バトルROワイアル@Wiki

199

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199.死ぬ訳にはいかない

幾度目かの属性攻撃が、♂BSを弾き、地面へと投げ出していた。
跳ね起き、深淵とバドスケから距離をとった♂BSは、荒い息を吐きながら考えを廻らせる。
相手は二人。一人は強化を受けた自分にも比する手練れ。もう一人は未知数。
しかも、どういう訳か…物理攻撃を軽減するコートを突き抜けて届く一撃まで持っているらしい。
幾ら、力を得たといっても彼の本領は製造だ。
根本的な部分で、戦闘は余り得意でない。(少なくとも先程、突撃した際にアドレナリンラッシュを発動し忘れる程度には)
強化によって五感と反射は飛躍的に増加したけれども、それに関する知識の不足から元々戦術の引き出しは少ないのだ。
黒い騎士の娘の相手は楽な状況、とは言えなかった。

だが、やるしかない。
♂BSは唇を真一文字に引き結ぶ。
俄かに血液が沸騰するのを感じていた。
アドレナリン・ラッシュ&マキシマイズ・パワー。
戦鬼の様に体が徐々に赤く染まっていく。

おれは、まだ死ぬ訳にはいかない。
おれは、まだ死ぬ訳にはいかないんだ。

自分に言い聞かせる様に繰り返す。
目標には未だ遠い。この二人は殺されなければならない。
そのエゴを押し通さなければならない。
それを途中で曲げるわけにはいかない。
チャンスを与えられながら、望みが全て叶わなくなる。

しかし力押しで殺せるか?この二人を。
一瞬考えて、答えはYes。確かに属性攻撃は痛いが、他は軽減できる。
それに幸いながら、自分に効果のある攻撃の威力はさっきのBds程でも無かった。
ツベコベ考えず、豪腕で押し切る。それが一番の正解の様に彼には思えた。

「るぅおぉぉぉぉぉっ!!」
考えを定めた彼は、咆哮し、地を蹴った。
深淵とバドスケには、牙を剥き吼えながら突っ込んでくる彼が怒り狂ったオークロードの様に見えたに、違いない。

バドスケが何事か叫んだ気がしたが、BSにはもう聞こえなかった。
片腕でブラッドアックスを振り上げ、柄の最下端を握って水平に薙ぎ払う。
がぎん、と硬い金属が打ち合う音。
見れば、ツヴァイハンダーの横腹を深淵は盾にしていて。
成程。馬鹿みたいに幅広の刀身は横にすればそのまま大盾の役割も果たすことが出来るらしい。
それを認めた瞬間、ごぼう抜きに重力の沼に嵌った斧を引っこ抜いて、力任せに振るう。
しかし、同じく振られていたツヴァイハンダーとぶつかって、弾かれた。

ガギッ、ガギン。ガチン、バチン、ギャリッ。
荒れ狂う荒れ狂う荒れ狂う。斧と大剣の剣風が空間を支配。
知覚が、感覚が加速している。騎士の流れる様な剣舞は、しかしはっきりと彼には視える。
赤い──鬼が。血みどろの復讐鬼が。最悪の殺戮者が。赤い斧を手に。
それを荒れ狂う暴風の如くに振り回す。
剣風が、回転を更に増していく──

このまま押し切れば。
殺せる。手ごわいだろう相手だったが殺すことが出来る。
♂BSは、確信を抱く。

女の、滝の様に流れている汗の臭いがする
酸欠によって紅潮している肌が見える。
ぎしぎしと軋む筋肉の音が聞こえる。
目の前の相手の限界は、もう近い。

沸騰するような意識とは裏腹に、妙に冷めた調子でそんな事を♂BSは考える。

「深淵!!」
それは、突然横合いから響いた爆音の様な弦の音と叫び声、それが引き連れてきた鈍い衝撃にかき消された。
爆音を間近に聞き、音が彼の世界から消える。
一瞬、BSの体が重量級モンクの体重が乗った一撃を貰ったように宙を舞っていた。
声の方にいた筈の者は──バドスケ。
成程、これはそいつの技能か。
BSは衝撃の正体を理解する。
だが、その隙を相対した深淵が見逃すはずも無く。
弾かれた反動を利用して、大上段に構えたツヴァイハンダーの刃が、黒いもやを纏って揺らめいていた。

「せりゃぁぁぁぁっ!!」
騎士の裂帛の気合。瞬間的に思考が弾ける。
勢いも構えも何も無い。その一撃を回避する為だけに、ブラッドアクスを遮二無二に振る。
一際大きな音。金属と金属がぶつかり合う。火花が咲く。衝撃が手首を這い登ってくる。
正確にどうやったのかは、当人にも判らない。
加速された感覚の中、スローモーションが掛かったような具合で迫ってくる剣目掛けて斧を打ち付けた、と表現するほか無い。
只、結果だけを述べるなら♂BSは、本当なら彼の頭蓋を真っ二つに砕くはずのそれの回避に成功していた。
手にした斧には刃の上部に大きな罅が入り、おまけに片方の耳を大きく裂かれていたけれど。

アドレナリン過多で耳の痛みは感じなかった。素早く身をかがめながら獣の様に飛び退くと、再び騎士と対峙する。
彼女は、荒い息を吐きながら、彼を見据え、こう言った。

「…まだ、こんな所で死ぬわけにはいかないのだ!!」
奇遇だな。おれもだよ。
彼は呟く。恐らくは誰にも聞こえていないのだろうけれど。
正面には騎士。横合いには詩人。結局のところ、三人の関係は振り出しにもどった訳であった。

しかし、状況は確実に進んでいる。
幾分手傷を負いながらも♂BSは詩人のスキルと属性攻撃を掻い潜りながら、深淵を殺すのは難しい事を悟っていたし、
深淵は先程の剣舞に疲弊し、そして、バドスケは復讐者の化物じみた動きと膂力に歯噛みしていた。

そうだ。
三竦みの様な状態に考えあぐねたBSは、再びあの言葉を繰り返す事にした。
まだ、おれは死ぬ訳にはいかない、と。
きっと、目の前のこいつ等も一緒なんだろう。
それは様子を見ただけで判る。
それでも、今は死ねない。
おれには目の前のこいつ等よりも、目的の方が大事だ。

けれど、それが本当に最善の選択なのだろうか?
その疑問は、まだ猟犬の様にしつこく彼に追い縋る。
彼は、邪魔だからその犬を寂しそうな顔をしながら鞭で叩いた。
大きな体躯を持ち、本当なら彼の行為にしぶとく吠え掛かる筈のそいつは、しかし
一度きゅうん、と彼を見て悲しそうに鳴くと、意外なほど素直に臥せてしまった。

「──おれも、まだこんな所で死ぬ訳にはいかない」
騎士に睨まれ、詩人に狙われながらも彼は不意にそう言った。
これまでの不気味な無表情でも、先程までの凶暴な横顔でもなく、ただ静かな顔で。はっきりと。
その『静』は穏やかさではない。決意の裏に潜んだ、良心への諦観だった。

「何を今更!!」
騎士が叫ぶ。当然の反応だ、と彼は思った。

「そうだな。そうだよな」
言われて思い出すのは、赤い風景。
惚けた様な顔をした、恋人の生首。
悲鳴を上げて逃げ惑うひと。
それを無表情に狩りたてている、隻腕の自分。

そんな自分が、本当ならこれ以上生きてちゃいけないという事ぐらい、彼自身にもよく判っていた。

「でも、おれは死ねないんだ。
結局、狂っていてもいなくても…あれ、何て言うんだろうな、こういうの」

詩人さん、と不意にBSはバドスケに声を掛けた。

「きっと冴えた言葉、知ってるんだろう?できたら教えてくれないか」
「…知らねぇよ、そんなの。自分の言葉ぐらい自分で探せ」
顔を向けずに放った言葉には、何故だか戸惑うような返事が。
BSは自分の顔を覗かせていたかもしれない感情を、心のもっと深い淵へと追いやって、そこにある引き出しに仕舞う。
それ以上の必要は無かったから、彼は言葉についても考えるのをやめた。
少し、残念な気がした。気がしただけで、それ以上は考えない事にする。

「どうしてだ…何故お前がそんなにも悲しそうな顔をしている?」
ふと、意識から外れていた深淵の困惑混じりの声が聞こえた。
どうやら、知らない間にそんな顔をしていたらしい。
さっき引き出しに仕舞ってしまったと思ったのだが。
成すべき事は一つだから答えなくても良かったが、気紛れに彼は貧弱な語彙から言葉を探してみた。

「歌を詠わなきゃ、ならないんだ」
「何を…訳の判らぬことを」
「それから…全てを、終わらさないといけないから」
「終わらせる…?」
「そう、理由はそれだけだ」

二度目の問いには、そうとだけ答えた。
そして、その歌は今まで死んだ人たちとこれから死ぬ人達の為で。
そんな事を考えるからには、彼は実際のところ酷く人殺しが嫌いなのかもしれず。
けれど♂BSには、その一番嫌いな物しか手段として残されていない。

──死ぬ訳にはいかない。
他の奴には、きっとあの女は殺せないから。
けれど、あの女だけは殺さなければならない。
復讐する為だけじゃない。
もう、このゲームを本当の意味で終わりにしてしまう為に。

なら、その為にはどうすればいい。
手に、血塗れの斧を握り。足で、血と屍を踏みしだく。
つまり、血まみれのロングコートを、やはり血生臭いままにさせておけば、それでいい。
それこそ、全てが終わるまで。
終わり…終わったら、おれは。
いや、それは判らないし、知ったことじゃなかった。
その時こそは、安心して自分の首でも刎ねれるだろうか、などと考えかけて、かき消す。
そもそも、失敗する可能性もかなりあるだろう。
だからこそ一番堅実で確実な方法を採ろう。
それが、思いつく限りの最善だった。
そして、目的を果たすには、最善を尽くすのが一番だ。

この思考も実のところは単なるエゴかもしれない。
(誰が、彼が心の奥底でさえ自己保存を考えていないなどと洞察できようか)
だが、それでも──

──おれは、まだ死ぬ訳にはいかない。

♂BSはブラッドアックスを、硬く硬く握り締めた。


<♂BS 場所及び状態:変わらず装備:血斧に罅目的:肉入りマーダー&秋菜への復讐とゲームを終わらせる為に、皆殺し>
<バドスケ&深淵主な変化無し。但し、戦闘による消耗は適宜考慮願いたく>


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