからだった。
景色が過ぎていく。道を乗り越える。
途中でやって来た♂ローグ達を加え、♂プリーストとバドスケを除く生存者全てが集合。
けれど、彼女の心は落ち着かない。
集まった誰も彼もが、一言も言葉を喋らない。
石畳を靴が叩く音だけが響いている。
ややあって、中に猫が居る箱を、ついに開ける時がやって来た。
そう、♀セージは♂プリーストに生きていて欲しかった。
別に、特別、個人的な事情をさしはさまなくても、変わらない。
只、もうこの箱庭で人が死ぬのが認められないだけだった。
あんまりにも多くの人が、死にすぎてしまった。
何の価値も尊厳も無く、只、ゴミみたいに死んで、道端に捨てられた。
その絶対量は、余りにも重い。
角を曲る。この砦郡は、それ自体以外には遮蔽物が少ない。
彼等が、一目で見渡せない方に向って走れば、♂プリーストはそこにいる筈だった。
「あれぇ、遅かったじゃないですかぁ」
白い服には、斑の赤。
「………ああ、遅過ぎた」
瞳は、三日月よりも冷たく凍える。
彼等の姿を認めると、秋菜は、足元の残骸にバルムンを付き立て、持ち上げた。
ぶちり、と音がする。人並みはずれた怪力で、丁度布を裂くように。
そいつは、頭の無くなった♂プリーストの死骸を、ゆっくりと、ゆっくりと二つにしていった。
あまつさえ、バルムンは、ゆっくりと熱を帯び、
やがて、薄く白い光に、からからに黒く枯れた♂プリーストの体はぼろぼろと崩れていった。
無意味の極み。無残の極み。それは既に炭屑にまで焼け焦げて。
つまり、プリーストは、そいつに頭を千切られ、体を千切られ、骨までも完全に焼かれた。
にこにこと、秋菜は笑っている。見せ付ける様に笑っている。
白いブーツが、少し後ろから塗り広げた、何か柔らかい肉片交じりの血の跡は、いっそ滑稽ですらあった。
足元に、♂プリーストを捨てると、愉快そうに何度も何度も踏み砕いていく。
♀セージは、笑わない。
♂ローグも、♀クルセも。
「♂プリースト…さん」
呆然とした風に呟いたのは、♂アーチャー。
あの聖職者は、死んだ。何の意味も無く。布の様に引き裂かれ、塵の様に崩れ去ってしまった。
「これが本当の飛んで火に入る夏の虫。…あなた達は、たった一つ致命的な間違いを犯したの」
そいつの口は三日月より、半月へ。
「あなた達は私を完全に怒らせた」
そして、早すぎる約束を告げた。
♀セージの瞳は、凍っていく。冷たく、硬く。
心臓の音さえも、いつの間にか聞こえなくなっていた。
──彼女に必用なのは、憎悪の炎ではない。
「でも、不思議。あなた達は怒らないですねっ」
ぐしぐしと、♂プリーストだったものを、秋菜は踏み砕き続けている。
♂ローグが、ツルギを抜き、♀クルセが海東剣を抜く。
「俺は──手前ぇをブチ殺したくてたまらねぇけどな」
♂ローグが言う。ちらり、と彼は炭に一瞬だけ目をやっていた。
横顔は。煌々と滾る緋色の炎だ。
頭痛を催す程の怒りに違いない。
「……最早言葉など必要ではないだろう。憤怒など、全く不要だ」
♀クルセが言う。唇を噛み、僅かに悲しそうな顔。
そして、静かな決意。大地の様に、それは硬い。
きっと、誰も彼もが諦めても、きっと彼女は望みをすてまい。
「既に怒りなど無い。只、お前を滅するという誓いがあるだけだ」
深淵の騎士。目は真っ直ぐに秋菜を捉え、離さない。
目指すべき誓い。黒の様に、それは何にも染まらない。
それは何よりも純粋で、何よりも騎士を強くする。
♂アーチャーが、潤んだ目をそいつに向けた。
目元を拭うと、矢を弓に番える。
「お前だけは…例え僕が死んでも…絶対に…絶対に許さない!!」
彼に与えられたのは、覚悟と言う名の弓と勇気という名の矢。
それは、きっとアーバレストよりも何倍も強い。
例えば、目の前にいる否定の権化だって覆してしまえる程。
♀セージは、静かに目を瞑る。
冷たい思考が、電流よりも早く頭脳を駆けて行く。
緋色の火炎。硬い決意。染まらぬ誓い。覚悟の弓と勇気の矢。
酷く寂しいけれど。そんな事を思う時間も惜しいのだけれど。
一つが欠けても。その武具は。
──今彼女に必用なのは、三日月の様に、冷たく、冴えた頭脳。
この場所で。♀セージは、それを振るう者だった。
きっと、それは天をも貫く。
この喜劇は、ここでお終いだ。
ああでも。本当は。
すごく、すごく悲しい。
短い付き合いだったけれど。
一緒に帰りたい。冷たく冴えた私でも、そんな風に思える人だったから。
でも、今は。
さよならは、仕舞っておこう。
それは、死を告げる言葉だから。
言葉と意思と、その貌が。
この胸で、皆の中で、彼…いや、彼等全てが遺志として生きている今は、言わないでおこう。
彼は死んでしまったけど、さよならを言うまでは、終わらない。
それは、他の全ての参加者だって同じだ。
悲しい気持ちは、さよならを仕舞うと、何処かに行ってしまった。
ただ静かに、♀セージは秋菜を見る。
「秋菜」
「何ですか? 命乞いなら聞きませんよ? それに、たった五人だけで何が出来るんですかっ」
目を細める。
「それは、不適当な解だな」
「あなた達だけで私を倒せると?」
ゆっくりと、♀セージは天を指差す。
「それも間違いだ。私達は」
そう、さよならは仕舞ってしまったから。
「皆と一緒に、戦っている」
冷たい脳味噌でしかない自分には余りに不似合いな言葉だったけれど。
だから、きっぱり、♀セージはそう言い切った。
<生き残り一行(♂アーチャー除く) 秋菜と最終決戦寸前?>
<秋菜 生き残り一行と最終決戦寸前?>
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