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ある小川のほとりにて


 …時間は少々遡る。

 ──たった数時間で、随分と血生臭くなったものね。私は。

 グラリスは頭の片隅で、そんな事を思った。
 その言葉を証明するかの様に、彼女の纏った前掛け付きの制服は紅く濡れていた。
 グラリスは森を抜けて、♀モンクに遭遇するまでに発見していた小川に引き返していた。
 ざわざわと木立が揺れている。その癖、森の中は酷く蒸し暑く、血塗れの服を着て歩くには酷く不快だったので。
 彼女は、自分の衣服を水で洗ってしまうことに決めた。(腐敗した血から、傷口への感染症の問題もある)
 次からは出来る限りこんなには派手に返り血を浴びまい。

 とはいえ。
 水でびしょ濡れになってしまうのも血塗れの服のままで居るのも不快さでは然程変わらない。
 だが、少なくとも血塗れのままで居るのは良くない。もしもWと出会えた時、彼女を怯えさせてしまうだろうから。
 偽善者ね、私は。気にするのなら最初から殺さなければ良かったのに。
 自嘲する。

 やがて視界が開けた。
 極々ささやかな。アルデバランの水路程の広さとくるぶし位までの水かさ。
 清涼な流れだった。これなら十分に飲用にも足りるだろう。
 先ずは、誰も辺りに居ない事を確認すると、その場にしゃがんで両手で掬った水に口を付けた。
 ──支給された水よりも、何倍も冷たくて美味しい。
 知らない間に随分と喉が渇いていたので。彼女は何度も水を飲んだ。

 疲れたわ…少し、休みましょう。
 一度立ち止まると、重く疲労を自覚する。最初から今まで、緊張した状況の中で動き詰めだった。
 幾ら元軍人とは言え、ブランクが長い以上、やはり体力も腕も低下している。
 その癖、錆び付いた体と腕に気づかず走り回ったのだ。彼女もまた、この島の空気に呑まれていたのかもしれない。
 腰を下ろすと、紅い前掛けとカプラ社のヘアバンドを外して傍らに放った。眼鏡はつけたままだ。

 亡、とした顔。普段の凛々しい横顔から離れた虚ろな表情で、彼女は青い空を見上げる。
 後、八人殺さなければならない。そうすればWは助かる。あの道化を信じれば、だが。

 けれど。
 不意に彼女は思う。
 もしピエロが約束を守ったとして。その後で私はどうすればいいのだろう。
 生き残る?それとも殺される?

 口の中で独り言の様に転がしてみても、ついぞ現実感なぞ無かった。
 何故なら、彼女はカプラ職員だから。
 冒険者、というのがどんなにか強い人間かを知っている。
 正直。これまでの二人の参加者は幸運な例外だろう。
 少なくない冒険者が、現状を打破すべく遅かれ早かれ動き出す違いなかった。
 グラリスは、♀モンクの顔を思い出しながら思考をめぐらせる。

 けれども──誰一人として今までこのゲームからは逃れた者はいない。
 ならば現実的に考えて皆殺しと脱出、そのどちらが確実かは明白だ。

 ──自分は死ねない。死ぬ訳には行かない。
 外道に身をやつしても構わない。自分の譲れないものの為に、人を殺す。
 自分と同じように大切な物を持つ誰かに出会ったら。その人を殺すことにしよう。殺さなければならない。私の目的の為に。
 だからこそ、彼女は皆殺しと言う現実的な選択を選んだ。

 思い、それから何時もの癖で少しズレた眼鏡を直した。その指先が妙に冷たかった。
 そして。兎も角脱ぎ捨てていた前掛けを川に浸して洗う事にする。
 しゅっ、という衣摺れの音。女性としては平均よりやや筋肉質な肩と、すらりとした首筋が覗いていた。
 腹部の痛みに僅かに顔を歪める。先程の♀モンクの一撃か。痕が残るかもしれないな、と思った。

 一糸纏わぬ──という訳では流石にないけれども、それでも下着だけの姿を余り長くは曝したくない。
 客観的に考えて眼鏡を掛けたまま、そんな姿で自分の服を洗っている姿を想像すると余りに情けないから。
 早く洗おう。決めて、布をじゃぶじゃぶ擦る。ねばねばした乾きかけの血が流れ落ちていく。

 ふと。彼女は気づく。
 今日は晴れているけれど、一体自分の服が乾くまでどれくらいかかるだろうか、と。
 まさかびしょびしょに濡れた服を着たまま歩き回る訳にもいかない。
 血の跡は完全に落ちた訳ではないし、第一それではまるでオボンヌだ。
 冬服に比べれば、幾分薄手の夏服は乾きが早かろうけれども。
 かといって…雑巾の様に絞って水分を飛ばすのには断固反対を申し上げたい。
 私も、一応はまだ二十台に入るのだし。…その。今年からは四捨五入はしないで欲しいのだけれど。
 こう、妙齢の女性がよれよれで、しかも血の跡の付いた服なんてまさか着るわけには行かないでしょう。
 と、誰に投げたのか、グラリスは言い訳めいた言葉を自らの胸中に仕舞っておいた。

 仕方が無い。グラリスは濡れたままの服を着込む。ひんやりと冷たい感触にぞわっ、と少し鳥肌が立った。
 服が乾くまで待つとしよう。それに、急いては事を仕損じると言うではないか。
 出来る事なら早くWと合流したい。けれど休める時に体は休める。それに今の内に乾かさないと風邪を引いてしまう。
 ──贅沢を言えば、びっしょりと湿って纏わり付く服が矢張り冷たいが、まぁ血塗れよりはマシだろう。

 濡れた服のまま日が当り、目立たない場所を選んで腰掛け体の力を僅かに抜いた。
 傍らには剣。それから連弩を抱くようにして。
 それは無為な時間で。
 日の光で、知らずうとうとする内にグラリスは何と無く思い出す。

 冒険者が嫌い、という訳じゃ勿論なかった。
 …まぁ、私の目線からすればだらしの無い人が多いのは事実だったけれども。
 それでも、活気に溢れる彼らを見るのは悪い気分ではなかった。
 Wも。ディフォルテーも。テーリングも。少し生意気な子だったけど、ソリンだって。
 あの子達と比べて。私は満期退官まで軍隊の事しか知らなかったし、それに口うるさかったから。
 自然と今の、姉みたいな立ち位置になって。…色々、迷惑をかけられたり、逆に迷惑をかけたりもした。
 叱った事もあったけど──あの子達の笑顔は、それだけで私にとってかけがえの無いものだった。
 最も軍隊時代の友達は、そんな私をらしくない、なんて笑ってたりしてたのだけど。

 ああ。でも、テーリングとソリンは死んでしまった。
 あの笑顔は、二度と戻ってはこない。
 Wは、この狂った戦場に呼ばれてしまった。彼女の手は何も汚れていないのに。
 たった一人残されたディフォルテーは、今頃何を思っているのだろう?
 …あの子は、しっかり者だけど。こんなに重たい現実を背負う事なんて出来るのだろうか?

 やっぱり、自分は偽善者だ。
 だって。本当にあの子達の事を思うなら、私は何としても生き残らなければならない筈で。
 でも、生き残って。血に汚れて。(この穢れは決して落ちない。外面だとか形式とかでは無い。私が私を許せないからだ)
 私には、そんな手でまた昔の様にやっていける自信なんて無い。
 取り繕った顔の裏側では、余りに無力だ。

 取りとめの無い思考が一欠けの良心と現実の間を堂々巡りしている。
 決心の割りには矛盾だらけ。顔は厳しくとも内面までは取り繕えない。

「う…」
 …それは、ほんの僅かなうたた寝だったのだろう。
 自分の僅かな呻きで目覚めた彼女はがぶりを振った。いけない。思わず寝込む所だった。
 何時襲撃されるやもしれない場所で、それは余りに危険に過ぎる。
 寝起きでぼんやりとした頭が、さしあたって思う所は。

「服、早く乾かないかしら…」
 矢張り、その一事だけだった。


<グラリス 持ち物変わらず 状態:洗濯の後服を乾かす為その場で待機 北東浜辺近くの森の中>
特記事項:周囲に人は居ない筈。



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