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2-161

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161.忘れ去られた男 [雨の降り出す前]


「うーん、おかしいな。全然誰にも会えないよ」

少女がひとり、首をかしげながら丘の上を歩いていた。
身に着けている服はマジシャンの衣装である。
しかし、おしげもなく肌を露出させるマジシャンの衣装に反し、少女のからだはひかえめである。
『まったいら』という表現こそかろうじて避けられるものの、少年が女装しているように見えなくもないほどであった。

あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。
♂マジシャンの怪我に動揺し、走り出した少女は、誰とも会うことができないままに時間だけを費やしたことで、いまや落ち着いていた。
あわててひとりになってしまったことは軽率だったかな、なんて思いながらも、はぐれてしまった♂マジシャンと再会することすらできず、
しかたなしに少女はひとりで丘の上を歩いていたのである。

それにしても♀マジシャンにとって、この状況は良くない。
まずなにより、ひとりであり続けることが良くない。
このゲームでひとりで居るということは、殺してくれと言っているようなものなのである。

もし♂ローグなどが彼女を見つけたとすれば、
「バカな嬢ちゃんもいたもんだなぁ、おい」と言って包丁片手にうすら笑いを浮かべて、♀マジシャンを殺害したことであろう。
さいわいにも、♂ローグはバカではない鷲と戦っていたため、この場にはいないのであるが。

そしてさらに良くないのが、殺人鬼ではない誰かと会った場合に、逆にこちらが殺人鬼だと思われてしまうことである。
すでに2日目である。生き残っている人間で、正常な思考の持ち主ならば、普通は出会った誰かと協力体制をとっていることであろう。
事実、♀マジシャンも今朝までは♂マジシャンと一緒に行動していたのだ。

「まいったなぁ。アイツにもう一度会えればいいんだけどな」

そうこぼした♀マジシャンの脳裏には♂マジシャンの顔が。そしてもうひとり別の男の顔がちらつく。
♂マジシャンと出会う前にすこしだけ行動をともにした、不健康そうな顔色をした、ウィザードの男である。

「なんで、あんなにまっすぐでいられるんだろう」

少女は♂ウィザードの目を思い出す。そこしれぬ感情をたたえた瞳が、少女には忘れられないのだ。
どれだけの人間を敵に回しても、なにかをなしとげようとする強い覚悟を感じたのだろう。
なにかを、ただひたすらになにかを追い求めているような、そしてそのためにはどのような苦難をもいとわない。
そんな錬鉄された刀身のような意思を、少女は♂ウィザードに感じたのだ。

だからこそ、少女は♂ウィザードのことが気にかかるのである。
するどく鍛え上げられた刀というものは、予期せぬ方向からの力には逆に、ひどくもろいものなのだから。

「なんにしたって、ボクひとりでいちゃダメだ。ひとりじゃ彼をとめることもできないし、自分を守ることだってあやしい」

♀マジシャンはそう思うと、地図を取り出して、現在地を確認する。場所は禁止区域であるD-7にほど近いD-6であった。

「これ以上南に進むと・・・死んじゃうんだよ、ね」

不安が思わず口に出た。少女が遠めに見る禁止区域は、一見なんの変哲もない普通の森であった。
ところがである。

「ワンワンッ」
「やったぁ。森を抜けたわよ。偉い偉い」

その禁止区域と思われる方向から、アコライトの法衣を着た少女と一匹の子犬が、平和な会話をしながら歩き出てきたのである。
これには異端学派の魔法使いである♀マジシャンも目を白黒させた。開いた口もふさがらなかった。

「ちょ、ちょっと、キミ。どんな魔法を使ったのさ」

大慌てで少女と話ができるところまで近づくと、警戒心も忘れて少女にそう質問した。

一方少女は突然走り寄ってきた♀マジシャンに気付くや、子デザートウルフを自分の後ろに下がらせて、
左足を一歩前へ、格闘術に向いているとされる半身の構えを取って、両の拳を胸の高さで軽く握った。
口ずさむ歌は、速度増加とブレッシングとなって、たちどころに少女のからだに神の力をみなぎらせる。
少女は左腕を軽く下げ、下げた腕で一定のリズムを取りはじめる。

「やるっていうなら相手になるわよっ」
「ま、待ってよ。まずボクの話を聞いてよ」

今にも襲いかかってきそうな少女の様子に、♀マジシャンは両手を広げ、ダンサーのスクリームのようなポーズで少女を制する。
そのまま自分が敵意を持っていないことを説明し、さらに少女と子犬が禁止区域からやってきたことも教え、少女の回答を待った。

「え・・・嘘でしょ。だってあたし、別になにもしてないわよ。普通に歩いてきたんだもん」
「そんなはずないよ。ほらこれ見てよ、この地図のここのところ」

そう言って♀マジシャンは♀アコライトに地図を見せて示す。
自分たちがいまいる場所がD-6のここで、彼女たちがやってきた方向がD-7であることを。

「もしかしてキミの首輪、壊れてるんじゃない?」
「そうなのかな。それならすごく嬉しいんだけど」
「ためしにもう一回、あの森まで行ってみる? ボクはぎりぎりで待たせてもらうけど」
「わ、わかったわ。いくわよ」

ふたりと一匹が森の入り口まで近づいていく。しかしD-7に入る直前に、その音は聞こえた。

ピッピ ピッピ

ふたりと一匹にとって聞きなれない音がどこからか鳴りはじめたのである。
はっとして顔を見合わせるふたりの少女は、耳を澄まして音源を探った。
音は♀マジシャンの首から発せられていた。

「ボクのだけ、鳴ってる。たぶんこれ、危険だぞって意味だよね」
「そう思うわ。それじゃやっぱりあたしの首輪が壊れてるってことなのかな」

ふたりはお互いに眉をひそめ、同時に首をかしげた。

「それにしてもキミは禁止区域を突っ切ってくるなんて正気なの? 地図が読めないわけ?」

ふいに思い出したように♀マジシャンが口開いた。当然の指摘に♀アコライトと子デザートウルフは肩を落とし、うなだれる。
しばらく沈黙が続き、重い空気が流れ始めた。
それからさらにしばらく沈黙が続き───

「だって、地図なくしちゃったんだもん。それにあたし、それからこの子も・・・方向音痴なのよ」

気まずそうな顔をして、ぼそぼそと事の詳細を小さな声で喋る♀アコライトの様子がおかしかったのか、♀マジシャンはぷっとふき出して笑った。

「うぐっ・・・だから言いたくなかったのよ」
「神の遣いのアコライトが地図を読めない。うくくっ。あはは」

笑われた♀アコライトはよほど恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして、少し目を涙でうるませて、♀マジシャンを見る。
「そんなに笑わなくてもいいじゃない」と目でうったえているのである。

「でもそれじゃ、自分の位置がわからなくて困るよね。良かったらボクと一緒にいかない?」

うったえに負けたのかどうかはわからなかったが、♀マジシャンの誘いに、
♀アコライトは子デザートウルフを抱きかかえ、顔を見合わせてなにやらぶつぶつと相談をし始める。
そして、相談が終わったのか、彼女はかかえていた子デザートウルフをおろし、♀マジシャンに向き直った。

「わかったわ、一緒に行きましょ。でもひとつだけお願いがあるんだけどいい?」

こくりと頷く♀マジシャンを見て、♀アコライトは言葉を続ける。

「海岸沿いのどこかの崖に、あたしの荷物があるはずなのよ。一緒に探してくれない?
 あたしの食料も、この子の食料も、ぜんぶそこに置きっぱなしなのよ」

他の誰かが見つけて持っていっちゃったかもしれない。
♀マジシャンはそう思いながらも、♀アコライトが覚えていたわずかな情報と地図とを見比べ、地図上のC-7、C-8、D-8にあたりをつけた。
ここからそれほど離れていないことが、その場所を選んだ理由のひとつではあるが、
推測が違っていた場合にも、ある程度海岸線にそって歩くことで、♀アコライトが見覚えのある地形にでも出くわすのではないかと期待したのである。

そしてふたりと一匹は、♀アコライトの荷物を探すために、歩きはじめた。
歩きはじめる少し前に、♀マジシャンが軽くなにかを口にしておこうと荷袋から取り出した食料を、
よだれを垂らしながら見つめていた♀アコライトと子デザートウルフに分け与えざるをえなかったことは、言うまでもないことであった。

<♀アコライト&子犬>
現在位置:D-6
容姿:らぐ何コードcsf:4j0n8042
所持品:荷物袋・地図等含めすべて崖の上(D-8)
スキル:ヒール・速度増加・ブレッシング
備考:殴りアコ(Int1)・方向オンチ 自分の首輪が危険区域で爆発しないことを知る(首輪が壊れていると思っている)
   ♀マジとともにD-8へ
状態:体力ほぼ回復


<♀マジ>
現在位置:D-6
所持品:真理の目隠し
備考:ボクっ子。スタイルにコンプレックス有り。氷雷マジ。異端学派。♀アコとともにD-8へ。
   ♂マジを治療できる人を探すことはすっかり忘れている。 褐色の髪(ボブっぽいショート)

<残り:29人>


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