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殴り愛宇宙

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二人の騎士子~殴り愛宇宙


柔らかな光が、♀騎士を包み込んでいた。
癒しの光。逆毛アコのヒールだった。


「ゴメwwwwwあんましwwwwwキカネwwwwっぅぇ」

苦笑いしながら、wWwが言った。
♀騎士は、俯いたままだ。♂ケミはタンコブを抑えて蹲っている。

「どうした?何時までそうやっているつもりだ」

「……」

問いに、しかし騎士は答えない。
深淵の騎士は、その様子に呆れた様な様子を見せる。


「そうか、そんなにいじけていたいならば好きにしろ」

そして、言い放つ。♂ケミが、顎をカクン、とクルミ割り人形のように落としていた。

「深淵さん深淵さん、そりゃちょっと落ち込んでる子に言いす…ヘブァ!!」

問答無用の裏拳炸裂。後ろ頭から♂ケミは枯葉の中に突っ込む。

顔面を押さえながら、彼はごろごろと地面をのたうちまわっている。

どうやら、彼は黒衣の女性に嫌われているらしい。

「…ともかくだ」
 一歩、深淵の騎士は♀騎士に歩み寄る。

「お前の様な腰抜けを助けたとあっては、その男もニブルヘイムでさぞかし後悔してるだろうな」

「うはwwwwそれwwwwちょっと言い過ぎwwwwwっぅぇ」

 wWwが、非難の声を上げる。しかし、深淵は聞いたような素振りも見せぬ。

「…さい」

 ぽつり、と言葉が♀騎士から零れる。

「どうした?何か言いたい事でもあるのか」

「煩い!!煩い煩い!!」

 叫びながら立ち上がった。

 キッ、と深淵を睨みつける。

「貴様に何が判るというんだっ!!」

 止める暇も無い。固めた拳が、次の瞬間には深淵の頬に突き刺さっていた。

 二、三歩黒衣の女性はよろける様にして後ずさる。

 ♀騎士は、そのまま詰め寄り、相手の胸倉を掴み上げていた。

「確かに私にお前の事は判らない。だがな」

 切れた口元を拭いながら、深淵は騎士を睨み返す。

「お前が手にしていた物はなんだ!! その剣はその男がお前に遺した物だろうが!!

それは単なる偶然かもしれない。だが、言ってやる!!断言してやる!!己の剣と戦友を裏切るな!!」

 手を振り払い、♀騎士を突き飛ばした。

「それでも騎士か…この馬鹿者がぁぁぁぁっ!!」

 そして、拳が♀騎士の人中の辺りで炸裂する。

「がっ…」

 呻き声。衝撃に、騎士がのけぞる。しかし、倒れない。

 そのまま体を捻り、彼女はフックの要領で掌を薙ぐ。

 それは届かない。両手を高く上げる構えを取った深淵の腕に阻まれる。

「ふざけるなぁぁぁぁっ!!」

 しかし、♀騎士はそのまま、足を曲げ、体を沈めてタックルを敢行。

 両腕で、装甲板の幾つかを取り外した胴体を俗に鯖折と呼ばれる形に挟み込み、そのままリフトアップ。

 絶叫しつつ、自らも相手を抱え込んだまま、握る位置を変え、深淵を地面に叩き付けた。変形のオクラホマ・スタンピードだ。

「がっ…は。ぐっ!!」

 衝撃。一瞬、呼吸が止まる。深淵が次の瞬間見たのは、自分に馬乗りになりながら、その片腕を振り上げようとしている騎士。

「うはwwwwwマウントwwwwっぅぇ」

 wWwの実況が、彼女等の体勢を告げていた。

 しかし、深淵も負けては居ない。騎士の服の襟元を掴むと、自分の方へ一気に引き寄せる。

「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!腰抜け騎士風情がぁぁぁぁぁぁ!!」

 深淵が吼えた。ごすっ。鈍い音。深淵の額が、騎士の鼻面に突き刺さる。

「~~~っっ!!」

 一瞬鼻に手を遣りかけつつ、騎士が声に成らない悲鳴を上げる。

 しかし、もはや形振り構って居られないのだろう。

 鼻血を盛大に飛沫ながらも今度こそ、渾身の掌打を、肘鉄を放ちかけた深淵に叩き付けた。

 衝撃が走る。鈍い音。

直後、掌で顔面を塞がれた深淵が、しかし、騎士の胸倉を掴むと力任せに、自らの上から引き剥がす。

 離れる両者。構える両者。既に他の事など目にも入っていない。その瞳には、只互いの姿のみ。

「あー、騎士子たんs? ええと…貴方方女の子なのだからしてもうすこし落ち着いて…」

『すっこんでろ!!』

 二人の騎士子が、申し合わせたかのようなタイミングで♂ケミを睨み付け、怒鳴る。

 もしも、殺気で人が殺せるものなら、この瞬間ケミは即死していただろう。

 飛んでいる蝿など、たちどころに破裂してしまいそうな超絶的威圧感である。

「ごめんなさいごめんなさいなんでもなかとですなんでもなかとですゆるしてくださいゆるしてください…」

 ガタガタ蹲って震えながら平謝り。
ぽん、と逆毛が諦めた様な表情でケミの肩を叩いて、首を振っていた。
 処置なし、である。

 何となく、彼等は理不尽に窓際に追いやられた不遇の勤め人の気分が判った気がした。

 嗚呼、哀愁の五十路男よ。

 待ち受ける運命は大聖堂の屋上から紐なしバンジー一択。

 さようなら現世、こんにちわニブルヘイム。

 これからは一緒にハッピィ・ゾンビーライフ。

 ああ、僕達の新しいゾン生の始まり。一緒に暮らそう楽しいニブルヘイム。

 ともかく、遠くから遠い目で見つめる男二人をおいてけぼりにして、殴り合いは加速する。

「さっきから黙って聞いていれば、独りよがりをべらべらと!!

大体!!何処の世界に頭突きなんて真似をする騎士がいるかぁぁぁぁっ!!」

「五月蝿い!!此処にいるだろうがっ!!というより、貴様に騎士を説かれる筋合いは無いわぁぁぁぁぁっ!!」

 完全に逆ギレした深淵が♀騎士に怒鳴り返す。

「なんだと…!!」

「ほう、怒るか。ピーピー泣いて、戦友の遺志に報いようともしない貴様が、己の騎士道を疑われて怒るのか!!」

「この…言わせておけばぁっ!!その気取った面、小龍包みたいにしてやる!!」

「フン、上等だ…来い!!貴様如きを前にして…誰が斃れるかぁぁぁぁぁっ!!」


 二人の戦士は走り出す。手には拳を二つ。そして殴りあう。夕日と男二人だけが、その聖戦を見守っていた。

「アコ君。二人とも頑張るね。でも、僕達見てるだけだね」

「おkkkkk。問題Neeeeeeeee」

「うん。アコ君のそういう優しいとこ、僕は好きだよ」

「うはwwwwwヨルナwwwwwっぅぇ」

「……薔薇は嫌いだってばよ」

 というよりも、手の出しようがなかった。彼等は、只その辺りで膝を抱えているだけだ。


「ぐっふ…」

 ♀騎士がなんとも男らしい呻き声を上げながら、腹を押さえていた。

 その前では、傲岸かつ不遜とした様子で深淵が彼女を見下ろしている。

 誤解が無い様に述べて置くならば、どちらの顔も小龍包状態。尚、これ以上の描写は諸事情で割愛する。

 二人が二人とも、ちらりちらりとは脳裏にその事実が掠めているのだろうが、それどころではない。

「ろおした。そのていろか」

 一方の此方…深淵は、どうにも発音が怪しくなっている。

「うる…さぃっ!!」

 ぶおん、鈍い音を立てて、横薙ぎの拳骨。

 深淵の顎に突き立つ。

「はぐっ…ふぁいかへひ(倍返し)にひてやるっ!!」

 捻りの効いたローキック。騎士の足がひきつけの様にガクガクと震える。

 続いて、ストレート。しかし、これは外れた。

「遅いっ!! そんなパンチ効くかっ!!」

「ふぉとなひく、ふらへっ!!(大人しく食らえっ!!)

 既に互いの辞書に、回避の二文字は無い。只、彼女等は殴り合い続ける。

 というか、元々二人とも戦う以前から満身創痍である。

 只、足を突き動かすのは気力と、目の前の相手に負けたくない、という意地のみ。

 一方で「くる、こない、くる、こない…」などと、終には花占い等始めていた♂ケミの指が、最後の花びらに掛かった。

「…ホムンクルス、やっぱりこないんだ…お花まで、僕にそんな事言うんだ」

 そして、聖戦組曲は最終楽章を迎える。具体的に言うと、両者の体力が限界に達しようとしていた。

「雄ォォォォォォォォォッ!!」

「疾ィィィィィィィィィッ!!」

怒声。怒号。気合。意地。

全てが集い、全てが収束し、全てが拳を走らせ、互いの足を歩ませる。

互いに、ゆっくりと近づいていくその姿は、まるで鏡写しの様にそっくりで。

小細工も、計算も。

一切合財何も無い。

只、純粋極まる拳…これが、最後の一撃だ。

「うはwwwww黒須過雲多!!」

 遠くから聞こえてくるその声と、激しい衝撃を最後に、お互いの意識は、ぷっつりと途切れた。

カンカンカーン。何処かから、遠い鐘の音と、だみ声のオヤジが叫ぶ声のハレルヤが聞こえていた。


目次 086.関連話

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