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2-036

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036 暗い森の小屋


 幸いにして、森の中に半ば埋もれる様にして立っていたその小屋の中には、申し訳ばかりの中身が入った救急箱が置かれていた。
 ♂騎士は、その汚い小屋に据えられていたベットに上半身を包帯でぐるぐる巻きにして横たわっている。
 手当てと言うには余りに稚拙なそれは、♀プリーストが他の二人を制して彼女自身で巻いた物だった。
 ベットに縋りつくようにして、緊張の糸が切れて眠っている彼女を見ながら詩人はピュウ、と口笛を吹く。
 踊り子は、と言うと唇を苦笑めいた形にしていた。
 彼は、幸せな男だ、とダンサーは思う。詩人は一体何を考えているのか軽薄そうな顔を貼り付けたままだった。

 やがて、一度呻きを上げたかと思うと、♂騎士が目を覚ました。
 踊り子が体を起そうとした彼の胸を、首を振りながら押さえる。

「ぐ……っ、ここ…は?確か俺、ローグに撃たれて…」
「お目覚め、騎士君?そこのプリさんに感謝しときなさいよ。ずっと看病してたんだから」
 踊り子の言葉に彼ははっとしたような顔で、眠っている♀プリーストを見た。
 その顔に、僅かに悔いる様な色が走る。彼女を守れなかった。そんな自分の無力を恥じているのだろうか。
 ふぅ、と詩人が息を付いた。そして例の歌う様な口調で言う。

「ま、そういう事でゲスねぇ…騎士君、動けるかぃ?いや、プリたん起すから、とかそういうのは除外して」
「え、ええ…そりゃ、一応は」
「良かった、良かった。半身不随にでもなられてたら弱ってた所さぁ。ですよね、姉御」
 そして、彼は少し離れた場所に移動してストールに座った踊り子に目を向けた。

「やれやれ。嫌な奴。私に汚れ役押し付けるんだから」
「まぁまぁまぁ。俺はこんな喋りですからねぇ。衝撃的事実、って奴の告白にはどうにも向かないんでゲス」
「衝撃的事実?」
 頭の横に手をやりながら、仕方無い、と言う調子で踊り子は騎士の言葉に答えた。

「私とこの軽薄男、あなた達とはここまでだから。そういう事よ」
「……そう、ですか」
 僅かに言葉を詰まらせながらも、男は頷く。
 けれど、その顔にはありありと不満の色が隠れていた。

「こりゃまた…」
 茶化す様に詩人が、聞こえよがしに呟いた。
 男は答えない。踊り子もまた何も言わない。

「騎士なら、自分の彼女を守るってのは本懐でしょうさ。けど、その為に俺等の意思を曲げさせようってのは我侭ですぜ」
「こんな島でこそ助け合うべきだ、と思いますけどね、俺は」
 騎士の答えに、詩人は陽気にノンノンと指を横に振る。

「女が腐った様なナヨナヨしさってのは好かないでゲスねぇ。騎士さんは──」
 ふと、詩人の目が矢の様な鋭さを宿す。

「自分等が生き残るのに俺達を利用しようとしてるだけだろ?でもそれじゃ単なる我侭だ。
 それとも、自分一人じゃそのプリたんを守る自信も無いのか?
 俺ゃ、居てもいなくても関係の無いメンツに足引っ張られて死ぬのはごめんだよ」
「手厳しいわねー、貴方ひょっとして詩人は詩人でも風刺が専門だったりする?」
「ま、んな所でゲスね」
 ぴゅう、とまた詩人は口笛を吹いた。

「とは言え俺等を行かせるのにメリットが無いって訳じゃないさね。
 俺は皆が生き残る為に動く、って決めてるんでね」
 そして、そんな事を言う。彼以外誰一人として、直ぐには同意を示さなかった。

「それがバードの目的か?だったら俺も…」
「…君って本当馬鹿ね。そこの娘を誰が守るのよ?」
「……」
「そいつは当然騎士の役目、騎士の本懐って奴でゲスねー」
 へへへ、と詩人は笑いながら言う。その後で当然結納でゲスよっ、などと言いつつ身をくねらせている。
 それを当然の様に無視し踊り子は騎士の目を見つめながら諭す様に彼に言った。

「いい子じゃない。騎士なんだから、守ってあげなさい?」
 と。♂騎士はその言葉に俯いて黙ったまま答えない。
 不意に、踊り子の目に羨む様な光が宿るが、騎士はそれには気づかない。
 一方の二人は、軽く会釈をするとそのまま小屋を後にした。


 踊り子と詩人は二人、森の中を歩く。
 背後にあった筈の小屋は当の昔に見えなくなってしまっていた。
 最初に口を開いたのは、詩人。肩に吊り紐で提げたバリスタを弄びながら踊り子を見ずに言う。

「…やれやれ。姉御って意外に気紛れなんでゲスねぇ。てっきり最初は、あの二人を殺っちまうものかと思ってた」
「ローグが居なければそうしてたでしょうね。でも、あの場でアンタを含めた連中全員相手にする程自惚れてはいないわ」
「けど、そりゃプリたん達を助ける理由にはなりゃしませんぜ?あっしもつい、場に流されはしちまいやしたが」
 踊り子は何処か自嘲する様に肩を竦める。彼女も歩きながら、ロープに手を伸ばす。

 詩人と踊り子があの二人に出会う前。
 彼らは互いに武器を向け、殺し合いを演じていた。
 最も、その時に踊り子に押されていたのは詩人だったが。
 尚。効果が出ないジョークを大声で口にしすぎたせいで声が枯れかけていたのは、バードの胸に仕舞われた秘密である。
 ♂騎士と♀プリーストに出合った事。それは単なる偶然に過ぎない。

「あれが最初で最後よ。私は生き残るわ。まだやりたい事が一杯あるもの」
「でしたら、そうさね。でも、あっしはそういうゲームに乗っちまった奴は許せないんで。
 俺の妹は──このクソゲームで死んじまった。だからこのゲームに乗った奴は生かしちゃおけないんでさ」
 一人で笑って、詩人は言った。

 そこまで歩いていた二人は、丁度西部劇の決闘の様な状態にあったのだろう。
 どちらの武器を抜くのが早いか。それだけの関係だ。
 一触即発。彼らは、その様な状態の最中に、偶然♂騎士と♀プリーストの危機に鉢合わせしたのだ。
 片腕で銃身を支えながら後ろに跳ぶ詩人と、抜き放った鞭を振り上げる踊り子。

 ばしゅっ、と音がした。
 だずん、と一瞬前まで踊り子が居た場所を冗談みたいな威力のバリスタの矢が砕いていた。
 鞭が疾る。ばしぃ、と音がして詩人の頭の直ぐ真上をそれが掠める。
 そして、相対する詩人と踊り子はどちらとも無く口の端を歪めていた。
 ──目の前の相手は余りに手強い。詩人は思う。
 だが、それ故にこそ冒険者として。否戦う者としての血が疼く。
 二撃目も互いに不発。三撃目に至って、踊り子の鞭に詩人は体勢を崩し──ばっ、とその一瞬の隙を突いて踊り子は彼に背を向けた。

「待て!!逃げるか!!」
 叫び、更に矢を放つが巧みに木々を盾にして逃げるダンサーにそれは届かない。
 あっさりと彼は、踊り子を取り逃がしてしまっていた。
 誰も居なくなった暗い森を見渡して、彼は溜息を一つ。
 それから。がさ、と肩にかけた鞄が揺れ、青箱が顔を覗かせているのに気づいて彼は箱を空けた。

「…羽付き帽。全く。ウィリアム・テルでもありゃしませんのに」
 そう。彼は皆を率いてあのピエロを討つ弓の英雄などではありはしない。
 自分の目的の為に人を殺めるただの、そしてたった一人の復讐鬼だ。

 そんな軽口を叩き、出て着た羽帽子を被ると彼も踊り子と同じく森の中に歩いていく。
 目的は二つ。このゲームに乗った人間を殺し、このゲームを主催した人間を殺す。
 それだけが彼がこの島で望む事。

 ──しかし。その途中で人を殺していく自分は。何時まで復讐の為に人を殺す事が出来るのだろうか?
 ひょっとすると、自分は途中で殺す為に殺す様になるのではないか。自分が憎む殺人者達の様に。
 ただでさえ、ここでは死は余りにも身近にある。自分が途中で形振り構わず保身に走らないとも限らない。
 そう考えてバードは不安を覚え、鼻の下を指で摺って暗い考えを振り払った。

「へっくし!!…ったく、姉御が噂でもしてんでゲスかね」
 最も。その顔には意思を見せないようにしていたけれども。
 彼は、表情を隠すように深く羽帽子を被りこんだ。


<♂騎士 昏倒状態から復帰 怪我の程度は完全に動けなくなる程では無い 持ち物変わらず 場所:森の中の小屋>
<♀プリースト 持ち物変更無し 緊張の糸が切れて睡眠中>
<バード 持ち物 バリスタ 羽帽子 普通の矢筒
状態:妹の復讐の為に殺人者と主催者へ憎しみを抱く。精神の強さは不明 島の北部の森>
<ダンサー 持ち物変化無し 状態:マーダーに。但し、まだ真正の殺人鬼では無い 島北部の森>


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