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255.とどく想い [3日目朝] ---- 嫌、もうやめて。 みんなを、あの人を傷つけないで。 もう殺したくないの。あたしを王子様のところに返して。 少女は叫ぶ。 しかしその声は、誰にも――女王蜂のもとにすら届かない。 「君が好きだ。そばに居て欲しい。……帰ってきてくれ」 ――ああ、王子様。あたしも、あなたが…… 少女は愛する人の顔を見つめながら、ただひたすらに思う。 「――残念じゃの」 しかし唇を開いて出た言葉は、少女の望むものではなかった。 今まで少女は深い意識の底で、いくつもの命が散るところを見ていた。 彼女と女王蜂はいまやひとつの存在である。 故にそれは女王蜂が消したと同時に、彼女自身が消した命でもあった。 彼女の体の下で、快楽の中で魂を吸われた魔術師。 身を挺して妹を守った少女。 そして今。彼女を庇い、最愛の人の命が散った。 心を占める絶望に、少女は絶叫した。 彼女を包んでいた女王蜂の意識が弾ける。 その時初めて少女の叫びが、外に届いたのだった。 + + + 「♂モンクさん!」 吹き飛ばされた♂モンクを見て、♀騎士が叫ぶ。 命に関わらないにしても、JTの直撃を受けては鍛えられた体も無事ではすまないだろう。 (いくら、♂ハンターさんの大切な人でも、これ以上は……!) 力なく倒れた♂ハンターを視界の端に捉えながらも、怒りに彼女は唇を噛む。 「……っ!」 「待て!」 ♂モンクを攻撃した少女のもとへ駆けようとする♀騎士の肩を、何者かが掴んだ。 振り向くと、彼女と共に弾き飛ばされた♂騎士の姿があった。 彼の瞳は♀騎士ではなく、少女を見ていた。 いや――彼には、それが少女だとわからなくなっていた。 「あの子は、人間だ……」 ♀騎士は、彼の漠然とした言い方に疑問を覚えた。 だが彼女には、ミストレスの体がかつて♀アーチャーだったというそれに思い当たる知識があった。 改めて彼女は少女を見る。……少女の髪は、桜色をしていた。 力なく、♀アーチャーは♂ハンターの傍に座り込んだ。 彼自身が吐いた血に汚れた唇を、震えた手で拭う。 彼は微笑んでいた。それに気づき、♀アーチャーの瞳から涙が零れた。 あたしを信じていたから。 だから、あたしを守ってこの人は死んだのだ。 それなのに、あたしはこの人が望んだように、生き続けることさえできない。 今表に出ている自分の意識が永遠でないことが、彼女にはわかっていた。 この時間が終われば、自分の意志が女王蜂を上回ることが二度とないだろうことも。 胸を貫こうと、短刀の切っ先を自らへと向ける。 それきり動かない腕に、早くも自由を奪われつつある体に、少女は絶望した。 ふらりと立ち上がった♀アーチャーを、二人の騎士が見つめる。 何の言葉も、二人はかけることができなかった。 「あたしを、……殺してください」 搾り出すように紡がれた言葉に、二人は目を見開いた。 涙を零しながら、少女は言葉を続ける。 「あたしがあたしのままでいられるのは、あと少しだけなんです。  王子様が死んでしまった今、ミストレスはあなたたちを殺すことだけに意識を向けることになるでしょう。  その前に、どうか……、くっ……!」 少女の左手に、紫の光が宿る。 光が電撃へと変化しようとした瞬間、♀アーチャーは右手に持った短刀で自らの手を貫いた。 「……これでわかるように、あまり時間はありません。自分で命を絶つ自由がもうあたしにはない。  勝手なことを頼んでいるってわかってます。……でも、あたしはもう、人を殺したくないんです。  あたしを救おうとしてくれたあなたたちを、殺したくない」 はぁ、と♀アーチャーが苦しげに息を吐く。 ♂騎士はそんな彼女から目を逸らすことができなかった。 苦しむ少女の姿が、少しずつ認識できるようになっていた。これまでにない感覚だった。 「……でも、♂ハンターさんは♂モンクさんの拳を受けてまでも、あなたを守ろうとした。  それは、あなたに生きていてほしいからではないのですか?」 ♀騎士の言葉に、♀アーチャーは首を振った。 「それはわかってます。でもせめて、あたしがあたしであるうちに。人間として、大好きな王子様のそばで死にたいの。  どちらにしても、♀アーチャーという人間は死ぬんだから」 ♀アーチャーの意志は曲がらない。 ♀騎士は固く目を閉じた。瞼の裏に、かつて彼女が殺した罪のない人々の姿が映る。 錐を持つ手が震える。頭がずきずきと痛い。心の傷は、彼女が思っていた以上に深かった。 ♂モンクの意識がはっきりしていれば、彼は苦しみながらも拳を振るっただろうか。 きっと彼はそれができる人間だろう、と♀騎士は思う。 少女の願いを叶えるために、そして生きるために自らの手を汚せる強さが彼にはある。 そんな彼が傍にいたからこそ、殺せない自分が生きていられるのだろうと♀騎士はわかっていた。 「……わかった」 隣で呟かれた言葉に、♀騎士ははっと目を開いた。 ♂騎士が、少女を見つめたまま剣を抜いている。固い表情からは、うまく感情が読み取れなかった。 ♂プリーストから聞いた話では、彼はかつて仲間を殺したのだという。 その時彼はどんな思いだったのか。そのようなことをしておきながら、人を殺すことが平気なのか。 ♀騎士は、彼の内面がわかるほど彼のことを知らなかったし、それ以上に彼の事情は複雑すぎた。 「……この子を殺せるのですか。平気……なのですか?」 「全然、平気じゃない」 固い表情のまま、♂騎士が引き攣った笑みを浮かべる。 ああ、格好悪い。彼は心の中で自分に毒づいた。 「でもこの子の言うこと、俺にはよくわかるんだ。  ♂ハンター……だと思う奴も言ってたしな。♀アーチャーにこれ以上人殺しをさせるなって」 そこまで言って、♂騎士は目を閉じた。 「……殺したくなんて、なかったんだよな」 (そう、殺したくなんてなかった) ♀プリースト、♂アルケミスト。 ♂騎士が殺した、彼を愛してくれた恋人と友人。 殺したくなどなかった。しかし自分でない自分が殺してしまった。 誰かに乗っ取られていたわけでもなく、見知らぬ人間だったわけでもない。 だから、自分の罪は♀アーチャーよりずっと重いとわかっている。 それでも♂騎士は少女に、自分と同じものを感じていた。望まぬまま人の命を奪った者として。 「こうすることでしか救えないんなら、この子を開放してあげたいって思う。  ……あんたみたいな『騎士』が手を汚す必要はないんだ。俺がすればいい。どうしたって拭えやしない手なんだから」 (あ……) ♀騎士は、剣を握る彼の手が、自分と同じように震えているのに気づいた。 この人も、自分と同じように強くはない人間なのだ。 そう思いながら、彼女は震える自分の手を見つめた。 「ごめんなさい。あたし、最後まで迷惑を……」 「いいんだ」 少女の呟きに、♂騎士は緊張した声で答える。 この子を殺すことでまた……自分が自分でなくなったら。 湧き上がる恐怖。それを振り払うかのように、♂騎士は汗ばんだ手で剣の柄を固く握り締めた。 その手に、横から白い手が添えられる。 はっとそちらを見ると、♀騎士が俯きながらその手を伸ばしていた。 「あなただけを苦しませることなんてできません」 ♀騎士は顔をあげ、驚く♂騎士の顔を見つめた。 「私の手も、汚れていますから」 そう言って、できるようになったばかりの笑顔を浮かべてみせる。悲しげにしかならなかったけれどせめて、と。 彼女の顔にかかる靄のようなものが、少しずつ晴れていくのを♂騎士は感じた。 少なくとも、彼女が笑ってくれているのはわかったし、それを彼はありがたいと感じた。 自分は愚かだと♀アーチャーは思う。 せめて彼らの心の傷にならないように、幸せに逝きたいと二人の騎士を見つめながら彼女は願った。 ぐらり、と意識が揺れる。 体が強張っていく。指一本を動かすのも難しくなっていく。 遠ざかっていく意識の中、彼女は全力で動いた。 鋭い刃が、自らの胸を貫く。 ぼやける視界に、二人の騎士の姿が映った。 「……ありがとう」 震える唇で、それだけを呟く。彼らのおかげで救われたのだと、どうしても伝えたかったから。 意識が薄れてゆく。 その中で、自分のほうへ手を伸ばし、微笑む♂ハンターの姿を少女は見た。 ――王子様、これでずっと一緒に…… ♀アーチャーは彼に微笑み返す。そして、あの時返したかった言葉を紡いだ。 ――大好きです、王子様。 声にはならなかったが、♂ハンターに確かにそれが伝わったと感じ、♀アーチャーは涙を零した。 そこで、彼女の意識は途絶えた。 「……愚かじゃの」 胸を貫かれたまま、少女が呟く。 はっと彼女を見つめる二人の騎士に、紫の光に包まれた少女は笑みを浮かべた。 「いや、あのような小娘の意志に負けるとは……ほんに愚かじゃったのは我ということかの?」 笑いながら、少女は唇の端から血を流す。 魂が剥離しはじめているのか、その髪は桜色のままだった。 「くくっ……愚かじゃが、愉しいものじゃ。……おぬしたち人間というものは。  道化よ。あまり遊んでおると、足元を掬われるぞえ? ふ、ふふ……」 どこかで聴いているのだろうジョーカーに向かい、ミストレスは皮肉る。 そして鋭い瞳で彼女を睨む騎士たちに、悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「愉しかったが、やはり少々口惜しいからの。置き土産をさせてもらうぞえ」 少女の体を包む紫の光が拡散し、いずこかへと消えてゆく。 そのいくつかが、地に転がるキャタピラーのもとへと吸い込まれていったが、二人はそれに気づかなかった。 光が消えると、少女はそれきり動かなくなった。 それと同時に、彼女が身につけていたミストレスの冠が、光の粒となって消えた。 + + + ♀アーチャーの遺体を、♂ハンターの隣へと寝かせる。 静かに眠る二人が、♂騎士には幸せに見えた。それが救いだった。 (もう俺は、騎士とはいえないほど手を汚してしまった。馬鹿だから、誰も守れなかった。  でも……俺は生きたい。そして、俺と同じように生きようとしてる奴らを守ってやりたい。  殺すことへの恐怖は消えないだろうけど、きっと誰かを守るためなら、人とも戦える) 彼は固く目を閉じた。心の中の靄が晴れた気がした。 振り払おうとすることしかできなかった♀プリーストと、♂アルケミストの幻を、今なら正面から見つめられる。 「これで、よかったんですよね」 隣で呟く♀騎士に、♂騎士は目を開けて視線を向けようとし――違和感を覚えた。 どこか、暗く視界が狭い。 いつのまにか目に傷でもついたのだろうか。何せ痛みがないから、と彼は思わず手で目を覆った。 「どうしました?」 「いや――」 手を外し、理由を説明しようと彼は♀騎士を再び見る。 しかし、その視界に変わりはなかった。気のせいだろう、と♂騎士は先ほどの感覚を切り捨てた。 なんでもない、と♀騎士に言いかけたところで、初めて彼は彼女が認識できるようになっていることに気づいた。 赤い髪、白い肌。解るようになってしまえば、今まで彼女を『そう』見ていたような気がする。 「……♂騎士さん?」 呆然とする彼を、♀騎士が訝しげに見る。 彼女は自分の事情を知らないのだ。改めて説明するのも混乱を招くかもしれない。 そう考えた♂騎士は、何も言わずに首を振り、確認のために気絶したままの♂モンクを見た。 (……なんつー頭だ) 今まで解らなかったことを疑問に思うくらい、奇抜な外見をした♂モンクに、彼は苦笑いを浮かべた。 (しかしこれでやっと、人間が解る。不安になることもないんだ。……人間……?) そこで♂騎士は何かひっかかるものを感じ、辺りを見回した。 「……キャタピラーはどうした?」 彼の言葉に、♀騎士ははっとキャタピラーが転がっていた場所を見た。 続いて♂騎士と同じように周りを見るが――どこを見ても、この場所から幼虫の姿は消えていた。 <♀騎士> 現在地:E-6 所持品:S1シールド、錐 外見:csf:4j0i8092 赤みを帯びた黒色の瞳 備考:殺人に強い忌避感とPTSDを持つが、やや心を強く持てるようになる。刀剣類が持てない 笑えるように 状態:JT2発目被弾 背に切傷 <♂モンク> 現在地:E-6 所持品:なし(黙示録・四つ葉のクローバー焼失) 外見:アフロ(アサデフォから落雷により変更) スキル:金剛不壊 阿修羅覇凰拳 発勁 備考:ラッパー 諸行無常思考 楽観的 刃物で殺傷 状態:腕に裂傷、JTを複数被弾、意識を失っている <♂騎士> 現在地:E-6 所持品:ツルギ、S1少女の日記、青箱1個 外見:深い赤の瞳 備考:GMの暗示に抵抗しようとするも影響中、混乱して♂ケミを殺害 心身の異常を自覚    できれば♂ケミを弔いたい、誤解から♀Wiz達と小競り合いの末逃走 状態:痛覚喪失、体力は半分ほど 精神は安定してきてはいるが、アンバランスな部分は残す    個体認識異常を脱するが、体に変調?    快方の傾向にあるが、未だ人間を殺すことに恐怖心は残る <ミストレス/♀アーチャー> 現在地:E-6 外見 :♀アーチャーの姿を取り戻す 所持品:カウンターダガー 備考 :本来の力を取り戻すため他人を積極的に殺しに行く。キャタピラーを配下に 状態 :死亡 <キャタピラー> 現在地:E-6→? 備考 :ミストレスの力の一部を受け継ぐ 状態 :負傷から回復? ---- | [[戻る>2-254]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-256]] |

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