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礎と希望

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礎と希望


「───どの・・・・・・、───どの・・・・・・」

なつかしい声が聞こえる。とてもとても、なつかしい。記憶の蓋をゆっくりと開く声。
そっとまぶたを起こすと、そこにいたのは一匹のヤギだった。
もちろん人の言葉を使うからには、ただのヤギではない。バフォメットというれっきとした悪魔である。
ただし、目の前にいるバフォメットはまだ子供で、蹴るのにちょうど良いくらいの大きさでしかなかった。

その私の腰にすら届かない身長のバフォメットだが、目つきだけはあまりよろしくない。
ヤギ特有の、横に、うにょーんと伸びた瞳孔。眼球は熟れたトマトみたいに真っ赤。
子供サイズだからぜんぜん怖くないんだけれど。

「起きたか主殿。あいかわらずダンボールハウスで寝起きしておるのだな」

ひさしぶりに会ったはずなのに、口調はすこしも変わっていない。きっと生意気なところもそのままなのだろう。

私は予期していなかった再会に驚いたけれど、表情を繕った。素直に喜べなかったのだ。

「私がどこで寝てたって、子バフォには関係ないじゃない。薄情もの!」

そう、子バフォは薄情ものだ。
ずっと私を主殿だなんて呼んで、さんざん私に尽くしておいて、なにも言わずにある日とつぜんいなくなったのだから。

「いままでどこに行ってたのよ! 私がどれだけ───」

言いかけて、やめた。これ以上なにかを口にすると、泣いてしまいそうだったからだ。
そっぽを向いた私に、子バフォはしょんぼりとした様子である。しょげるなんて珍しい。
もしかしたらはじめて見たかもしれない。

「言いわけくらい、聞いてあげるわよ」

沈黙が苦しくて、そうもらした。しかたなく顔を子バフォに向けると、子バフォの目が揺れて潤んでいた。
泣き出しそうな顔。そんな顔をされたら、間違ってもこっちが泣くわけにはいかない。
子バフォは子分で、私は親分なのだから。その関係を失ったつもりは、ないのだから。

「主殿・・・・・・」
「言いたいことがあるんじゃないの? 夢まくらに立ってきたくらいだし」

はっとして子バフォが伏せていた顔を上げた。私が気づいていないと思っていたらしい。
見くびらないで欲しい。これが夢であることくらい、わかっていた。
なぜなら今の私は殺戮ゲームの舞台にいるはずで、間違ってもこんな、プロンテラの片隅にはいないからである。

だからこれは夢。それでも子バフォに会えたことが、うれしかった。

子バフォは体を震わせて、言葉をしぼり出すようにして、話しはじめた。

「あの日、ワシはプロンテラからさらわれたのだ。そして目が覚めると、そこは、殺戮の舞台だった。
 50人の男女がひとりになるまで殺し合う。そんなおそろしい世界に送られたのだ」

私は唖然とした。あまりの衝撃に、相づちをうつことも忘れた。

「そこでワシはひとりの男に会った。
 男はそれはもうどこからどう見ても悪党と言った顔をしておってな、ワシはひどく戸惑った。
 その男についていくべきか、いかないべきか、ずいぶんと悩んだぞ。だが、どこか放ってはおけなかった。
 光の可能性と言えば良いのか。男はローグにもかかわらず、人を殺すことを迷っているように見えた。
 自分が闇であることに、ひどい矛盾をかかえているようだった」

遠い目をして寂しげに子バフォは言う。それだけで男が故人であることが、なんとなくわかった。

「ところが、か弱き少女との出会いが男を変えた。守るべき少女の存在は、男の瞳からは迷いの色を消したのだ。
 おどろいたぞ。悪党も変わるものだと感心さえした。だからワシは心から男の力になろうと決意した。
 この男に尽力すれば主殿のもとへ帰ることができる。ワシはそれに賭けたのだ」
「それで・・・・・・どうなったの?」

おそるおそる聞いた私に、子バフォは一度まぶたを閉じた。が、すぐに開いて続きを話した。

「迷いを断った男はたくましかった。皆を守り、襲ってくる相手とは果敢に戦う、まるで騎士のようでな、絶望の中の希望だった。
 闇を照らす太陽だった。だから・・・・・・だったのかの」

声に陰りが混ざった。

「ワシは自分の命よりも、男が生きられる道を選んでしまったのだ。
 すまない主殿。ワシは主殿のもとへ帰ることよりも、彼らの生を願ってしまったのだ」

嗚咽して話す子バフォが、かわいそうだった。
なにも悪くない。心から強く思った。

「その人は、希望だったんでしょ」

だからきびしい口調で言った。

「みんなを助けてくれる希望だったんでしょ! だったらいいじゃない。子バフォが負い目に思うことなんて、なにもないんだから」

そう、今の私には、痛いほど良くわかる。
子バフォがその男の人を、命を賭して助けた理由。私はきっと、同じ理由で忍者に助けられたのだ。

忍者が私になにを託したのか。
彼がなにを願って身を挺したのか。なにを祈って逝ったのか。それは希望だ。彼は私の中に希望を見てくれたのだ。

「ありがとう子バフォ。夢でも会えて良かった。うれしかった。
 私は子バフォに嫌われたって思ってたから」
「そんなはずはない。ワシはいまでも心から主殿を・・・・・・」
「ありがとう」

足もとにすり寄ってきた子バフォの背中をなでて、私はささやいた。

「子バフォも礎になったのね。希望のための礎に。だったら私は希望になるわ。
 希望になって、かならずこの島から脱出してみせるんだから」

私の言葉を聞いて、子バフォはまじまじと私を見た。それから笑った。
とてもかわいらしい泣き笑いの表情だった。

「良かった。ワシは主殿を残して逝ったことを、ずっと後悔しておったのだ。
 だがこれで、安心して消えることができる」

たまらず子バフォの体を抱きしめていた。たとえ消えてしまうとしても、抱きしめずにはいられなかった。

「私、がんばる。ぜったいに島から脱出して、世界せーふくを成し遂げてみせるんだから」

両手の中にいた子バフォはすでに消えていた。私はそのまま抱きしめた姿勢で、両目を閉じた。

次にまぶたを開ければ、またあの島に戻っているだろう。
だけどもう、迷ったりしない。私は私で、できるだけのことをしよう。きっと子バフォも見ていてくれるから。

「がんばるからね」

子バフォと忍者。二人に聞こえますように。そう願ってつぶやいた。


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