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176.女郎蜂 [2日目夕方]



草の匂い立つ雨あがりの草原を、憮然とした足取りで歩くひとりの青年がいた。
青年は雨の中でもずっと歩いていたのであろうか。衣服の上から下まですべてがこれ以上は水を含めないほどに濡れていた。
丈夫な白麻でできた羽織り着も、綿糸を編みこんだ褐色の上着も、動きやすさを追求した短めの下裾着も、
靴の中、果ては下着までもすべて、イズルードの海にでも飛びこんだあとのように、ぐっしょりと濡れていた。
その状態は、ハンターである青年にとって動きにくい以外のなにものでもなかった。

雨上がり、熟れた稲穂の色に染まった西の空を仰ぎながら、さきほどまで大木のしたで雨をやり過ごしていた女がいた。
女のからだつきは、まだ少女のそれであり未成熟ではあったが、ただよわせる色香は少女とは思えないほど艶っぽかった。
ほっそりとした身体のラインを鮮やかなほどに浮き彫りにする青布の服はおどろくほど薄く、
裾からのぞく白い腕も、肉付きの良い足も、溢れんばかりの女の魅力を内包していた。
そして、なによりも目を惹いたのは、水晶のような透き通る紫の輝きを秘めた、腰まで届くほどの長髪であった。
これでもし女の肢体が男を誘うのにじゅうぶんなほどであったとしたら、
貴族の跡取り息子であったとしても、たとえどれほど高貴な血をひくものであったとしても、
自分たちの地位などには関係なく、誰しもが彼女の魅力の虜となったことであろう。
そうでなくとも、彼女はため息の出るほどに美しかった。ただし彼女の正体は人ではなかったのであるが。

ふたりはかつて奇妙な関係で繋がっていた。王子様とお姫様という、この島にはとうてい相応しくない関係であった。
けれど今のふたりは違う。お姫様は悪魔に魂を奪われてしまったのだ。
ならばその魂を取り戻すのは他の誰でもない。王子様以外にはありえなかった。

ところがここで、偶然が起こった。王子様はいともたやすくお姫様を奪い去った悪魔に再会してしまったのである。
もちろんそれは王子様が自ら望んでいたことではあったのだけれど。
それでも普通の物語であるなら、数々の試練というものが王子様を待ち受けていてしかるべきであっただろう。
いったいどこの誰が、まっすぐ悪魔を求め雨も気にせず歩いていたら偶然雨宿りをしていた悪魔と再会するだなどと思ったことであろうか。

とにもかくにも、ふたりは再会したのであった。

その悪魔───ミストレスは、♂ハンターの姿を見るや、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
これほどすんなり会えるとは思っていなかったのであろう驚いた顔をして走ってきた彼に向かい、かわいらしい少女の声のまま話しかけた。

「どうしたのじゃ。我を追いかけてきたのか、それともただの偶然かや?」

少女のものとは似ても似つかないその口調を聞いて、♂ハンターは顔をくもらせた。
ある程度の距離まで近づくと、それ以上は近づかずに、悪魔が乗り移ったままのお姫様の体を眺めやった。

「見るだけかや?我の質問に答えてみよ。そなたは我の王子様なのじゃろ」

♀アーチャーのからだをそのまま通して出てきた言葉を聞いて、♂ハンターは先ほど以上の驚きの表情を浮かべた。
なんでお前がその愛称を、と聞きたかったのであろうが、口をぱくぱくさせることしかできないようであった。

「どうして我が王子様のことを知っておるのか気になるかや?
 教えてやってもよいが、我は見返りが欲しいのぅ」

いたずら好きの子悪魔のように♂ハンターの反応を楽むような素振りで、ミストレスは言った。
♂ハンターはあわてた様子でアーバレストに矢をつがえ、構えをとった。
ミストレスがあまりに敵意を持っていなかったので、すっかり油断してしまっていたのである。

「動くな。それ以上こちらに近づいてくるようなら───」
「なんじゃ。そなたは我をどうしたいのじゃ?我に愛を語りにきたのではないのか?」

ミストレスの言葉に♂ハンターは誰が見てもわかるほどに両の頬を紅潮させた。

「お前、なにを言ってるんだよ!」
「それはこちらの台詞じゃ。愛をささやくのでなければ、そなたはどうして今一度、我の前に姿をあらわしたのじゃ?」

♂ハンターの動揺を餌にしながら、ミストレスは紅玉のように紅い瞳を妖しくかがやかせた。

「♀アーチャーの心をとりもどせる。そう考えておるわけではあるまいの?」

そう言って手のひらで口もとを隠し、くすくすと笑った。

「図星かや。うぶな恋心じゃのぅ。じゃが、きらいではないぞ。魅力あるメスにオスが惹かれるのは当然じゃからの」

♂ハンターは開いた口を閉じることもできず、ミストレスの話を聞くことしかできなかった。

「それならば───どうじゃ、我と約束ごとをせぬか?
 我の中にはたしかに♀アーチャーがいまだ息づいておる。それゆえに我はそなたのことを知っておるのじゃ」

そこで一旦口をつぐみ、ミストレスは♂ハンターにするりと擦り寄った。♂ハンターは咄嗟に矢を放つことができなかった。
♂ハンターの心の中にある♀アーチャーへの想いが一瞬の隙となり、そこを彼女は見事に突いたのである。
もしここでミストレスが明確な殺意を抱いていたとすれば、彼は一撃のもとに殺されていたことであろう。
けれど彼女はそうはしなかった。つやのある薄桃色の唇から男を骨抜きにする甘い息をもらしながら、彼女は脳髄がとろけるような悩ましい表情をした。

「正直者よな。顔に喜びの表情が浮かんだぞ」

オスの本能を揺り動かす、メスの仕種であった。

「それで約束というのはの。そなたの精をもらいたいのじゃ。
 悔しいが我もまだ力が足りんでの。
 どうじゃ、そなたが我に精を提供してくれるなら、事が済み次第、しばらくの間は♀アーチャーの心を解放してやろうではないか」

すでにミストレスは両手を♂ハンターのからだにからみつかせていた。
やわ肌の感触が♂ハンターを襲い、♂ハンターは自分が正しく物事を考えられなくなっているような気がした。
いつのまにか完全に彼女のペースに乗せられていた。
くもの巣につかまえられた、蝶を想像した。

それでもどうにかこうにか年頃の女性の肌という罠から思考を切り離し、彼は精一杯の強がりを口にした。

「お前が嘘をつかないっていう保障がどこにあるんだよ」

心はもう、妖艶な女王蜂によって陥落寸前であった。
そのことに気づいているのか、ミストレスは美しい紫に色づいた笑みを隠そうとしなかった。

「これは我にとっての最大限の譲歩じゃ。あとは自分の意思で選べばよい。我はどちらでもよいのじゃからの。
 いや、そうではない。我は是非にでも、そなたとひとつになりたいのじゃ」

脳をとかす麻薬の声音が♂ハンターに耳に届いた。どこまでも妖しく、どこまでも魅力的な、メスの声であった。


<ミストレス>
現在地:E-6
容姿:髪は紫、長め 姿形はほぼ♀アーチャー
所持品:ミストレスの冠、カウンターダガー
備考:本来の力を取り戻すため、最後の一人になることをはっきりと目的にする。つまり他人を積極的に殺しに行くことになる。
   なんらかの意図があって♂ハンターを誘惑中


<♂ハンター>
現在地:E-6
所持品:アーバレスト、ナイフ、プリンセスナイフ、大量の矢
外見:マジデフォ金髪
備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ
状態:麻痺からそれなりに回復(本調子ではない) ミストレスと、ジルタスを殺したモンクを探すために動く。
   ミストレスに誘惑されている



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