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206. 殺し屋達の挽歌 ~♂BS


 熱い。熱い熱い熱い。
 焼けていく。焼けていく。
 目の前は、赤。炎の朱。ああ、おれが焼けていく。

 おれは、おれは。
 まだ、こんな所で死ぬ訳にはいかないのに。

 あの女を殺さなければならないのに。
 ここで死んでしまうなら。
 何の為に今まで殺し続けてきた。
 勇敢な少女を。操られるままに殺し続けた人々を。
 ──おれの、愛するひとを。

 思い出すのは。遠く彼方の日常。
 笑い会う彼と彼女。何時もの露店。眩しい日差しが照らす街頭。
 花嫁と花婿。笑いさざめく友人達。その数は、彼女の方がずっと多かった。

 おれは、鍛冶仕事しか出来なかったけど、彼女はそうじゃなかったか
ら。
 何時の事だったろう。蚤の市で、テロに会って二人で切り抜けた事もあったっけ。

 思い出すのは。血みどろの時間。

 叫ぶ男を切り倒し、逃げる女を叩き潰し、誇り高き男も殺し、その傍の女も殺し、勇敢な娘を断ち割った。
 おれは泣きながら、狂いながら、おれに愛を囁くひとを殺して、首を切り取った。
 おれは、狂っていて。ああ、今も狂っているのかも。

 ちくしょう。
 そう叫びたかったが灼けた空気が喉を焼いていて。
 声帯がもう千切れたのだろう。声は全く出なかった。
 それでも。おれは。
 死ぬ訳には。死ぬ訳には。


 筋が焼け切れつつある体で、火の中を前ににじりだす。
 おれは。おれは。おれは。
 体が少ししか動かない。筋肉がどんどんと焼き切れていく。
 やがて、芋虫の様に這うことも出来なくなる。
 熱に弱い眼球が溶けて、流れ出していく。
 赤が、黒に変わっていく。

 死ねない。死ねない。死ねない。死ねない。
 ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。

 おれは。おれには、かえるばしょはもうなくなったんだ。
 おれは、もうしんでいくひとなんてみたくないんだ。
 しんでいくひとなんて、おれと、きみらと、しろいおんなだけでいいんだ。
 おれは、すべてをおわらせてしまいたいんだ。

 ──彼を焼く火は、許し。
 全てを平等に消し去る許し。
 遍く罪人は火に焼かれ、火に清められ、火に浄化されて、煙となって天に上る。
 それは、煉獄だ。

 けれど、彼は彼女を拒む。
 地獄の如き生を望む。
 だが、彼にそれはもう赦されない。
 絶対の権威を以って、火は彼を赦す。
 炎は、彼を抱きとめ熱いキスをした。
 それは、何時か見た愛しい人のようで。

 ──おれは。

 既に赤は、黒だ。

 ──おれは。あいするひとの、しんでいくひとのために。

 それは、彼には赦されない。
 罪人に赦されたるは、只その罪を償うこと。
 黒い死神が。彼に、手を差し伸べる。

 彼は、最後の力を振り絞り、顔を持ち上げた。
 届かない場所に向って、手を伸ばそうと──しかし、彼の両腕は既に無く。
 ぱちぱち、と体が焼ける音だけが頭蓋骨の振動を通して脳に伝わってくる。

 ああ、ちく、しょう。ち、くし、ょう。ち、く、し、ょ、う。

 お、れ、 は あ い する ひと、の。

 あい あい あいする あいするひとの。ために。た、めに。

 思考が途切れていく。
 彼を誘う最後の闇。その中でさえ、ぱちぱちと己を焼いていく火の音の挽歌を聞きながら。


 ちくしょう。おれは、すべてをおわらさないと、いけないのに。

 最後に、そんな叶わない思いを、願った。


<♂BS 死亡 持ち物は、全て焼けて使い物にならなくなっている>

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