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2-214

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214.強攻 [2日目深夜]


『OKOK、ようするに地図を持って禁止区域に入ると首輪がどかんなわけね』

「───なるほど」
文書化された盗聴記録に目を通し終えても、GMジョーカーは微笑の表情をすこしも崩さなかった。
切れ長の目はいつも笑っているように見えて、奥にある瞳はけして笑ってなどいない。いつも通りの表情だった。

GM橘はもはや気にしなかった。
接する時間が長くなれば長くなるほど、考えていることがわからなくなる。
GMジョーカーという男は、そういったたぐいの人間である。とにかく本心を隠すことに長けているのだ。
彼の口にする言葉や態度、表情、しぐさ。そのすべてを信じてはいけない。疑ってもいけない。
なぜなら彼は仮面の下で舌なめずりをしながら、相手がどのように反応するかを覗き込んでいるからだ。
たとえるなら巣を作り、獲物がかかるのをひたすら待ちわびる蜘蛛である。

GM橘は眼鏡のブリッジを、すっと押し上げた。

「それで♀アコと♀マジについては、どのような処置を行えばよろしいでしょうか?」

GM橘も無表情を繕った。とくに意見を言うこともせず、上司の反応を待った。
本音を言えば、わずかでも自分の計画を脅かす危険性のある存在など即座にBANしてしまいたかったが、胸のうちに留めた。
せっかく手ごまが思惑通りに動きはじめたのだ。ここは我慢のときだと判断した。

GMジョーカーはいかにも考え込んでいるという姿勢をとっていた。どこかの彫像で見たことのある姿勢そのままだった。
どこの誰の作品だったかまでは思い出せなかったが、それにしてもわざとらしい。
相手の感情を揺するためだけの行為であることは、間違いなかった。GM橘は胸中で毒づいた。
まったくもってGMジョーカーは癪に障る男だと。

殺せるものなら、いっそ。何回そう思っただろうか。
そのたびにGMジョーカーの、♀モンクを一蹴したあの凶悪なまでの強さを思い返し、ひややかな汗をかいた。
いくら自分たちGMが制御装置の影響を受けていないとはいっても、
残影を駆使してきた♀モンクに対してあれほど余裕のある対応をとれたのは、ひとえにGMジョーカーの実力と言える。
1対1で戦っても勝てない。それだけはどうしようもない事実として認識していた。もちろん歯噛みするほどくやしかった。

無反応なGM橘をつまらないと思ったのか、それとも別の思慮があるのか、GMジョーカーはようやく返答した。

「どうしたらよいと思います?」

GM橘はあやうく癇癪を起こすところだった。
さんざんに人を待たせたあげく、質問に質問で返してくるのだから性質が悪いことこの上ない。
人を怒らせて、本音をさらけ出させようという考えが見え見えなだけに、腹立たしかった。
このまま返事をしたのでは声が震えてしまうので、GM橘はとりあえず眼鏡をはずした。
レンズの汚れを拭くことで、落ち着きなおそうと考えたのだ。
当たり前だが、レンズは汚れてなどいない。几帳面な彼は、レンズをいつも一滴の曇りもない状態に保っていた。

GMジョーカーはにやにやと顔だけで笑っていた。GM橘は眼鏡をかけなおした。

「私は、彼女たちはそのままにしておいた方が良いと考えます。
 ひとつの理由は、彼女たちが盗聴に気がついていないことです。
 なにかを企んだところですべて筒抜けですから、今は放置しておいて問題ないでしょう。
 逆にそのおかげで他の参加者の嘘を見抜けるかもしれません」
「とすると、参加者の一部は盗聴に気がついていると考えているわけですか?」
「♂セージあたりが気がつく可能性はじゅうぶんにあると思われます。
 なにしろ家系的にも優れた血を持っているようですから」

眼鏡越しのGM橘の視線がGMジョーカーを鋭く刺した。GMジョーカーはあいかわらずのうすら笑いを浮かべた。

「そしてもうひとつの理由ですが、いたずらに制裁を加えることは、女王陛下の楽しみを削いでしまうのではないかと危惧しました。
 せっかくここまで順調に進んでいるのですから、最後のひとりになるまで、できればなにもせず見守りたいというのが私の考えです」

話を聞き終えて、GMジョーカーは小さく拍手をした。顔はよろこびに歪んでいる。

「すばらしい。あなたの考えは、私とまったく同じものです。実にすばらしい。はなまるをあげましょう」

GMジョーカーは立ち上がり、その場でくるりと回転した。手のひらを顔の前で合わせて、いまにも踊り出しそうな陽気さだ。

「そうです、大切なのはいかに滞りなくこのゲームを進めるかということです。
 したがって私たちは、どうしようもなくなるぎりぎりのところまで手を出してはいけません。
 もちろん細工をするなんていうのは、もってのほかです」
「細工の疑いがあるのですか?」

GM橘の反応にGMジョーカーは首を振った。

「いえいえ、そのような様子は今のところ見られません。ただ、今後起こらないとも限りませんのでね。釘を刺しておくに越したことはないということです。
 間違っても故意に誰かを勝たせようなどとしてはいけませんよ」

いやらしい笑みを作ってGMジョーカーはくつくつと笑った。
その様子にGM橘は、自分の企みがGMジョーカーに、すでに嗅ぎ取られていることを確信した。
心音が、目の前の男に怯えるように高鳴った。どうすれば良いか、考え付かなかった。

「肝に銘じておきます」

そう言うのがやっとだった。
逃げ出すように退室したGM橘を見送り、GMジョーカーは笑いの仮面をはずした。ひとりの時間には必要ないからだ。

「橘もなかなか辛抱強い。ですが、これで嫌でも動かざるをえないでしょう。さて、共謀者は誰でしょうね」

氷のように冷たい目をして、GMジョーカーは机の上に転がっていたダーツの矢をひとつ取り、投げ放った。
矢はすとんと音を立てて、壁に突き刺さった。
壁には参加者の名簿が貼られており、GMジョーカーが放った矢は♂騎士のところに突き刺さっていた。


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