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209

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209.赤色の蛍


よう、俺だ。♂ローグだ。
っていうか、この喋りも久しぶりだな、おい。まあ、そりゃいい。
で、だ。俺は今、情けない事に、全身包帯巻かれて転がってる。
別に拘束されてる訳じゃ無い…いや、拘束されてる、といえばされてるんだが、兎も角身動きが取れねぇ。

一体全体どんな状況なのかって?
それは…まぁ、察してくれ。え、判らない?
…………しかたねぇな。正直、余り…つーか、物凄ぇ言いたくねぇんだが。
俺は、そのだな。ごほん。
看病してくれてたらしい♀クルセの奴が、俺に圧し掛かるようにして寝ちまってるから、身動きがとれねぇんだよ、畜生。
あ゛ー、クソッタレ。引くなそこっ!!
別に疚しい事してた訳じゃねーよ。…あの時は、傷の痛みも酷かったし、色々あった後だしな。
ま、もし普通の状況だったら煩悩の一つや二つぐらい沸いてたのかもしれねぇが、生憎と今はそんな気分じゃない。
(第一、クルセイダーの普通の格好がどんなのかぐらい、知ってるだろ?)

第一全く眠れやしないから、真っ黒い空を仰いで物思いに耽ってた、って訳だ。
正直、アルデバランを離れてから色々あり過ぎたしな…
ったく、情けねぇ。俺ともあろうものがよ。
結果を…否定するつもりは、全然ねぇけどよ。
だーっ、止めだ、止め。こんな事やってても、どうにもなりゃしねえ。
後悔先に立たずっていうしな。あいつ等に生かされちまった命だ。
いくら、俺が糞悪党だからって、もう粗末にしちゃいけねぇな、こりゃ。
死んじまったら、どうにもならねぇ。なら、せめて俺はそいつ等の遺志に応えるべきだ。

…って、おい。♀クルセ、身を捩るなってんだ!!傷に触るだろうが。
あー、糞。ん…?何やら、掌に誰かの指が走ってやがる。これは…文字書いてるのか?
確認するまでもねぇな。クルセだ。ったく、こういう時に首輪外してると不便なもんだな。
掌に神経を集中して、文字を判別する。
ローグにとっちゃ、盗みは呼吸するのと同じくらいの事だからな。大して苦でもない。
『どうして、人は死ぬのだろうな』、クルセは、そう言いたい様だった。
俺は、直接言葉をかける訳にも、彼女は俺の様に掌で文字が読めるとも思わなかったから、独り言の様にして返す事にした。
「運の悪ぃ奴、人を信じすぎた奴、馬鹿な奴、弱ぇ奴…まぁ、色々だわな」
ちゃんと独り言になってるだろうか、ほんの僅かに不安感が芽生えるが、無視して続ける。
ぎゅっ、とクルセのもう片方の手が俺の腕を掴む。
「どうしたもんなんだろうなぁ。良く解らねぇ。答えなんざ、ねぇのかもな」
その誰かが死んだ個々の理由ってのは、まぁ色々ある。
だが、何故人間は死ぬのか、っていう根本的な理由なんざサッパリだ。
聖職者なら、天命だとか、そういう事だと言うのかもしれねぇが、それだと俺が生き残ってる説明がつかねぇ。
奴が好きそうな良い奴から先に死んでいくってんなら、神様って野朗はローグもびっくりの糞悪党だ。
理不尽で、絶対的で、どんな奴だろーと逆らえねぇし。
…思考が暗ぇ。俺が神様の事なんざ考えてどうするってんだよ。
答えを待ってるだろうクルセに、碌な事も言えないまま取り留めの無い思考ばかりが脳裏を過ぎ去っていく。
『♀アーチャーは、子バフォは…アラームは、弱かった、のか?』
…いけねぇ。言葉を間違えたか。
「んな俺が強かったら、今頃あいつらだって生きてただろうけどなぁ」

代わりに、俺は死んじまってたかもしれねぇけど。
只、そっちの方が、少なくとも俺個人としては、ずっとマシな気がする。
──結局のところ、結果論なのかね。
色々やってきたつもりだったが、結局生き残ったのは俺の方だった、て訳か。
つーか、あいつらが死んで、あの輪の中で俺達二人だけが生き残って、すべきこともある、って理解してた筈なんだけどな。
つまり、まだ納得はできてなかったって訳だ。気づかなかったけど。
あーあ、これじゃアラームの奴や、アジャ子、子バフォに笑われちまう。

それきり、クルセが黙っちまったんで俺は空いた手で懐を探った。
煙草を一本抜き出し、クルセを押しのける様に上体を起すと、そいつに火打ち石で火を付けた。
ぽう、と暗闇の中で、煙草の光だけが蛍みてぇに灯る。ありゃ緑の灯火だがな。
考えに詰まった時にゃ、一服するのが一番だ。
傷に紫煙がしみたのか、ずきりと体が痛んだ。

…ああ、そうか。
それで気づいた。俺は、後悔してるんだな。
「死なせたか、なかったさ」
あいつ等には。まだまだ先があったのに。
アラームなんざまだ毛も生えてなさそーな年のガキだぜ?
半ば燃えカスみてぇな俺よりも、ずっと輝かなきゃいけねぇってのに。
それこそ俺みたいな、クズの大人の背中を踏みつけてでも。
何が、俺はお前等ん中に夢を見てた、だよ。当たり前じゃないか。
──あいつ等に、自分の夢の、幸せな部分だけ、託すべきだったんだから。

あいつ等みたいな奴は、生き残らなきゃいけなかった。
俺は人間の燃え滓だからこそ、その為に命を尽くすべきだった。
炭屑に出来る事なんて、それくらいだ。
「俺はくたばろうが知ったこっちゃ無いが、あんな連中には生き残って欲しかったさな」
あーあ情けねぇ。自分の言葉が自分に突き刺さる、なんて初めてだ。
ぷかぁ、と煙を盛大に吐き出す。
そして再び、掌を指がなぞる感触。
『私も、だ』
馬鹿言ってんじゃねーよ。
俺からしてみりゃ、そうやって何でもかんでも手前一人で背負い込む様な奴もガキの範疇だっての。
覆いかぶさってる奴もガキだから掌を伸ばして、くしゃりと髪を撫でてやる。びくっ、と一瞬クルセの体が震えた。
…ったく、悲壮ぶりやがって。
「辛けりゃ泣けよ。構わねーよ」
但し、手前も死ぬんじゃねーぞ、その言葉は隠して呟いた。
掌越しの言葉は絶え、泣き声を殺したすすり上げるような音だけが聞こえる。
こんな時まで手前の役目忘れろっての。しかし…涙ってしょっぺぇ筈なのに、何で傷にしみねーんだろうな。
そんな下らない事を考えながら、俺はもう一度紫煙を吐き出していた。
少し、時間が経った。
今、出てった足音は…多分深淵か。闇になれた眼でシルエットを判別し、結論付ける。
すすり泣きは、もう聞こえない。
その代わりに、再度俺の掌を指が撫でた。
『煙草、一本もらえないか?』
突然の申し出だったけれど、特に断る理由も無い。
抜き出すと、俺が咥えていた煙草で火を付けて渡してやる。
少しの間隙。一瞬、大きく煙草の朱が広がったかと思うと、げほげほと咽る様な声。
…初めてなんなら、いきなり肺に入れるんじゃねーよ。それも、そんなに沢山。

赤が、闇夜の宙を飛ぶ。
どうやら、むせ返って煙草を口から離したらしい。
ややあって、掌に言葉が書かれる。
『煙いだけじゃないか…どうして、こんな物を平気で吸える?』
「さあねぇ…どうだろうね」
少し可笑しくなって、俺はどうとでも取れる言葉を返してやった。
しかし、クルセは何を考えたのか、俺の懐に手を伸ばすと、もう一本煙草を抜き出す。
『けど、もう一本だけ私に預けてくれ』
「へえへえ…」
ったく。仕方ねーな。
苦笑いを一度残し、俺は再び地面に身を横たえた。


<♂ローグ 場所等変化無し>
<♀クルセイダー 煙草一本獲得 他変化無し>

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