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111.我儘


朝日。

 頭に悪魔の羽の様な飾りを付けたプリーストは、横たわる死体の前に跪いていた。
手を組み、目を閉じている。その傍らには、石版と退屈そうにそれを見ている♂マジシャン。

「例え汝、道の途中にて果てようとも我等が主は汝を忘れず、広き懐の内にその魂を招かん。
灰は灰に。土は土に。汝と汝の霊に、偉大なる我等が主の国での、永久の安らぎがあらんことを」

 聖句を唱え、略式の印を僧侶は切る。十字の形に指は、虚空を走る。
 それから息を付くと、彼女は♂商人の死体の居住まいを直してやった。
 下半身の無い死体の手を胸の上で合わせて、恐怖に見開いた目を閉ざしてやる。

「終わった?」
「ええ」

 悪魔プリは答える。
 本当なら、埋葬した方が良いのだろうが、生憎とそこまでの労力の余裕が彼女等に在る訳では無かった。

「…にしても、一々律儀ねぇ」

「これでも聖職者ですから」

「ご立派なこと」

 言う魔術師は、何処かつまらなそうな顔。

「ほーんと、真面目ね。何も、こんな所でまで仕事しないでもいいのに」

「職業病…なんでしょうね。きっと」

 魔物を狩る狩人としての悪魔プリ。迷う人に僅かながらも力を貸すのもまた、悪魔プリ。
 心に被る幾つものペルソナ。人のあり方は一つではない。

「誰かが襲ってきてから『私、人殺しなんてできません』なんてのは無しよ?」

「私達が信じ、私達を見守っておられる神は誰もを平等に愛しておられます。でも、同時に厳格な裁定者でもあります。
罪人に容赦する積りはこれっぽっちもありませんから安心して下さい」

「…意外と怖いわね。あなた」

「そうですか?」

 事実上、襲撃者には一切の容赦をしない、と宣言したようなものだ。
 しかし、悪魔プリはあっけらかんとした様子で答える。

「私だって、殺されたくはないです。帰りたいですから」

「じゃあ、やっぱし殺してまわった方が早いんじゃないの?」

「いいえ。そんなことしませんよ」

「我儘ね。すみやんって人も苦労してそう」

「そういうものです。自分の我儘をいかに巧く通すかも女の甲斐性ですよ?」

「…あんたにゃ負けるわ」

 ぼそり、と魔術師が呟く。

「さて…と。あと少しでプロンテラです。行きましょうか」

「はいはいっと。…っていうか、筋肉痛で歩くのも辛いんだけど…少し休まない?」

「速度増加」

 制限された魔力では、本来の効果は現れない。
 しかし、この状況下では又、違った効果が現れていた。

「…」

「いきましょう?」

「……ふぁい」

 なんとなく、もう一度同じ言葉を繰り返してみたい気が♂マジシャンはしたけれども、怖かったから止めた。
 結局、棒の代りにしかならない重い杖に身を寄りかけながら、歩くしかないようだった。


 箱庭の中のプロンテラは、もう近い。



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