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2-066

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066.壊された情報 [夕刻]


殺されたくない。死にたくない。逃げたい。生き延びたい。
常人ならざる速度で島を疾走する彼の頭の中に渦巻いていた言葉を要約するならば、その四語に尽きた。
実際には、神や悪魔への罵倒にGMジョーカーへの悪口雑言、女王への不満に襤褸切れにされた自尊心を癒すための慰めも混じってはいたが、結局のところ、この男の思考は自己の保身で埋め尽くされていた。
あの♀アコライトと協力するとか、同じように脱出を図る人々を探して仲間にするとか、そういった考えが小指の爪ほどにも浮かばぬくらい、男は恐慌に陥っていた。
(わ、わたしはっ、だ、大臣なんだぞ!? な、長年、あの王家に仕えてきたんだぞ!? こ、ここ、この島だって私が見つけたんじゃないか! そっ、それなのに、こ、この仕打ちは酷すぎるっ!!)
林を抜け、平野を抜け、小高い丘すら走り抜け――万年机仕事ばかりの中年が、これほど走り回っても息切れ一つしていないとは、いかに馬牌の魔力が凄まじいものかが計り知れる――再び、林の中に突っ込んだところで、大臣は突き出ていた木の根に足を取られて転倒した。
「びひょぼお!」
潰れたタラフロッグみたいな悲鳴をあげて、柔らかな腐葉土に熱烈なくちづけを交わす大臣。
夕暮れの日差しを受けて巣へ戻った鳥たちが、闖入者に非難の声をあげて飛び立ってゆく。
「うひぃぃっ! 痛いぃぃぃっ! 痛いよぉぉぉぉっ!」
幼児のような醜態を晒しながら大臣が土塗れの顔をあげる。鼻をしたたかに打ちつけたせいか、ぼたぼたと鼻血が滴った。
「ひいっ! ち、血、血、血ィィィっ!?」
中年と言って差し支えない年齢の大臣ではあるが、もともと貴族であるため、他の参加者のように荒事になれているわけではない。痛みと口に広がる血の味に、恐慌に拍車がかかったとしても、彼を責める謂れにはならないだろう。
「し、死ぬ! 死んじゃうっ! おっ、お鼻がっ、お鼻から鼻血が、真っ赤な鼻血がっ! あ、あああ、溢れっ、溢れちゃううぅぅっ!!」
「……死ぬ死ぬうっせえオッサンだな。人間誰でも一度は死ンじまうんだからよ、さっさと覚悟した方がいいンじゃねえか? あ?」
顔面の下半分を赤く染めながら、痛みに錯乱して転げまわっていた大臣の耳朶を打ったのは、野卑で粗暴さを絵に描いたような男の声だ。
「ひあっ! だ、だだだだだだ――」
誰だ、と言いたいのだろうが、恐怖で呂律が回っていない。ガチガチと歯が砕けてしまうのではないかと思うほどに、大臣は立ち上がることすら出来ずに震え上がって腰を抜かしていた。
「誰だってイイだろうがよぉ……すぐ死ンじまうテメエなんかに名乗っても仕方ねえし」
聞こえてくる明確な害意。それは今、この島で最もありふれた気配を凝縮した一声であった。
即ち――死。
大臣は恐怖に掠れた声で喚いた。
「く、来るなっ! 来るんじゃないっ! や、やめろ、こ、来ないでくれぇぇぇっ!」
夕闇が染み込む様に下りた林の中は薄暗く、微かに差し込む夕焼けの光も全てを見渡せるほど明るくは無い。
襲撃者にしてみれば昼間の下と同じでも、夜目の利かない大臣にとっては目隠しをされたも同然だ。精一杯の抵抗のつもりで懸命に手を振り回しながら後退りする。
だが、ここは小さいとは言え木々がそびえる林の中。数歩下がったところで大臣の背は、低木の幹にぶち当たった。
(いいいい嫌だっ! ししししし死にたくないっ!)
過去、この島に連行された人々の何人が、同じことを思っただろうか。
そして、その願い空しく死んでいったことか。
だが、そんなことを考える余裕など彼には無い。
(そ、そうだ。馬牌があるじゃないか! あれを使えば、殺人者から逃げられる!)
ただ逃げたい一心の大臣は、背中の低木にすがって立ち上がろうとして――掌を突き刺した硬い感触に絶叫した。
「いぎぃっ!」
右手が熱い。鼻血なんかとは比べ物にならないほどの激痛が掌から腕全体を駆け上っている。血で滑る傷を左手で押さえながら、反射的に大臣は飛び退いて尻餅をついた。
「痛っ! 血がっ! とげ、棘があああっ!」
「――残念。それは俺様の包丁だ」
大臣が低木と思っていたもの――♂ローグが――愉快そうに口を開く。
「飛んで火にいる夏の虫ってか? あの連中を見張ってただけで、死にたい奴が飛び込んでくるなんてなぁ……」
包丁についた大臣の血を舐め、凶相をさらに邪悪にゆがめる♂ローグ。
梢を縫って差し込む薄い夕陽に出刃の鋼が鈍く輝く。血で曇った刃に、大臣の青褪めた顔が映ることは無い。
♂ローグが包丁を振り上げたのを見て、大臣は咄嗟に叫んだ。
「ま、待てっ! 待ってくれっ! 殺さないでくれえっ!」
「あ? 馬鹿かテメエ。待つ理由なんかねえだろうが」
「り、理由なら……あるっ!」
今にも振り下ろされようとする血のついた刃物と、殺る気満々の殺人者を前に、自棄になっていたのだろう。大臣は、首に嵌められた枷を介して主催者が監視していることも忘れ、唯一の切り札を切った。
「お前だって、に、逃げ延びたいだろ……こ、この島から……」
武器も技もない、ただ大臣だったというだけの男に許された、唯一にして諸刃の剣である切り札を。
「わ、わたしは……し、知っているんだ。こ、この島のことを……だから、殺さないでくれっ!」
秘密を喋れば間違いなくGMジョーカーによって殺されるだろうが、目の前に迫った死から逃れ、ほんの少しでも生き延びられる道を大臣は選んだ。
そして選択を誤った。
「興味ねえな」
「な――げぐっ!?」
差し出した情報を一蹴され、さらに文字通り腹を♂ローグに一蹴され、大臣は身体をくの字に折った。血の混じった胃液を吐いて悶えているところに、さらに♂ローグの蹴りが入る。
「馬鹿だろ、テメエ。こんな面白え島から逃げ出すなんてよ、どうかしてんだろ?」
仰向けに蹴り転がされた大臣の上に馬乗りになり、♂ローグは先に殺した♂商人から奪った保存食の包みを開けると、大臣の口の中へ捻り込んだ。
血塗れの鼻を摘み、反吐塗れの口を閉じて無理矢理に嚥下させる。
「――――っ!? ――――――っ!?」
「……ンだこりゃ? 毒じゃねえのかよ?」
目を白黒させながらも、未だ生きている大臣を見下ろして、♂ローグは落胆した。
「チっ、とんだ期待はずれかよ」
苦しんで死ぬ様が見てみたかったのだが、単なる菓子では仕方が無い。
残った保存食をポケットに突っ込み、苛立たしげに♂ローグは大臣の腹をブーツの裏で踏みにじった。
「仕方ねえ。てめえには、あの連中を誘き寄せるエサになってもらうぜ」
♂ローグは包丁を逆手に構え、
「ま、せいぜいイイ声で鳴くんだな。舌は最後まで取っといてやるからよ」
大臣の右の耳たぶにそっと刃を当てた。


<♂ローグ>
<現在位置:小屋から離れた場所にある小さな林(I-5) 状態:変化なし>
<所持品・・・包丁(血濡れ) クロスボウ 望遠鏡 寄生虫の卵入り保存食×2 馬牌×4 青箱>

<工務大臣>
<現在位置:小屋から離れた場所にある小さな林(I-5)>
<所持品:なし>
<備考:重傷。寄生虫入りの保存食を食べさせられた>


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