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NG2-30

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NG.男の性


「やれやれ、これは困ったことになりました」

 まるで他人事の様に呟くのは♂セージ。しかし、彼は言葉とは裏腹に目の前の強敵に対して身構えている。目の前の強敵――― ♂クルセイダー ―――に向ける殺気には微塵の揺らぎもない。目の前のマーダーともども殺る気満々である。

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 ことの起こりはこうだ。
 軒下で雨宿りをしていた♂セージ、♂シーフ、♀商人の三人は先行している♂プリースト、♀ウィザードの二人の帰りをやきもきとしながら待っていた。争いの音が聞こえなくなってどれくらいたっただろうか、♂シーフがいても立ってもいられなくなり、立ち上がったときだった。
 雨上がりの集落の向こうから傷だらけの男が泥にまみれてこちらへとやってきたのだ。
 大丈夫ですか!?と駆け寄ろうとする♂シーフと、恐々と立ち上がった♀商人を制止して♂セージは問う。

「貴方、ゲームに乗っていますね?」

 問い、というよりはもはや断定の域にある言葉に満身創痍の♂クルセイダーは眉一つ動かさずに問い返す。

「なぜ?」

 ♂セージは一つ頷くと、手の内は明かしたくないのですが、といいつつもいつもどおりに推理を展開する。

「貴方のその傷です。
 顔の傷も腹の傷も真正面から戦って付けられたものでしょう。
 傷の大きさからすると剣に寄る切り傷といったところでしょう」

 推理を披露する間にも♂セージはじりじりと少年少女をかばえる位置へと移動する。その移動を知ってか知らずか♂クルセイダーも三人に向けてにじり寄る。

「しかし、貴方は腹だけでなく背中も庇っています。
 いえ、そのつもりはないでしょうが、わかるんですよ。貴方は背中にも傷を負っています」

 ぴたりと♂クルセイダーの動きが止まった。

「これは逃げ出す時に付けられた傷だ、といったなら?」
「そうですよ、マーダーから逃げ出す時に付けられた傷かもしれません」

 身につまされる話だけに♂クルセイダーの言い分に賛同する♂シーフをちらりとも見ずに♂セージは言う。

「だったら後ろを向いてもらいましょう。
 貴方がマーダーでなくて本当に被害者なら背中を見せるくらい何でもありませんよね?」

 ♂クルセイダーは何も答えない。
 ♂シーフは何も言えない。
 ♂セージは何も言わない。
 ♀商人はともすれば誰かにすがりつきたくなる自分の手を握り締める。

 全員の吐息だけが痛いほどに耳を打つ静寂。
 静寂を破ったのは♂クルセイダーだった。

「少年少女のお守りも大変だな。大人数では意思を統一せねば動けんか。
 ならば、手伝ってやろう。全くその通りだよ」

 露骨ないやみをこめて♂セージに♂クルセイダーは言った。その表情には不意を打てなかった悔しさなど微塵もない。どちらかといえば、群れねば戦えぬ弱者を嘲笑うものだった。とはいえ腑に落ちない点もある。

「しかし、なぜわかった?おまえは傷だけで断定したわけではないだろう」

 ♂クルセイダーの疑問に答えたのは意外にも♀商人だった。

「わたしたちはそんな抜いたままの剣持ってうろつかないもん!」

 怖気づきそうになる自分自身を鼓舞するかのように♀商人は精一杯の声で答える。軽く頷いて♂セージはもう一つの理由を付け加えた。

「なにより、その傷でゲームに乗っていなければマーダーだと断定されたら動じます」
「くくく、全くその通りだ…。とんだ失態だったな。次から気をつけることとしよう」

 次からは。
 その言葉に♂シーフは寒気を覚えた。
 この男は三対一という圧倒的な不利な状況でも僕たち全員を殺して生き残るつもりなのだ。

「やれやれ、これは困ったことになりました」

 まるで他人事の様に呟くのは♂セージ。しかし、彼は言葉とは裏腹に目の前の強敵に対して身構えている。目の前の強敵――― ♂クルセイダー ―――に向ける殺気には微塵の揺らぎもない。目の前のマーダーともども殺る気満々である。

「万全の状態でない以上お引取り願いたいのですが、そちらその気はありませんよねぇ」
「一片たりとも」

 暗に見逃してやる、という♂セージの言葉にも♂クルセイダーは頷かない。三人を相手にして勝てるという自信の現われなのか傷の痛みで判断力が鈍っているのか。どちらにしても♂セージとしてはありがたくないことであった。
 三対一で勝てるという自信の表れならばこちらが逃げ出してしまいたいくらいだし、判断力が鈍っているのならば手負いの獣ということでしかない。どちらにしてもまっとうな方法で相手にはしたくないのだ。だから、手の内を明かす危険も冒して推理を披露したのだが、時間稼ぎにもならなかったようだ。♂プリーストも♀ウィザードも未だに帰ってくる気配がない。

「神に祈りは捧げ終わったかね?来ないならばこちらから行くぞ」

 一向に襲い掛かってこない三人に業を煮やしたように♂クルセイダーは呟くと一気に距離を詰めた。狙うは一番戦いなれていないだろう♀商人。素人だけに激昂されては面倒であるし、初撃で屠るならばこの娘だと相対した時から決めていた。
 故に迷いなど一切ない。電光のような一撃が♀商人を襲う。

「っひ!!!」

 喉にかかったような悲鳴が上がる。
 しかし、多くの人間の血を吸ってきたシミターは♀商人の柔らかい肉を引き裂くことはなかった。
 その動きを予想していただろう♂セージのソードブレイカーに阻まれたからであり、何より標的自身がその場にいなかったのだから。

 泥が跳ねる。

 ♂クルセイダーの強襲に一番素早く反応したのは♂シーフだった。標的が♀商人と見るや全力で突き飛ばしたのだ。ぬかるんだ地面に頭から突っ込んで泥まみれになった♀商人にとってはいい迷惑であるかもしれない。
 少年の予想外のいい動きに♂クルセイダーは自身の戦力計算を書き換える。

「やれやれ、私が止めなければどうするつもりだったのですか。君の自殺癖は早急に治さなきゃいけませんね」
「聡い♂セージさんのことだから、きっと受け止めてくれると思っていました!」

 短いソードブレイカーの刀身でたくみにシミターの薄い刃と鍔迫り合いしながら、苦笑交じりに言う♂セージに対して♂シーフは元気に返す。パーティを危険に晒したことで落ち込んでいた彼だが、♀商人を庇ったことで吹っ切ったのかもしれない。
 一方の♂クルセイダーは面白くない。頭数を減らせなかったばかりでなく、少年まで戦力であることに気づいたからだ。それよりなにより、目の前の男。魔術師の様に推理を披露しながら、巧みに短剣を扱う。予想外だ。魔術師ならば距離を詰めてしまえば打つ手がないはずだったというのに。
 少年が使い物になる以上、目の前の男といつまでも鍔迫り合いをしているわけにはいかない。

「ハァッ!」

 気合一発、全力でシミターに力を込める。
 押し負けると悟った♂セージはその力に逆らわず後ろに跳び退って距離をとった。
 仕切り直しである。

「さて、仕切りなおしのついでです。♀商人さん、貴女はここにいても邪魔です」

 ♂クルセイダーの動向に気を配りながら♂セージはなんでもないことの様に言う。
 ♀商人は一瞬何を言われたのか理解できなかった。頭の中が真っ白になる。だというのに泥にまみれた身体は動いてよろよろと立ち上がる。そんな、今更足手まといだなんて、酷い。けれど、次の言葉、精一杯彼女を邪険に扱った一言で現実に引き戻された。

「動きが鈍い貴女を庇っていては戦いにならないと言っています」

 この馬鹿はきっと逃げろっていっているんだ。わたしが、戦えないことを見越して誰か呼んで来いっていってるんだ。この馬鹿がそういうのならここにいても邪魔なんだろう。だったらわたしが逃げるのが最善の一手、だと思う。
 なのにさっきは逃げ出そうとして立ち上がった身体がうまく動かない。
 それは、きっと、このまま別れたら、♂セージの顔を二度と見れなくなるような気がするから。
 カチカチに凍りついた身体を動かしたのはやはり♂セージの声だった。

「あの夜の話ね、本当なんですよ」

 少女以外には絶対に意味のわからない言葉。
 けれど少女には絶対にわかる暗号のような言葉。
 それは絶対の自信と絶対の生還を約束する魔法の言葉。

 その意味を深く理解する前に身体は弾かれたように動き出していた。後ろから♂クルセイダーに切りかかられることなんて考えない。今出せる最大の力で彼女は♀ウィザードと♂プリーストが消えた方向へと駆け出していた。

「女を逃がしたか、余裕のようだな」

 無数の傷を負ってなお巌の様にそびえる男は言う。彼にとっての障害はもはや♂セージであり♂シーフである。だから♀商人は見逃した。あの程度の素人ならば、自身で手を下さずともいずれ殺されるだろう。

「ええ、肉盾にでもしようとつれてきたんですけど役に立たないこと役に立たないこと」
「それって建前でしょ?女の子を守りたくなるのは男の性ですからねー」

 本人がもはやいないことをいいことに言いたい放題言う♂セージの言葉を受け取って♂シーフがまぜっかえす。♀商人とのらぶらぶっぷりを見せ付けられた腹いせだったのだが。

「おやまぁ、わかってしまいましたか。私はこう見えてもフェミニストなのですよ」

 そんな揶揄など何処吹く風。しれっとした調子でいう♂セージには一片の油断もない。とはいえ、言ってしまった以上、約束は守らなくてはならない。あの少女のためにも。

 向かい合う三人の男たち、ただ緊張した空気だけが流れていく。


関連話:179.薔薇の花



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