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205. 殺し屋達の挽歌 ~♀ローグ


 あーあ、ここでお終いかい。
 馬鹿みたいに青い空を見上げながら、呟いたつもりだった。
 けれども、もう、彼女の喉は潰れてしまっていて。
 ひゅう、と掠れた様な音が、その代わりだった。

 自分の有様がどうなってるかなんて、考えたくも無かった。
 脳味噌が頭からはみ出たり、ぶちまけられた腸の中に沈んでたりするんだろう。
 大体、少し離れた場所には網タイツを穿いた見慣れた足が、内臓だかなんだか良く判らない肉をぶちまけて転がってる。
 もちろん、アタシのだ。

 ったく。末期の瞬間でも、意識だけははっきりと澄んでるなんてね。
 神様ってクソは、このアタシに最後の最後に懺悔でもしろっていうのかねぇ。
 何処までいったって悪党は悪党だっての。
 懺悔でもしろっていうなら、せめて最上級の煙草ぐらい用意して欲しいよ。
 あのクソアサシンにスラれてから、一回も一服してないんだから。
 そういえば、そいつも、ぶっ殺す前に誰かに殺されたんだっけか。

 傍らには、壊れたマンドリン。
 その持ち主は、もう彼が護りたかった少女の元に行ってしまった。
 まぁいいか、と思う。逝くとしたら、一人で逝くにちがいなかった自分の事。
 壊れた楽器でも道連れがあるだけ、未だマシだ。

 瞳孔拡大。黒が、視界を塞いでいく。
 もう、限界が近いのかね。溜まりに溜まったゼニーの収め時って訳だ。
 ま、糞汚れた、生きてるんだか死んでるんだかわからない命一つが、自分が殺した連中に吊り合うとは思わない。
 だから、クソったれな神様の取立てを、最後の最後でもあたしは踏み倒した訳だ。
 そいつは悪党の最後にゃ、この上無い位相応しい。

 なんとなく眼だけを動かすと、ぱちぱちと音を立てて燃え盛る死体が見えた。
 (奇跡だ。この耳はまだ音が聞けるらしい)
 化物みたいなアイツかい。死んじまったか。ま、あっけないもんさね。
 焼ける死体は、かっ、と眼を見開いて、前を向いていた。
 何故だか、崩れかかったそれが酷く悔しそうな顔に見えて。
 その死体には既に両手はなかったけれど。
 もし、まだそれがあったなら、何かを掴むように真っ直ぐ前に伸ばしていたんだろう。
 勿論、届かないけど。

 …ったく。未練たらしいったらありゃしないね。
 後悔する位なら、ハナっからすんなっての。
 ま…アタシも無い訳じゃないけどね。
 無けりゃあ、直ぐにでも眼を閉じる筈だし。

 視界はどんどん黒く染まっていく。
 走馬灯、っていうのはちっとも過ぎりゃしない。
 元々、自分のムカシになんて何の執着も無かった訳だし。
 でも。

 ──アンタは、何でそんなに悔しそうなのかねぇ。
 焼けていく死体を思い、そんな言葉を浮かべる。
 少し、そいつが羨ましい気がして、同時にそんな事を考えた自分に驚いた。
 同時に、あの男の事も思い出す。自分には無いものを持っていただろうそいつがやっぱり、少し羨ましかった。
 初めて気づいた。取り留めの無い思考が死に掛けた脳味噌の中を走っていく。

 ──もし。もしも、アタシが最初に、あの娘を殺さなかったなら。
 自分にも、そいつらみたいな貌が出来ていたんだろうか。
 必死な顔で、自分の事なんて忘れて。我武者羅に走って。
 そんな自分の姿を思い浮かべると、やっぱりそいつも羨ましかった。
 だから、自分は嘘つきだけど、これは珍しく本当らしい。

 らしくもないね。
 唇の端を僅かに歪めるイメージ。
 本当に、苦笑できてるかどうかなんて知らないけれど。

 アタシは、悪党だ。
 悪党は悪党らしく。
 嘲笑って、嘲笑って。自分すらも嘲笑って死ぬのが一番お似合いだ。
 黒が。黒がどんどんと。
 終に意識の中にまで入り込んでくる。
 ここまで、だね。

 ──…、 、…、  。

 そう思い体の力を抜いていると、ふと、声の無い歌が聞こえた。寂しく、悲しいハミング。
 でも何処か懐かしい。聞いたことのある──けれど思い出せない。
 勿論、それは幻聴には違いなかった。もう、何も聞こえない筈だ。

 …ああ、そういえば。
 最後に、本当に最後に。
 一つだけ、残念な事があったんだっけ。

 挽歌が、聞きたかったんだ。
 ほら。道連れは居るけど。
 こういうときは、そういうものって相場が決まってるじゃないの。
 送り出される時には、どんな奴でもやっぱり歌でシメなくちゃね。
 あんな事を呟いてみたけど本当に最後の最後には、やっぱり嘘はつけないものらしい。
 幻聴でもいいや。贅沢は言えない立場だもの。
 でも、ありがとう。ありがとね。

 そして、黒が溢れた。


<♀ローグ 死亡 その他変化無し>

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