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217

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217.時計塔の鐘


黒馬にまたがり一路北へと疾走するバドスケ。
彼は思った。

「めっちゃこえーーーーーーーーーーー!!」

速度増加の加わった黒馬、それも深淵の騎士子の乗馬である。
その身に宿した魔の力、それを余すところなく存分に振るって一直線に駆け抜ける。
もちろんバドスケもこんな速度感じた事も無い。
真正面以外は景色が早すぎてまともに見えないのだ。
「あ、あの野郎……こういう手で仕返しにくるか普通ーーー!!」
もちろん深淵の騎士子に他意は無い。たまたまそうなっただけなのだが、これはそんな愚痴もこぼれる程の恐怖であった。
あっという間にアルデバラン南まで辿り着く黒馬とバドスケ。
そこまで来ると、流石に速度増加の効果は切れるが、やはりそれでも恐ろしいまでに速い。
ふと、バドスケは疑問に思った事がある。
「こんなに速ぇのに、なんだって深淵が乗るとこの馬のろのろ動いてやがるんだ?」
数秒考える。
「……もしかしてあの鎧が重いのか?」
黒馬が嘶いて反応した。
大した理由は無いが、バドスケは黒馬が『そうだ』と答えた気がした。

アルデバランに侵入するなり、即座に敵のお出迎えがあった。
「ソルジャーガーディアン!? なんだってこんなのが……っだー! ぞろぞろいやがる!」
アルデバラン南から時計塔に至るまでの一直線の通路に三体、そして、それ以外の場所にもうようよと居るようだ。
しかし、黒馬はそれが見えないとでもいわんばかりにまっすぐに突っ込む。
迂回も考えた、だがバドスケはこいつを信じる事にした。
きっとそれが正解であろう。この黒馬はGHでも一二を争う凄腕、深淵の乗馬なのだから。
そいつが行けると踏んだのなら、文句を言う気は無い。
「くそったれ! 構う事ぁねえから突っ込みやがれ! 俺の命はお前に預けたっ!」
「ぶひひーん」
なんとなくだが『お前そもそも生きて無いだろ』と言われた気がした。


ヴァルキリーレルム内部の部屋に警報が鳴る。
その音を聞くべき人物は、血溜まりの中に倒れ伏し、既にその呼吸を止めていた。
無機質に、警報は鳴り続ける。
それを止める人間はその場には誰も居なかった。


ソルジャーガーディアンは、その巨体を使って黒馬の進路を塞ぎつつ、正面から斬りかかる。
それを黒馬は急に斜め前方に移動する事でかわし、ソルジャーガーディアンの側面を駆け抜ける。
即座に彼方から矢が降り注いで来る。
そちらを見る余裕は無いが、おそらくアーチャーガーディアンも居るのであろう。
黒馬は当たらないと決めつけて走り続ける。
バドスケはその背にしがみつくので精一杯だ。
二体目のソルジャーガーディアンは、姿勢を低くして、剣を横薙ぎに振るう。
黒馬はそれを信じられない脚力で飛び越えて見せるが、最初にかわしたソルジャーガーディアンが既に戻ってきていた。
後ろから駆け寄りざまに剣を振りかぶる。
真後ろで為されているそれをまるで見えているかのように、黒馬は二体目のソルジャーガーディアンの後ろに走り込む。
一体目のソルジャーガーディアンは二体目のそれが邪魔で剣を振るえない。
そして二体目は、真後ろに位置されているので、同じく剣を振るえない。
数秒のタイムラグ。黒馬にはそれで充分であった。
一気に二体を振り切り、時計塔を目指す。
ソルジャーガーディアンに当たる心配が無くなったアーチャーガーディアンはここぞとばかりに矢を射かける。
数本がまともに黒馬に突き刺さるが、黒馬はまるで意に介さず走り続ける。
三体目のソルジャーガーディアン。
黒馬を手強い敵と認識したのか、慎重に、そして確実に仕留めるべく剣を構え、そしてその剣を突きだした。
正面ど真ん中への突き。これをかわしたとしても即座に右にも左にも剣を振るう事が出来る。
当たりさえすれば、足を止める事も出来る。
後はアーチャーガーディアンの矢で矢襖だ。
そしてそれを読み切った黒馬は、突き出された剣を飛び越してかわす。
剣を横に振る間も与えずに、その剣を蹴って更に高く飛び上がる黒馬。
「マジかお前ーーーーーー!!」
バドスケの悲鳴を無視してソルジャーガーディアンの頭頂を蹴ってその上に飛び上がる。
既に落ちたら無事では済まない高さだ。
そしてそれ以上に危険な物体が眼前にそびえ立っていた。
「ばっきゃろーーーー! 時計塔に突っ込む気かーーーーー!!」
その速度から考えるに、激突時の衝撃は黒馬とバドスケに致命傷を与えるに充分と思われた。
黒馬は最後の仕上げとばかりに体を捻る。
僅かな乱れも許されない、ギリギリの勝負。
黒馬はその一発勝負を見事決めてみせた。

「おわーーーーーー!!」

空中で黒馬が身をよじったせいで、その背から放り出され宙を舞うバドスケ。
その体は吸い込まれるように時計塔2Fの窓に飛び込み、それを見た黒馬は満足気な笑みを見せた。
少なくともバドスケには、そう見えたのだった。
その後、黒馬がどうなったのかバドスケにはわからない。
大きな激突音、そしてその後どうなったかは予想する気も起きなかった。
時計塔内部の床を転がりまわるバドスケは壁に激突してようやく止まれた。
体中がばらばらになりそうな衝撃に、さしものバドスケも意識を失いそうになるが、全身に力を込めてそれを堪える。
そしてすぐに立ち上がると、最上階目指して走り出した。
黒馬は最後に『行ってこい。次はお前が走る番だ』そう言った気がしたから。


以前に公爵が言っていた。
ただ単に時計を動かすだけなら、ここまで巨大な装置は必要ではない。
この時計塔はそれ以外の目的があって建造されたのだと。
そして訊ねた。
時計に時を刻む以外の目的を持たせるとしたら、どんな目的があると思う?
バドスケはいくら考えてもわからなかったが、アラームは簡単に答えた。
よりたくさんの人に時を知らせる事。
公爵は嬉しそうに言った。
このミッドガルド全ての人に時を知らせる。それがこの時計塔の役割だと。
例え地の底、空の彼方に居ようとも、時計塔の鐘の音は万人に等しく鳴り響く。


時計塔はかつて知ったる古巣だ。
階段、針、振り子を伝って最短距離で最上階を目指す。
途中、窓の外に不可解な物を見つけた。
それは視界の遙か彼方、そこに光が見えたのだ。
その光は少しづつ広がっているようにも見えたが、より優先させるべき事の為にバドスケは走った。
時間が無いのだ。
3Fを抜け、本来なら番人の守っているであろう4Fの扉を迂回して、時計塔の住人しか知らない入り口から4Fに入る。
中心部に辿り着いたバドスケはその更に奥へと進む。


「秋菜、何をしてるんだい?」
♂GMが時計塔の最上階にて不思議そうに秋菜を見る。
「この鐘の音が、聞こえないようにしてるのよ」
「何故? 君はあんなにこの鐘の音が好きだったのに」
秋菜はいきなり癇癪を起こしたように喚き散らす。
「うるさいわねっ! だから気に入らないのよっ!」
鐘の音を聞く度に、世間知らずで愚か者だった頃の自分を思いだし、言いようの無い不快感に包まれる。
♂GMは何も言わなかった。
苦労しながら、この世界に鐘の音が鳴らないように機器をいじくる秋菜。
時計塔ごと壊してしまえばいいのに、秋菜はムキになって鐘の音を消そうとしている。
何度も失敗しては悪態を付きながら、作業を再開する。
♂GMはそんな秋菜を放っておいて、外の景色を見る。
そこから見えるミッドガルドは何処か霞んで見えて、自分がとても不安定な土台の上に立っているかのように思えた。
不安になって秋菜を見る。
すると、遂に彼女は目的を果たし、得意気に♂GMを見て鼻を鳴らしていた。
そんな彼女をとても愛おしいと♂GMは思ったのだ。


時計塔最上階最深部、その場所の意味は公爵に教わったが、決してみだりに触れてはならないとも言われた。
「そうは言っても非常事態だ。勘弁してくれよな」
慣れない手つきで機器を操作し、最大ボリュームにセットする。
「世界の果てまで……か。それ以上まで届くかどーかはしらねえが……」
大きく息を吸って、スイッチを入れるバドスケ。
「やってみるさ!」
時計塔が振動する。
無数にある歯車が動き出し、その一つ一つがそれぞれの役割を果たし始める。
最後の部品、時計塔の鐘が少しづつ、少しづつ揺れだした。


ヒャックは♀GMに食事を勧める。
「少し休んだ方がいい。これ以上は体に触るよ」
♀GMは首を横に振って作業を続ける。
とにもかくにもエミュ鯖の位置を特定出来なければ何のアクションも起こせない。
♀GMは不眠不休でそれを探し続けていたのだが、手がかりすら無い現状ではそれこそ雲を掴むような話だ。
ヒャックは肩をすくめる。
「わかった。ここからは僕が作業を引き継ぐよ。だからその間は少し休んで……」
ふと、何かの気配を感じて動きが止まるヒャック。
「すみません、では……ん? どうしました?」
突然何かに取憑かれたかのように機器をいじくりだすヒャック。
「ここだ! 座標が出た!」
一定の波長で、確かにその場所から何かが発せられていたのだ。


「ちくしょう! なんで鐘が鳴らねえんだよ!」
バドスケは機器をめちゃくちゃにいじるが、鐘は鳴らない。
動いてはいるのだ。だが、肝心の鐘の音は全く聞こえてこない。
「ふざけんな! ここまで来て……ちくしょう!」
『……誰か……居るのですか? ……応答……』
中空から声が聞こえてくるが、バドスケは怒鳴り返す。
「うっせえ! 声じゃねえよ! 俺は鐘の音が聞きてえんだ!」
『生存者っ!? 人が居るのですか!』
「だからてめえになんざ用は……」
我に返るバドスケ。
「……マジでどっかに繋がったのか?」
『お願いします! 生存者がいらっしゃるなら応答してください!』
「おい! お前本当に外の奴か!? 俺はバドスケだ! お前俺達をこっから出せるのか!」
『やってみます! 他の生存者の方はいらっしゃいますか!? ……ああ、なんでこんなに信号が弱いの……』
「ばっかやろう! 俺なんてどうでもいい! 他の連中を助けてやってくれ!」
♀GMからの言葉は既に雑音にしか聞こえない程、小さく、弱々しい物になっていた。
しかしバドスケは声を限りに叫んだ。

「♂ローグは最後の最後までアラームを守ってくれてた! ガラは悪いけど、すんげー良い奴だ!」
『俺はさ』
「♀セージはめっちゃくちゃ頭が良い! あいつは元の世界に戻ったらぜってーすんげー学者になるぜ!」
『姐さんと違って』
「♀クルセは♂ローグがぶっ倒れたら、いつまでも側に居てやるような優しい子なんだ!」
『アンデッド歴長いからさ』
「♂アーチャーは一次職なのにここまで生き残ったタフガイだ! あいつなら最高のハンターになれるに違いないぜ!」
『自分の限界はわかるんだよな』
「♂プリーストは絶対許せないはずの俺を赦してくれた! あいつぐらい聖職者らしい聖職者、俺は見たこと無い!」
『だからさ』
「深淵は……最高の奴だ! 強くて優しい! 最高のモンスターなんだ!」
自分の体が崩れていく。
それを自覚してるにも関わらず、バドスケはそれ以上にやらなければならない事の為に、最後の力を振り絞った。
「あいつらみんな良い奴なんだよ! すげー奴なんだよ! 頼むからあいつら助けてやってくれよ!」
立っていられなくなり、しゃがみこんでもバドスケは叫ぶのを止めない。
「俺なんざゴミ屑だ。それでもあいつらは……格好良いあいつらは……生きてなきゃなんないんだよ……あいつらが死ぬなんてあっちゃなんねえんだ」
想いがうまく言葉にならない。
詩人が聞いて呆れる。そう思った頃にはバドスケは最早言葉を紡ぐ事が出来なくなっていた。
『情けない詩人だよな……もっと気の効いた言葉の一つも言えってんだ……』
視界の片隅に、外が見える。
時計塔最深部中央、なのに外が見える構造になってる事を不思議に思う以上に、その先に見えた光が気になった。
『……アラーム。今、そっち行くぜ……』
光は速度を増してバドスケに近づいてくる。
バドスケからは見えなかったが、光はルイーナ砦を包み込んだ瞬間にその速度を増したのだ。
そうして光はアルデバラン、そして時計塔を包み、その領域を広げていった。


ヒャックは座標確定後、忙しなく動いていたが、突然真っ青になって♀GMを呼ぶ。
「どうしました?」
「あの世界が縮んでいる。これは……中で何が起っているんだ?」
「秋菜が何かを? しかし彼女はまだあの中に居ます。まさか世界をどうこうしようなんて……」
「ただでさえ不安定な世界なんだ。あそこで下手なきっかけなんか与えたらすぐに世界全体に影響を及ぼすぞ」
「エミュ鯖とはいえ、最低限の世界維持機能はありますから、いきなり世界が壊れるという事は無いと思いますが、時間はあまり無さそうですね。内部の座標特定に全力を注ぎます」
そう言って♀GMも作業に戻る。
だが、ヒャックは最悪の事態を予想した。
「そもそも、あれだけ大きな世界で目印も無い数人の人間を見つけるなんて不可能だ。秋菜のパスコードが無い限り直接のアクセスも出来ない。これじゃあ……誰も、助けられない……」


<バドスケ 死亡 現在位置/時計塔 所持品:アラーム仮面 山程の食料 深淵の黒馬(死亡) 備考:特別枠、首輪無し>
<♀GM 現在位置/外の世界 エミュ鯖の位置特定なるも鯖内部への侵入不可>
<ヒャックたん 現在位置/外の世界 エミュ鯖の位置特定なるも鯖内部への侵入不可>
<残り6名>

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